上 下
44 / 103
4.茶会・夜会にて

10.ウィンダム家の現状

しおりを挟む
「貴方のことが全て分かるわけでは、もちろんないのだけど、魔術師ではなく騎士だし、お相手の令嬢も家名が公表されていないのを見ると、何か事情があるのでしょう? あの人たちは疑問にすら思っていないでしょうけど…」

 貴族令嬢として一般学校を修了しているはずの母親を前に、気を張り直した。目を細めてしまったかもしれない。ミアの生家の話は、ミアにすらしていない。ひさびさ会っただけの母親に、話したくはなかった。

「ルーク、違うの、それを教えてほしいわけではないの。貴方以外のウィンダム家はおそらく没落していくわ。貴方が幸せになれれば、私はそれでいいの」

(え…?)

 急に話が読めなくなって、母親をまっすぐ見た。出世するような話も耳にしなかったが、少なくとも母親は、ウィンダム家の一員でありながらそう考えている。

「…どういう意味ですか」
「あら、分かるでしょう? 国王様に何でも言えると思っているあの無能さよ? ルークの優秀さが尋常じゃないから、あの人のお話も国王様が好意で耳を傾けてくださるだけ。有能なのはルークなのよ。ルークがいるからウィンダム魔術爵家が成り立っているようなもの。遅かれ早かれ、貴方は永代爵位をもらうでしょうね。ウィンダム魔術爵なんて一代爵、さっさと滅びるべきなのよ」

 砕けてくると、聞き手の反応を無視してひたすら話すような母親の口調に、エリザベスを思い出す。勢いづいて話すのも、分からなくはない。母親からすれば、こんな話をできる相手もいないだろう。

「確かに、目立った成果は聞かないですが、そこまで?」
「私に対して、上手く取り繕っているつもりでしょうけど、三人とも任務にはほとんど就いていないのよ」

(っ……)

 それはつまり、任務を任せられないということだ。魔術学校を修了しても、魔力量が不足する者は軍隊へ入れない。屋敷に漂っている魔力は、それほど強くはないが弱くもない。兄はともかく、父親は褒賞を得られている。何かしらの任務には就いていたはずだ。

 おそらく、人格の問題だろう。上司に従えないとか身勝手な行動が多いとか、無意識だとしても結果は同じだ。母親の言うように、ルークの出世で勘違いしている可能性も大いにある。

 父親のチャールズへの態度を聞けば、兄が二人ともそれに追従しているのは分かる。この屋敷の敷地内に入ってから、結界の魔力は感じているし、魔術師がいる気配もある。兄二人が魔術学校を修了したのは知っているから、それは当然なのだが、任務に就いていないとは思っていなかった。

「貴方が結婚したと聞いて、安心したの。家族を嫌ったのは当然だと思うし、それが貴方にとって最善だったのも証明されて。手紙を送ろうと思ったこともあったけれど、あの人に内容を知られたくなかったから、結局何もできずじまい。貴方はきっと、今日は国王様に言われて嫌々来たのでしょう? この一回でも、元気な顔を見られてよかったわ」

 母親は一般人で、魔術師である男家族に歯向かうことは不可能だ。ルークの力になりたいと思っても、何もしないことが最適解だった。母親では、魔術を使われてしまえばどうやっても太刀打ちできない。

(だから、そういう倫理教育のためにも、魔術学校があるんだけどな…)

 おそらく、挨拶として抱き締め合う場面なのだろうが、十年以上時間の経った家族、しかもこの女性とは血縁がないことが分かってしまって、足は動かなかった。母親は微笑んで、「それでいいのよ」とルークを肯定した。

「さ、そろそろ時間でしょう。私は何もできないけれど、ふたりの味方ではいたいの。話せてよかった」
「僕もです、…母上」
「そう呼んでくれるのね、ありがとう」

 上手く応えられず、会釈を返しただけでも、母親は笑ってくれた。

 ミアを呼ぶと、普段のひざ丈ワンピースよりも動きにくいはずだが、小走りで近寄ってくる。母親が見ていることに気付いて我に返ったのか、慌てて手を前で組んだのを見て、ふっと笑ってしまった。母親に対して、堅苦しい礼儀は必要ない。元侯爵令嬢らしく、母親は微笑むだけで、ミアを咎めなかった。

 母親の案内で屋敷の中に入ってからは、感じられる魔力が強まった。ルークもミアも、それぞれの魔力を垂れ流すようなことはしていない。この漂う魔力は全て、ウィンダム家の魔術師のものだ。一応、王家公認の茶会だが、庭ではやらずに屋敷内で行うようだ。もし何かあって魔術を使うことになっても、建物の中なら外から見えにくいぶん処理しやすい。ルークにとって都合のいい会場だった。

 食堂に入り、母親の目線もあり立ったまま、ミアと隣り合って待っていると、父親と兄二人が入ってくる。王都の訓練施設で三人を見たことは数回あるが、距離が遠く、同じ任務に就くことは当然なかった。三人の姿は、覚えている姿とは少し違っているような気もする。

 食堂に置かれたチェアは六脚ぴったりで、ルークとミアの対面には兄たちが、テーブルの短辺に父親と母親がそれぞれ着席した。

 ミアが、魔術師の制服であるマントを羽織って現れたルークの家族と、詰襟の騎士服を着たルークを交互に見比べている。王宮に行くときなど、騎士の制服に見慣れているため、マントが珍しいのだろう。

 おそらくミアにも、この場にいる魔術師が誰一人ルークに敵わないことが分かるはずだ。漂っている魔力やその強さを判別できるくらいには、ミアも成長した。淑女としては実践が不足しているが、ウィンダム家は結局成り上がりの一代爵で、母親もああ言ってくれた。

 ミアにはただこの場に座って、父親の指示があればそのとおりに動いてほしいと伝えてある。咎められたり嫌味を聞いたりしても、全てルークが負うとも言ってある。対面するのはこの一度きりだ。次を考えて、必要以上に行儀を気にする必要はない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

『番外編』イケメン彼氏は警察官!初めてのお酒に私の記憶はどこに!?

すずなり。
恋愛
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の身は持たない!?の番外編です。 ある日、美都の元に届いた『同窓会』のご案内。もう目が治ってる美都は参加することに決めた。 要「これ・・・酒が出ると思うけど飲むなよ?」 そう要に言われてたけど、渡されたグラスに口をつける美都。それが『酒』だと気づいたころにはもうだいぶ廻っていて・・・。 要「今日はやたら素直だな・・・。」 美都「早くっ・・入れて欲しいっ・・!あぁっ・・!」 いつもとは違う、乱れた夜に・・・・・。 ※お話は全て想像の世界です。現実世界とはなんら関係ありません。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

処理中です...