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第12話
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リサと出会ってから数日後、智之は残業という名の不倫タイムを過ごして帰路につく。
今日は割と早く会社を出たので電車に揺られて家の扉を開けると、その音に気付いて琴音がどすどすと怒りを足に込めて鬼の顔をして立ちはだかった。
機嫌が悪いというより、怒っている。何に怒っているのか分からないが、またくだらない琴音ルールからはみ出した行為を自分がしてしまったのだろう。そんなことを考えているとため息を吐きたくなるが、ぐっと堪える。
「おかえり。遅かったじゃない」
「あぁ、残業でな」
靴を脱いで上がると、琴音は何を言うわけでもなく智之の後をついてくる。
何の用だと琴音をちらっと見ると、テーブルの上に置いてある茶封筒を持ち、智之に手渡した。
ネクタイを緩め、渡された茶封筒の中に入っているものを取り出し、ぎょっとした。
手が震え、脳は言い訳のために稼働する。
「どういうこと?」
静かな、けれど確かに怒りを込めた一言だった。
どくどくと心臓は煩い程に暴れ、冷や汗が流れ出る。
「あ、あぁ」
「あぁ、じゃなくて。どういうことかって聞いてるのよ」
智之が手にしているのは、数枚の写真だった。
美沙ではない。先日初めて会ったリサの写真だった。待ち合わせ場所からレストランに入るまでの写真と、ランチ中の写真だ。
一体誰に撮られたのだ。パパ活をしているなんて誰にも言っていない。あの周辺に知り合いがいたのか。
「な、なんでもないんだ」
「なんでもないわけないでしょう。これは何?誰?」
「そ、それは、その」
琴音の顔は歪み、問いただそうと智之に詰め寄る。
逃げ場のない智之はどう言い訳しようかと必死に考える。
しかし、どう言い訳しようとも証拠がここにある。
知り合いの娘だ。
親戚の子なんだ。
困っていたから助けただけなんだ。
学生時代の後輩でさ。
思いつく言い訳はどれも陳腐で、裏を取られたらすぐに嘘だと分かってしまう。琴音はきっと本当のことか徹底的に調べるのだろう。
すぐにバレる嘘は吐けない。
智之は腹をくくり、息を吐いた。
「どういうことかって聞いてるのよ。なんとか言いなさいよ」
吐くまで解放してくれそうにない。
智之は観念し、最近パパ活の話を聞くことが多くて興味があったことをやんわりと遠回しに伝えるとそこから取り調べが始まった。
「つまり、パパ活をしたかったのね。はぁ、最悪。みっともない」
まるで汚物を見るかのように、小さくなっている智之に目を向ける。
琴音の態度から、失望されたのだと分かる。
「妻子がいるっていうのに、学生とデート?パパ活?冗談じゃないわ!!」
怒りを爆発させて怒鳴る琴音。
椅子に腰かけ、頭に手を当てて重いため息を吐いている。
出来心だったんだ。ただちょっと興味があったから。そんな言い訳を続けるとどうなるか目に見えているので、黙って琴音の怒りが収まるのを待つ。
「必死に子育てして、家事をして、旦那を支えた結果がこれなの?」
一人でぶつぶつと呟いている。
旦那を支えた、という部分には納得がいかない。
自分が妻を支えてやっているのだ。金に困ったことがないのも、子どもを産めたのも、自分のお陰だろう。何故琴音に支えてもらったことになっているんだ。逆じゃないのか。勘違いも甚だしい。
「私がどれだけ今まで頑張ってきたのか、分かってるの?はぁ、分かってたらこんなことになっていないわよね。二人目をつくる話だったのに、あなたは協力しないし、こうやって浮気に走るし、もうどうしろっていうの!?」
二人目をつくる話だった、というのも納得がいかない。その話に同意した覚えはない。琴音が勝手に、つくりたいと言っていただけだろう。それを何故、夫婦の意向であるかのように話すのか。協力しないも何も、賛成していないのだから協力という言葉自体誤りである。
パパ活が露呈し、琴音が憤っているのは仕方がないことであるが、琴音の言っていることは間違いだらけである。訂正したいが、自分の非を棚に上げることができないので黙り込んだまま、琴音の気が済むまで付き合うしか選択肢がない。
「信じられない、浮気なんて、パパ活なんて。恥ずかしいったらないわ。もし娘ができらなんて言うの?」
娘なんて誕生する予定はない。
「ロリコンじゃないでしょうね?若い子に走るなんて。はぁ、そのうち犯罪でもするんじゃないの?犯罪者にだけはならないでよね。もうここには居られなくなるんだから」
酷い言われようだ。
しかしここで口を挟むと更にヒートアップする。言うべき台詞はたった一つ。
「悪かった」
謝るしかない。
琴音の気が済むまで謝るしかないのだ。
「悪かったって何?悪いと思ってるなら最初からしないでよ。怒りを通り越して呆れるわ。何よ、パパ活って。若い子にお金を渡してまでデートしたかったの?情けない、情けなくて涙が出そうよ」
謝っても終わらない。
ただただ琴音が寝室に行くまで耐えるしかない。
ちらっと時計を見ればもう二十三時。
「はぁ、いい加減にしてよ。なんなのよ」
深い深いため息を吐いて、額に手を当てる琴音をぼーっと眺め、そろそろ終わりだなと察する。
パパ活が露呈してしまったけれど、想像よりも憤っていない。怒りよりも呆れの方が勝っているようだ。
この調子だと、もしかしたら二人目の話は水に流れるのではないかという期待すらある。あなたみたいな人に触られたくない、と拒絶されるのではないか。それはそれで、都合が良い。普段から琴音に触ることはないのだから、触られたくないと言われようと問題はない。
「携帯出しなさい」
「え?」
「携帯!」
「あ、あぁ」
携帯を出せと言われたのでポケットから取り出す。
美沙とのやりとりはいつもすぐに削除しているので、履歴は一つも残っていない。
残っているものといえば、パパ活サイトの履歴だけだ。消すのを忘れていて、サイトから退会もしていない。リサとのやりとりは残っていた。
消す素振りなんてできないので、覚悟して携帯を琴音に渡した。
奪うように携帯を取り上げ、中身を確認していく。
パパ活のサイトを目にした琴音は、今までのやり取りを遡る。
普段から夫婦の間で特別な会話はなく、仲が良いとは言い難い。しかしながら上手くいっていないとも言えなかった。夫婦の間で会話という会話は琴音が話す世間話や、琴音ルールについてだ。それに対して智之は答えるか相槌しかしない。智之から積極的に話題を提供することはなかった。
そんな智之がサイトでやり取りをしている。その上、その内容は若い子に好感を持ってもらおうと、絵文字を使い、紳士のように相手を気遣う言い回しを多用している。琴音は結婚して智之から絵文字のついたメールを貰ったことはない。
その見え透いた下心を察知し、琴音はわなわなと震える。
「気持ち悪い」
思わず出た言葉は本心であり、それ以外の感想が出てこなかった。
今日は割と早く会社を出たので電車に揺られて家の扉を開けると、その音に気付いて琴音がどすどすと怒りを足に込めて鬼の顔をして立ちはだかった。
機嫌が悪いというより、怒っている。何に怒っているのか分からないが、またくだらない琴音ルールからはみ出した行為を自分がしてしまったのだろう。そんなことを考えているとため息を吐きたくなるが、ぐっと堪える。
「おかえり。遅かったじゃない」
「あぁ、残業でな」
靴を脱いで上がると、琴音は何を言うわけでもなく智之の後をついてくる。
何の用だと琴音をちらっと見ると、テーブルの上に置いてある茶封筒を持ち、智之に手渡した。
ネクタイを緩め、渡された茶封筒の中に入っているものを取り出し、ぎょっとした。
手が震え、脳は言い訳のために稼働する。
「どういうこと?」
静かな、けれど確かに怒りを込めた一言だった。
どくどくと心臓は煩い程に暴れ、冷や汗が流れ出る。
「あ、あぁ」
「あぁ、じゃなくて。どういうことかって聞いてるのよ」
智之が手にしているのは、数枚の写真だった。
美沙ではない。先日初めて会ったリサの写真だった。待ち合わせ場所からレストランに入るまでの写真と、ランチ中の写真だ。
一体誰に撮られたのだ。パパ活をしているなんて誰にも言っていない。あの周辺に知り合いがいたのか。
「な、なんでもないんだ」
「なんでもないわけないでしょう。これは何?誰?」
「そ、それは、その」
琴音の顔は歪み、問いただそうと智之に詰め寄る。
逃げ場のない智之はどう言い訳しようかと必死に考える。
しかし、どう言い訳しようとも証拠がここにある。
知り合いの娘だ。
親戚の子なんだ。
困っていたから助けただけなんだ。
学生時代の後輩でさ。
思いつく言い訳はどれも陳腐で、裏を取られたらすぐに嘘だと分かってしまう。琴音はきっと本当のことか徹底的に調べるのだろう。
すぐにバレる嘘は吐けない。
智之は腹をくくり、息を吐いた。
「どういうことかって聞いてるのよ。なんとか言いなさいよ」
吐くまで解放してくれそうにない。
智之は観念し、最近パパ活の話を聞くことが多くて興味があったことをやんわりと遠回しに伝えるとそこから取り調べが始まった。
「つまり、パパ活をしたかったのね。はぁ、最悪。みっともない」
まるで汚物を見るかのように、小さくなっている智之に目を向ける。
琴音の態度から、失望されたのだと分かる。
「妻子がいるっていうのに、学生とデート?パパ活?冗談じゃないわ!!」
怒りを爆発させて怒鳴る琴音。
椅子に腰かけ、頭に手を当てて重いため息を吐いている。
出来心だったんだ。ただちょっと興味があったから。そんな言い訳を続けるとどうなるか目に見えているので、黙って琴音の怒りが収まるのを待つ。
「必死に子育てして、家事をして、旦那を支えた結果がこれなの?」
一人でぶつぶつと呟いている。
旦那を支えた、という部分には納得がいかない。
自分が妻を支えてやっているのだ。金に困ったことがないのも、子どもを産めたのも、自分のお陰だろう。何故琴音に支えてもらったことになっているんだ。逆じゃないのか。勘違いも甚だしい。
「私がどれだけ今まで頑張ってきたのか、分かってるの?はぁ、分かってたらこんなことになっていないわよね。二人目をつくる話だったのに、あなたは協力しないし、こうやって浮気に走るし、もうどうしろっていうの!?」
二人目をつくる話だった、というのも納得がいかない。その話に同意した覚えはない。琴音が勝手に、つくりたいと言っていただけだろう。それを何故、夫婦の意向であるかのように話すのか。協力しないも何も、賛成していないのだから協力という言葉自体誤りである。
パパ活が露呈し、琴音が憤っているのは仕方がないことであるが、琴音の言っていることは間違いだらけである。訂正したいが、自分の非を棚に上げることができないので黙り込んだまま、琴音の気が済むまで付き合うしか選択肢がない。
「信じられない、浮気なんて、パパ活なんて。恥ずかしいったらないわ。もし娘ができらなんて言うの?」
娘なんて誕生する予定はない。
「ロリコンじゃないでしょうね?若い子に走るなんて。はぁ、そのうち犯罪でもするんじゃないの?犯罪者にだけはならないでよね。もうここには居られなくなるんだから」
酷い言われようだ。
しかしここで口を挟むと更にヒートアップする。言うべき台詞はたった一つ。
「悪かった」
謝るしかない。
琴音の気が済むまで謝るしかないのだ。
「悪かったって何?悪いと思ってるなら最初からしないでよ。怒りを通り越して呆れるわ。何よ、パパ活って。若い子にお金を渡してまでデートしたかったの?情けない、情けなくて涙が出そうよ」
謝っても終わらない。
ただただ琴音が寝室に行くまで耐えるしかない。
ちらっと時計を見ればもう二十三時。
「はぁ、いい加減にしてよ。なんなのよ」
深い深いため息を吐いて、額に手を当てる琴音をぼーっと眺め、そろそろ終わりだなと察する。
パパ活が露呈してしまったけれど、想像よりも憤っていない。怒りよりも呆れの方が勝っているようだ。
この調子だと、もしかしたら二人目の話は水に流れるのではないかという期待すらある。あなたみたいな人に触られたくない、と拒絶されるのではないか。それはそれで、都合が良い。普段から琴音に触ることはないのだから、触られたくないと言われようと問題はない。
「携帯出しなさい」
「え?」
「携帯!」
「あ、あぁ」
携帯を出せと言われたのでポケットから取り出す。
美沙とのやりとりはいつもすぐに削除しているので、履歴は一つも残っていない。
残っているものといえば、パパ活サイトの履歴だけだ。消すのを忘れていて、サイトから退会もしていない。リサとのやりとりは残っていた。
消す素振りなんてできないので、覚悟して携帯を琴音に渡した。
奪うように携帯を取り上げ、中身を確認していく。
パパ活のサイトを目にした琴音は、今までのやり取りを遡る。
普段から夫婦の間で特別な会話はなく、仲が良いとは言い難い。しかしながら上手くいっていないとも言えなかった。夫婦の間で会話という会話は琴音が話す世間話や、琴音ルールについてだ。それに対して智之は答えるか相槌しかしない。智之から積極的に話題を提供することはなかった。
そんな智之がサイトでやり取りをしている。その上、その内容は若い子に好感を持ってもらおうと、絵文字を使い、紳士のように相手を気遣う言い回しを多用している。琴音は結婚して智之から絵文字のついたメールを貰ったことはない。
その見え透いた下心を察知し、琴音はわなわなと震える。
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