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24.

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 週末、引率のBランク冒険者二名と、同ランクメンバー三名が広場に現れた。
「三名…?」
 呟くマーシャに、アンナは耳打ちする。
「あの三人はパーティーメンバーで、レベルもしっかり上げておりますのでご安心下さいませ。確実にクリアできるメンバーを選ばせて頂きました」
「…ええ、それは信じているけれど、どういうことかしら」
 そこから聞いた内容に、マーシャは納得したのだった。
 三人組は前衛男が平民、後衛女の一人は男爵家の三男の娘で、父親は魔術師団に属しているという。もう一人の後衛女は男爵家の次女であるということだった。
 三人は幼なじみという話だったが、正直な所どうでも良いことだ。
 出発し、問題なく二十階まで到達した後、Bランク冒険者は帰って行った。
「…大丈夫なの?アンナ」
「大丈夫でございます。全て、お任せ下さい」
 そしてアンナは、三人組に向き直る。
「それでは、行ってらっしゃいまし」
 と送り出した。
 マーシャは扉前でアンナと共に並んで立ち、その時を待つ。
 一時間ほど経過して、扉が開いた。
「お嬢様、来ました!お話しした通りに、お願い致します」
「わかったわ」
 扉からひっそりと出てきたのは、男爵家の次女である後衛だった。
「ご苦労様。では行ってくるわね」
 男爵家の次女は、無言で頭を下げた。
 扉から滑り込むように中に入り、中央広場のボスへと近づく。
 ボスは瀕死の状態であり、戦闘開始時よりも三分の一ほどに体積が小さくなっていた。
 ただ蠢くだけで、攻撃も弱々しい。
 マーシャは攻撃魔法を数発、撃ち込んだ。
 苦しむように大きく蠢いた後、蒸気を発してスライムは空気の抜けた袋のように、地面に力なく倒れた。
「やった!倒したぞ!!」
「やったー!!Cランクよー!!」
 平民の男女が声高に喜びの声を上げ、手を取り合って喜んでいる。
「イザベラ、とどめお疲れ様!」
 くるりとこちらを向いた二人の動きが止まった。
 視線が合い、マーシャは淑女の笑みを浮かべる。
「お疲れ様でした」
「…え…っ?な、なんで…?」
「い、イザベラは…?」
「イザベラさんなら、扉の外に」
「は…?」
「なんで…?」
 疑問の言葉を繰り返す二人に首を傾げ、ああ、二人は知らなかったのだなと、納得した。
「イザベラさんは、わたくしにクリアを譲って下さいましたの。急がないから、どうぞ、と」
 哀れみを持って見つめれば、二人は信じられないと首を振った。
「そんな、そんなわけない…!!だって、ずっと三人で頑張って来たんだぞ…!?」
「そうよ!!高ランクの冒険者になって、お金をたくさん稼ぐんだって言ってたのに!!」
「…そう言われても。彼女に直接聞けばよろしいのではなくて?」
 クリア後に現れる、次の階へと向かう扉を開いて、転移装置へと向かう。
 転移装置に触れて踏破記録をし、また広間へと戻る。
 呆然とボスの死骸の前で立ち尽くす二人を見つめ、マーシャは声をかけた。
「ドロップ品は三人でお分けになって。では失礼致しますわね」
 入口に戻り、扉を開けばメイドと護衛達が出迎えてくれた。
「お嬢様、いかがでしたか?」
「ええ、クリアできたわ。記録もして来たのよ」
「ああ、お嬢様、おめでとうございます!本当にようございました!」
「ありがとう。皆の協力のおかげよ。せっかくだから、転移装置で一階まで帰りましょう」
「はい!」
 広間を通り過ぎ、転移装置へと向かう。
 そういえば、とアンナにイザベラの姿が見えないが、と問えば、「ああ」とどうでもよさそうにアンナは答える。
「あの冒険者は、先に帰しました。いつまでも居座られても目障りでございますし」
「そう。きちんとお礼はしてくれたのでしょう?」
「もちろんでございます。お嬢様が気にかけることなど何もございません」
「それなら良かったわ。ああ、これでわたくしもCランクなのね」
「お辛ろうございましたね。本当におめでとうございます」
「ええ、長かったわね。ありがとう」
 転移装置で一階まで戻り、外に出て見上げた空は美しかった。
「ギルドに報告ね」
「はい、お嬢様」
 こんな方法があるのなら、もっと早くにやっておけば良かった、と思う。
 さすがお父様、わたくしが知らないことも、たくさん知ってらっしゃるのね。
 次のBランクへの昇級試験も、同じようにできないかしら。
 そうしたらヒロインと並ぶことができるし、有利になるのに。
 だがしばらくは社交をしなければならないのだった。
 また考えればいいわね、とマーシャは思い、浮かれる心を押さえるのに必死になるのだった。
 
 
 
 
 
 二ヶ月後、エリザベス主催の茶会に、サラは参加した。
 先月のディアナ主催の茶会では、王女殿下の茶会の際に参加していた令嬢の他に、ディアナが親しくしている伯爵令嬢や子爵令嬢もいた。
 皆サラを温かく迎え入れてくれ、実は皆、冒険者に憧れているのだという話だった。
「もちろん、貴族の中には「冒険者は野蛮で汚らわしい」という方もいらっしゃいますわ。けれどそんな貴族は長くありませんことよ。魔獣退治に、ダンジョン攻略。冒険者のおかげで我が国は平和で、そして豊かでいられるのですから」
「貴族子息がなる騎士、平民がなる兵士は、国や貴族に雇われております。身分や給料の保証と引き替えに自由はございません。高ランクの冒険者に勝てる騎士や兵士は、残念ながらおりません。過酷な環境を、高ランクの冒険者は生き抜いて来ているということなのですわ」
「敬わなくてどうするのです。愚かなのは、冒険者を認めようとしない旧態依然とした貴族の方です」
「平民出身のAランク冒険者の方を知っていますわ。他国の方でしたけれど、貴族にも劣らない程立派な作法を身につけられた方でした。身分など関係ありません。高ランクであるということは、人間的にも優れた方である、という証明ですのよ」
 冒険者に対してとても好意的であり、サラは居心地が良かった。
 もちろんそういった令嬢ばかりを集めてくれたのだ。
 気遣いに感謝すると共に、貴族も一枚岩ではなく、色々な考えを持つ人々がいるのだと改めて実感するのだった。
 そして今日、茶会の席にグレゴリー侯爵令嬢が現れて、サラは内心驚いていた。
 誰よりも先に到着してサロンへと案内され、やって来る令嬢に挨拶をしている時のことだった。
「…あら?何故男爵令嬢のあなたがいるのかしら」
 筆頭侯爵家の令嬢は、ディアナ様の前のご登場であった。
 つまり、主催であるエリザベス様を除いて最後から二番目。
 他に令嬢が集まっているにも関わらずの発言に場が凍ったが、彼女は気にした様子もない。
「エリザベス様にご招待頂きました」
「…クラスメートだから?…でも全員呼んでいるわけではないようね」
 不思議そうな言葉で呟かれても、親しくしているからだ、とは、男爵令嬢の立場からは言えなかった。
 なんとも微妙な空気の中、ディアナの登場で場が華やぐ。
「あら皆様、立ち上がってどうなさったの?まぁ、まさかわたくしの登場を今か今かと待っていて下さった?」
 おどけるような軽い口調で、緊張した空気は霧散した。
 令嬢達は皆笑顔でディアナに挨拶をし、ディアナもまた笑顔で挨拶を返す。
「でも今日の主役は、ベスなのよ。さぁさ、皆様お座りになって。主役の登場を待ちましょ」
 席に着き、用意されたティーカップに手を伸ばしながら、ディアナはサラへと笑顔を向けた。
「サラ様、今日のお召し物素敵だわ」
「ありがとうございます。エリザベス様のご領地名産の、虹布を使用しておりますの」
「虹布というと、冒険者の方に人気の防御力に優れた生地だと聞きますわ。…素敵!ドレスに使うこともできるのね?」
「普段、後衛用の装備として虹布を使用したものを着用しておりますの。光沢も、肌触りもとても良く、ドレスに使用したら素晴らしいものができるのでは、と、両親に相談したらとても乗り気になってくれました」
「冒険者ならではの視点ね。本当に素敵…わたくしも、そのドレス欲しいわ。ねぇ皆様、そう思われませんこと?」
「はい、本当に素晴らしいです。私も、サラ様のドレスの生地は何かしら、と、気になっておりましたの」
「虹布、というものを初めて知りました。とても美しいですわね」
「ありがとうございます」
「皆様、お待たせ致しました。…まぁ、すでに盛り上がっておいでですの?わたくしも仲間に入れて下さいな」
 エリザベスが登場し、ディアナがサラのドレス生地について説明した。
「サラ様、虹布を使って下さったの?本当に素晴らしいわ!でも虹布は、防御力を上げる為に、魔力を宿した虹蜘蛛の糸を使っておりますのよ。高ランク冒険者の為の布なので、とても高価ですの。…それをドレスに使って下さるなんて…本当に嬉しい…」
 感動し、涙目になるエリザベスに、皆が微笑みを向けた。
 ディアナもまた、エリザベスに優しい笑みを向ける。
「ベス、わたくし、虹布を使ったドレスを作るわ。ふふ、皆様、来月のお茶会楽しみにしていて下さいましね。流行しますわよ。王妃殿下や王女殿下にも自慢します」
「ディアナ姉様、嬉しいですけれど、あまり量産はできませんの。高ランク冒険者の為の、布ですのよ」
「ベス。そこをうまく調整するのが侯爵家の腕の見せ所でしょう?必要としている高ランク冒険者の方にはきちんと行き渡るように、そして貴族には高額で売りつけるのよ」
「姉様…」
「そうね、虹布を一部に使用したドレスなら、どうかしら。本当はサラ様のように全身ふんだんに使ってみたいけれど」
「サラ様、そのドレスはわたくしでも作るのを躊躇するようなお値段がしたことと思います。…その、わたくしの為にそこまでして下さったの?」
 エリザベスが躊躇いがちに問うので、サラはにこりと笑みを返した。
「エリザベス様、実はこのお茶会が終わったら、ドレスはほどいて装備品に回そうと思っているのです」
「まぁ…!」
「素晴らしいわ。装備品として生まれ変わるなんて!ベス…これはすごくチャンスよ…!?」
 ディアナの瞳が輝いている。
「ええ…ええ、姉様。後で家族会議ですわ…!」
 エリザベスの瞳も、輝いた。
 ここに呼ばれている聡明な令嬢達は、商売の可能性に気づいた。
 サラは高ランク冒険者と呼ばれるBランクである。
 冒険者が必要としているもの、自領の特産品、そして貴族が必要とするもの。
 これを上手く結びつけることができれば、さらに自領が豊かになるのではないかと思ったのだった。
「サラ様、わたくしが主催するお茶会にもぜひ参加して下さいませんか?」
「私の所へも、ぜひ!」
「ありがとうございます。私などでよろしければ、喜んで」
「嬉しい!いつにしましょう」
「お待ちになって。来月はアリアナ様で、次はリリーナ様、カリン様…順番は決まっておりますの。でも皆様も参加なさればよろしいわ。ねぇ、皆様?」
 ディアナの提案に、令嬢達は沸き立った。
「ぜひ!」
「わたくしもぜひお呼び下さいませ!」
「ええ、もちろんですわ!来月と迫っておりますけれど、帰ったら早速招待状を送らせて頂きますわね」
「ありがとうございますアリアナ様!」
 お茶もお菓子も美味しく、サラは嬉しかった。
 王女殿下と繋がりのある令嬢達は、とても優しく、聡明だ。
 自領と国の発展のことを、考えていることがよくわかる。
 そういう人達は冒険者を大切にしてくれる。
 サラ自身ももっと、役に立てるように頑張ろうと思えるのだった。

「わたくしも招待状を頂けますか?アリアナ様」

 場が静まり返った。
 話の流れとしてはおかしくない。
 だが、来て早々サラを馬鹿にした令嬢が、サラに好意的な人々の茶会に参加しようとしている。
 ディアナは表情こそ笑顔であるものの瞳は凍り付いているし、エリザベスに至っては舌打ちしそうな空気を隠しもしていない。
 その顔を見て、今日令嬢が参加しているのは、エリザベスにとっても不本意であったのだと察した。
 話を振られたアリアナは、どう返したものかと眉をひくつかせていたが、扇を取り出し口元を覆いながら、にこりと笑んで見せた。
「サラ様の冒険者のお話をたくさん聞かせて頂きたくて開く茶会ですの。…構いませんかしら?」
「もちろん構いませんわ。わたくしもCランクの冒険者ですのよ。お話ならいくらでもできますもの」
「…そうですの」
「少し前にCランクに上がったのですけれど、とても苦労致しましたのよ。ダンジョンの攻略ですとか、どのような魔獣がいるのか、等、皆様興味おありなのですわね?どうぞお聞きになって?何でもお話致しましてよ」
「そうなのですか。次はBランクを目指されますの?」
「もちろんですわ。ですがしばらくはお休みして、皆様と交流を深めたいと思っておりますの。わたくしも近いうちに茶会を開きますので、ご参加下さいませ」
「…それは素敵ですこと」
 どうにもここにいる令嬢達の反応は冷めていた。
 サラは口出しもできず、静かにティーカップを傾けるしかなかった。
 サラ自身、令嬢のことは好きではないし、関わり合いになりたくない。
 エリザベスやミラ、アイラもクラスで見ていると同じような感じである。
 グレゴリー侯爵令嬢と親しくしている令嬢の話は聞いたことがないし、学園でもいつも一人で、メイドと護衛がいるだけである。
 好かれていないな、とわかるが、同情はしない。
 今だって、サラの冒険者の話を聞きたい、という話であったのに、いつの間にか自分の冒険者の話を聞かせてあげる、に変わっている。
 彼女は譲ることをしないし、迎合もしない。
 ある意味強い人なのだろうと思うが、サラにとって親しくなる余地はなかった。
 だがサラ以外の令嬢達とは親しくなりたそうな雰囲気を出しているのだが、肝心の令嬢達がそれを望んでいないようである。
 過去に何かあったのかな、と思いつつ、立ち入るつもりはなかった。
 結局アリアナに招待状をもらう、という返事を有耶無耶にされたまま、その話題は流れたのだが、令嬢は気づかなかったようだった。

 その後、グレゴリー侯爵令嬢からサラへ茶会の招待状は、当然のことだが来なかった。
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