泡になれない人魚姫

円寺える

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第25話

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 翌日、旅館を出て昨日訪れたばかりの駄菓子屋を目指して歩く。相変わらずの寒さに二人の手は各々コートのポケットに収まっている。
 流星は、一華が歩く度に揺れる貝殻を視界に入れると、つい口元が緩んでしまう。
 しかし、一華が顔の半分を埋めている赤いマフラーと、鞄に付けられているだけの貝殻を見比べると、緩んだ口元が元に戻った。

「あれー、どっちだったっけ?」

 十字路で立ち止まり、記憶の糸を手繰り寄せる一華。
 前に真っ直ぐ伸びている道が正解だが、今の流星は正解を教える気にならなかった。どの道だったかなと迷う一華を見下ろし、不正解の道を選ばないだろうかと意地の悪い考えがむくむくと起き上がる。

「昨日は魔女の森から駄菓子屋に行ったから、旅館からの道なんて分かんないよ。ねえ?」
「そうだね。この村、似た家が多いし」
「そう!景色が変わらないんだよ。うーん、どの道だったかな」

 考えても埒が明かない。ここは自分の直感を信じて進もう。
 一華が選んだのは左の道だった。
 流星は何も言わず、一華が選んだ道を並んで歩く。

「違ったらごめん」
「いいよ、俺も覚えてないから」

 平然と嘘を吐く流星を信じ、「流星も覚えてないなら仕方ないね、この先も直感で進もう」と笑う。
 偶に壁に貼ってあるポスターを見かけては、人の名前が記載されているか確認する。
 家々にある表札は昔ながらで、フルネームで書かれているところが多い。奈世という漢字があるか確認して駄菓子屋を目指す。
 結局、魔女の森へ繋がる山の麓まで行き、そこから昨日歩いた道をなぞる。
 太陽のある方角へ向かっているため、眩しさに瞼を半分下ろす。流星は鬱陶しそうに、片手で顔に陰をつくる。

「昼時なのに眩しいね。お腹空いてきちゃった」
「俺も。駄菓子屋に寄ったらどこかで昼飯食おう」
「さっき通り過ぎたところに蕎麦屋さんあったよ」
「じゃあそこで食べようか」
「わさび蕎麦があるらしいから、食べてみようよ」
「わさび?俺好きじゃないな」
「私が注文して食べるからさ、ちょっとだけ食べてみてよ」
「ちょっとだけならいいけど」

 昼食の話をしていると、二人の腹の虫が鳴る。腹を撫でながらも家の表札は見落としのないようチェックしていく。

「奈世って名前、全然見かけないよー」
「結構珍しい名前だよな、奈世」
「はっ、今思ったんだけど、もしかして男の人だったりするのかな?私たち、魔女だと思って探してるけど、実は男とか有り得るよね。ミスリードってやつ?」
「奈世っていう名前の男?奈世くんって響きはちょっと変じゃない?」
「でも年配の男性って、女性みたいな名前の人いるよね。小野妹子だって最後に子が付いてるし、この前テレビで見た人は正美って名前だったよ」

 魔女が実は男ではないかと言い出した一華に、賛同はできない。的外れではないが、奈世という名前が男性だとは思えない。

「それなら、駄菓子屋の女性に聞いてみたらどうだろう。奈世って人が男なら、知ってそうじゃない?」
「確かに、珍しい名前の上に男なら有名かもしれない。流星は本当に頭良いよね」
「多分誰でも同じことを…まあいいや」

 流石流星だ、と見上げる一華に照れくさい気持ちになる。
 そんなことより早く行こう、と照れを隠すように速足で一華の前を行く。
 流星の後を追い、一度しか通っていない道を記憶しているのも凄いなと、純粋に感心する。流星がいなければ今頃一人で彷徨いながら一日が終わっていたことだろう。
 迷いなくすたすたと道を選ぶ流星と並びながら、表札の確認をしていると戸に「だがしや」と書いてある紙を貼り付けている建物を見つけた。

「凄いよ流星、着いたよ」
「昨日一回来たからね」

 勉強ができる人間は記憶力も違うものだ。自分一人で来なくてよかったと心の底から思う。
 引き戸を開けて中へ入ると、昨日と同じく奥から女性が出てきた。

「こんにちは」

 覚えているだろうかとどきどきしながら女性に挨拶をすると、「あ、昨日の」と言葉を引き出せたため、忘れられていないことにほっとする。

「あの、昨日聞きそびれたことを聞きたくて来たんですけど」
「何かしら?」
「えっと、その、ここの駄菓子屋の名前を教えてください」

 女性の名前を知りたかったのだが、直球で聞くのを躊躇ってしまい店の名前から教えてもらおうと、考えるより先に口に出していた。

「店の名前?」
「えっと、次また友達と来ようと思って」
「あぁ、店の名前は特にないのよ。ただの駄菓子屋。うち以外にも駄菓子屋はあるけど、どこも店の名前はないんじゃないかしら」
「そうなんですか。それなら、お姉さんの名前を聞いてもいいですか?」

 店名から女性の名前に話題を変える作戦を、流星は後ろで上手いなと内心褒めていた。
 直球で尋ねると怪しさしかないが、店の名前から入れば直球で尋ねるより怪しさはなくなる。流星は直球でも構わなかったが、一華の上手いやり方に拍手してあげたかった。

「わたし?奈世っていうの」
「….なよ?」
「えぇ、変わってるでしょう?」

 女性の口から奈世と発せられると二人は瞬きすら忘れて固まった。
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