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「シンデレラ」っぽい境遇の私は、お継母様とお義姉様達にお礼をしたい。
しおりを挟む平民として下町で暮らしていた私は、お母さんが流行り病で亡くなった後、キャビロン伯爵家に引き取られた。
今は、継母様と二人のお義姉様たちと一緒に暮らしている。
私は伯爵と平民のお母さんの間に生まれた私生児ということらしい。キャビロン伯爵家で私は、家事をしながら暮らしている。
ふと、私の境遇は昔お母さんから聞かせて貰った「シンデレラ」って物語に似ているなって何となく思った。
でも、「シンデレラ」の物語とは違って、無理矢理家事をやらされている訳じゃなくて、私が率先してしている。だって、その方が効率も良いし、伯爵家に引き取って貰ったご恩もあるもの。
貴族といえばお金持ちってイメージがあるけど、キャビロン伯爵家は経済的に貧窮していた。使用人も昔から仕えている執事長しか居なくて、家事はお継母様とお義姉様たちが分担してしていた。
だけど、三人とも少し……いえ、かなり不器用な方で、なかなか上手く家事を回せていなかったみたい。料理は大体焦げているか生焼けだったし、屋敷のあちこちに古くなって壊れ修繕しようとした跡があった。もちろん庭は整備が行き届かず草が伸び放題に生い茂っていた。
だから、私がお継母様やお義姉様たちの代わりに家事をするようになった。私は働きに出ている母の代わりに家事を小さなころからしていたから、得意分野だった。
結果、お継母様とお義姉様たちから「助かる」って言って貰えた。
ご飯も限られた食材で、工夫して美味しいものを作った。限られた食材っていっても、お母さんと暮らしていた時より高級な食材ばかりだったし、調味料も沢山ある中から選べるから色々と作ることが出来た。
慣れない家事にイライラしていたお継母様もお義姉様たちも、美味しい料理を食べて、苦手な家事の負担が減ったからか、とても穏やかな表情になっていった。
経済的に貧窮していたのに、天涯孤独になってしまった私を引き取ってくれた。そんなお継母様やお義姉様達にはとても感謝している。だって、貴族になるんだからって、礼儀作法や基本的な教養を学ばせてくれているんだもの。
十七年間平民として生きてきたから、なかなか礼儀作法を覚えるのは大変だけど、せっかく教えて貰っているんだもの、一緒にいても恥ずかしくないようにしっかりと覚えないとね。でも時々忘れて、廊下を走っていると「おしとやかに!」って怒られてしまう。
「買い出しに行ってきます」
いつものように、私は食材を買いに出かける。
初めは、貴族が自ら買い出しに出掛けるなんて……と難色を示した三人だったけど、自分で買って来た方が新鮮なものを選べるし、値切ったり、おまけを貰ったり出来るからお得なのだ。それを必死に説明したら、「人通りの少ない所には行かないように」「明るいうちに帰ってくるように」を条件にお許しが出た。私の事を心配してくれているのが分かって、とても嬉しかった。
「気を付けるのよ」
お継母様の声を背に、「はい!」と元気に返事をして私は町に出掛けた。
沢山の商店が並ぶ中、私はいつものように、食材を吟味しながら必要なものを買いそろえていく。
大方目当ても食材を買い終えた頃、ふと目に止まったのは、小さな露天商だった。その露天商で売られていたのは、食材とは全く関係のないお化粧道具だった。新しい製品が発売されるからと、古い製品がかなりお安く、半額以下の値段で売られていた。
平民として過ごしていた私は、あまり化粧をする機会がなかった。お祭りの時に少しおめかしをするくらい。だけど、生粋の貴族であるお義姉様達も、化粧をほとんどしていない。
必要最低限のお茶会にしか参加していないみたいだけど、その時にもファンデーションと口紅を塗っているだけみたい。
「安くしてるけど、品質は保証するよ」
長方形の化粧鞄に入れられた化粧品一式をじっと見ていると、若い男の人が声をかけてきた。言い方からして、お店の人みたいなんだけど、お化粧品を売ってるのは女の人だと思っていたから、すごく意外だった。顔を上げると、とても整った顔立ちの金髪の青年が居た。同年代の異性で、こんなにキレイな人をみたことがなかったから、何だかドキドキしてしまう。
青年が言うように、このお化粧品についている紋章はお継母さんの部屋で見たことがあるものなので、製品としては問題のないものだと思った。
「そうなんですね。でも……私、あまりお化粧をしたことがないから、使い方が分からないものがあって」
そう、色々と化粧鞄の中には化粧品があるが、どう使えば分からないものが多い。それに、自分に使うのではなくて、お継母様やお義姉様達に、日頃のお礼として一式贈り物をしたいなって思ったのだ。丁度、お小遣いとして貰ったお金で買える金額だったから。
お義姉様達に渡しせば、使用方法は分かると思ったけど、いつも薄化粧しかしていないから、もしかしたら知らないかもしれない。そう思ったら、買うのを悩んでしまう。
「教えてあげましょうか?」
「え?」
青年の予想外の申し出に私は、パッと顔を上げた。
「一応、化粧品を扱っているので、使い方は分かりますよ」
曲がりなりにも女の自分が、男の人に化粧を教えて貰うことには少し抵抗があった。でも、今を逃したら、高い化粧品一式を揃えるのは難しいと思う。そして、せっかく買うなら、使用方法は知っておきたい。
「いいんですか?」
気が付けが、私はそう返事をしていた。
「もちろん」
見とれるような笑顔で青年は頷き、「ちょうど、今日は終いにしようと思っていたから」と店先に〈close〉の看板を立て掛けた。
「こちらへどうぞ。少し待っていて下さいね」
そう青年に促されて、奥の衝立の後ろにある椅子に腰かけ、しばらくすると青年が化粧道具の入った箱と、さっき私が見ていた化粧品一式の入った化粧鞄を持ってきた。
青年は、とても丁寧に試供品を使いながら使い方を教えてくれた。
はじめは、青年がキレイ過ぎてドキドキしていたけど、気さくな感じで話しやすく、このお化粧品を家族に贈りたいって話すと、顔立ちの違いによって使う色だったり、塗り方にも使い分けた方が良いことを教えてくれた。
でも、それを全て聞く時間はなさそうで、残念になる。
「良かったら、三日後もここでお店を出しているから、また説明しましょうか? それまで、この化粧鞄は売らずにとっておきますよ」
「え!? 本当ですか?」
「はい。せっかく買って貰うなら、使いかたを知って欲しいですし。良かったら、化粧品を贈る人の顔の特徴とかを書いてきてくれると、教えやすいです」
願ってもない青年の申し出に、三日後また訪れることを約束して、私は足取り軽く屋敷へ戻った。
三日後、お継母様やお義姉さま達の顔の特徴をしっかり覚えようと、朝食の時にじっと見ていたら「どうしたの?何か付いているかしら?」と心配されてしまった。
でも、ちゃんと特徴を覚えたから大丈夫。
青年との約束通り、私は町に向かった。もちろん先に買い出しを済ませておくのも忘れない。
「おっ、お嬢ちゃん、俺たちと遊ばない?」
青年のお店に行く途中、何だかガラの悪そうな男の人たちに声を掛けられてしまった。
「あの、急いでいるので……」
青年と時間の約束はしていないけど、遅くなれば、その分お化粧を教えて貰う時間が減ってしまう。男の人達の横をすり抜けようとしたけど、阻むように囲まれてしまった。本当に遊んでる暇はないし、何だかこの男の人達とは関わらない方が良いって思った。お母さんと暮らしている時も、こんな風にガラの悪そうな男の人に声をかけられた事があった。その時は相手が一人だったから、全力疾走で逃げたけど……囲まれてしまって逃げ道がない。
「あ、ここに居たんだね」
どうやって逃げようかと考えていると、聞き覚えのある声がした。あの、お化粧品の青年だ。
「あん、何だお前」
「その子は、僕と約束してるんだ」
ニコニコと近づいて来る青年だったけど、ガラの悪い男の人達が「はい、そうですか」と引き下がるとは全く思えない。
「は? そんなの関係ねぇ。お前は、すっこんでな」
予想通り、男の人が近づいて来る青年に掴み掛かろうとしたら、不思議なことが起こった。男の人が、吹っ飛んで壁にぶつかったのだ。一体何が起こったのか全く分からなくて、唖然としていると、青年に手を引っ張られた。
「今のうちに」
「は、はい」
私と同じく唖然としてる男の人達の意識が、こちらに向く前に、この場を去らないと。私は、青年に手を引かれたまま駆け出した。
「はぁ。ここまで来れば追いかけて来れないだろう」
しばらく走って、大通りに近い道に出た。
「あの、ありがとうございました」
乱れた息を整えながら、青年にお礼を言った。あのまま青年が来なかったら、どうなっていたのか。
「偶然、近くを通りかかったら、君の姿が見えてね。良かったよ、何事もなくて」
ほっとしたように、はちみつ色の瞳を和ませ微笑む青年に、私の心臓がドキッとした。危険なところを助けられて、こんな表情を見せられたら、ドキドキしないわけない。
「それにしても、少し路地裏に入ると治安が一気に悪くなるね」
真剣な表情で青年は考え込んで、ブツブツと呟いている。
「あ、あの……?」
「ああ、すみません。約束通り化粧品の説明をしようか。僕のお店に行きましょう」
青年は、表情を切り替えるように笑顔になると、私を促した。
それからお店に着いた私は、今朝記憶に焼き付けてきたお継母様とお義姉様たちのお顔の特徴を青年に伝え、お顔に合った化粧方法を教えて貰った。それを必死にメモしておく。聞いただけじゃ忘れてしまうもの。せっかく教えて貰うなら忘れたくない。
陽が傾いて、夕方を伝える教会の鐘の音が聞こえてきた。
「あ、もう、こんな時間に……」
楽しい時間はあっという間だった。青年の説明は分かりやすくって、時々雑談も入るから、とても楽しかった。
途中から、旧知の友人みたいに気安く話してしまっていた。
「家の近くまで、送っていこうか?昼間みたいな、ガラの悪い輩に絡まれたら大変だし」
購入したお化粧品一式を、私に手渡しながら、青年が心配そうな表情で提案してきた。
「そんな、大丈夫。大通りを通って帰るから」
さすがに、そこまでして貰うわけにはいかない。私はただのお客なのだ。
「そうか……あ、今さらなんだけど、僕の名前、ルイスって言うんだ。君の名前も教えて貰っても良いかな?」
青年──ルイスが、気がついたように尋ねてきた。そう言えば、お互い名前を名乗っていなかった。
「私はエーリアっていうの」
「エーリアか。気を付けて帰るんだよ」
「うん、今日は本当にありがとう。助けて貰ったし、お化粧の仕方も教えてくれて、とても嬉しかった。ルイスは魔法使いみたいだわ」
ガラの悪い男の人が吹っ飛んだのも、よく分からないけど魔法みたいだったし、何より人の魅力を引き出すお化粧は魔法のようだと思った。
「魔法使いかぁ……ありがとう。またね、エーリア」
ちょっと複雑そうな表情でルイスはお礼を言ってくれた。魔法使いって誉め言葉で言ったんだけどな。
「またね、ルイス」
私はルイスに手を振る。
約束はしなかったけど、町に買い出しに来れば、またルイスに会えることもあるだろう。その時は、今日みたいに話が出来たら嬉しいなと思いながら、屋敷への帰路についた。
でも、それから何度か町に行ったけど、ルイスに会えなかった。露天商があった所も、別のお店になっていた。
「もう、会えないのかな」
ルイスは「またね」って言っていたけど、社交辞令かもしれない。近くのお店の人に、ここにあった化粧品を売っていた露天商はどこにいったのか、ルイスの事も聞いてみたけど、知らなかった。私は、ルイスの事を名前以外何も知らないから、これ以上探しようもない。
「会いたいな……」
寂しいと思ってしまった。
そう思う私はルイスに恋していた事に気が付いた。
「最近、元気がないみたいだけど、どうしたの?」
ルイスにもう会えないかもしれないと沈んだ気持ちでいると、お義姉様達が心配そうに声を掛けてくれた。
「大丈夫です!」
心配をかけたくないから、私は気持ちを切り替えて笑顔で返事をする。
「今日は舞踏会ですね。あの……良かったら、私にお化粧させて頂けませんか?」
お義姉様たちに、控え目に尋ねる。
「貴女、お化粧出来るの?」
「あまりしたことはないのですが、この前町に行った時に教えて貰う機会ありまして。それで、いつものお礼にお継母様やお義姉様たちにお化粧品を贈ろって思いまして……」
私は、ルイスのお店で買ったお化粧品一式を部屋から持って来た。
「いつものお礼って、私たちの方が貴女には世話になっているのに……って、この化粧品は!」
「もしかして、ご迷惑でしたか?」
お化粧品を見て目を丸くしたお義姉様の反応に、私は心配になる。お継母様の部屋で見かけた事はあったが、お義姉様たちの好みのお化粧品ではなかったのかもしれないと。
「違うわ。逆よ。この化粧品、なかなか手に入らないのよ。それに高かったでしょ?」
「商品の入れ替えで、だいぶ安くなってまして、お値段は頂いたお小遣いで買えました」
心配が杞憂で、私はほっとした。
喜んで貰えたみたいで、お化粧品を見るお義姉様たちの目がキラキラしている。
「ありがとう、エーリア。とても嬉しいわ」
ぱあっと笑顔になったお義姉様たちの顔を見て、私も嬉しくなった。
それから、ルイスに教えて貰った事を思い出しながら、お義姉様たちにお化粧をした。
「す、すごいわ……まるで別人みたい」
「化粧でここまで変わるのね」
自分でも、とても上手く出来たと思う。
お義姉様たちの魅力を引き出すお化粧が出来た。
「次は、お継母様です」
「あら、私もしてくれるの?」
「もちろんです」
私達の様子を、穏やかな目で見ていたお継母様にも声を掛けた。今日の舞踏会に、お継母様もお義姉様たちの付き添いで参加する。是非、お化粧させて貰いたい。
三人とも、元々整った顔立ちだから、お化粧をしたら更にキレイになった。
絶対、舞踏会では注目されると思う。
そう思っていると、お継母様から「エーリア」と、声を掛けられた。
「貴女も早くドレスに着替えなさい」
お継母様に渡されたのは舞踏会用のドレスだった。
「え?」
私は驚いて目を瞬いた。
私はお留守番すると思っていた。
「貴女も参加するのよ。新しいドレスを買う余裕がなくて、古いものだけど」
「時間はかかったけど、三人で手直ししたの」
「私は、裁縫は苦手だから、レースを編んだのよ」
三人の言葉に、涙が溢れてきた。
少し前に「シンデレラ」っぽい境遇だと思った自分の頭を叩きたい。こんなに優しい人達が「意地悪な継母と義姉」なわけがない。
「あ、ありがとうございます」
「ほら、泣いてないで着替えて。お化粧もするのよ」
「はい!」
私はお継母様に受け取ったドレスに着替えて、ルイスに教えて貰ったお化粧をした。
初めて参加する舞踏会は、とても華やかでキラキラしていた。
「今日の舞踏会には、第三王子様も参加されるって噂よ」
「第三王子様ですか?」
私には雲の上の人のようで、ピンとこない。
「ええ、隣国に留学されていたけど、最近戻って来られたのよ」
お義姉様たちがいうには、とても頭がよく、更に美青年らしい。
美青年と聞いて、ルイスを思い出してしまい、私は慌てて軽く頭を降る。美青年って単語だけで思い出すなんて重症だ。
「まあ、私達みたいな貧乏貴族は、王子様に近付けないでしょうし、美味しいご馳走を食べて、楽しく過ごしましょう」
「エーリアも、初めての舞踏会で緊張しているでしょうし、雰囲気を楽しめば良いわ。王家主催だから、きっと珍しいスイーツなんかもあるわよ」
お義姉様たちは、王子様よりもご馳走が気になるみたいだ。
「はしたなくない程度に食べなさいよ」とお継母様は少し呆れ顔で、二人を嗜めている。
私も、緊張はしているが、お義姉様たちの話を聞いて、楽しみになってきた。
お継母様やお義姉様たちが用意してくれたドレスを着て、ルイスに教えて貰った化粧でおめかししているのだ、楽しまなくちゃ損だ。
それに、見渡せばとてもキレイに着飾った令嬢たちがいる。貴族に成り立ての私は流行に疎い。だから、令嬢たちがどんなドレスを着ているのかチェックしておきたい。新しいドレスを買うのは難しくても、布さえあれば、作ることは出来る。
お化粧は覚えたから、今度はドレスを作ってみたいと思った。レース編みはお義姉様に教えて貰おう。それか、一緒に作るのも楽しそうだ。
ドレスについて、色々と考えていると、見知った顔が視界に入った。
煌めく金髪に、はちみつ色の綺麗な瞳の、とても美しい顔立ちの青年だ。
でも、こんな所にいるはずがない。きっと会いたいって思っていたから、雰囲気の似た人を間違えたに決まっている。
だけど、その人は私を目が合うと、嬉しそうな表情になって、こちらに近づいて来た。
「ルイ……ス?」
まさか、そんなはずはないと思っていたが、私に近づいて来る青年は、記憶のなかのルイスと酷似している。もっとも、着ているものは、町で見た時と違って、明らかに貴族が着る豪華な装いなので、三割……いや、五割増しでカッコ良く見える。
幻覚だろうか?
「エーリア!」
自分の名前をルイスに呼ばれて、これは似ている人でも、幻覚でもなくて、本物のルイスだと確信する。
「え? ええ? どうして、ルイスが?」
疑問符しか出て来ない。
「驚いた?」
すぐ近くまで来たルイスが、いたずらがバレた子供のような表情で、首をかしげながら尋ねる。あざとい。
私は、目を丸くしてコクコクと首を縦に振ると、「実はね」と内緒話をするかのようにルイスは、そこで一旦言葉を切る。
「実は?」
「うん、実は僕、この国の王子なんだ。第三王子」
王子……第三王子って、もしかしてさっきお義姉様たちが話していた?
「ルイスは、魔法使いじゃなくて、王子様だったのね……」
驚き過ぎて、思ったままの感想が出てしまった。
ルイスは、シンデレラをキレイに変身させる魔法使いじゃなくて、恋に落ちる王子様の方だった。いや、ここは「シンデレラ」世界じゃないから、役割なんて当てはまらない。ルイスは魔法使いであり、王子様でもあったが正しいのかもしれない。
だって、今日の私はルイスに教えて貰ったお化粧で、おめかししているもの。
ルイスに促されて、私たちは庭園に出た。舞踏会の熱気で火照っていた頬を冷たい風が心地よく冷やしてくれる。
「体を冷やすと悪いから」とルイスが、ソッとストールを肩にかけてくれた。
そういえば、王子様が舞踏会の会場から出てきてしまって大丈夫なのだろうか? この舞踏会は王家主催のものだし、留学から帰ってきた第三王子様……つまりルイスも参加するって噂になっているくらいだから、とても忙しいはずだ。
「会場に居なくても大丈夫な……んですか?」
思わず「大丈夫なの?」って化粧を教えて貰った時みたいに気安く話しかけそうになって、今さらだけど慌てて敬語に言い換えた。
「無理して敬語を使わなくて良いよ。むしろ、あの時みたいに話して欲しいな」
王子様に対してそんな気安く話しかけてもいいのかな? って思ったけど、ルイスの表情が寂しそうだったから、私は素直に頷いた。
「エーリア、君に会いたかったんだ。町で出会った露天商じゃなくて、王子として」
「王子として?」
「そう。身分を偽った姿じゃなくて、王子として、きちんと君に想いを伝えたかったんだ」
ルイスの想いって、なんだろう。
笑顔だけど、真剣な表情のルイスに、私の心臓はドキドキと、うるさいくらいに鼓動を打っている。
「実はね、露天商で君と出会う前から、僕は君のことを知っていたんだ」
「え?」
ルイスと私の出会いは、あの露天商だと思っていた。でも、こんなに美形な青年、一度会ったら絶対に忘れないと思うんだけどなと、私は首を傾げた。
「知っているって言っても、遠くから見かけただけだから、君は知らないと思うよ」
私の不思議そうな表情を見て、ルイスは笑いながら言う。
「君は、何日かに一度町に買い物に来ていただろう? 財布を落とした子供のことを覚えている?」
確かに私は三・四日に一回は買い出しのために町を訪れていた。それに、ルイスがいう財布を落とした子供のことは、一緒に探してあげたから覚えている。
「僕が隣国に留学していたのは知っているよね。その日は丁度隣国から戻ってきて、少し町の様子を見てから城に戻ろうかなって思っていたんだ」
ルイスはそこで、財布を無くして泣いている子供を見つけた。お使いの途中で財布を無くしたことに気がついたが、どこに落としたのか分からず泣き出した様子だった。しかし、誰も子供に声をかけようとする者は居なかった。みんな見て見ぬフリをして通りすぎていくだけ。城の近くの町で、他の町と比べると賑やかで発展していたが、ここにも貧富の差は存在していた。子供はどう見ても貧しい家の者で、もしかしたら孤児かもしれない身なりだったのだ。そんな子供に関わっても良いことはない、そう周りの者たちは判断して見ぬフリをしていた。
ルイスが子供に声をかけようかと、足を一歩踏み出したところで、別の者が子供に声をかる姿が見えた。それがエーリアだったのだ。そして、子供と一緒に財布を探してあげていた。
ルイスは、その時にみたエーリアの優しい笑顔が忘れられなかった。
ルイスはエーリアに一目惚れしたのだ。
その後、城に戻ったルイスは、父王と兄に町の視察をさせて欲しいことを伝えた。あくまで個人的な視察だったので、ルイスは露天商として紛れていた。
そして、またエーリアと会うことができた。数日に一回買い出しに来ているようだった。そして、あの日エーリアがルイスの露天商に興味を示していた。このチャンスを逃したくないと思ったルイスは、化粧の仕方を教える名目で、後日また会う約束を取り付けることができたのだ。因みに化粧の仕方は、留学中に友人から無理矢理教わったことだったが、ルイスはその友人に心の底から感謝した。
エーリアと気安い友人のように話を出来るようになったのは嬉しかった。だけど、エーリアに「ルイスは魔法使いみたいだわ」と言われたときに、ハッとした。
偽りの身分のまま仲良くなっても、この先エーリアと過ごすことは出来ないのだ。
だから、ルイスは王子として、この舞踏会でエーリアに会いに来たのだ。もし、この舞踏会にエーリアが参加しなかったときには、直接屋敷に会いに行く予定だった。
「エーリア、君のことが好きだ。僕の婚約者になってくれないかな?」
スッと差し出されたルイスの手は、少し震えていて、彼も緊張しているのが伝わってきた。
「私……私もルイス、様のことが好きです」
王子様を呼び捨てにするのは如何なものかと思い、様を付けて、ルイスの手に自分の手をそっと重ねた。
ルイスは「“様”は付けなくても良いよ」と、蕩けるような笑顔で私の手をぎゅっと握り返してくれた。
ルイスが私のことを好きだと言ってくれて嬉しい、私も彼のことが好きだから相思相愛だったことが分かって、天にも登る気持ちになった。だけど、心配なこともある。
「だけど、私とルイスじゃ身分が違いすぎるわ」
王子と貧乏貴族では不釣り合い過ぎる。そう言って一歩下がろうとした私の手をルイスは引っ張った。体勢が崩れた私をルイスがギュッと抱き締めてくれる。
「大丈夫。その辺は、両親と兄たちにも話して了承を貰っているから」
城に戻ったルイスは、父王、王妃と兄たちにエーリアのことを話、もし告白して色好い返事を貰えたら一緒になりたいと相談し、了承を貰っていたらしい。
とても用意周到だ。
そこまでして、私を望んでくれたことが、とても嬉しくて涙が出てきた。私の涙を見てルイスが慌てたが、「嬉しくて」と言うと、優しく涙を拭って、まだ抱き締めてくれた。
「僕の婚約者になってくれる?」
「はい」
今度は躊躇うことなく、私はルイスに返事をした。まるで、夢のようだと思った。
正式な手続きは後日と、ルイスが嬉しそうに去って行ったあと、私を探して庭園に来たお継母様とお義姉様たちに、質問攻めにあった。
ルイスにしか意識が向いていなかったのだけど、どうやら庭園に向かう私とルイスを見た周囲はざわめき立っていたらしい。お継母様もお義姉様たちも気になったけど、庭園は人払いがされていたから、入れず様子が分からなくて不安になっていたようだ。
私は、ルイスから婚約を申し込まれたことを話した。もちろん、王様や王妃様の許可もルイスが貰っていることも。
お継母様もお義姉様たちも、私の説明にはじめは困惑しているみたいだったけど、王様たちも、ルイスとの婚約を受け入れてくれていることが分かると、嬉しそうに祝福していくれた。
でも私にお化粧を教えてくれたのが王子様だと知ったお継母様は、貧血で倒れてしまった。
数日後、王家からルイスとの婚約を許可するという書類が届いて、夢じゃなくて現実なんだと実感した。
その後は、それなりに大変なことも色々とあった。そう、主に王家に嫁ぐための教養を身に付けるための勉強とか特訓とかね。でも、ルイスをはじめ王家の方達は本当に優しかったし、お継母様やお義姉様達も私を支えてくれたから、毎日笑顔で過ごすことが出来た。
私も、皆を笑顔に出来るように、これからも頑張ろうと思うわ。
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