影となりて玉を追う

晴なつ暎ふゆ

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4.花の導き

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「――ぃ、おい! ハル!」
 耳に届いた声に、バッと体を起こす。
 うおっ、と声がした方を見れば、いつの間に戻ってきたのかエイジが横に座り込んでいた。
「………、エイジ?」
「うん。大丈夫か? 此処でお前ぶっ倒れてたけど」
 辺りを見回すと、そこは静寂そのものの森の中。
 シンと静まりかえって、生き物の声すらしない。木々の隙間から、三日月が不気味にこちらを覗き込んでいる。
 何があったんだっけ。
 思い出そうとするのに、ズキズキと頭が痛むだけで何も思い出せなかった。
 兎に角、事情を知っているだろうエイジに聞いてみる方がいいか、ともう一度彼に視線を向ける。
「えっと、僕此処で何してたんだっけ?」
「バケモノ探ししてた俺に付き合ってここまで来てくれたんだろ? 生き物の吠え声が聞こえたから俺がお前を置いてきぼりにしたんだ」
「……そう、だっけ?」
 何か大事なことを忘れている気がする。
 エイジと別れた後のことを全く覚えていない。
 何かがあった気がするのに。死ぬほど怖い思いをした気もするし、現実か夢か解らないようなことがあった気もするのに。
 うーんうーんと頭を悩ませる陽斗に、エイジが心配そうな顔をした。
「本当に大丈夫か?」
「ん、大丈夫だよ。怪我とかもしてないし!」
「それなら良いけどさ」
 何があったかは覚えてないけれど、命があるなら大丈夫だ。
 もうそうになることもない。そう思ったところで、首を傾げる。食べられそうってなんだ。ズキリと頭に痛みが走って、手で押さえる。幸いにも痛みはすぐに消えていった。一体何なんだろう。でも主も出さなければいけない気がする。
 ふと地面に付いている指先に何かが触れる。
 そちらを見ると、見たことのない花が落ちていた。花弁なのか針のように尖っているものが円上に広がっている。僅かな月明かりを反射して蒼紫に光るそれは、痛々しげな見た目なのにとても美しく見えた。拾い上げて触れてみると、案外柔らかい。
「なにそれ」
 エイジから聞かれても、わかんない、と返した。
「ここらへんじゃ見ない花だよね」
「……それ、花なのか?」
「多分?」
「マジか。そんな気色悪い花あんの?」
 げぇ、と舌を出してエイジは、追っ払うように手をひらひらと動かした。
 陽斗は綺麗な花だと思ったが、そんなに気持ち悪いだろうか。まあ確かに人によっては、集合体みたいで気色悪いのかもしれないけれど。とりあえずポケットに仕舞っておく。
「そういえば、バケモノは見つかった?」
「いんや、なんもいねぇ」
 またデマだったなァ、なんて残念そうに言ったエイジが立ち上がって手を差し出してきた。笑いながらその手を取って、立ち上がる。
「何かあった方が僕は困るからデマで良かったよ」
「今回は絶対アタリだと思ったのにな~!」
 明らかに残念そうに肩を落としているエイジに、帰ろう、と声を掛けて帰り道へと爪先を向けた。数歩歩いたところで、エイジが立ち止まっている事に気付いて、振り返る。
 強い風が吹いて、木々を揺らす。
 大きくエイジの髪の毛も揺れていた。ザワザワと不穏な音を奏でる木々と草花。出て行けと言われている気がする。なによりもエイジが何処かに行ってしまいそうな気がするのだ。背中が少しだけ寒くなって、エイジの名前を呼んだ。
「エイジ、行こう」
 いつまでも森の方へ目を向けているエイジの手を取って、歩き始める。
 少しもつれはあったものの、素直に付いてきてくれているようだった。でも、本当に今掴んでいるのは、エイジの手だろうか。もしも、別のナニカだったら。
「ハル、そんなに強く引っ張るなよ」
「! ご、ごめん」
 それを否定するように、エイジから声が掛けられてパッと手を離したのと同時に、安心した。
 良かった。いつも通りのエイジだ。
 ホッと息を吐いた陽斗はどんどんと帰り道を進んでいった。


 ***


「お疲れ様でした~!」
 陽斗は、バイト先の仲間達にそう声を掛けて、飲食店の裏口から夜の街へと出る。ピカピカと道を照らすネオンが街中にある所為で、この街は夜になってもちっとも暗くならない。逆に暗闇が懐かしくなる位だ。

 エイジのバケモノ探しについて行ってから、もう一週間ほど経とうとしている。

 結局あの日に何があったのか、未だに思い出せない。
 何もなかったんだろう、と諦めきれないのは、あの日拾った見たこともない花が、今でも枯れずに咲き続けているからだ。水を必要としないのか、花瓶に入れているわけでもないのに、針のような花びらをずっと付けたまま、陽斗の勉強机の上にあるのだった。
 一体何があったのだろう。思い出せないと余計に気になって、躍起になってしまうのだった。
 目の端で何かが閃いて、思い切り顔を上げる。
 ビル群の電子公告が、電気のコマーシャルをやっている最中だった。無数の青い閃光が画面の中で翻っている。この光景を、何処かで見たことがある。陽斗はそう思った。テレビとかそういうのじゃなく、前に何処かで。
 刹那、側頭部に痛みが走って思わず頭を抱えた。チカチカと脳裏に次々に映像が流れ込んでくる。

 巨大な咆哮。
 闇色のバケモノ。
 眼前に迫る死。
 青い閃光。
 刀。
 妙な格好をした男。
 ワスレナ草。

 あの日の出来事が一気に頭の中に流れ込んできた。幸いにも倒れる事はなかったけれど、街中で突然歩みを止めた陽斗を、通行人はうっとうしそうに見遣っていた。それすら気付くことなく、陽斗は顔を上げた。
「……思い出した」
 ぽつりと独り言が漏れて、気付けば陽斗は駆け出していた。
 彼は、否、彼らは、あのバケモノのことだけではなく、陽斗の知らないことを知っている気がした。何かは解らない。例えば、この世界でどうしてヒトビトが闇を怖がるのか、とか。それを知っているような気がした。
 もう一度会いたい。
 そう思ったときには、もう体が動いていた。何処にいるかも解らないのに、兎に角陽斗は走って家に帰った。
 陽斗の予想が正しければ、自分の机の上に置いてあるあの花は、ワスレナ草だろう。あれがどう作用したのかはさっぱり解らないけれど、彼らがあの花を使ったのだとしたら、あの花が彼らの唯一の手掛かりだ。
 それを手に取ると、また駆け出す。
 何をどうすれば良いのかなんて分からない。でもジッとしていられなかった。

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