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5.番の魔術講師

1.攻撃魔術

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 ルークとミアが、旧ウェルスリー公爵邸で初めて出会ってから約二年が経ち、そのうち、結婚してからは一年が経った。ルークは二十四歳、ミアは十八歳になった。何か大きな出来事が近づいているのは分かっていながらも、それが何なのかは掴めないままだった。

 ミアの淑女教育はとっくに終わっていて、本を読んだりジェームズと庭園で遊んだりして時間を過ごしている。本もジェームズも好きなミアにとっては、夢の空間なのかもしれない。

 普段どおり、ルークはチャールズの執務室にいた。東方について、何か違和感を感じることがないか、資料を精読していたところだった。

「ルーク、少しいいか」
「…なんでしょう」

 今朝のチャールズは姿を見せるのが遅かったし、表情も暗い。声のトーンも低く、ひさびさ重い任務があるのだろう。手を振り結界を確認して、先を促した。

「…少し、気になる予知があった。森が燃えているような…、それが本物の炎か、可視化された魔術なのかは分からないが、オレンジ色が森の上に広がっている。おそらく、東の森だろう。あまりに現実的で、直近で起こっていると思う」
「様子を見てきたらいいですか? 気配はもちろん消します」
「もし出くわすことができたら、その場で抑えてほしい。複数、人影も見えた。全て処理してほしい」
「かしこまりました」

 物理的な炎にしても、魔術にしても、ルークが行けば解決できる。どちらにせよ、オッドアイ魔術師が現場に赴くのだ。ルークがどうにもできないと判断することは、セントレ王国の崩壊を意味する。チャールズが今回の予知を深刻に捉えていることは、ルークにも伝わった。


 ☆


 ミアに通信魔術を飛ばし予定を変更して一緒に屋敷に帰ったあと、軽く身支度を整え、ウェルスリーの旧領地に転移した。同化魔術を掛けているため姿を見られることはない。魔力の気配も消すのは当然だが、何かの拍子にルークの存在が明らかになってしまうのは避けなくてはならないし、警戒は怠らない。

 街の中には最低限の魔力しか漂っていない。街の関所から一歩踏み出す前に、魔術師の制服である、顔の上半分を隠す仮面をに触れ、マントのフードを目深に被り直した。今回は、初めての魔術師としての任務だ。仮面の下の眼帯は、レッドの左目ではなくグリーンの右目に着けている。


 街を取り囲む塀の見張り台には、今回ルークは入ることができない。王命の特別任務のため、ここにいることを知られるわけにはいかないのだ。同化したまま転移することもできるが、万が一がある。一般人に紛れて街の外に出て、樹に登って気配を辿ると、チャールズから聞いたオレンジ色はすぐに見えた。

 物理ではなく、魔術の炎だが、燃えていることに変わりはない。街の見張りが感知するには距離があっても、時間の問題だろう。遠くて魔力の気配がいくつあるのかは捉えきれないが、そこまで多くはなさそうだ。このまま気配を消して、近づくことにも問題はない。

 魔力の少ない魔術師を見分け、命を奪っていく。魔術の炎である以上、普通の炎よりも鎮静は楽かもしれない。相手の魔術師の魔力を、ルークの魔力で上回れば、相手が倒れて炎も消える。相手が怯む様子もないが、チャールズからの命令は全員抹消だ。ルークが魔術を緩めることもない。

「…残りは、一人か?」

 妙な空間の歪みが見える上空に向かって話しかける。ルークと同じように同化魔術を使っているが、空間に揺らぎが見えるようでは甘い。普通の魔術師の目は欺けても、魔力の気配を消していても、ルークには通用しない。

「…正解」

 その声と共に、姿を現した。見覚えのあるマントが目に入り、すぐウェルスリーと同じものだと繋がった。一人残ったその魔術師のマントには、エスト王国の紋章まで入っている。

 魔術師が炎を維持しながら、ルークに攻撃魔術を向ける。跳ね返すなど、ルークには造作もない。

 それに面食らったのか、相手がまた空と半端に同化し、気配が遠のいていく。この炎で森を燃やす意味を問いたかったが、深追いして単独で東方に近づくのは避けたい。ここで引いておくべきだ。

 ジョンに「敵一人に逃げられた」と通信魔術を送った。すぐに「無事で何より」と短く返事があった。王宮へ報告に行けば、詳しく説明することになる。


 周辺に魔術の気配が残っていないかを確認してから、転移魔術で帰ろうとしたが、直前で止めた。

(……魔力に違和感がある?)

 両手を握ったり開いたりして、自分の魔力を確かめていく。ルークの中にある魔力が、ひとつではない。ルーク自身の魔力以外にも、何かある。理解できない。先程の攻撃魔術を受けてしまったのだろうか。今までジョンとの指導のなかでも、攻撃魔術を跳ね返せなかったことなどなかった。オッドアイ魔術師の、ジョンの魔術を跳ね返せていたのだ。

 もし、攻撃魔術を受けたときにどう対応するべきかは、訓練でも当然行っている。ルークの魔力は膨大で、自身に入り込んだ異質な魔力をひとりで中和できないことはあり得なかった。

 理由はとりあえず横に置いておいてもいい。ルークの中で蠢くこの魔力が、これ以上大きくなる前に、帰り着かなければならない。ミアと交わって、ルークの魔力を増強させることができれば、抑え込めるはずだ。

 問題は、ここがセントレ王国の東の果てだということだ。今まで部分的にだったとしても、転移魔術でしか来たことがない。半日はかかる馬での帰還を、この魔力の状態で乗り切れるだろうか。

 いや、それを考えている間にも王都へ向かったほうがいい。この街には今、魔術師がいない。魔術道具を使った弱い気配だけが漂っている。どうであれ、ルークが滞在していることが明らかになるほうが面倒だ。


 なんとかルークの扱える魔力の範囲内で同化魔術を掛け直し、東の街を出てから仮面とマントを外し、服の下へ隠す。仮面の下に着けていた眼帯を、左目へと移す。マントの下は、着慣れて動きやすい騎士服だ。

 こうなることを予想していたわけではもちろんないが、ルークは公には騎士だ。街の人に馬を借りるのも、この格好の方が都合がいい。

 途中何度か馬を乗り継ぎ、ミアが待つ屋敷を目指した。馬に乗っている間も、魔力への違和感は増えるばかりだ。焦っても馬の速度はそこまで変わらない。とにかく、自分自身の魔力を見失わないように、意識するだけだった。
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