13 / 107
12.
しおりを挟む
週明けから、選択科目の授業が始まった。
サラは魔法科の付呪を取っており、教室へ向かうと全学年から同じ講義を選んだ生徒が集まっていた。
中講堂は百人程が座れ、教壇が一番低く、座席が一段ごとに高くなる。
最後列が最も高い位置にあり、前列の生徒の後頭部を気にすることなく教師や黒板を見ることができた。
サラは前から二段目、中央通路側端の席に陣取って、授業の用意をする。
教師が入って来る頃には講堂が満席になっており、付呪の人気の高さを知った。
この授業は付呪の基礎を教える講座で、一番難易度の高い授業では、自分で簡単な付呪が出来るようになるらしい。
非常に楽しみであり、いずれは武器や鎧に自在に付呪ができるようになる為の一助にできたらいいと思うのだった。
「皆さん、魔道具と付呪具の違いは何か、ご存じでしょうか」
そんな一言で始まった講義は、非常に有意義なものとなった。
「魔道具とは西国ウェスローで開発された、主に日常生活を補助する為の道具が有名です。手近なもので言えば…この教室を照らしている照明。バスルームで湯を出す蛇口。茶を飲むための湯を沸かせるポットなど。ここ最近の話ですと、転移装置が有名ですね」
魔術師団から派遣されているという講師は、五十代くらいのにこやかな笑みを絶やさぬ男であった。白髪交じりの緑の髪に緑のあごひげ。丸眼鏡に白衣姿で狙い過ぎている感がある。
うさんくさい感じはあるが、話はわかりやすかった。
「一方、付呪具といえば冒険者が身につける装飾品が主になります。これは我が国発祥の技術であり、ダンジョンと冒険者のおかげで発展しました。冒険者でない方には馴染みがないかもしれませんが、貴族向けの宝飾品店では魔除け、おまじないの類が売られています。これらは効果はないとは言いませんが、漠然とした内容であるので、効果があるかは持ち主の魔力との相性によります。…それでも安らぎを求めてか、人気商品ですので、今言ったことは他言無用にお願いします。お値段は手頃な物が多いので、ぼったくり、という程でもありませんからね」
茶化すような言葉に、講堂内には笑みが漏れる。
「この二つに共通するのは、魔石を使う、ということです。魔道具は魔石を燃料として術を発動しますが、付呪具は魔石に術式を書き込んで、狙った効果を発動させます」
講師は魔石を二つ両手のひらの上に乗せる。大きさは講師の拳よりも二回り程小さいくらいであった。
「この二つの魔石は、同種の魔獣から取り出したものです。レベル差もなく、魔石の魔力量も同じ。ではこの魔石で、魔道具と付呪具ならば何が出来るかを、説明しますね」
魔石を教卓の上に置き、魔道具と指輪を取り出した。
「これは皆さんご存じ、携帯ランプです。昔は油を差し、少し前には蝋燭に火を点して使っていました。現在は魔石を使用した魔道具が一般的に普及していますね。携帯ランプは大抵夜、移動の際に使うくらいで、長時間使用は…冒険者が夜間の移動や野営で使うくらいでしょうか」
講師が見回すと、何人かが頷いた。
「魔石を燃料として使うこのランプは、一般的な使用であれば一か月に一度、魔石を交換することで生涯使うことができます」
貴族の子女は自分で使わないので知らないかもしれないが、平民や冒険者は知っていて当然の知識であった。
「一方こちらの指輪。リング部分に比べてこの魔石は、大きすぎますね。指輪としての体をなしていない。どうするのか?と、思われますよね」
ぐるりと講師が見渡すと、全員が固唾を飲んで続きを待った。
それが、学びたいことなのだった。
「この魔石に、付呪します。付呪の方法はまたいずれ。付呪すると、こうなります」
完成品を手に持ち、皆に見えるように捧げ持つ。
指輪の先に、小さなトパーズのような黄色い石がついていた。
「付呪すると、こんなに小さくなります。ちなみに付呪内容は、「体力が一ポイント増加する」です」
「一ポイント…?」
誰かの呟きに、講師は頷いた。
「しょっぱい効果でしょう?でも、たったそれだけの効果を付呪するだけで、拳大の魔石がこんなに小さな石になってしまう。付呪をする労力も膨大なものです。しかも、効果は永続ではない。魔道具と同じように、効果が発動すれば魔石内の魔力を消費しますので、定期的に魔力を補充しなければなりません。こんなに小さな石ですので、消費スピードも早いです。この「体力を一ポイント増加させる指輪」を装備し続けるとすると、一日に一回くらいのペースで補充しなければなりませんね」
「一ポイントの為に…?」
「そう、一ポイントの為に、です。この指輪だと、そうですね。でも、効果の高い付呪具であったら?例えば永続的に体力を回復し続けてくれる、というような素晴らしい効果であれば、喜んで魔力の補充もするでしょう?」
頷く生徒達を見て、講師は満足そうに頷いた。
「これが、付呪です。有用な効果のある付呪具であればあるほど、魔力を食うし、術式も大変になります。補充のための魔力はもちろんですが、付呪する為の元になる魔石の質も、上質なものを求められます。くず石に、効果の高い付呪は不可能なのです。冒険者が欲しがる付呪具は、とても高価ですが、その意味がおわかり頂けたと思います」
真剣な面持ちの生徒達を見回し、講師は再度頷く。
「前期講義は付呪具の歴史を学びながら、魔石の魔力量と相性、実際に付呪した時の結果の把握まで。後期では、実際に術式を書き込んで付呪する所まで、を考えています。本格的に付呪師になりたいと思ったら、就職先は魔術師団なのでよろしくお願いします。では、本日の講義はこれまで」
楽しい講義だったと、サラは思った。
午後からは騎士科の魔剣の講義がある。
先日兄が言っていた、魔法剣の実践講義であった。
貴族はほとんどが魔力を持っている為、魔法騎士は己の魔力を無駄なく使って身体強化をしたり、剣や鎧を強化したりして、戦闘をする。
ただ魔法も自在に使える必要があるので、騎士の中でも魔法剣士は地位が高い。
父や兄に教えてもらい、使えはするのだが、やはり基礎から専門の教師について、学んでおきたいと思うのだった。
講堂を出た所で、後ろから追いかけてくる足音が聞こえ、名を呼ばれて振り向いた。
肩下までの黒髪を三つ編みにして一つにまとめて左肩に流しているが、動くたびに跳ねるのが可愛らしい。碧の瞳はくるりと大きく、そばかすが愛嬌を添える男爵令嬢である。
「ジョナス様、ごきげんよう」
「ごきげんよう、サラ様。付呪の講義、取っていたのね!」
「興味あったからね。ジョナスも?」
「ええ!父の商会、魔道具と付呪具のおかげで大きくなって国に認めて頂いて、爵位まで賜ったのよ。商会の将来を背負って立つのは私だからね!魔道具と付呪具についてはしっかり勉強しなきゃ」
ジョナスの母は、西国ウェスローの男爵家の娘であったが、頭が良く、魔道具の職人になったのだった。
名誉騎士である父の兄と同じ工房に勤めており、そこはかつてウェスローの王家に嫁いだ精霊王国の王女が出資し、作り上げた由緒ある工房であった。
そこにサスランフォーヴの商人であるジョナスの父が、付呪具と上質な魔石を持ち込み、商売を持ちかけたことで縁ができたのだという。
低階層のボスは、よく付呪具をドロップした。
効果は「魔力が十ポイント上がる」だとか、「体力が五ポイント上がる」だとかでたいしたことはない為、値段としては手頃である。
低ランクの冒険者にとってはいい小遣い稼ぎになるので、十階、二十階あたりのボスは乱獲状態だ。それをウェスローに持ち込んだのが、ジョナスの父であった。
上質な魔石は高ランク冒険者が相手にするような強い魔獣しかドロップしない。
当時はドロップしたとしても、使い道がなかった。
日用品の魔道具に上質な魔石は強すぎて壊してしまう。
付呪の技術もまだなかった。
通常の魔石とたいして変わらない値段で取り引きされていたそれを、ジョナスの父はウェスローへと持ち込んだのだった。
平民で商人の家系であった父に魔力はなかったが、すらりとした体躯と甘いマスクは女性客から人気があった。
おまけに、イケメンにありがちな軽薄な所もなく、堅実な商売と、誠実な人柄で販路を広げ、西国の有名工房へも繋ぎを得たのである。
その時、ジョナスの父は四十歳。
商売に真面目になるあまり多忙を極めて、婚期を逃していた。
弟も、その子供もいるし、まぁいいか、と考えていた矢先、ジョナスの母と出会ったのである。
母は当時二十三歳。父に一目惚れであったという。
母の熱烈なアピールに絆され、こんなおじさんでもいいのなら、と結婚をした。
上質な魔石を使った転移装置が完成し、ウェスローの王家からも信頼を得た父は転移装置の販売権を獲得したのである。
サスランフォーヴの王家へも繋ぎを得て、転移装置輸入の功績を買われて、男爵位を賜った。
サラの家よりは古いが、パーカー家も新興貴族なのだった。
付呪具の取り扱いも豊富で、魔術師団から卸される付呪具の販売権も持っていた。
ジョナスのパーカー商会は貴族だけでなく平民や冒険者まで分け隔てなく、金さえ出せば物を売ってくれるのに対し、他に販売権を持つ上位貴族達は、上位貴族や高ランクの冒険者しか相手にしない等、選民思想がひどい。
棲み分けが出来ている、と言えば聞こえはいいが、サラは男爵令嬢である為上位貴族向けの商会には相手にされず、悔しい思いをしたこともあった。
ジョナスの商会に出会って、ようやく質のいい付呪具を手に入れることが出来るようになったのである。
サラが将来有望で、かつ金を持った冒険者であることを知った商会は、求める高品質の付呪具が入れば、取り置きをして融通してくれるようにもなった。
同い年の令嬢がいたこともあり、商会とは仲良くしているのだ。
「これからの時代、付呪具はますます重要になってくると思う。ダンジョンの攻略が進めば進む程、難易度が上がっていくからね」
「そうだよね。サラも、もっと高品質な付呪具、欲しいんでしょ?」
「そりゃぁ欲しいよ。それで生存率が上がるんだよ。命綱といっても過言じゃないね」
「わぁ、さすが現役冒険者。実感こもってる~」
「でしょう」
「ね、ランチ、行かない?誰かと約束してる?」
「ううん。嬉しい、ぜひ一緒にお願いします!」
「やったー!私午後から淑女科取ってるの。サラは?」
「私は騎士科」
昔からの付き合いであるせいか、新興貴族であるからか、二人で話していると貴族令嬢らしさはふっ飛んでしまう。
互いが気にしないからまぁいいよね、という暗黙の了解があった。
「さすがサラ!うち、母が貴族といっても父は平民だから。男爵になってもイマイチ平民感覚が抜けないと言うか。商会の人達もみんな平民だし。だからちゃんとした淑女教育って受けてないんだよね」
「淑女科は確か、上位貴族の作法を教えてくれるんでしょう?」
「そうなの。今後上位貴族の顧客も増やしていきたいし、平民の作法じゃ、相手にしてくれなさそうじゃない?私がしっかり学んでいかないと!」
「将来のこと、ちゃんと考えてるの偉いと思う」
「ふふふ、そうでしょう?我が家は女ばっかり三人だから、長女の私がしっかりしないといけないの!」
明るくしっかりしたジョナスは、楽しい友人だった。
レストランに向かって歩く生徒達の背中について行きながら、色々なことを話す。
「あ、そうそう。魔石、大量に売ってくれてありがとね。低層のくず石じゃなくて、そこそこ品質のいい魔石って、需要がすごいのよ。汎用性が高いからね」
「良かった。定期的にダンジョンへは行く予定だから、またよろしくね」
「こちらこそ、いつもご贔屓にして下さって、ありがとうございます!」
「売るのは魔石だけで良かった?他にも色々引き取ってくれることは知ってるんだけど、少しでも高く買ってくれる所に分散して売っているの。もし必要な素材があるようだったら、言ってくれたらジョナスの所に売るよ」
「えっ本当!?そうねぇ…今すぐには思いつかないから、次に会うときまでの宿題にしてもいいかしら?」
「ええ、もちろん」
「嬉しいわ。サラと友達になれて私は幸せ者ね。いい付呪具情報が回ってきたら教えるからね」
「それはこちらこそよ。ありがと、ジョナス」
サラは魔法科の付呪を取っており、教室へ向かうと全学年から同じ講義を選んだ生徒が集まっていた。
中講堂は百人程が座れ、教壇が一番低く、座席が一段ごとに高くなる。
最後列が最も高い位置にあり、前列の生徒の後頭部を気にすることなく教師や黒板を見ることができた。
サラは前から二段目、中央通路側端の席に陣取って、授業の用意をする。
教師が入って来る頃には講堂が満席になっており、付呪の人気の高さを知った。
この授業は付呪の基礎を教える講座で、一番難易度の高い授業では、自分で簡単な付呪が出来るようになるらしい。
非常に楽しみであり、いずれは武器や鎧に自在に付呪ができるようになる為の一助にできたらいいと思うのだった。
「皆さん、魔道具と付呪具の違いは何か、ご存じでしょうか」
そんな一言で始まった講義は、非常に有意義なものとなった。
「魔道具とは西国ウェスローで開発された、主に日常生活を補助する為の道具が有名です。手近なもので言えば…この教室を照らしている照明。バスルームで湯を出す蛇口。茶を飲むための湯を沸かせるポットなど。ここ最近の話ですと、転移装置が有名ですね」
魔術師団から派遣されているという講師は、五十代くらいのにこやかな笑みを絶やさぬ男であった。白髪交じりの緑の髪に緑のあごひげ。丸眼鏡に白衣姿で狙い過ぎている感がある。
うさんくさい感じはあるが、話はわかりやすかった。
「一方、付呪具といえば冒険者が身につける装飾品が主になります。これは我が国発祥の技術であり、ダンジョンと冒険者のおかげで発展しました。冒険者でない方には馴染みがないかもしれませんが、貴族向けの宝飾品店では魔除け、おまじないの類が売られています。これらは効果はないとは言いませんが、漠然とした内容であるので、効果があるかは持ち主の魔力との相性によります。…それでも安らぎを求めてか、人気商品ですので、今言ったことは他言無用にお願いします。お値段は手頃な物が多いので、ぼったくり、という程でもありませんからね」
茶化すような言葉に、講堂内には笑みが漏れる。
「この二つに共通するのは、魔石を使う、ということです。魔道具は魔石を燃料として術を発動しますが、付呪具は魔石に術式を書き込んで、狙った効果を発動させます」
講師は魔石を二つ両手のひらの上に乗せる。大きさは講師の拳よりも二回り程小さいくらいであった。
「この二つの魔石は、同種の魔獣から取り出したものです。レベル差もなく、魔石の魔力量も同じ。ではこの魔石で、魔道具と付呪具ならば何が出来るかを、説明しますね」
魔石を教卓の上に置き、魔道具と指輪を取り出した。
「これは皆さんご存じ、携帯ランプです。昔は油を差し、少し前には蝋燭に火を点して使っていました。現在は魔石を使用した魔道具が一般的に普及していますね。携帯ランプは大抵夜、移動の際に使うくらいで、長時間使用は…冒険者が夜間の移動や野営で使うくらいでしょうか」
講師が見回すと、何人かが頷いた。
「魔石を燃料として使うこのランプは、一般的な使用であれば一か月に一度、魔石を交換することで生涯使うことができます」
貴族の子女は自分で使わないので知らないかもしれないが、平民や冒険者は知っていて当然の知識であった。
「一方こちらの指輪。リング部分に比べてこの魔石は、大きすぎますね。指輪としての体をなしていない。どうするのか?と、思われますよね」
ぐるりと講師が見渡すと、全員が固唾を飲んで続きを待った。
それが、学びたいことなのだった。
「この魔石に、付呪します。付呪の方法はまたいずれ。付呪すると、こうなります」
完成品を手に持ち、皆に見えるように捧げ持つ。
指輪の先に、小さなトパーズのような黄色い石がついていた。
「付呪すると、こんなに小さくなります。ちなみに付呪内容は、「体力が一ポイント増加する」です」
「一ポイント…?」
誰かの呟きに、講師は頷いた。
「しょっぱい効果でしょう?でも、たったそれだけの効果を付呪するだけで、拳大の魔石がこんなに小さな石になってしまう。付呪をする労力も膨大なものです。しかも、効果は永続ではない。魔道具と同じように、効果が発動すれば魔石内の魔力を消費しますので、定期的に魔力を補充しなければなりません。こんなに小さな石ですので、消費スピードも早いです。この「体力を一ポイント増加させる指輪」を装備し続けるとすると、一日に一回くらいのペースで補充しなければなりませんね」
「一ポイントの為に…?」
「そう、一ポイントの為に、です。この指輪だと、そうですね。でも、効果の高い付呪具であったら?例えば永続的に体力を回復し続けてくれる、というような素晴らしい効果であれば、喜んで魔力の補充もするでしょう?」
頷く生徒達を見て、講師は満足そうに頷いた。
「これが、付呪です。有用な効果のある付呪具であればあるほど、魔力を食うし、術式も大変になります。補充のための魔力はもちろんですが、付呪する為の元になる魔石の質も、上質なものを求められます。くず石に、効果の高い付呪は不可能なのです。冒険者が欲しがる付呪具は、とても高価ですが、その意味がおわかり頂けたと思います」
真剣な面持ちの生徒達を見回し、講師は再度頷く。
「前期講義は付呪具の歴史を学びながら、魔石の魔力量と相性、実際に付呪した時の結果の把握まで。後期では、実際に術式を書き込んで付呪する所まで、を考えています。本格的に付呪師になりたいと思ったら、就職先は魔術師団なのでよろしくお願いします。では、本日の講義はこれまで」
楽しい講義だったと、サラは思った。
午後からは騎士科の魔剣の講義がある。
先日兄が言っていた、魔法剣の実践講義であった。
貴族はほとんどが魔力を持っている為、魔法騎士は己の魔力を無駄なく使って身体強化をしたり、剣や鎧を強化したりして、戦闘をする。
ただ魔法も自在に使える必要があるので、騎士の中でも魔法剣士は地位が高い。
父や兄に教えてもらい、使えはするのだが、やはり基礎から専門の教師について、学んでおきたいと思うのだった。
講堂を出た所で、後ろから追いかけてくる足音が聞こえ、名を呼ばれて振り向いた。
肩下までの黒髪を三つ編みにして一つにまとめて左肩に流しているが、動くたびに跳ねるのが可愛らしい。碧の瞳はくるりと大きく、そばかすが愛嬌を添える男爵令嬢である。
「ジョナス様、ごきげんよう」
「ごきげんよう、サラ様。付呪の講義、取っていたのね!」
「興味あったからね。ジョナスも?」
「ええ!父の商会、魔道具と付呪具のおかげで大きくなって国に認めて頂いて、爵位まで賜ったのよ。商会の将来を背負って立つのは私だからね!魔道具と付呪具についてはしっかり勉強しなきゃ」
ジョナスの母は、西国ウェスローの男爵家の娘であったが、頭が良く、魔道具の職人になったのだった。
名誉騎士である父の兄と同じ工房に勤めており、そこはかつてウェスローの王家に嫁いだ精霊王国の王女が出資し、作り上げた由緒ある工房であった。
そこにサスランフォーヴの商人であるジョナスの父が、付呪具と上質な魔石を持ち込み、商売を持ちかけたことで縁ができたのだという。
低階層のボスは、よく付呪具をドロップした。
効果は「魔力が十ポイント上がる」だとか、「体力が五ポイント上がる」だとかでたいしたことはない為、値段としては手頃である。
低ランクの冒険者にとってはいい小遣い稼ぎになるので、十階、二十階あたりのボスは乱獲状態だ。それをウェスローに持ち込んだのが、ジョナスの父であった。
上質な魔石は高ランク冒険者が相手にするような強い魔獣しかドロップしない。
当時はドロップしたとしても、使い道がなかった。
日用品の魔道具に上質な魔石は強すぎて壊してしまう。
付呪の技術もまだなかった。
通常の魔石とたいして変わらない値段で取り引きされていたそれを、ジョナスの父はウェスローへと持ち込んだのだった。
平民で商人の家系であった父に魔力はなかったが、すらりとした体躯と甘いマスクは女性客から人気があった。
おまけに、イケメンにありがちな軽薄な所もなく、堅実な商売と、誠実な人柄で販路を広げ、西国の有名工房へも繋ぎを得たのである。
その時、ジョナスの父は四十歳。
商売に真面目になるあまり多忙を極めて、婚期を逃していた。
弟も、その子供もいるし、まぁいいか、と考えていた矢先、ジョナスの母と出会ったのである。
母は当時二十三歳。父に一目惚れであったという。
母の熱烈なアピールに絆され、こんなおじさんでもいいのなら、と結婚をした。
上質な魔石を使った転移装置が完成し、ウェスローの王家からも信頼を得た父は転移装置の販売権を獲得したのである。
サスランフォーヴの王家へも繋ぎを得て、転移装置輸入の功績を買われて、男爵位を賜った。
サラの家よりは古いが、パーカー家も新興貴族なのだった。
付呪具の取り扱いも豊富で、魔術師団から卸される付呪具の販売権も持っていた。
ジョナスのパーカー商会は貴族だけでなく平民や冒険者まで分け隔てなく、金さえ出せば物を売ってくれるのに対し、他に販売権を持つ上位貴族達は、上位貴族や高ランクの冒険者しか相手にしない等、選民思想がひどい。
棲み分けが出来ている、と言えば聞こえはいいが、サラは男爵令嬢である為上位貴族向けの商会には相手にされず、悔しい思いをしたこともあった。
ジョナスの商会に出会って、ようやく質のいい付呪具を手に入れることが出来るようになったのである。
サラが将来有望で、かつ金を持った冒険者であることを知った商会は、求める高品質の付呪具が入れば、取り置きをして融通してくれるようにもなった。
同い年の令嬢がいたこともあり、商会とは仲良くしているのだ。
「これからの時代、付呪具はますます重要になってくると思う。ダンジョンの攻略が進めば進む程、難易度が上がっていくからね」
「そうだよね。サラも、もっと高品質な付呪具、欲しいんでしょ?」
「そりゃぁ欲しいよ。それで生存率が上がるんだよ。命綱といっても過言じゃないね」
「わぁ、さすが現役冒険者。実感こもってる~」
「でしょう」
「ね、ランチ、行かない?誰かと約束してる?」
「ううん。嬉しい、ぜひ一緒にお願いします!」
「やったー!私午後から淑女科取ってるの。サラは?」
「私は騎士科」
昔からの付き合いであるせいか、新興貴族であるからか、二人で話していると貴族令嬢らしさはふっ飛んでしまう。
互いが気にしないからまぁいいよね、という暗黙の了解があった。
「さすがサラ!うち、母が貴族といっても父は平民だから。男爵になってもイマイチ平民感覚が抜けないと言うか。商会の人達もみんな平民だし。だからちゃんとした淑女教育って受けてないんだよね」
「淑女科は確か、上位貴族の作法を教えてくれるんでしょう?」
「そうなの。今後上位貴族の顧客も増やしていきたいし、平民の作法じゃ、相手にしてくれなさそうじゃない?私がしっかり学んでいかないと!」
「将来のこと、ちゃんと考えてるの偉いと思う」
「ふふふ、そうでしょう?我が家は女ばっかり三人だから、長女の私がしっかりしないといけないの!」
明るくしっかりしたジョナスは、楽しい友人だった。
レストランに向かって歩く生徒達の背中について行きながら、色々なことを話す。
「あ、そうそう。魔石、大量に売ってくれてありがとね。低層のくず石じゃなくて、そこそこ品質のいい魔石って、需要がすごいのよ。汎用性が高いからね」
「良かった。定期的にダンジョンへは行く予定だから、またよろしくね」
「こちらこそ、いつもご贔屓にして下さって、ありがとうございます!」
「売るのは魔石だけで良かった?他にも色々引き取ってくれることは知ってるんだけど、少しでも高く買ってくれる所に分散して売っているの。もし必要な素材があるようだったら、言ってくれたらジョナスの所に売るよ」
「えっ本当!?そうねぇ…今すぐには思いつかないから、次に会うときまでの宿題にしてもいいかしら?」
「ええ、もちろん」
「嬉しいわ。サラと友達になれて私は幸せ者ね。いい付呪具情報が回ってきたら教えるからね」
「それはこちらこそよ。ありがと、ジョナス」
0
お気に入りに追加
241
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます
綾月百花
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。
異世界転生 勝手やらせていただきます
仏白目
ファンタジー
天使の様な顔をしたアンジェラ
前世私は40歳の日本人主婦だった、そんな記憶がある
3歳の時 高熱を出して3日間寝込んだ時
夢うつつの中 物語をみるように思いだした。
熱が冷めて現実の世界が魔法ありのファンタジーな世界だとわかり ワクワクした。
よっしゃ!人生勝ったも同然!
と思ってたら・・・公爵家の次女ってポジションを舐めていたわ、行儀作法だけでも息が詰まるほどなのに、英才教育?ギフテッド?えっ?
公爵家は出来て当たり前なの?・・・
なーんだ、じゃあ 落ちこぼれでいいやー
この国は16歳で成人らしい それまでは親の庇護の下に置かれる。
じゃ16歳で家を出る為には魔法の腕と、世の中生きるには金だよねーって事で、勝手やらせていただきます!
* R18表現の時 *マーク付けてます
*ジャンル恋愛からファンタジーに変更しています
【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?
つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。
平民の我が家でいいのですか?
疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。
義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。
学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。
必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。
勉強嫌いの義妹。
この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。
両親に駄々をこねているようです。
私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。
しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。
なろう、カクヨム、にも公開中。
《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。
友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」
貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。
「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」
耳を疑いそう聞き返すも、
「君も、その方が良いのだろう?」
苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。
全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。
絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。
だったのですが。
虐げられた令嬢、ペネロペの場合
キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。
幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。
父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。
まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。
可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。
1話完結のショートショートです。
虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい……
という願望から生まれたお話です。
ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。
R15は念のため。
【完結】底辺冒険者の相続 〜昔、助けたお爺さんが、実はS級冒険者で、その遺言で七つの伝説級最強アイテムを相続しました〜
もう書かないって言ったよね?
ファンタジー
試験雇用中の冒険者パーティー【ブレイブソード】のリーダーに呼び出されたウィルは、クビを宣言されてしまう。その理由は同じ三ヶ月の試験雇用を受けていたコナーを雇うと決めたからだった。
ウィルは冒険者になって一年と一ヶ月、対してコナーは冒険者になって一ヶ月のド新人である。納得の出来ないウィルはコナーと一対一の決闘を申し込む。
その後、なんやかんやとあって、ウィルはシェフィールドの町を出て、実家の農家を継ぐ為に乗り合い馬車に乗ることになった。道中、魔物と遭遇するも、なんやかんやとあって、無事に生まれ故郷のサークス村に到着した。
無事に到着した村で農家として、再出発しようと考えるウィルの前に、両親は半年前にウィル宛てに届いた一通の手紙を渡してきた。
手紙内容は数年前にウィルが落とし物を探すのを手伝った、お爺さんが亡くなったことを知らせるものだった。そして、そのお爺さんの遺言でウィルに渡したい物があるから屋敷があるアポンタインの町に来て欲しいというものだった。
屋敷に到着したウィルだったが、彼はそこでお爺さんがS級冒険者だったことを知らされる。そんな驚く彼の前に、伝説級最強アイテムが次々と並べられていく。
【聖龍剣・死喰】【邪龍剣・命喰】【無限収納袋】【透明マント】【神速ブーツ】【賢者の壺】【神眼の指輪】
だが、ウィルはもう冒険者を辞めるつもりでいた。そんな彼の前に、お爺さんの孫娘であり、S級冒険者であるアシュリーが現れ、遺産の相続を放棄するように要求してきた。
断罪された商才令嬢は隣国を満喫中
水空 葵
ファンタジー
伯爵令嬢で王国一の商会の長でもあるルシアナ・アストライアはある日のパーティーで王太子の婚約者──聖女候補を虐めたという冤罪で国外追放を言い渡されてしまう。
そんな王太子と聖女候補はルシアナが絶望感する様子を楽しみにしている様子。
けれども、今いるグレール王国には未来が無いと考えていたルシアナは追放を喜んだ。
「国外追放になって悔しいか?」
「いいえ、感謝していますわ。国外追放に処してくださってありがとうございます!」
悔しがる王太子達とは違って、ルシアナは隣国での商人生活に期待を膨らませていて、隣国を拠点に人々の役に立つ魔道具を作って広めることを決意する。
その一方で、彼女が去った後の王国は破滅へと向かっていて……。
断罪された令嬢が皆から愛され、幸せになるお話。
※他サイトでも連載中です。
毎日18時頃の更新を予定しています。
転生令息は攻略拒否!?~前世の記憶持ってます!~
深郷由希菜
ファンタジー
前世の記憶持ちの令息、ジョーン・マレットスは悩んでいた。
ここの世界は、前世で妹がやっていたR15のゲームで、自分が攻略対象の貴族であることを知っている。
それはまだいいが、攻略されることに抵抗のある『ある理由』があって・・・?!
(追記.2018.06.24)
物語を書く上で、特に知識不足なところはネットで調べて書いております。
もし違っていた場合は修正しますので、遠慮なくお伝えください。
(追記2018.07.02)
お気に入り400超え、驚きで声が出なくなっています。
どんどん上がる順位に不審者になりそうで怖いです。
(追記2018.07.24)
お気に入りが最高634まできましたが、600超えた今も嬉しく思います。
今更ですが1日1エピソードは書きたいと思ってますが、かなりマイペースで進行しています。
ちなみに不審者は通り越しました。
(追記2018.07.26)
完結しました。要らないとタイトルに書いておきながらかなり使っていたので、サブタイトルを要りませんから持ってます、に変更しました。
お気に入りしてくださった方、見てくださった方、ありがとうございました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる