人魚姫ティナリア

佐倉穂波

文字の大きさ
上 下
5 / 23
本編

5 人魚の歌声

しおりを挟む
 しばらく砂浜すなはまに沿って歩いていた二人ふたりでしたが、重要なことに気が付きました。
「ところで、お祭りしている場所ってどこなんだろう?」
 海で生まれ育ったティナリアとルイにとって、陸に上がるのは今日が初めてです。陸に上がれば、お祭りをしている場所はすぐに分かると思っていましたが、周りを見渡みわたしても広い砂浜と、それを囲うように木がたくさん生えていて、町らしいものは見当たりません。
「本当に、この近くでお祭りがあるんだよね?」
 少し不安そうにたずねるティナリアに、ルイはうなずきます。
「紙には、ここの海辺に近い町の名前が書いてあったから、間違まちがいないはないはずだよ」
 一応、地図を見ておおよその場所に泳いできました。ティナリアが持ってきた紙に書いてあって地名は、この沿岸のすぐ近くのはずです。
「きっと、木で見えないだけだよ」
「そっか、木がたくさんで向こうの方は見えないもんねーーあれ?」
 背伸せのびするようにティナリアは辺りを見渡します。再び、ルイの方に視線をもどしたときに、ルイの後ろの方に気になるものを見つけました。
「ねえ、あれ何かな?」
「何?」
 ティナリアが指差す方にルイはかえります。
 二人が歩いてきた砂浜から大きく外れた、ゴツゴツとした岩だらけの海岸に何かが見えます。
「人間? たおれてるのか?」
 そう岩と岩の間から見えるのは人間のようです。ここから見る感じでは全く動かないので生きているのか、死んでいるのか分かりません。
「行ってみましょう。もし生きてたら、あんな所で倒れてたら危ないわ」
「……分かった」
 一瞬いっしゅん考えたルイでしたが、ティナリアの言葉に頷きました。
 今は引き潮ですが、しばらくすればまた潮が満ちてきます。もし人間が生きていたら、おぼれてしまうかもしれません。

 岩肌いわはだに近づいていくと、やはり間違いなく人間が倒れていました。
「女の子だ。生きてるみたいだね」
 長い金髪きんぱつの女の子は、目を閉じてぐったりとしています。青白い顔ですが、よく見れば浅く息をしているのが見えました。
「ティナはここで待ってて。そのくつじゃ、岩で足を傷つけるかもしれないから」
 ティナリアがいているのはサンダルです。すべりやすいので岩肌には向きません。ルイが履いている靴の方が、靴の裏にギザギザした模様があって滑らなさそうです。
 慎重しんちょうに岩の上を歩いて、ルイは女の子が倒れている所に向かいます。歩き慣れないーーというか初めて岩の上を歩いたので、何度かごけに足を取られて転びそうになりながら、女の子の近くまでたどり着きました。
「ねえ、大丈夫だいじょうぶ?」
 ルイが声をかけますが、女の子はぐったりとしたまま返事をしません。意識がないようです。
 ルイは女の子をうでかかえあげ、今来た岩肌をさらに慎重に歩きます。もしけて女の子を落としてしまったら大変です。
「よいしょっと」
 ようやくティナリアの待つ砂浜まで戻ったルイは、抱えていた女の子をそっと下ろしました。
「ねえその子、大丈夫?」
 心配そうに尋ねるティナリアに、ルイは「うーん」と首をかしげました。
 ルイには医術の心得はありませんが、この女の子がとても弱っているのは分かりました。海に長時間かっていたのか、とても冷たくなっていて、呼吸もかなり弱いのです。よく見れば、足に怪我けがもしているみたいです。もし、サメなどの肉食の魚が近くにいたら食べられてしまっていたかもしれません。
「ティナ、その子の目をかくしててくれる?」
うたうの?」
「うん。このままじゃ、その子死んじゃいそうだから……でも、もし詠ってる途中で目を覚ましたら大変だし」
 ティナリアはルイの説明に「わかった」と神妙に頷くと、女の子の両目を手でソッと被いました。

 ルイは、すぅっと息を吸い込むと詠い始めました。
 それは、柔らかく穏やかな旋律で、聴いていると心が清らかになるような、不思議な歌声でした。
 女の子の冷たい体が、少しずつ温かくなっていくのが、触れているティナリアに伝わってきます。浅く弱々しかった呼吸も、落ち着いてきました。
 人魚の歌声には不思議な力が宿っているのです。人魚によって、その力は違っていて、ルイの歌声には体を癒す力がありました。
 もし、不思議な力を使っているのがバレれば面倒なことになってしまいます。だから、ルイはティナリアに女の子の目を隠しておくように言ったのです。

(もしかして、人魚姫の物語に出てくる魔女は、歌声の力を封じるために人魚姫から声を奪ったのかな?)
 ルイの歌声を聞きながら、ティナリアはふとそんなことを思いました。
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

コボンとニャンコ

魔界の風リーテ
児童書・童話
吸血コウモリのコボンは、リンゴの森で暮らしていた。 その日常は、木枯らしの秋に倒壊し、冬が厳粛に咲き誇る。 放浪の最中、箱入りニャンコと出会ったのだ。 「お前は、バン。オレが…気まぐれに決めた」 三日月の霞が晴れるとき、黒き羽衣に火が灯る。 そばにはいつも、夜空と暦十二神。 『コボンの愛称以外のなにかを探して……』 眠りの先には、イルカのエクアルが待っていた。 残酷で美しい自然を描いた、物悲しくも心温まる物語。 ※縦書き推奨  アルファポリス、ノベルデイズにて掲載 【文章が長く、読みにくいので、修正します】(2/23) 【話を分割。文字数、表現などを整えました】(2/24) 【規定数を超えたので、長編に変更。20話前後で完結予定】(2/25) 【描写を追加、変更。整えました】(2/26) 筆者の体調を破壊()3/

忠犬ハジッコ

SoftCareer
児童書・童話
もうすぐ天寿を全うするはずだった老犬ハジッコでしたが、飼い主である高校生・澄子の魂が、偶然出会った付喪神(つくもがみ)の「夜桜」に抜き去られてしまいます。 「夜桜」と戦い力尽きたハジッコの魂は、犬の転生神によって、抜け殻になってしまった澄子の身体に転生し、奪われた澄子の魂を取り戻すべく、仲間達の力を借りながら奮闘努力する……というお話です。 ※今まで、オトナ向けの小説ばかり書いておりましたが、  今回は中学生位を読者対象と想定してチャレンジしてみました。  お楽しみいただければうれしいです。

荒川ハツコイ物語~宇宙から来た少女と過ごした小学生最後の夏休み~

釈 余白(しやく)
児童書・童話
 今より少し前の時代には、子供らが荒川土手に集まって遊ぶのは当たり前だったらしい。野球をしたり凧揚げをしたり釣りをしたり、時には決闘したり下級生の自転車練習に付き合ったりと様々だ。  そんな話を親から聞かされながら育ったせいなのか、僕らの遊び場はもっぱら荒川土手だった。もちろん小学生最後となる六年生の夏休みもいつもと変わらず、いつものように幼馴染で集まってありきたりの遊びに精を出す毎日である。  そして今日は鯉釣りの予定だ。今まで一度も釣り上げたことのない鯉を小学生のうちに釣り上げるのが僕、田口暦(たぐち こよみ)の目標だった。  今日こそはと強い意気込みで釣りを始めた僕だったが、初めての鯉と出会う前に自分を宇宙人だと言う女子、ミクに出会い一目で恋に落ちてしまった。だが夏休みが終わるころには自分の星へ帰ってしまうと言う。  かくして小学生最後の夏休みは、彼女が帰る前に何でもいいから忘れられないくらいの思い出を作り、特別なものにするという目的が最優先となったのだった。  はたして初めての鯉と初めての恋の両方を成就させることができるのだろうか。

こちら第二編集部!

月芝
児童書・童話
かつては全国でも有数の生徒数を誇ったマンモス小学校も、 いまや少子化の波に押されて、かつての勢いはない。 生徒数も全盛期の三分の一にまで減ってしまった。 そんな小学校には、ふたつの校内新聞がある。 第一編集部が発行している「パンダ通信」 第二編集部が発行している「エリマキトカゲ通信」 片やカジュアルでおしゃれで今時のトレンドにも敏感にて、 主に女生徒たちから絶大な支持をえている。 片や手堅い紙面造りが仇となり、保護者らと一部のマニアには 熱烈に支持されているものの、もはや風前の灯……。 編集部の規模、人員、発行部数も人気も雲泥の差にて、このままでは廃刊もありうる。 この危機的状況を打破すべく、第二編集部は起死回生の企画を立ち上げた。 それは―― 廃刊の危機を回避すべく、立ち上がった弱小第二編集部の面々。 これは企画を押しつけ……げふんげふん、もといまかされた女子部員たちが、 取材絡みでちょっと不思議なことを体験する物語である。

迷宮階段

西羽咲 花月
児童書・童話
その学校にはある噂がある 「この学校は三階建てでしょう? だけど、屋上に出るための階段がある。そこに、放課後の四時四十四分に行くの。階段の、下から四段目に立って『誰々を、誰々に交換』って口に出して言うの。そうすれば翌日、相手が本当に交換されてるんだって!」 そんな噂を聞いた主人公は自分の人生を変えるために階段へ向かう そして待ち受けていたのは恐怖だった!

【完】ノラ・ジョイ シリーズ

丹斗大巴
児童書・童話
✴* ✴* 母の教えを励みに健気に頑張る女の子の成長と恋の物語 ✴* ✴* ▶【シリーズ1】ノラ・ジョイのむげんのいずみ ~みなしごノラの母の教えと盗賊のおかしらイサイアスの知られざる正体~ 母を亡くしてみなしごになったノラ。職探しの果てに、なんと盗賊団に入ることに! 非道な盗賊のお頭イサイアスの元、母の教えを励みに働くノラ。あるとき、イサイアスの正体が発覚! 「え~っ、イサイアスって、王子だったの!?」いつからか互いに惹かれあっていた二人の運命は……? 母の教えを信じ続けた少女が最後に幸せをつかむシンデレラ&サクセスストーリー ▶【シリーズ2】ノラ・ジョイの白獣の末裔 お互いの正体が明らかになり、再会したノラとイサイアス。ノラは令嬢として相応しい教育を受けるために学校へ通うことに。その道中でトラブルに巻き込まれて失踪してしまう。慌てて後を追うイサイアスの前に現れたのは、なんと、ノラにうりふたつの辺境の民の少女。はてさて、この少女はノラなのかそれとも別人なのか……!? ✴* ✴* ✴* ✴* ✴* ✴* ✴* ✴* ✴* ✴*

こわモテ男子と激あま婚!? 〜2人を繋ぐ1on1、ブザービートからはじまる恋〜

おうぎまちこ(あきたこまち)
児童書・童話
 お母さんを失くし、ひとりぼっちになってしまったワケアリ女子高生の百合(ゆり)。  とある事情で百合が一緒に住むことになったのは、学校で一番人気、百合の推しに似ているんだけど偉そうで怖いイケメン・瀬戸先輩だった。  最初は怖くて仕方がなかったけれど、「好きなものは好きでいて良い」って言って励ましてくれたり、困った時には優しいし、「俺から離れるなよ」って、いつも一緒にいてくれる先輩から段々目が離せなくなっていって……。    先輩、毎日バスケをするくせに「バスケが嫌い」だっていうのは、どうして――?    推しによく似た こわモテ不良イケメン御曹司×真面目なワケアリ貧乏女子高生との、大豪邸で繰り広げられる溺愛同居生活開幕! ※じれじれ? ※ヒーローは第2話から登場。 ※5万字前後で完結予定。 ※1日1話更新。 ※第15回童話・児童書大賞用作品のため、アルファポリス様のみで掲載中。→noichigoさんに転載。

極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。

猫菜こん
児童書・童話
 私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。  だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。 「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」  優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。  ……これは一体どういう状況なんですか!?  静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん  できるだけ目立たないように過ごしたい  湖宮結衣(こみやゆい)  ×  文武両道な学園の王子様  実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?  氷堂秦斗(ひょうどうかなと)  最初は【仮】のはずだった。 「結衣さん……って呼んでもいい?  だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」 「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」 「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、  今もどうしようもないくらい好きなんだ。」  ……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。

処理中です...