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6 敵襲
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「婚約は破棄する」
よく通る声が天幕に響いた。
言葉の意味が列席者の理解を得るまで呼吸一つ。
理解が浸透し、周囲から怒号が飛び出す瞬間、天幕の入り口がざわめく。
続けて、幾つもの人影が宙を舞った。
揺れる人並みを突き破って現れたのは、常に男の傍らを駆ける副官だった。
周囲に余人がいないかの態度で、若い男の面前にぬかずく。
「王よ! 我らが王よ! 城壁から見える距離まで敵が迫ってきております!」
「具体的に」
「東からは東の軍。南からは南の。西からは西の。そしてここにも」
「では打ち払わねばなるまい。俺にはそれしか出来ぬからな」
大汗は怒鳴る。
「ここにもとはどういう意味だ! 我ら一同が敵だとでも言うつもりか」
若い男は笑った。
「俺の義父になる予定であった大汗よ。
三つの国が結び、残りのひとつが味方などありえるか?
ここまで気づかれず近づくのを許すなどありえるか?
残りのひとつの頭領が、狡猾な狐であったとすれば答えは明白だ。
俺の首を渡して、仲良く検分してのち、国を分け合うのだろう。
後ろから討たれてもかまわんが、気づいていて唯々諾々と討たれるのは業腹だ」
大汗はわめいた。
「殺せ! この薄汚い野良犬を殺せ!」
列席者が一斉に抜刀し、無数の白刃がきらめく。
いきなり天幕が四方から切り裂かれた。
「賊だっ!」
悲鳴と共に灯りが一斉に消えた。燭台が切断されたのだ。
天幕は、たちまち闇と混乱に沈む。
闇の中、女は耳元で声を聞いた。
「お前は好きに生きるがいい。お前は狼だ。男の寝込みを襲うなぞ似合わん」
混乱が収まった時。
男も副官も賊も、大汗の娘も消えていた。
よく通る声が天幕に響いた。
言葉の意味が列席者の理解を得るまで呼吸一つ。
理解が浸透し、周囲から怒号が飛び出す瞬間、天幕の入り口がざわめく。
続けて、幾つもの人影が宙を舞った。
揺れる人並みを突き破って現れたのは、常に男の傍らを駆ける副官だった。
周囲に余人がいないかの態度で、若い男の面前にぬかずく。
「王よ! 我らが王よ! 城壁から見える距離まで敵が迫ってきております!」
「具体的に」
「東からは東の軍。南からは南の。西からは西の。そしてここにも」
「では打ち払わねばなるまい。俺にはそれしか出来ぬからな」
大汗は怒鳴る。
「ここにもとはどういう意味だ! 我ら一同が敵だとでも言うつもりか」
若い男は笑った。
「俺の義父になる予定であった大汗よ。
三つの国が結び、残りのひとつが味方などありえるか?
ここまで気づかれず近づくのを許すなどありえるか?
残りのひとつの頭領が、狡猾な狐であったとすれば答えは明白だ。
俺の首を渡して、仲良く検分してのち、国を分け合うのだろう。
後ろから討たれてもかまわんが、気づいていて唯々諾々と討たれるのは業腹だ」
大汗はわめいた。
「殺せ! この薄汚い野良犬を殺せ!」
列席者が一斉に抜刀し、無数の白刃がきらめく。
いきなり天幕が四方から切り裂かれた。
「賊だっ!」
悲鳴と共に灯りが一斉に消えた。燭台が切断されたのだ。
天幕は、たちまち闇と混乱に沈む。
闇の中、女は耳元で声を聞いた。
「お前は好きに生きるがいい。お前は狼だ。男の寝込みを襲うなぞ似合わん」
混乱が収まった時。
男も副官も賊も、大汗の娘も消えていた。
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