17 / 38
第三章
3 混乱
しおりを挟む
「ちょっと待ってくれ。頭が混乱してきた」
そう言うと西島は文字通り頭を抱えた。
間宮がサイコパス? どういうことだ?
妹を殺された被害者家族なんだろう?
妹と喧嘩別れした事を後悔し続けている、そんな男がサイコパスだと?
間宮への疑いが晴れたばかりなだけに、西島は激しく混乱した。
しかし、いくら考えたところでスッキリしない。
西島はガバッと顔を上げると、間宮に向き直った。
「率直に聞く。何かやったのか? その──」
「動物を虐待したり? そんな事しませんよ。勿論、人を殺したこともありません」
「じゃあなんだ? 誰かを虐めたりすることに快感を覚えるとか……」
「それはあるかも」
啞然とする西島に「冗談です」と言うと間宮は笑った。
しかし、西島は冗談が通じない。それに、間宮の真意を率直に知りたかった。
「おい、一体どういう事か説明しろよ」
「すみません。でも、正直なところ、自分でも分からないんです」
「俺の方こそさっぱり分からんよ。何故サイコパスだと思うんだ」
2人の目の前を、シリンジや点滴などを乗せたワゴンを看護師が押していく。
それを目で追いながら、間宮は言った。
「サイコパス検査です。僕の中にMAOAと言うサイコパス遺伝子が認められたんです」
「サイコパス遺伝子……」
西島は聞き覚えのある言葉に驚いた。
「俺も捜査会議でプロファイラーからその件は聞いたが……。でも、必ずしもサイコパスになる訳じゃないんだろ?」
「さあ、どうでしょうね」
間宮は冷めた表情でそう言ったが、はっと、驚いたように西島を見た。
「待ってください。そのサイコパス遺伝子の事、誰が話してました?」
「確か……」
西島は腕を組むと唸り、ポンと手を打つと言った。
「そうだ。横井ってプロファイラーだ」
「横井? 横井儀一ですか?」
「いや、確かサトシ……。横井聡って名だったと思うが。横井犯罪心理学研究所とかいう所の所長で、40絡みの気取った野郎だ。どうした?」
「僕の検査をしたのも、横井犯罪心理学研究所所長です」
二人の間に沈黙が流れる。
「間宮さん」
沈黙を破ったのは西島だった。
「詳しく聞かせてくれないか」
* * *
その日の晩。西島の足取りは重かった。
それ以上に頭も重いのか、気付くと前屈みになって歩いている。
やっとの思いで歩を進めながら、西島はアパートへと向かっていた。
今日も散々な日だった。
勿論、葉月を救出出来た事はこの上ない喜びだったが、頭重の原因は、その後の間宮の告白に加え、森永と渡邉への報告である。
散々絞られ、捜査から外されなかったものの、向こう半年減給は免れないだろうと言われた。
「参ったな」
思わず声が出る。
すると、街灯の下で声を掛けられた。
聞き覚えのある声に顔を上げる。
そこに立っていたのは、コンビニの袋を下げた、神父の新堂だった。その表情は変わらず優しい微笑みを湛えている。
コンビニの袋を下げた姿は少し意外な気もしたが、彼の日常の一端を感じさせ西島は少し嬉しくなった。
「新堂さん、先日は有難うございました」
西島は律義に頭を下げた。
「おや? 私が何かお役に立ちましたか?」
新堂はそう言うと微笑んだ。流石、心根が凡人とは違う。恩着せがましいところが一切ない。
新堂がこう言ってくれている時は、しつこく礼を言うのも野暮という物だろう。
西島は話題を変えた。
「今日は神父服なんですね。やっぱりその方がお似合いだ。私服だと別人のようで」
新堂は一瞬きょとんとした表情を見せたが、なるほどと言った。
「そうかもしれません。西島さんはこの格好を見慣れていらっしゃいますもんね」
「ええ。その服を見ただけで、スッと気持ちが楽になるほどです」
実際新堂に会うと、肩から力が抜けるのを感じる。彼に対し、絶大な信頼を寄せているのだと改めて思う。
「そう言って貰えて私も嬉しいです。あ、そうだ」
新堂は、良かったら寄って行かないかと西島を誘った。
「実は今日、琴音ちゃんのご両親がご友人の結婚披露パーティーに行かれているので、その間彼女を預かっているんです」
琴音はこの教会に通っている信者の娘である。
5年前、この教会の前で最初に逢ったのが、当時まだ小学校1年だった琴音だ。その出会いがあって、新堂とも懇意となったと言っていい。
「随分久しぶりでしょう?」
「いいんですか?」
「勿論です。琴音ちゃんも喜びますよ」
そう言うと、新堂は西島を教会横の小さな平屋建ての家へと案内した。
「おとぎ話に出てきそうな家ですね」
西島がそう言うと、新堂は元々納屋だった建物なのだと言って笑った。
* * *
「西島さん!」
玄関に入った西島の姿に気付くと、琴音は走って来た。
以前はこの後飛びついてきたのだが、流石に小学校6年生ともなると恥ずかしいのか、西島が想像していたお迎えはなかった。
「昔は飛んできたのに」
西島がそう言うと、琴音はもうそんな子供じゃないと頬を膨らませた。
肩で切り揃えた黒髪。色白で、大きな目を縁取る長い睫。西島を見上げるその表情は、確かに少しお姉さんになった。
「琴音はきれいになったなぁ」
「西島さんはオジサンになった。ねぇ、まだお嫁さんは来ないの?」
可愛らしく小首をかしげ、痛いところを突く。西島は引きつった笑いを浮かべた。
「お嫁さんは……残念ながらまだだな」
「でも、彼女は出来た?」
子供らしい直球に、油断した西島は思わず固まった。と同時に、葉月の顔が浮かぶ。
「いや、あの……」
しどろもどろになる西島を見て、琴音は「きゃー!」と声を上げた。
そして、台所に立つ新堂の下へと駆けていく。
「神父さま、大変! 西島さんに彼女が出来たみたい!」
「え? そうなんですか?」
新堂は手を拭くと、お祝いをしなくてはと戸棚からワイングラスを取った。
「どんな方なんですか? そんなお相手がいたなんて初耳ですよ。是非お聞きしたいな」
言いながら、冷蔵庫から白ワインを出す。
「いや、その……」
先日、教会の前で新堂に彼女かと聞かれた時に全力で否定したせいか、新堂の記憶に久住葉月は残っていないようだ。
さて、どう説明しようか。
「ええっと、真っすぐで、頑張り屋で、真面目で……」
葉月のいい所をひとつ挙げる度に顔が熱くなっていくのはワインのせいだと思いたい西島だった。
そう言うと西島は文字通り頭を抱えた。
間宮がサイコパス? どういうことだ?
妹を殺された被害者家族なんだろう?
妹と喧嘩別れした事を後悔し続けている、そんな男がサイコパスだと?
間宮への疑いが晴れたばかりなだけに、西島は激しく混乱した。
しかし、いくら考えたところでスッキリしない。
西島はガバッと顔を上げると、間宮に向き直った。
「率直に聞く。何かやったのか? その──」
「動物を虐待したり? そんな事しませんよ。勿論、人を殺したこともありません」
「じゃあなんだ? 誰かを虐めたりすることに快感を覚えるとか……」
「それはあるかも」
啞然とする西島に「冗談です」と言うと間宮は笑った。
しかし、西島は冗談が通じない。それに、間宮の真意を率直に知りたかった。
「おい、一体どういう事か説明しろよ」
「すみません。でも、正直なところ、自分でも分からないんです」
「俺の方こそさっぱり分からんよ。何故サイコパスだと思うんだ」
2人の目の前を、シリンジや点滴などを乗せたワゴンを看護師が押していく。
それを目で追いながら、間宮は言った。
「サイコパス検査です。僕の中にMAOAと言うサイコパス遺伝子が認められたんです」
「サイコパス遺伝子……」
西島は聞き覚えのある言葉に驚いた。
「俺も捜査会議でプロファイラーからその件は聞いたが……。でも、必ずしもサイコパスになる訳じゃないんだろ?」
「さあ、どうでしょうね」
間宮は冷めた表情でそう言ったが、はっと、驚いたように西島を見た。
「待ってください。そのサイコパス遺伝子の事、誰が話してました?」
「確か……」
西島は腕を組むと唸り、ポンと手を打つと言った。
「そうだ。横井ってプロファイラーだ」
「横井? 横井儀一ですか?」
「いや、確かサトシ……。横井聡って名だったと思うが。横井犯罪心理学研究所とかいう所の所長で、40絡みの気取った野郎だ。どうした?」
「僕の検査をしたのも、横井犯罪心理学研究所所長です」
二人の間に沈黙が流れる。
「間宮さん」
沈黙を破ったのは西島だった。
「詳しく聞かせてくれないか」
* * *
その日の晩。西島の足取りは重かった。
それ以上に頭も重いのか、気付くと前屈みになって歩いている。
やっとの思いで歩を進めながら、西島はアパートへと向かっていた。
今日も散々な日だった。
勿論、葉月を救出出来た事はこの上ない喜びだったが、頭重の原因は、その後の間宮の告白に加え、森永と渡邉への報告である。
散々絞られ、捜査から外されなかったものの、向こう半年減給は免れないだろうと言われた。
「参ったな」
思わず声が出る。
すると、街灯の下で声を掛けられた。
聞き覚えのある声に顔を上げる。
そこに立っていたのは、コンビニの袋を下げた、神父の新堂だった。その表情は変わらず優しい微笑みを湛えている。
コンビニの袋を下げた姿は少し意外な気もしたが、彼の日常の一端を感じさせ西島は少し嬉しくなった。
「新堂さん、先日は有難うございました」
西島は律義に頭を下げた。
「おや? 私が何かお役に立ちましたか?」
新堂はそう言うと微笑んだ。流石、心根が凡人とは違う。恩着せがましいところが一切ない。
新堂がこう言ってくれている時は、しつこく礼を言うのも野暮という物だろう。
西島は話題を変えた。
「今日は神父服なんですね。やっぱりその方がお似合いだ。私服だと別人のようで」
新堂は一瞬きょとんとした表情を見せたが、なるほどと言った。
「そうかもしれません。西島さんはこの格好を見慣れていらっしゃいますもんね」
「ええ。その服を見ただけで、スッと気持ちが楽になるほどです」
実際新堂に会うと、肩から力が抜けるのを感じる。彼に対し、絶大な信頼を寄せているのだと改めて思う。
「そう言って貰えて私も嬉しいです。あ、そうだ」
新堂は、良かったら寄って行かないかと西島を誘った。
「実は今日、琴音ちゃんのご両親がご友人の結婚披露パーティーに行かれているので、その間彼女を預かっているんです」
琴音はこの教会に通っている信者の娘である。
5年前、この教会の前で最初に逢ったのが、当時まだ小学校1年だった琴音だ。その出会いがあって、新堂とも懇意となったと言っていい。
「随分久しぶりでしょう?」
「いいんですか?」
「勿論です。琴音ちゃんも喜びますよ」
そう言うと、新堂は西島を教会横の小さな平屋建ての家へと案内した。
「おとぎ話に出てきそうな家ですね」
西島がそう言うと、新堂は元々納屋だった建物なのだと言って笑った。
* * *
「西島さん!」
玄関に入った西島の姿に気付くと、琴音は走って来た。
以前はこの後飛びついてきたのだが、流石に小学校6年生ともなると恥ずかしいのか、西島が想像していたお迎えはなかった。
「昔は飛んできたのに」
西島がそう言うと、琴音はもうそんな子供じゃないと頬を膨らませた。
肩で切り揃えた黒髪。色白で、大きな目を縁取る長い睫。西島を見上げるその表情は、確かに少しお姉さんになった。
「琴音はきれいになったなぁ」
「西島さんはオジサンになった。ねぇ、まだお嫁さんは来ないの?」
可愛らしく小首をかしげ、痛いところを突く。西島は引きつった笑いを浮かべた。
「お嫁さんは……残念ながらまだだな」
「でも、彼女は出来た?」
子供らしい直球に、油断した西島は思わず固まった。と同時に、葉月の顔が浮かぶ。
「いや、あの……」
しどろもどろになる西島を見て、琴音は「きゃー!」と声を上げた。
そして、台所に立つ新堂の下へと駆けていく。
「神父さま、大変! 西島さんに彼女が出来たみたい!」
「え? そうなんですか?」
新堂は手を拭くと、お祝いをしなくてはと戸棚からワイングラスを取った。
「どんな方なんですか? そんなお相手がいたなんて初耳ですよ。是非お聞きしたいな」
言いながら、冷蔵庫から白ワインを出す。
「いや、その……」
先日、教会の前で新堂に彼女かと聞かれた時に全力で否定したせいか、新堂の記憶に久住葉月は残っていないようだ。
さて、どう説明しようか。
「ええっと、真っすぐで、頑張り屋で、真面目で……」
葉月のいい所をひとつ挙げる度に顔が熱くなっていくのはワインのせいだと思いたい西島だった。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
警視庁鑑識員・竹山誠吉事件簿「凶器消失」
桜坂詠恋
ミステリー
警視庁、ベテラン鑑識員・竹山誠吉は休暇を取り、妻の須美子と小京都・金沢へ夫婦水入らずの旅行へと出かけていた。
茶屋街を散策し、ドラマでよく見る街並みを楽しんでいた時、竹山の目の前を数台のパトカーが。
もはや条件反射でパトカーを追った竹山は、うっかり事件に首を突っ込み、足先までずっぽりとはまってしまう。竹山を待っていた驚きの事件とは。
単体でも楽しめる、「不動の焔・番外ミステリー」
黙秘 両親を殺害した息子
のせ しげる
ミステリー
岐阜県郡上市で、ひとり息子が義理の両親を刺殺する事件が発生した。
現場で逮捕された息子の健一は、取り調べから黙秘を続け動機が判然としないまま、勾留延長された末に起訴された。
弁護の依頼を受けた、桜井法律事務所の廣田は、過失致死罪で弁護をしようとするのだが、健一は、何も話さないまま裁判が始まった。そして、被告人の健一は、公判の冒頭の人定質問より黙秘してしまう……
探偵残念 ―安楽樹は渋々推理する―
鬼霧宗作
ミステリー
フリーター安楽樹(あぎょういつき)は日々をのらりくらりと過ごす青年。ただ、彼には恵まれているのかどうなのかさえ微妙な素質があった。
――幼馴染である御幸蘭(みゆきらん)と一緒にいると、その出先で必ずといっていいほど事件に巻き込まれてしまう。そのたびに、安楽は蘭と行動を共にした後悔する。
もしかすると、これから向かう孤島には、見立て殺人に適したわらべ唄があるかもしれない。
嵐が来て、船が謎の大爆発を起こすかもしれない。
事件に巻き込まれることを回避すべく、できる限り幼馴染の蘭にはかかわらないようにしていた安楽であったが、ある時、蘭から旅行に誘われる。
行き先は海に浮かぶ名もなき島。もう事件が起きるフラグしかたっていない。当然、蘭との旅行の時点で断りたい安楽だったが、しかし旅費もかからないらしい。アルバイトの日々に辟易していた安楽は、蘭に押し切られる形で渋々承諾する。
そして連続殺人の惨劇が幕を開ける。
次々と起こる事件に対して、自分の軽率さを呪いつつも、家に帰るため、そして真っ先に犯人に殺されないようにするため、安楽は嫌々ながら渋々と推理を始める。
視えるのに祓えない~九条尚久の心霊調査ファイル~
橘しづき
ホラー
書籍発売中!よろしくお願いします!
『視えざるもの』が視えることで悩んでいた主人公がその命を断とうとした時、一人の男が声を掛けた。
「いらないならください、命」
やたら綺麗な顔をした男だけれどマイペースで生活力なしのど天然。傍にはいつも甘い同じお菓子。そんな変な男についてたどり着いたのが、心霊調査事務所だった。
今さら、私に構わないでください
ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。
彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。
愛し合う二人の前では私は悪役。
幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。
しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……?
タイトル変更しました。
不動の焔
桜坂詠恋
ホラー
山中で発見された、内臓を食い破られた三体の遺体。 それが全ての始まりだった。
「警視庁刑事局捜査課特殊事件対策室」主任、高瀬が捜査に乗り出す中、東京の街にも伝説の鬼が現れ、その爪が、高瀬を執拗に追っていた女新聞記者・水野遠子へも向けられる。
しかし、それらは世界の破滅への序章に過ぎなかった。
今ある世界を打ち壊し、正義の名の下、新世界を作り上げようとする謎の男。
過去に過ちを犯し、死をもってそれを償う事も叶わず、赦しを請いながら生き続ける、闇の魂を持つ刑事・高瀬。
高瀬に命を救われ、彼を救いたいと願う光の魂を持つ高校生、大神千里。
千里は、男の企みを阻止する事が出来るのか。高瀬を、現世を救うことが出来るのか。
本当の敵は誰の心にもあり、そして、誰にも見えない
──手を伸ばせ。今度はオレが、その手を掴むから。
ミノタウロスの森とアリアドネの嘘
鬼霧宗作
ミステリー
過去の記録、過去の記憶、過去の事実。
新聞社で働く彼女の元に、ある時8ミリのビデオテープが届いた。再生してみると、それは地元で有名なミノタウロスの森と呼ばれる場所で撮影されたものらしく――それは次第に、スプラッター映画顔負けの惨殺映像へと変貌を遂げる。
現在と過去をつなぐのは8ミリのビデオテープのみ。
過去の謎を、現代でなぞりながらたどり着く答えとは――。
――アリアドネは嘘をつく。
(過去に別サイトにて掲載していた【拝啓、15年前より】という作品を、時代背景や登場人物などを一新してフルリメイクしました)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる