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57.

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「殿下!!」
 兄が叫ぶ。
 サラは声を上げる余裕などなく、盾役の体力を回復し、もし王太子が攻撃を食らっていた時のことを考え、回復魔法を唱えた。
「殿下!」
 サラも叫ぶと、王太子は光が消えた向こうで立っていて、皆が安堵の息を漏らす。
「ああ、危なかった。すれすれだった」
 王太子が苦笑して、戦線に復帰した。
 ステラは放り出され床に転がっていたが、のろのろと起き上がって呆然と座り込んでいた。
「ステラさん!立って!」
 兄の叱責に、ステラは立ち上がりはするが、その声は弱々しい。
「どう、…次は…どうすれば…」
 ボスの身体の向こうにステラがいるので見えないが、どのような表情をしているのかは想像ができた。
 範囲回復を唱え、盾役に強化魔法をかけ、自身にも強化魔法をかけていると、話をする余裕などサラにはなかった。
「しっかり立って、ボスを見るんだ。後は一割を切ったらボディプレスが来る。タイミングは指示をするから、自身に強化魔法をかけて、君の夫に回復魔法をかけるんだ。…ずっと君の夫を支え続けているのは、サラ嬢だぞ。最後くらい、役目を果たせ!」
「あっ…え…っ」
 王太子にも叱責されて、ステラは顔を上げた。
 ボスの正面で戦っているのは、己の夫である。
 盾役として最も攻撃を食らい、ダメージを受けているのは、夫なのだった。
「ご、…ごめん…!!ごめん…!!」
 ステラは泣きながら、自身に強化魔法を唱え始めた。
 ディランは、苦笑しているようだった。
「大丈夫。皆が支えてくれて、俺は生きてる。勝とうな。最後は回復、しっかり頼むぞ」
「うん…!!」
 ディランもまた、ボスのヘイトを最大で維持すること、ダメージを与え続けること、そして耐え続けることに必死で、妻の様子が見えていなかった。
 ずっと体力を維持し続けてくれていたのが、今回初挑戦であるはずのサラであることにすら、気づいていなかった。
 感謝しつつ、戦線に復帰した妻に安堵した。
 削りは順調だった。
 十二人で挑んだ時には体力を半分も減らすことができなかったのに、もう終わろうとしている。
 王太子殿下とリーダーであるクリストファーと、リアムが強いのだということを、ディランもまた実感していた。
 ステラが回復に回ったことでサラは楽になり、リアムは攻撃に魔力を回すことができるようになった。
 ボスの体力は見る見る減っていき、もがくように身体を捻り、咆哮を上げ始めた。
「そろそろ来るぞ!全員集合!」
 ボスの周囲に後衛も集まって、各自強化魔法の確認をし、サラは範囲回復で全員の体力を全快まで戻して、備える。
 一際高く一声上げたあと、ホワイトワイバーンは大きく飛び上がって、そして落ちてきた。
 地面が波打って揺れるほどの衝撃波と、ダメージだった。
 即座に後衛全員が範囲回復を唱えて、体力を戻す。
 そして素早くボスから離れた。
「後は倒すだけだ!」
「はい!」
 サラは剥がれた強化魔法を盾役にかけ直し、回復をし、自分にも強化魔法をかけ直す。
 リアムは攻撃魔法を打ち、王太子と兄は手を休めることなく攻撃をし続けていた。
 ステラも自身に強化魔法をかけ、サラが自分の強化をかけている間の回復を担当した。
 二人で回復できるようになったので、王太子や兄の回復まで手が回るようになり、リアムが攻撃に集中することができるようになっていた。
 こうなったら、最後はすぐだった。
 断末魔の咆哮を上げて、ホワイトワイバーンは倒れた。
 地響きを響かせて、巨体が崩れ落ちる。
 土煙が舞い、収まるまでその場で皆が立ち尽くした。
 燦々と射していた陽光は姿を隠し、また曇天へと戻っていた。
「…終わった?」
 サラが呟くと、隣にいたリアムが笑顔で頷いた。
「おめでとうございます、サラさん。クリアですよ」
「…!!」
 自分の顔が自然と笑顔になっていくのがわかった。
「やった…!」
「サラ嬢、おめでとう。そして二人も、おめでとう」
 王太子が祝福し、兄もまた祝福してくれた。
「ありがとうございます…!」
 サラは礼を言い、夫婦の元へと歩み寄る。
 ステラは力が抜けたのか座り込んでおり、ディランがその横に寄り添っていた。
「今日はありがとうございました!お互いに、おめでとうございます!」
 サラが笑いかければ、夫婦もまた、笑顔になった。
「ありがとうございます。おめでとうございます!」
「サラさん、私、…私、パニックになってしまって、途中から何をやっているのかわからなくなってしまって、…ごめんなさい、迷惑をかけてしまいました」
 ステラは夫に支えられながら立ち上がり、深く頭を下げた。
「夫を回復し続けてくれて、ありがとう。私もやらなきゃいけなかったのに。…本当に、ありがとうございました」
 サラは頭を下げるステラの肩に触れて、笑いかけた。
「クリアできて良かったです。今回はメイン回復を任せて頂いたおかげで、回復に集中することができました。それに、運も良かったんです。皆さんがいなければクリアできませんでした。だから、謝らないで下さい」
「サラさん…」
「私だってパニックになっていたかもしれない。他人事じゃないんです」
「…ありがとう」
「こちらこそ、ありがとうございました。ついにAランクですよ!嬉しいです!」
 満面の笑みで嬉しさを伝えれば、気持ちは同じだった夫婦もまた、笑顔で頷いた。
「ええ…ええ、本当に。夢にまで見たAランクだわ…ありがとう、サラさん。ありがとうございました、皆様」
 夫婦は揃って皆に向かって頭を下げた。
 王太子と兄、リアムは優しい表情で立っていた。
「さぁ三人とも。戦利品の分配をして、出口の扉を開けよう。早く入口側を開けてやらないと、護衛騎士達が心配で心臓が止まりそうになっているだろうからな」
 王太子がおどけるように言って、皆が笑った。
 夫婦は互いに顔を見合わせ、代表してディランが口を開く。
「私達二人は、戦利品を辞退致します。今回参加させて頂き、クリアできたことが十分すぎる報酬です。皆様で、お持ち帰り下さい」
 その言葉を聞いて、サラも頷く。
「殿下もリアムさんも、お兄様も、無償でお手伝いして下さいました。お礼には全く足りませんが、戦利品は三人で分けて頂きたいです」
 三人は顔を見合わせ、そして王太子が頷いた。
「わかった。その気持ち、ありがたく頂こう。では三人は転移装置の記録をしておいで」
「はい!」
 サラと夫婦は揃って出口の扉を開き、転移装置に記録した。
「嬉しい」
 サラが呟き、夫婦もまた頷いた。
「サラさん、最年少記録を更新したんじゃない?」
「あ…そういえば、殿下達が最年少記録を持っていたような…?」
「おめでとう、サラさん。君の実力は、最年少記録にふさわしいものだよ」
「ええ、私もそう思う。本当におめでとう、サラさん」
 夫婦に祝福され、サラは笑顔で頭を下げた。
「ありがとうございます。皆さんと一緒に戦えたからです。嬉しいです!」
 和やかに話しながら広場に戻ると、王太子達は戦利品の分配で揉めているようだった。
「リアム殿とクリスが牙を持って帰るといい。私は鱗を頂こう」
「いやいや殿下、鱗より牙の方が高いですよ。私が鱗でいいですよ」
「いえ、私こそ鱗で結構ですよ」
「…何故遠慮するのだ。高く売れる牙を持って帰ればいいだろう?私はそんなにせこい人間に見えるのか?」
「見えませんけど、お立場ってのがあるでしょ」
「全く、ここではただの冒険者でしかないというのにどいつもこいつも」
 歩み寄るのを躊躇うが、サラ達三人は恐る恐る近づいた。
「あの…?」
 代表してサラが声をかけると、三人は一斉に振り返る。
「サラ嬢、聞いてくれ。この二人は私のことをケチだと言うんだ」
 王太子の告げ口に、二人は揃って否定した。
「えっ!?そんなこと一言も言ってない!!」
「言ってません!断じて、言っておりません!」
 二人が慌てて首を振るが、王太子はため息をついて無視をした。
「私は鱗が欲しいのだ。だから牙は二人で分けろと言っているのにこいつらときたら」
「…鱗が必要なのですか?」
 首を傾げてサラが問えば、王太子は頷いた。
「最後の仕上げで迷っていたのだが、せっかくだからここで得た鱗を使おうと思う。記念にもなることだしな。…クリス、異存はないな?」
 有無を言わせぬ口調で言えば、兄はがっくりと項垂れた。
「なんだ、そういうことなら最初からそう言ってくださいよ。全く回りくどくてわかりにくいんだからな…。リアムさん、そういうことなので、牙は我々で分けましょう」
「わかりました。…よくわかりませんが」
「いいからいいから」
 ようやく分配の目途が立ったようだった。
 入口の扉を開ければ、殿下のお付きが一斉に押し寄せて、殿下の無事を確認していた。
「大丈夫だ。全く問題なかった」
「お帰りなさいませ、殿下」
「ああ」
 サラと夫婦の三人は、王太子達の前に並んで、頭を下げた。
「今日はお手伝い頂き、本当にありがとうございました」
「…ああ、三人ともAランク、おめでとう。これからもしっかりと励んで欲しい」
「はい!」
 外に出たが、まだ昼前だった。
 本当に、ボス討伐時間は短かったのだった。
 王太子とリアムはダンジョンを出た所で別れ、兄妹と夫婦は冒険者ギルドへと向かった。
 先に夫婦がAランクへの昇級手続きをし、続いてサラが手続きをする。
 すると受付嬢が魔水晶の板を二度見してから、「しばらくお待ちくださいませ」と言って二階へと走っていった。
 何事かと夫婦と顔を見合わせていると、兄が笑う。
「最年少記録だから、ギルドマスターに報告へ行ったんだろう」
「そうなんだ…」
 しばし待てば、ギルドマスターと受付嬢が駆け下りて来た。
「おめでとう、Aランク最年少到達の、新記録だ」
「あ、ありがとうございます…」
「後日記念プレートを渡すので、そうだな…数日後にまた、私を訪ねてくれるだろうか。記念プレートの件、と言ってくれたら伝わるから」
「わかりました」
 ギルド内が一斉にざわめいた。
 「Aランク?」「マジで?」というひそひそ話がそこかしこで聞こえる。
 居心地の悪さにサラは視線をさ迷わせるが、兄に肩を叩かれた。
「堂々としていろ」
「うん」
「そうよ。あなたは立派なAランク冒険者だわ」
「あんな雑音、気にする必要はないよ」
 夫婦にも励まされ、サラは微笑み返した。
「ありがとうございます」
「ではこれで皆さんの昇級手続きは完了致しました。また何かございましたら、お越し下さい」
 受付嬢も笑顔であった。
 礼を言ってギルドを出た所で、夫婦が言った。
「では我々はここで失礼します。今回は私達を選んで下さって、本当にありがとうございました」
 兄妹に頭を下げる夫婦に、兄が言う。
「こちらこそ、ご一緒できて良かったです。またどこかでお会いした時には、よろしくお願いします」
「ぜひ!」
 ステラがサラを見た。
「今回のことは、反省ばかりだわ。でもいい経験ができた。サラさん、一緒にパーティーを組めて嬉しかった。またご一緒しましょうね。…次に会った時には、私もっと立派な冒険者になっているから」
 手を差し出され、握手をする。
 サラもまた、決意を返す。
「私も、もっと立派な冒険者になれるよう、努力します。次にお会いする時を楽しみにしています」
「ええ、お互い頑張りましょうね!」
「はい!」
 笑顔で夫婦と別れ、家路に着く。
 転移装置そばの馬車留めに馬を預けており、そこへ向かいながらサラは兄に提案した。
「お兄様、お昼どこかで食べて行かない?私、奢るよ」
「…昼は食って行きたいが、妹に奢らせるってのは兄の沽券に関わる。そこは俺が払う所だ」
「でも、手伝ってもらったし」
「牙も革ももらったからな。十分黒字だ。…で、どこで食べる?」
「それはもちろん、領地で食べるでしょう。少しでも経済を回すお手伝いをしないと」
「しっかりしてるな。確かにそうだ。領地の美味い店を開拓するのも悪くないな」
「うん!」
 馬に乗り、領地へと帰る。
 Aランクに上がれた喜びで気が急いたのか、いつもよりも早く領地へと辿り着くことができたのだった。
 市場へ向かって美味しい店の候補をいくつか聞いて実際に見に行き、サラが入りやすそうな洒落たレストランに入った。
 郷土料理を中心に出す店で、素朴でありながらも深みのある味に舌鼓を打ち、帰宅する。
 予定よりも早い帰宅にカントリーハウスの執事は驚いたようだったが、無事の帰還を喜んでくれた。
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