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Stage1_C
ウイジンキネン_ゼン_1
しおりを挟む改がAngeliesに入社して三週間が経過していた。なにをしたのか、以前勤めていた会社は無事退職の運びとなり、胸を張って今、この会社で社員として働いている。嘉壱に渡していたスマホは翌日すぐに返してもらっていた。用途を知っていたとはいえ、なにかされるのではないかと少しだけ不安を感じていた改は戻ってきたスマホを思いつく限りの方法で異常がないか調べた。といっても、それほど大したことはしておらず、消されたメールやチャットの履歴はないか、写真はそのままになっているか変なアプリが入れられていないか……。結論として、いずれも問題はなく、貸した時からなにひとつ変わっていなかった。疑ったことに申し訳ないと思いつつ、改は何も言わずにその日から仕事を始めた。
今は丙やもがな、りんごがデスゲームの司会をする横で、マイクをミュートにした状態で司会の真似事をするようになっていた。その姿は司会と言うよりはまだゲーム実況者のような立ち位置で、言葉に詰まったり面白い表現が出てこず悔しい思いをすることもあったが、誰もが優しく受け入れてくれることで、改は悩むことなく喋っている。
――初日は酷い有様だった。前日の様子を見て、その場に居合わせていた全員が『初日から普通に稼働しようと思っても無理だろう』と、そう思っていた。それはその通りで、前日のゲームを思い出しては吐き、今リアルに行われているゲームを見ては吐き、掃除班と共に現場に向かっては吐きと使い物にならなかった。誰もが予想していたからかそれでも咎められることはなく、むしろ『今のうちにたくさん吐き出しておくと良い。時間が経過してからでは、慣れているのが当たり前になって、吐きたくても吐けなくなる』と、有り難い言葉をいただくほどだった。
さすがに入社して一週間も経つと感覚は麻痺してくるようで、嘔吐くことはあっても実際に内容物をぶちまけることはなくなった。それは成長を意味していて、吐き出さなくなると同時に次のステップへと進むことになった。
「……ミュートで、ですか?」
「あぁ。そろそろ改ちゃんも、司会業に触れてみても良いと思ってね」
最初に提案したのは丙だった。『習うより慣れろ』は今の改にとっては耳に痛いほどピッタリな言葉で、どんなに説明を聞いてもどんなに流れを見ても、一度『ゲームに合わせて言葉を載せる』ことをしなければ、成長はないと感じていた。
「難しいことはないよ。最初は私達のことは気にせず、好きなことを呟けば良い。マイクをオフにしたら、観客に音声は伝わらないし、ミュートに拘らなくても、何も装着しなくても構わない。まぁ、装着したほうがぽいかな、と思ってね。深く考えずに『うわー!』とか『死んだ!』とか、そんな一言でも構わない。『気持ち悪い』とか『コイツ絶対最初に死ぬだろ』とかでもね。まずは、流れている映像に対して、リアルタイムで言葉を載せること。これを練習しよう」
「わ、わかりました……!」
「デスゲームは、ある程度こちらで操作できるとはいえ、基本的にはゲーム参加者の動きはノータッチだ。当然、想定外の事態も出てくる。いかにいち早く対応できるか、的確な言葉を投げられるか、観客を盛り上げることができるか。それも一緒に考えていこう」
「はい!」
丙は頼もしかった。熱心に改へ指導をしてくれるし、フォローも欠かさなかった。みんな揃って『改は丙のお気に入り』なんて口にしているが、丙がバイセクシャルだとわかって口にしている。彼にとって、自分と一緒に仕事をしている人間は間違いなくお気に入りで、もがなもりんごも同じだった。
改に対して好意的なのは丙だけではなく、もがな、りんごもかわらなかった。毒がありつつも優しい物言いで改に接してくれるもがなを、改は親しみを込めて周りが呼ぶように【もがなちゃん】と呼んだ。ツンデレの出れがない見本のようなりんごは、ひと回り違うのにも関わらず呼び捨てで呼んでくることから、【りんご】と同じように呼び捨てにしている。嘉壱は相変わらずで嘉壱さんと呼んでいたが、ふとした時に名前を呼ぶと、嬉しそうに笑ってくれる姿がどこか『自分に兄がいたらこんな感じだったんだろうな』と思わせるくらいには仲良くなっているつもりだった。
――こうして入社してから三週間経った今日も、同じように司会の真似事のような実況をする予定だった。しかし、事態は一変する。
「え、りんごお休みなんですか?」
「あぁ。急に発熱したらしい。昨日の夜に連絡を受けてね。朝にもメールが届いたが、下がらないらしくて。声も出ないそうだよ」
「そうなんですね……。りんごが……」
「嘉壱君にも届いていたか。私の元にも届いたよ。普段元気な分、やっぱりこういう時は心配になるね」
「私もりんごちゃんが心配です~。……でも、今日はりんごちゃんが司会の日でしたねぇ……。んー……私が代わりましょうか~?」
「疲れるだろう。それなら私が代わろうじゃあないか。昨日お休みを貰っているしね」
「それなんだが、丙ももがなも一本ずつ今日は司会が入っているだろう? 負担が大きい。……だから、りんごの分は改君にやってもらおうと思う」
「僕!? え、僕ですか!?」
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