泡になれない人魚姫

円寺える

文字の大きさ
上 下
30 / 43

第29話

しおりを挟む
 旅館の部屋に向かう途中、すれ違った女将はやけに早く戻ってきたなと疑問を抱いた。深刻そうな流星の表情から、そっとしておくのが一番だと会釈だけして仕事に戻る。
 あの年頃の男女は悩みが多い。失恋でもしたのだろうか。夕飯時には元気になっているといいな。

 二人は部屋に戻ると、テーブルを挟み向かい合う。
 コンビニで買おうと思っていた昼食は、流星が何も購入しなかったため一華が勝手に流星の分までいくつか選んだ。袋をテーブルに置き、中からおにぎりやサラダを取り出す。
 流星の好みを知らなかったので、テーブルの真ん中に集め、好きに取れるような形をとった。その中からおにぎりを一つ取り、開封して流星より先に食べる。おにぎりは昆布が一番好きだ。残るはツナマヨと梅と明太子。偏見だが流星はツナマヨを選びそうだ。ひっくり返っているおにぎりを、ツナマヨという文字が見えるように置き治す。

 片手を頭に当てている流星は、頭痛が酷いのだろうか。なんて、鈍感なフリをしてみたが、きっと声のことで悩んでいるのだろう。
 翔真の足と一華の声を天秤にかけ、どうしようかと悩んでいる。
 流星が悩んでもどうすることもできないのに。

 ぱりぱりと海苔の音が部屋に響き、三分の二を食べたところで流星は大きなため息をこぼした。

「大丈夫?」

 何故声を失う自分よりも流星の方が深刻そうにしているのか。
目の前に自分以上に深刻そうにしている人がいると、自分は案外冷静になるのだなと一つ発見をした。
不安な様子はなく、けろっとしながらおにぎりを貪る一華は流星にとって呆れるほかなかった。

「なんでそんなに冷静なんだよ」
「なんでそんなに深刻そうなの?」

 流星は関係ないが、友達という立場故に深刻になっている。流星は優しいな、とおにぎりを頬張りながらぼんやり思った。

「俺は、翔真の足と引き換えに翔真の声を失くすものだと思ってた」
「うん」
「一華ちゃんが傷つくことない」
「うん」
「俺は、その、俺は」

 言い淀んでしまう。
 あぁ、嫌だ。
 悩んでいるように見えない一華は、答えが出ているようなものだった。
 ここへは翔真の足を治しに来た。それは、一華が望んだからだ。
 自分が口出しするような立場にないけれど、どうしても、我慢できない。

「俺は、一華ちゃんに傷ついてほしくない」
「うん?」

 鍵を閉めて奥底に閉じ込めていたものが、むくむくと膨らみ、鍵を壊そうとしている。
 きっと嫌われてしまう。折角仲良くなって、良い関係を築けているのに、嫌われたくない。この関係を壊したくない。
 そう思うが、自分が何も言わなければきっと一華は翔真のために捧げてしまうだろう。

「帰ろう、一華ちゃん」
「え?」
「もう帰ろう」

 情けなく、今にも泣きそうな声。
 一華の顔を見ることができず、テーブルの木目から逸らせない。

 流星は戸惑っている。今まで一緒に魔女探しをして、翔真のためにあちこち歩き回った片割れが、悪く言えば生贄になろうとしている。阻止したいのは当然だと納得する。
 それと同時に、とても良い友人を持ったなと誇らしくもある。

「翔真のためにここまで来たのは分かってる。でも、一華ちゃんが傷つくことはないよ」
「ありがとう」
「だから、帰ろう」
「ううん」
「声が出なくなったら困るだろ、帰ろう」
「翔真のために来て、魔女に会えて、このまま帰るわけにはいかないよ」
「翔真の足はさ、色んな病院で治す方法を探したらいいよ」
「治らないって、言ってたじゃん」
「あの病院の医者が無能なだけかもしれないだろ」
「でも大きい病院だよ」
「都会の病院の方が大きいよ」
「翔真の足を治せる方法が、目の前にあるんだよ」
「翔真の足より一華の方が大事だろ!」

 思わず声を荒げてしまう。
 いつもなら一華ちゃんと呼んでいたところを一華と呼び捨てにしたことで、流星の本気度が顔を出す。

「一緒に帰ろうよ」

 流星の声は切実だった。
 自分以上に傷ついているのではと思わせるような痛々しさがあった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

亡き妻を求める皇帝は耳の聞こえない少女を妻にして偽りの愛を誓う

永江寧々
恋愛
二年前に婚約したばかりの幼馴染から突然、婚約破棄を受けたイベリス。 愛しすぎたが故の婚約破棄。なんとか笑顔でありがとうと告げ、別れを終えた二日後、イベリスは求婚される。相手は自国の貴族でも隣国の王子でもなく、隣の大陸に存在する大帝国テロスを統べる若き皇帝ファーディナンド・キルヒシュ。 婚約破棄の現場を見ており、幼馴染に見せた笑顔に一目惚れしたと突然家を訪ねてきた皇帝の求婚に戸惑いながらもイベリスは彼と結婚することにした。耳が聞こえない障害を理解した上での求婚だったからイベリスも両親も安心していた。 伯爵令嬢である自分が帝国に嫁ぐというのは不安もあったが、彼との明るい未来を想像していた。しかし、結婚してから事態は更に一変する。城の至る所に飾られたイベリスそっくりの女性の肖像画や写真に不気味さを感じ、服や装飾品など全て前皇妃の物を着用させられる。 自分という人間がまるで他人になるよう矯正されている感覚を覚える日々。優しさと甘さを注いでくれるはずだったファーディナンドへの不信感を抱えていたある日、イベリスは知ることになる。ファーディナンドが亡き妻の魂を降ろそうとしていること。瓜二つの自分がその器として求婚されたことを。 知られていないと思っている皇帝と、彼の計画を知りながらも妻でいることを決めた少女の行く末は──…… ※中盤辺りまで胸糞展開ございますので、苦手な方はご注意ください。

旦那様、愛人を作ってもいいですか?

ひろか
恋愛
私には前世の記憶があります。ニホンでの四六年という。 「君の役目は魔力を多く持つ子供を産むこと。その後で君も自由にすればいい」 これ、旦那様から、初夜での言葉です。 んん?美筋肉イケオジな愛人を持っても良いと? ’18/10/21…おまけ小話追加

初夜に「君を愛するつもりはない」と人形公爵から言われましたが俺は偽者花嫁なので大歓迎です

砂礫レキ
BL
リード伯爵家の三男セレストには双子の妹セシリアがいる。 十八歳になる彼女はアリオス・アンブローズ公爵の花嫁となる予定だった。 しかし式の前日にセシリアは家出してしまう。 二人の父リード伯爵はセシリアの家出を隠す為セレストに身代わり花嫁になるよう命じた。 妹が見つかり次第入れ替わる計画を告げられセレストは絶対無理だと思いながら渋々と命令に従う。 しかしアリオス公爵はセシリアに化けたセレストに対し「君を愛することは無い」と告げた。 「つまり男相手の初夜もファーストキスも回避できる?!やったぜ!!」  一気に気が楽になったセレストだったが現実はそう上手く行かなかった。

【完結】幼馴染に婚約破棄されたので、別の人と結婚することにしました

鹿乃目めのか
恋愛
セヴィリエ伯爵令嬢クララは、幼馴染であるノランサス伯爵子息アランと婚約していたが、アランの女遊びに悩まされてきた。 ある日、アランの浮気相手から「アランは私と結婚したいと言っている」と言われ、アランからの手紙を渡される。そこには婚約を破棄すると書かれていた。 失意のクララは、国一番の変わり者と言われているドラヴァレン辺境伯ロイドからの求婚を受けることにした。 主人公が本当の愛を手に入れる話。 独自設定のファンタジーです。 さくっと読める短編です。 ※完結しました。ありがとうございました。 閲覧・いいね・お気に入り・感想などありがとうございます。 ご感想へのお返事は、執筆優先・ネタバレ防止のため控えさせていただきますが、大切に拝見しております。 本当にありがとうございます。

溺れかけた筆頭魔術師様をお助けしましたが、堅実な人魚姫なんです、私は。

氷雨そら
恋愛
転生したら人魚姫だったので、海の泡になるのを全力で避けます。 それなのに、成人の日、海面に浮かんだ私は、明らかに高貴な王子様っぽい人を助けてしまいました。 「恋になんて落ちてない。関わらなければ大丈夫!」 それなのに、筆頭魔術師と名乗るその人が、海の中まで追いかけてきて溺愛してくるのですが? 人魚姫と筆頭魔術師の必然の出会いから始まるファンタジーラブストーリー。 小説家になろうにも投稿しています。

完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました

らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。 そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。 しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような… 完結決定済み

俺の好きを信じてよ

あまき
BL
『好き』を知らない高校2年生の沖田春樹が、隣のクラスの“学年の王子”こと春野倫也とお付き合いする中で、本当の『好き』を知る話。春春の純愛物語。 ※第2章『好きになってから』の連載を始めます。無事両思いになった春春のじれっともだっとしたお付き合いのお話。

処理中です...