上 下
43 / 60

43 ピンクブロンドはヒロインと約束する。

しおりを挟む
「わたくし、フランを知れば知るほど好きになってしまって。
 だって、こんなに素敵な妹なんですもの。
 きっと妹じゃなくても好きになっていたはずですわ。
 でも、自分のせいで、もう二度と会ってもらえないって思って……
 報告書を読み直したり、貴女との貴重な会話を思い出したりで、一日一回は泣いてましたのよ」
「なっ泣いてた……?」

 このひと、なにを言ってるの!?
 それに会話らしい会話ってこの人が18歳になった日のだけだよね?
 慇懃だけど非友好の極みだったじゃない!

 しかも、アタシの呼び名がフランに戻ってるし!

「当たり前ですわ。
 こんなに素敵で健気で努力家で、心がまっすぐで、
 情にあつくて、しかも可憐でかわいい妹と二度と会えないんですもの!
 泣きますわよ! 貴女にも素敵な妹が突然現れたら判りますわ!」

 この人、アタシのこと言ってるんだよね?
 別人にしか聞こえないんですけど!
 この世界のどこかに、フランボワーズっていう女がもうひとりいるんですか?

「それなのに、フランはわたくしに会いに来てくれましたわ!
 もう、お屋敷中大騒ぎで」
「なんで大騒ぎになるのよ!」
「わたくし、フランへの仕打ちを心から反省して、
 身近からそれを示そうと思いましたの。
 まずは、奉公人達が持っているフランへの誤解を解くことから始めましたのよ」

 なにやったんだこの人!?

「お屋敷に勤めている奉公人達を全員集めて。
 フランがいかに頑張り屋で、諦めない心の持ち主で、賢い子か!
 そして過酷な日々をいかに生き抜いてきたかを、知ってる限り語りに語りましたのよ!
 わたくしの権力を暈に着た非道な仕打ちの数々に対して、フランがいかに知力体力を駆使して見事に立ち向かったのかを! そしてわたくしが自分の行為をいかに悔いたかを!
 皆、最後には涙涙で、貴女にしてしまった仕打ちの数々を振り返る大反省会になりましたのよ!」
「うわ……」

 だから、ああいう風に迎えられたのね。
 あの歓迎ぶりは芝居じゃ無かったってこと……?

 って、ダメよ! また欺されそうになってる!

「貴女が来てくれて、わたくし、いえわたくし達がどれほど舞い上がってしまったことか!
 憎まれてても仕方がないですけど、せめて話は聞いて欲しい! その一心でしたわ!
 そうしたら、月に一度は来てくれるなんてやさしいことを言ってくれるんですもの!
 フランはやっぱりやさしくて情に篤い子でしたわ!」

 だって、あんまりこの人が、やさしくて。
 欺されてもいいなんて思ってしまって……。

 あれ? もしかして、アタシ、欺されてなかった……?

 だから、欺されちゃダメよアタシ!

「そうなると、貴女ともっと話したい。少しでも引き留めたい!
 そう思ってしまうのも当然ですわ!
 だから、一緒にお風呂に入ろうと思ったんですの!」
「……」

 アタシはポカンとしてしまった。

 なぜ、そう、なる?

 一緒にお風呂に入ろうと思った?
 嘘をつくなら、もっとマシな嘘があるでしょうがっ!

「わたくし、どこかで聞いたことがありましたの。
 親しくなりたかったら、裸のつきあいがいいと。
 でも、裸を見せ合うなんてはしたないですし、
 相手が異性ならどんな間違いが起きるかわかりませんわ。
 ですから、ずっと忘れていたんですの」

 お願いだから!
 忘れたままでいてよ!

「でも、わたくしはどうしても、ほんの少しでもフランと仲良くなりたくて!
 隠し立てをしていない事と、なにをされてもいい事を示すために、何もかも脱ぎ捨てて裸でぶつかろうと決心しましたの。
 それに幸い同性ですもの、間違いが起きる気遣いはありませんし!」
「その口実が……髪だったってこと……?」

 なにこれ。
 この人……バカじゃないの?

 い、いやいや。
 アタシは二度と欺されないんだから!

「ええ! フランの髪が傷んでるのに気づいて咄嗟に思いついたんですの!
 お風呂にいけば、ふたりとも裸になるしかありませんもの。
 裸のつきあいになりますわ!」

 なりますわって……。

「お風呂の用意がしてあったのは本当ですわ!
 だって、入浴が嫌いな人なんていませんもの!
 ですけど皆様遠慮なさって、お入りになる方はおりませんのよ」

 そりゃそうでしょう。
 真っ昼間から他人の屋敷のお風呂に入るとか! 普通しないから!
 というかお貴族様でもその辺は変わらなくてちょっとホッとした。

「ですけど、貴女はいつ辱められても不思議でない場所で必死に貞節を守ってきた子ですわ。
 同性とはいえ肌身を見せるのに、抵抗があるにちがいありません。
 だから、思い切ってわたくしが先に脱ぎましたの。凄く恥ずかしかったですわ」
「え……堂々と見えたけど……」
「そんなことありませんわ!
 わたくし今まで、入浴係の奉公人達以外に生まれたままの姿を見せたことなどありませんもの!
 それに、すぐ裸になる破廉恥な女とフランに思われるのも怖かったですわ。
 ですが、貴女と親しくなるために覚悟を決めて、思い切ったんですのよ!
 貴族は常に堂々としているのも仕事ですものね!」

 あれで……恥ずかしがっていたのか……。

「わたくし誤解してましたわ。
 フランが男達から必死に貞節を守っていたのは報告書で存じておりましたから、
 てっきり傷だらけかと思っていたんですのよ。
 そうしたら……」

 マカロンお嬢様は、ポッと頬を染めた。

「余りに愛らしく綺麗で……見惚れてしまいましたわ。
 こんな素敵な子が、わたくしの妹……。
 心根がよくて、賢くて、こんなに綺麗とかありえませんわ!
 なんて素晴らしいんでしょう!
 わたくしその場で神さまに10回連続して感謝しましたのよ!」
「10回も!?」
「11回だったかもしれませんわ!
 それくらい感謝しましたのよ!」

 ああ、でも。
 あの時、アタシだって思っちゃったんだ。

 この人は、あたしが夢見てたおねえちゃんだって。
 ぴかぴかのキラキラのおねえちゃんだって。

「同時にこうも思ったんですの。
 ああ、もったいない! この子は磨かれていない原石!
 磨いたらどこまで綺麗になるんでしょう!
 ならば、わたくしが磨くしかありませんわね!」

 ぐっと拳を握るマカロンお嬢様を見ていると。
 つくづく夢と現実は違うよねって思う。
 この人はアタシが夢見てたおねえちゃんじゃない。

「わたくし、本当はバスタブにふたり仲良くまったり浸かりながら、
 たっぷりと裸のおつきあいをして、仲良し姉妹になる計画だったんですのよ。
 でも、フランの愛らしくて綺麗な体を見ていたら、ついつい夢中になってしまって……。
 しかも、わたくしの覚悟にフランも応えてくれて、
 乙女の秘めた部分まで愛らしく恥じらいながらもおずおずとさらけだしてくれて……」
「あ、あれは」
「こんな非道い姉なのに受け入れてくれたんですわね!
 わたくし、胸が熱くなってしまって……
 化粧品を試すために身につけたテクニック全てを注ぎこんでましたわ!」

 この人は……アタシが思い込んでいたのと全然違う人だ。
 冷酷な貴族な面もあるけど、こんなバカでかわいらしい面もある人なんだ。

「ですからロクに話もせず、退屈させてしまったと思いますの。
 ごめんなさいね。本当に反省してるんですの」

 どうしよう。

 アタシはすごく誤解してたのかもしれない。

 ううん。かもしれないじゃない。
 誤解してた。

 アタシの小うるさい理性が『信じるな』って叫び続けている。
 でも、アタシを欺すために、こんな馬鹿馬鹿しくて愛らしい嘘をつく人なんていない。

 きっと、この人は、ほんとうのことを話してる。

 っていうか。
 あのニヤニヤ少年がこの人と手を結んでたってアタシの推測だって、
 状況証拠と思い込みの塊で、バカバカしさではそれほど変わんないわね。

 この人がアタシを『呪われたピンクブロンド』としか見ていなかったのと同じで。
 アタシもこの人を『ピンクブロンドを叩き潰す貴族』としか見ていなかったんだ。

 アタシは、心に決めた。

 この人を信じる。
 マカロン・モンブラン女公爵を。
 マカロンお嬢さんを。
 アタシの義姉おねえちゃんを信じる。

 夢見たおねえちゃんとは違うけど、あんなに完璧じゃないけど。
 それでも、この人はアタシのおねえちゃんだ。

 簡単にはおねえちゃんなんて言ってやらないけど。

 ちょっと怖いけど。信じる。
 そこからしか始まらないから。

「うー。やっぱり許して貰えないですわね……」

 あ。シュンとしてる。
 許したくなっちゃう。

 でも。
 ここで許すって言っちゃうのも、なんか、ね。

 アタシを一時とはいえ本当に絶望させたんだから。
 なんかお返ししてやらなきゃ気が済まない。

「……次の時には、アタシに貴女を洗わせてくれれば許してもいいかな」

 あ。なんかアタシ偉そう。

「そ、そんな恥ずかしいですわ!
 それは! それだけは許して欲しいですわ!」

 あ。ほんとうに恥ずかしいんだ。

「なら許さない。
 それに、アタシに洗い方とか教えてくれるなら、
 アタシだって実際にやってみないとダメだもん」
「それはもっともな理由ですわね……」

 マカロンお嬢様は、しばらく悩んでいたが。

「ん? ということは!
 もしわたくしが恥ずかしいのを我慢しさえすれば、
 また来てくれるんですのね! なら、いいですわ!
 どんな場所でも好きなだけ洗ってくださいまし!
 今度は、わたくしもフランが示してくれましたように、はしたない場所までさらけだしますわ!」

 あれ?

 それって、アタシもまた生まれたままの姿になって、
 裸のつきあいをするってこと……?

 あんなところやそんなところを全部見られて!?
 下手したらまた整えられちゃうってこと!?

 しかもおねえちゃんのはっ恥ずかしいところまで見せられちゃうってこと!?

 うわっうわっうわっっ。

 それってすごく恥ずかしい! 自爆しちゃったかも!

「うれしいですわっ!」

 でも、感極まったマカロンお嬢さんに抱きつかれると。 
 仕方ないなって気持ちになっちゃった。

 アタシはこの人を……好きになっちゃう予感がした。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

貴方といると、お茶が不味い

わらびもち
恋愛
貴方の婚約者は私。 なのに貴方は私との逢瀬に別の女性を同伴する。 王太子殿下の婚約者である令嬢を―――。

【完結】この地獄のような楽園に祝福を

おもち。
恋愛
いらないわたしは、決して物語に出てくるようなお姫様にはなれない。 だって知っているから。わたしは生まれるべき存在ではなかったのだと…… 「必ず迎えに来るよ」 そんなわたしに、唯一親切にしてくれた彼が紡いだ……たった一つの幸せな嘘。 でもその幸せな夢さえあれば、どんな辛い事にも耐えられると思ってた。 ねぇ、フィル……わたし貴方に会いたい。 フィル、貴方と共に生きたいの。 ※子どもに手を上げる大人が出てきます。読まれる際はご注意下さい、無理な方はブラウザバックでお願いします。 ※この作品は作者独自の設定が出てきますので何卒ご了承ください。 ※本編+おまけ数話。

婚約破棄と領地追放?分かりました、わたしがいなくなった後はせいぜい頑張ってくださいな

カド
ファンタジー
生活の基本から領地経営まで、ほぼ全てを魔石の力に頼ってる世界 魔石の浄化には三日三晩の時間が必要で、この領地ではそれを全部貴族令嬢の主人公が一人でこなしていた 「で、そのわたしを婚約破棄で領地追放なんですね? それじゃ出ていくから、せいぜいこれからは魔石も頑張って作ってくださいね!」 小さい頃から搾取され続けてきた主人公は 追放=自由と気付く 塔から出た途端、暴走する力に悩まされながらも、幼い時にもらった助言を元に中央の大教会へと向かう 一方で愛玩され続けてきた妹は、今まで通り好きなだけ魔石を使用していくが…… ◇◇◇ 親による虐待、明確なきょうだい間での差別の描写があります (『嫌なら読むな』ではなく、『辛い気持ちになりそうな方は無理せず、もし読んで下さる場合はお気をつけて……!』の意味です) ◇◇◇ ようやく一区切りへの目処がついてきました 拙いお話ですがお付き合いいただければ幸いです

【完結】烏公爵の後妻〜旦那様は亡き前妻を想い、一生喪に服すらしい〜

七瀬菜々
恋愛
------ウィンターソン公爵の元に嫁ぎなさい。 ある日突然、兄がそう言った。 魔力がなく魔術師にもなれなければ、女というだけで父と同じ医者にもなれないシャロンは『自分にできることは家のためになる結婚をすること』と、日々婚活を頑張っていた。 しかし、表情を作ることが苦手な彼女の婚活はそううまくいくはずも無く…。 そろそろ諦めて修道院にで入ろうかと思っていた矢先、突然にウィンターソン公爵との縁談が持ち上がる。 ウィンターソン公爵といえば、亡き妻エミリアのことが忘れられず、5年間ずっと喪に服したままで有名な男だ。 前妻を今でも愛している公爵は、シャロンに対して予め『自分に愛されないことを受け入れろ』という誓約書を書かせるほどに徹底していた。 これはそんなウィンターソン公爵の後妻シャロンの愛されないはずの結婚の物語である。 ※基本的にちょっと残念な夫婦のお話です

婚約者のいる側近と婚約させられた私は悪の聖女と呼ばれています。

鈴木べにこ
恋愛
 幼い頃から一緒に育ってきた婚約者の王子ギルフォードから婚約破棄を言い渡された聖女マリーベル。  突然の出来事に困惑するマリーベルをよそに、王子は自身の代わりに側近である宰相の息子ロイドとマリーベルを王命で強制的に婚約させたと言い出したのであった。  ロイドに愛する婚約者がいるの事を知っていたマリーベルはギルフォードに王命を取り下げるように訴えるが聞いてもらえず・・・。 カクヨム、小説家になろうでも連載中。 ※最初の数話はイジメ表現のようなキツイ描写が出てくるので注意。 初投稿です。 勢いで書いてるので誤字脱字や変な表現が多いし、余裕で気付かないの時があるのでお気軽に教えてくださるとありがたいです٩( 'ω' )و 気分転換もかねて、他の作品と同時連載をしています。 【書庫の幽霊王妃は、貴方を愛することができない。】 という作品も同時に書いているので、この作品が気に入りましたら是非読んでみてください。

別れてくれない夫は、私を愛していない

abang
恋愛
「私と別れて下さい」 「嫌だ、君と別れる気はない」 誕生パーティー、結婚記念日、大切な約束の日まで…… 彼の大切な幼馴染の「セレン」はいつも彼を連れ去ってしまう。 「ごめん、セレンが怪我をしたらしい」 「セレンが熱が出たと……」 そんなに大切ならば、彼女を妻にすれば良かったのでは? ふと過ぎったその考えに私の妻としての限界に気付いた。 その日から始まる、私を愛さない夫と愛してるからこそ限界な妻の離婚攻防戦。 「あなた、お願いだから別れて頂戴」 「絶対に、別れない」

処理中です...