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47 ピンクブロンドはひとりじゃない。

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 寮の門限ギリギリに帰り着いて手続きを済ませている間に、ニヤニヤ少年は消えていた。

 アイツが寮に住んでるのか通いなのかすらアタシは知らない。

 まぁ。いいけど。
 あんまり知りたくないし。聞きたくないし。深入りしたくないし。

 アイツとフリでもつきあうとか、ありえないわ。

 手続きを済ませて、事務棟から寮へ続く渡り廊下へ出ると。

「あっ! フランちゃん! お帰り!」

 アンナが駆け寄ってきた。

「どうしてここに。もしかして、事務に用事――」
「モンブラン侯爵家に行ってたの?」
「え」

 どうしてアンナがそのことを知ってるの?
 
「ほんとうにそうだったんだ。
 フランちゃんが出かけたすぐあと、寮の部屋のドアの下に、メモが挟まれてて」

 アタシの脳裏にニヤニヤ少年の顔が浮かんだ。

「追いかけようと思ったけど、当日に外出許可はとれないし。
 それに、いくらなんでも色々あったモンブラン侯爵のところへ行くなんてありえないって。
 でも、お買い物の割にはぜんぜん帰ってこないから、もしかした本当なのかもって」

 アタシは基本的に慎重なので。
 買い物で外出する時は、いつも、門限に余裕の時間に帰ってきていた。
 ずいぶんと心配させちゃったみたいだ。

 ここならアタシが帰ってきたらすぐ会えるから、待っててくれたんだ。

「……ごめん」

 自分の行動がどれほど無謀で考え無しだったか改めて思い知らされる。
 もし、おねえちゃんに企みがあれば……アタシは悲惨な目にあっていただろう。
 そして、一般的なお貴族様の考えからすれば、そちらのほうが普通なのだから。

「ううん。いいの。帰ってきてくれたし。
 謝ることじゃないよ。
 話したら止められると思ったんでしょう?」
「う、うん……」
「実際、話して貰えてたら止めてたと思うもの」

 並んで寮の部屋へ向かう。

 アタシの心の中は、ちょっと複雑だった。
 今回のことで気づきたくないことに気づかされてしまったから。

 アンナは、心のどこかではアタシの体を淫らでいやらしいと思っているって。
 きっとアンナの反応が普通で、おねえちゃんはヘンなんだろう。

 それでも、こうして心配してくれる気持ちは本当だって感じる。

 そんなアタシの心中にはまったく気づかぬ様子で。
 
「でも、よかった……ほんとうによかった。
 すごく、うまくいったみたいで。
 腹違いでも姉妹なんだから、仲良く出来ればそれが一番だもの」
「え……?」

 無事に帰ってきてよかった。じゃなくて。
 うまくいった? しかもおねえちゃんとの関係まで判るの?

 アタシの疑問符は顔に出ていたらしい。

「フランちゃん、なんかスッキリした顔してるから。
 モンブラン女侯爵様と和解できたのかなって。
 それも、かなりいい感じに」
「そんなにスッキリした顔してる?」
「してるしてる。
 今までは、どこか……
 いつも戦っています、みたいなところがあったけど。
 今日は、なんかね、雰囲気がやわらかいの」
「あ……」

 確かに、おねえちゃんがアタシを肯定してくれた。
 そのことで色々なわだかまりから解放された気がする。

「それに……フランちゃん、向こうでお風呂に入ってきた?」
「え、あ、うん……なんかそういう流れに……どうして判るの?」
「いい石鹸と香油の香りがするもの。
 モンブラン侯爵家って化粧品の販売にも関わってるから。
 憎んでいる妹に、そういうものを使わせないと思う」

 化粧品扱ってることって有名だったんだ。ぜんぜん知らなかった。

「それは……確かに……」
「フランちゃんだって、何されるか判らない相手の家で、お風呂には入らないもの」
「そ、そうね。あはは」

 入ったんじゃなくて入れられたし。
 しかもおねえちゃんまで裸だったし。

「髪も染めてないし、それに……」

 アンナはちょっと口ごもって、アタシから視線をそらした。

「それに?」
「い、いいよ。大したことじゃないから」
「言ってよ。気になるじゃない」

 アンナは更にもう少し迷ってから

「フランちゃん……今日は、胸、その、押さえつけてないみたいだから」
「あ……」

 アタシは反射的に手で胸元を押さえてしまう。
 アンナはアタシの胸を嫌ってるか――

「そのほうがいいよ」
「え……? いいの?」

 アタシの体がいとわしかったんじゃないの?

「だってすごくキツく巻いて押さえてたから。
 見ているだけで息苦しくなっちゃいそうだったもの。
 まるで自分の体をいじめてるみたいな……」
「!」

 視線をそらしたのは、アタシが痛々しかったからだったの……?

「なんでそんなことしてるのか聞きたかったけど……
 いつも、わたしに見せないようにしてるみたいだったから。
 聞いちゃいけないんだろうなって……」

 アンナは花がほころぶようにほほえんだ。

「もうしなくてよくなったんだね!」

 アタシは。
 アンナのことさえ判っていなかった。 
 自分の思い込みで、ちょっとした仕草にさえ、悪意を見ていた。

 おねえちゃんが、アタシを『ピンクブロンドの呪い』としか見ていなかったように。
 アタシがおねえちゃんを『アタシを潰そうとする敵』としか見ていなかったように。

 なんにも判っていなかったんだ。

 そんなアタシを、アンナはずっと隣で見ててくれた。
 心配しててくれた。

 こんなアタシを。

 アタシは、ずっとひとりだった。
 ひとりでずっと生きてきたつもりだった。

 でも、ちがったんだ。
 アンナに受け入れてもらった時から、アタシはひとりじゃなかった。

 ……いや、ちがう。

 アンナが受け入れてくれて、おねえちゃんに肯定してもらった今なら判る。

 娼館でアタシに仕事をくれた娼婦達だって、アタシを助けてくれてたんだ。
 そうでなければ、まだヒトケタの半分しか行ってない子供に、小遣いなんかくれるものか。

 文字を教えてくれた人もいた。
 貴族の怖さを教えてくれた人もいた。
 僅かな蔵書を好きなだけ読ませてくれた人もいた。

 イヤな客のあしらい方を教えてくれた人もいた。
 娼婦にするための教育だろうと思ってて、イヤだったけど……あれも親切が含まれていたんだろう。

 アタシは、ずっとひとりじゃなかった。

 かあちゃんも、おっさんも、血が繋がった人は、アタシを助けてくれなかった。
 アタシを苛んで奪って傷つけるだけだった。

 でも、血が繋がっていない人達に、アタシは助けられてきたんだ。
 色々な人に親切にされて気に掛けられていたんだ。

 ひとりじゃなかったんだ。

「フランちゃん……?」

 アンナが、長身をかがめて心配そうに覗き込んでくれていた。

 いつもみたいに、なんでもない、って言おうとしたけど。
 口から出た言葉は。

「うれしいのっ。アタシ、ひとりじゃないんだ。それがうれしいの」

 アタシは、アンナの前で、また泣いてしまった。
 どうしてだろう、アンナの前では、すぐこうやってみっともなくなってしまう。

 アンナはアタシを抱きしめてくれた。

 ほそい体は、おねえちゃんみたいにやわらかくなかったけど、でも、同じくらいにやさしかった。

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