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44 ピンクブロンドは交際(?)を申し込まれる。

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 辺りはすっかり夕暮れに染まっていた。

 怒りでいっぱいだった往きとちがって、帰りはなんだか心が軽い。
 足取りも軽くって、アタシが歩くと無造作に結ったポニーテールの影が、ぴょこぴょこ踊ってる。

 鼻歌でも歌いたい気分。
 歌わないけど。

 ようやっと『呪われたピンクブロンド』から解放された気がする。

 ううん、それだけじゃない。

『お前は生まれついての娼婦だ』っていう、かあちゃんの呪いからも。

 余り認めたくないけど……うん、アタシ素直じゃないね。
 なんのかんのと、おねえちゃんのおかげが大きい。

 おねえちゃんは、何度も何度もほめてくれた。
 アタシがキレイで、かわいいって。

 同じ事は娼館でもよく言われた。
 でもそれは、いつかヤラセロ、今すぐでもいいぜ、とセットでしかなかった。
 実際、何度も危ない目にあったし。

 かあちゃんも何度か言ってはくれた。
 でもそれは、将来股ぐらを開いて男をどんどんくわえこみなさい、でしかなかった。
 アタシを何度も売ろうとしたし。

 でも、おねえちゃんは違った。
 ただただアタシを、ほめてくれた。
 キレイで、かわいくて、賢くて、情に篤くて、我慢強い、勇敢な戦士だって。

 戦士っていうのが一番うれしい。
 アタシがずっと抗ってきたことを、認めてくれたんだ。 

 まぁ……ほめすぎだと思うけど。

 アタシは、おねえちゃんが言うほど、けなげでも強くもない。
 今日のダメ推理をふりかえれば、賢いっていうのも、怪しいもんだ。
 キレイっていうのも、おねえちゃんのほうが全然上だ。
 それに、今日は追い詰められて一時とはいえ白旗あげちゃったし。

 でも、うれしい。

 少なくとも、おねえちゃんにとって、アタシはアタシでいいらしい。

 アタシはずっと自分の体が嫌いだった。
 今、思えば、自分の体が嫌いで憎らしくて、自分でおとしめてきた。
 だからいつも、化粧とかケアとか全くせず、外見も、真っ黒に染めた髪、ダサいポニーテール、古びた制服、古くさい黒フレームの伊達メガネで武装していた。

 でも、あんなに邪気無く裏なくほめられると……
 たまには違う格好したりおしゃれしたりしてもいいかなって思えるようになってる。

 といっても、今もそのダサい服装なんだけど。
 だって他の服もってないし。

 でも、ピンクブロンドの髪は染めていない。
 明日からは染めるだろうけど……今日はいいや。
 それとこれからは胸をタオルで縛るのはやめる。
 歩く度に揺れちゃって、こそばゆいし変な感じだけど、でもこれがアタシの体。
 それに苦しくない。 
 というか、アタシずっと苦しく感じてたんだって初めてわかった。

 自分の体をいじめるのは、もうやめるんだ。

 おねえちゃんは、アタシ用に新しいドレスを十着も仕立ててたらしくって、帰りにはそのどれかを着てけって熱烈に勧めてきた。
 制服は洗濯が済んでないから、これを着てけって。
 特に、やたら豪華な黒いドレスを勧めてきた。これから夜の舞踏会へでも出るっていうんかい!
 メイド長さんが、綺麗になったのを持ってきてくれて助かった。

 本当は、お風呂からあがったらアタシに着せるつもりだったらしい。
 アタシがよく眠っちゃったから、着せるチャンスを逸してしまったんだって。

 でもアタシをすごくきもちよくして眠らせちゃったのはおねえちゃんでしょ。
 自業自得じゃない。まぁ着ないけど。

 ドレスからは逃れられたと思ったら、次は帰るアタシをもの凄い駄々っ子ぶりで引き留めようとするし。
 結局、アタシは二週間後にまた来訪するって約束させられた。

 しょうがないじゃない。だってあの人泣くんだもの。
 きっと、同じ手で、10着のドレスも次々と着せられちゃうんだろうなぁ……。

 おねえちゃんは、アタシが思っていたより色々困った人みたい。
 夢に見たおねえちゃんと……ぜんぜんちがう。

 だけど、アタシはあの人を信じようって決めたんだ。
 あの人はアタシを肯定してくれるって。
 まぁ当分、あの人のことを『おねえちゃん』とは呼ばないけどね。
 だって、そんなことしたら、もっとデロデロに構ってきそうだもの。

 でも、気づいたら、アタシの人生、そう悪いもんでもないよね。

 信じられる友達と、信じようと決めた人がいるんだから――

 アタシの隣に、いきなり馬車が止まった。

「今お帰りなんだ。乗ってかない?」

 馬車の窓からひょいと顔を出したのは、ニヤニヤ少年だった。

「結構です。今日は歩いて帰りたい気分なの」
「ふーん。門限破ってもいいんだ。特待生なのに」
「え」

 ヤツめは懐からこじゃれた懐中時計を取り出すと、

「くっくっく。歩いたら間に合わないだろうねぇ。多分、走っても無理!」

 おねえちゃんめ!
 眠っちゃってたから思ったより時間がかかっちゃったじゃん!

「じゃあお先に! ハイホー♪♪」

 馬車は速度をあげてアタシを置いていく。
 たちまち角を曲がって消える。

 アタシは走りかけて……意地でも走るもんか。
 どうせアレよ、アタシが追いかけてくるのを見て、へらへら楽しそうに笑うつもりなんでしょ。
 あー、その顔を想像するだけでイラッとする。

 でも、特待生。

 いやいやでも門限破っても一度くらいなら……

 だけど、そういう油断が命取りになるかもしれない。
 アタシの両親は横領犯とお家乗っ取りのダブル罰で大罪人。
 その上、今じゃモンブラン侯爵家の猶子ですらない。
 ちょっとしたミスで特待生を失う危うい立場。

 悔しい!
 走って追いついて頭下げるしかないじゃない!
 悔しいけど!
 今はどんな小さなミスも特待生が危なくなるんだから!
 あーもう!

「え……?」

 馬車は曲がったすぐで止まっていた。
 あのイラッとさせるニヤニヤ顔が、窓からひょいっと出てくる。

「いやー君って反応が面白いからさー。
 今日は、おりいって話があるんだ。
 移動する馬車の中で話す方が、学園より安全なんだよね」
「聞きたくない」
「くっくっく。いーのかなー?
 君とボクの両方がお得な話なんだけど。今ならお買い得かも」
「……簡潔に言いなさいよ」

 ニヤニヤ少年は、ごく軽い口調で言いやがった。

「ボクとつきあってるフリしない?」
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