4 / 5
3.未知との邂逅
しおりを挟む喉が引き攣って、声すら上げられない。
見えるものなら怖くない、と言ったがあれは嘘だった。見えているものが、こんなにも恐ろしい。全身が震え上がって、動く事もままならない。
死にたくない。嫌だ。死にたくない……!
ずるずると不快な音を立てて、少しずつ陽斗に寄ってくるその巨体。
金縛りにあったように足を動かせない。
ぱっくりと開いた闇の口。振り上げられる巨体の前足。
押しつぶされる――!
せめて頭だけは、と反射的に頭を庇うように動いた腕。こんなことをしても無駄だと知っていても、人は己の命を守らずにはいられない、と昔読んだ本に出てきたフレーズが頭に流れる。確かにそうだな、と頭の片隅で冷静な自分が笑った時。
「どけ」
空気を切る音に紛れて、そんな低い声が聞こえた。
ワンテンポ遅れて、暗闇を走ったのは青い閃光。
バリバリと稲妻がバケモノ目がけて降り注いだかと思えば、バケモノの耳障りな雄叫びが響き渡った。横に真っ二つになったバケモノは、切られた場所から闇に溶けていく。
気付いたら腰が抜けて、地面に尻が付いていた。
チリチリと未だに閃光が走っているバケモノから目を離して、陽斗は目の前に立っている人を見上げる。
自分よりも背の高い、黒のローブを纏った人。
声からして男だろうか。その両手には刀が握られている。時折閃光が走る刀身は月よりも輝いて見えた。
不意に彼が肩越しに目線を寄越した。
「まだ居たのか、お前」
冷たい声が飛んできて、ハッとする。ローブから僅かに見える周りに飛び散る閃光を反射した瞳が、余計に鋭く見えて肩を震わせた。バケモノの次は彼に殺されるんじゃないかと思わせるような、冷たい目。いいや、と首を振る。もしも殺すつもりなら、最初からあの二振りの刀でバケモノと同じく、切られているはずだ。
ごくりと唾を飲み込んで、口を開く。
「助けてくれて、ありがとうございます」
「助けたつもりはない。邪魔だ」
「まーまー、そんなに邪険にしないの」
全く変わらない表情と温度を少しも感じられない言葉に怯みかけたのだが、明るい声が二人の間に割って入ってきた。
声と共に鉄面皮の男の隣に並んだのは、同じく黒のローブを着ている赤髪の男。
違う所を上げるとするなら、絶対零度の男とは違いフードを外していることと、長い刀を一振り携えていることだ。
にへらっと柔らかな笑みを零した赤髪の男は、膝に手をついて陽斗を覗き込んできた。
「大丈夫? アレに攻撃されて怪我してない?」
赤髪が指を刺したのは、未だに閃光を散りばめている巨体。この世のものとは思えない呻き声を上げ続けている。ブンブンと首を横に振る。ハッと鼻で笑った声が聞こえた。怖い方の男だ。
「怪我してたら死んでるだろ」
「まぁそうなんだけど。一応確認だよ」
今めちゃくちゃに物騒な言葉が聞こえたんだけど!?
言葉を出さずに口をぱくぱくした陽斗に、ケラケラと笑った赤髪は、さーて、とバケモノを振り仰いだ。
「どうする、蒼」
「どうするも何もいつも通りやるだけだ」
「コッチのヒトに見られてるけど」
「ワスレナ草があるだろ」
「ボク置いてきちゃった。蒼持ってる?」
「……役立たずかお前は」
「失敬な。 いつもは見られないから今回も持ってこなかったんだよ。大体こーんなところにいる彼が悪い!」
「それは責任転嫁だろバカが」
ビシッと指を刺してきた赤髪に、蒼と呼ばれた怖い男から冷静にツッコミが入った。怖いんじゃなく、ご尤もすぎるだけで案外常識のあるヒトなのかもしれない。でも怖い、顔が。
「まあいい。俺のを使う。お前は"雷杭"が効いてるうちにアレをなんとかしろ」
「はぁい」
軽々しい動作で宙へと飛んだ、否、浮いたが正しいのかもしれない。対空時間がおかしいのだ。空中に見えない床でもあるかのように、赤髪の男はバケモノと顔あたりと同じ高さの宙に立っていた。
何が起こっているのか分からないまま、陽斗はあんぐりと口を開けたまま状況を見守る事しかできない。
「こんなところに出てきて悪いコだなぁ。キミはここにいるべき存在じゃないでしょ」
鞘から僅かに見えた刀身が紅に光る。刀を振りかぶった赤髪の男は、そのまま振り下ろした。
鞘が勢いよくバケモノに向かっていく。
向かってきた鞘を避けられる力は残っていたらしい、バケモノは体をずらす。鞘は当たらずに丁度真後ろの地面に突き刺さった。
攻撃が外れたのに、赤髪の男はニヤリと口角を吊り上げる。
彼は冷静に刀の握り方を変えて、宙に刀を突き刺すように構えると、唱えた。
「"封陣式・ヨミ還リ"」
その途端、地面に、宙に、白光が走った。それが何かの陣を描いていく。刻まれた文字を読むことは出来ない。しかし、それは何処かでみたような形をしていた。
バケモノを取り囲んだその陣は、やがて四角い箱のような形になり、どんどんと小さくなっていく。
バケモノも何か声を上げているはずなのに、全く聞こえない。一体全体何が起こっているのか、全く分からなかった。
今見ているのは現実なのか、それとも立ったまま夢でも見ているのか。もう判断が出来なかった。
その光景に釘付けになっていた無防備な陽斗の首に、衝撃が走る。最後に見えたのは、蒼と呼ばれていた男の青い瞳。
あっという間に意識が闇色に染まって、何も見えなくなった。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
スケートリンクでバイトしてたら大惨事を目撃した件
フルーツパフェ
大衆娯楽
比較的気温の高い今年もようやく冬らしい気候になりました。
寒くなって本格的になるのがスケートリンク場。
プロもアマチュアも関係なしに氷上を滑る女の子達ですが、なぜかスカートを履いた女の子が多い?
そんな格好していたら転んだ時に大変・・・・・・ほら、言わんこっちゃない!
スケートリンクでアルバイトをする男性の些細な日常コメディです。
転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】
ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします
ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった
【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。
累計400万ポイント突破しました。
応援ありがとうございます。】
ツイッター始めました→ゼクト @VEUu26CiB0OpjtL
チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい
616號
ファンタジー
不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる