影となりて玉を追う

晴なつ暎ふゆ

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3.未知との邂逅

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 喉が引き攣って、声すら上げられない。
 見えるものなら怖くない、と言ったがあれは嘘だった。見えているものが、こんなにも恐ろしい。全身が震え上がって、動く事もままならない。
 死にたくない。嫌だ。死にたくない……!
 ずるずると不快な音を立てて、少しずつ陽斗に寄ってくるその巨体。
 金縛りにあったように足を動かせない。
 ぱっくりと開いた闇の口。振り上げられる巨体の前足。

 押しつぶされる――!

 せめて頭だけは、と反射的に頭を庇うように動いた腕。こんなことをしても無駄だと知っていても、人は己の命を守らずにはいられない、と昔読んだ本に出てきたフレーズが頭に流れる。確かにそうだな、と頭の片隅で冷静な自分が笑った時。

「どけ」

 空気を切る音に紛れて、そんな低い声が聞こえた。
 ワンテンポ遅れて、暗闇を走ったのは青い閃光。
 バリバリと稲妻がバケモノ目がけて降り注いだかと思えば、バケモノの耳障りな雄叫びが響き渡った。横に真っ二つになったバケモノは、切られた場所から闇に溶けていく。
 気付いたら腰が抜けて、地面に尻が付いていた。
 チリチリと未だに閃光が走っているバケモノから目を離して、陽斗は目の前に立っている人を見上げる。
 自分よりも背の高い、黒のローブを纏った人。
 声からして男だろうか。その両手には刀が握られている。時折閃光が走る刀身は月よりも輝いて見えた。
 不意に彼が肩越しに目線を寄越した。
「まだ居たのか、お前」
 冷たい声が飛んできて、ハッとする。ローブから僅かに見える周りに飛び散る閃光を反射した瞳が、余計に鋭く見えて肩を震わせた。バケモノの次は彼に殺されるんじゃないかと思わせるような、冷たい目。いいや、と首を振る。もしも殺すつもりなら、最初からあの二振りの刀でバケモノと同じく、切られているはずだ。
 ごくりと唾を飲み込んで、口を開く。
「助けてくれて、ありがとうございます」
「助けたつもりはない。邪魔だ」
「まーまー、そんなに邪険にしないの」
 全く変わらない表情と温度を少しも感じられない言葉に怯みかけたのだが、明るい声が二人の間に割って入ってきた。
 声と共に鉄面皮の男の隣に並んだのは、同じく黒のローブを着ている赤髪の男。
 違う所を上げるとするなら、絶対零度の男とは違いフードを外していることと、長い刀を一振り携えていることだ。
 にへらっと柔らかな笑みを零した赤髪の男は、膝に手をついて陽斗を覗き込んできた。
「大丈夫? アレに攻撃されて怪我してない?」
 赤髪が指を刺したのは、未だに閃光を散りばめている巨体。この世のものとは思えない呻き声を上げ続けている。ブンブンと首を横に振る。ハッと鼻で笑った声が聞こえた。怖い方の男だ。
「怪我してたら死んでるだろ」
「まぁそうなんだけど。一応確認だよ」

 今めちゃくちゃに物騒な言葉が聞こえたんだけど!?

 言葉を出さずに口をぱくぱくした陽斗に、ケラケラと笑った赤髪は、さーて、とバケモノを振り仰いだ。
「どうする、蒼」
「どうするも何もいつも通りやるだけだ」
のヒトに見られてるけど」
「ワスレナ草があるだろ」
「ボク置いてきちゃった。蒼持ってる?」
「……役立たずかお前は」
「失敬な。 いつもは見られないから今回も持ってこなかったんだよ。大体こーんなところにいる彼が悪い!」
「それは責任転嫁だろバカが」
 ビシッと指を刺してきた赤髪に、蒼と呼ばれた怖い男から冷静にツッコミが入った。怖いんじゃなく、ご尤もすぎるだけで案外常識のあるヒトなのかもしれない。でも怖い、顔が。
「まあいい。俺のを使う。お前は"雷杭"が効いてるうちにアレをなんとかしろ」
「はぁい」
 軽々しい動作で宙へと飛んだ、否、浮いたが正しいのかもしれない。対空時間がおかしいのだ。空中に見えない床でもあるかのように、赤髪の男はバケモノと顔あたりと同じ高さの宙に立っていた。
 何が起こっているのか分からないまま、陽斗はあんぐりと口を開けたまま状況を見守る事しかできない。
「こんなところに出てきて悪いコだなぁ。キミはここにいるべき存在じゃないでしょ」
 鞘から僅かに見えた刀身が紅に光る。刀を振りかぶった赤髪の男は、そのまま振り下ろした。
 鞘が勢いよくバケモノに向かっていく。
 向かってきた鞘を避けられる力は残っていたらしい、バケモノは体をずらす。鞘は当たらずに丁度真後ろの地面に突き刺さった。
 攻撃が外れたのに、赤髪の男はニヤリと口角を吊り上げる。
 彼は冷静に刀の握り方を変えて、宙に刀を突き刺すように構えると、唱えた。
「"封陣式・ヨミ還リ"」
 その途端、地面に、宙に、白光が走った。それが何かの陣を描いていく。刻まれた文字を読むことは出来ない。しかし、それは何処かでみたような形をしていた。
 バケモノを取り囲んだその陣は、やがて四角い箱のような形になり、どんどんと小さくなっていく。
 バケモノも何か声を上げているはずなのに、全く聞こえない。一体全体何が起こっているのか、全く分からなかった。
 今見ているのは現実なのか、それとも立ったまま夢でも見ているのか。もう判断が出来なかった。
 その光景に釘付けになっていた無防備な陽斗の首に、衝撃が走る。最後に見えたのは、蒼と呼ばれていた男の青い瞳。
 あっという間に意識が闇色に染まって、何も見えなくなった。
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