悪役令嬢は断罪されたい

よしゆき

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 エロイベントを発生させるための作戦は、ことごとく失敗に終わった。
 オリヴィアはもう、成功できる気がしなかった。自分がなにをしたところでエロイベントは発生させられない。オリヴィアは諦めた。
 また作戦を立てて失敗して、シオンと絡むことになってしまったら。オリヴィアは自分の欲求を抑えきれずシオンに襲いかかってしまうかもしれない。それが怖かった。
 再び媚薬などで理性を失えば、我慢できずにシオンの童貞を奪ってしまうのではないかと。
 先日、魔物の体液の効果で発情したときも、ギリギリのところでそれを耐えていた。微かに残る理性で必死に自分を抑え込んでいた。
 でも完全に理性を手離せば、欲望のままにシオンに迫り、押し倒し、乗っかって、無理やり彼の純潔を奪ってしまうだろう。
 一瞬、その手を使えば断罪されるのではないかと考えた。シオンに襲いかかり、強姦する。しかしシオンの大切なはじめてをオリヴィアが奪ってはいけない。逆レイプなんて、シオンにトラウマを植え付けるような真似はしたくない。だめ、絶対。
 このままでは断罪されずに卒業してしまう。
 そこで、オリヴィアはシオンに協力を仰ぐことにした。自力で断罪イベントを発生させられないのならば、シオンに事情を説明して手伝ってもらえばいい。
 オリヴィアは早速、大事な話があるから聞いてほしいとシオンに言った。彼はすんなり了承してくれた。そして放課後、予め貸し切りにしていた談話室にシオンと二人で訪れた。
 ドアの鍵を閉め、オリヴィアはシオンと並んでソファに座る。

「ありがとう、シオン。いきなりだったのに来てくれて」
「いいえ。大事な話とは、なんでしょう……?」

 シオンの表情に若干緊張が滲んでいる。
 そんな彼を安心させるように、オリヴィアは穏やかに微笑んだ。

「シオンに、お願いしたいことがあるの」
「は、はい……」
「私に壮絶ないじめを受けていると、ファウスト殿下に訴えてほしいの」
「は……え……? いじめ……? オリヴィア様に……? 私が……?」
「そう。ねちねち嫌みを言われて階段から突き落とされたり教科書を全部燃やされたり窓から鉢植えを落とされたり、そういったいじめを毎日繰り返されていることにしてほしいの。証拠や証言はこっちで準備するわ」
「え、な、なぜですか……?」

 シオンは意味がわからずぽかんとしている。

「そんなことをすれば、私は罪に問われるでしょう?」
「それは……はい……」
「そして罪を犯した私は、高級娼館送りになるわ」
「はええ!?」
「つまり、そういうことよ」
「どういうことですか!?」
「私は、高級娼館に行きたいの! そこで働きたいの!」

 声を大にしてオリヴィアは言った。
 シオンは唖然とした表情でオリヴィアを見つめる。

「……高級娼館……? 働く……? オリヴィア様が……?」
「そのためには、シオンの協力が必要なのよ。だからお願い、力を貸して」
「ちょ、ま、ちょ、ちょ、ちょっと待ってください……!」

 ぐっと身を乗り出すオリヴィアに、シオンは明らかに困惑している。
 いきなりこんな変なことを頼まれれば、誰だって戸惑うだろう。

「ど、ど、どうしてですか、オリヴィア様……そんな、こ、こ、こ、高級娼館で、働きたい、だなんて……」

 確かに、高級娼館で働きたいと願う貴族の令嬢などいないだろう。疑問に思うのはもっともだ。

「えーっと、ほら、私って、性欲が強いのよ」
「え……!?」
「一応今、ファウスト殿下の婚約者候補でしょ? 万が一殿下と結婚なんてことになったら、困るのよ。性欲が強いから」
「……はあ……」
「ファウスト殿下と結婚することにならなかったとしても、私の立場上、結婚相手は貴族の方になるでしょう? 私のように性欲の強い淑女らしからぬ女は嫌がられると思うのよ。やっぱり女性は恥じらいと慎ましさが大事でしょう?」
「…………」
「性欲が強い女性は引かれると思うの。毎日毎晩積極的に迫られると嫌になるはずよ。だから、私は誰とも結婚せずに高級娼館へ行きたいの」
「…………」
「でも私が自らの意思で高級娼館へ行くことは許されないわ。私が高級娼館に行くには、なんらかの罪を犯さなくてはいけないの」
「…………」
「お願い、シオン、協力して。こんなこと、あなたにしか頼めない」
「…………お断りします」

 黙って話を聞いていたシオンは、低い声で、きっぱりと言った。
 しかしオリヴィアとしても、あっさりと引き下がるわけにはいかない。シオン以外に頼める相手がいないのだ。

「お願いよ、シオン。迷惑はかけないわ。私にいじめられたって嘘をつかせることになってしまうのは申し訳ないけれど、でも」
「嫌です」

 オリヴィアの話を遮り、シオンは迷うこともなく拒否する。
 彼のこんな態度ははじめてだった。こんなにはっきりと断られるとは思わなくて、オリヴィアは狼狽えた。必死に頼み込めば、シオンなら引き受け入れてくれると思っていたのだ。

「オリヴィア様に協力はできません」

 強い口調で断言される。
 恐らくこれ以上頼んでも彼の意思が変わることはないだろう。
 オリヴィアは諦めるしかなかった。

「そ、そう……。そうよね。急に変なことを言ってごめんなさい……。他の人に頼むわ……」
「させません」
「え……?」
「オリヴィア様を高級娼館へなんて行かせません」
「シオン……?」

 真剣な表情を浮かべるシオンの顔が、触れそうなほど近づく。

「好きです、オリヴィア様」
「え……?」

 そのまま、唇が重ねられた。
 オリヴィアは呆然と、それを受け入れた。
 なにをされているのかわからなくて、身動きもとれずにいるオリヴィアの唇が、ちゅ、ちゅ、と何度も啄まれる。
 漸くキスをされているのだと気づいて、どうしてこんなことになったのかと慌て、そういえば「好き」って言われたような気がして、混乱する頭で必死に状況を理解しようとした。
 とりあえず一旦離してもらおうとシオンの肩を押して抵抗してみるが、その手をぎゅっと掴まれた。そして更に強く唇を押し付けられる。

「んん……っ」

 はじめて触れるシオンの唇は熱くて、柔らかい。感触を堪能している場合ではないのに、気持ちよくて、うっとりしてしまう。
 ぼんやりしていると、ぬるりと唇を舐められた。びっくりして口を開けば、隙間から舌を差し込まれる。

「ふぁっ……ん……っ」

 シオンの舌で、舌を擦られる。触れ合う粘膜に、じんわりとした快感が広がっていく。

「んぁ……シオ……待っ……ん、んんっ」

 唇を離して制止の声を上げようとするが、すぐにまた口を塞がれる。
 シオン相手に滅茶苦茶に暴れて抵抗する気は起きず、されるがままになってしまう。
 動き回る舌に口腔内を丁寧にじっくりと舐められ、快感に陶然となった。思考はとろとろに溶けていき、もっとしてほしくて自ら舌を伸ばしそうになる。
 体から力が抜けてふにゃふにゃになったオリヴィアは、掴まれていた手を離されてももう抵抗もできなかった。
 角度を変えて口づけながら、シオンはオリヴィアのスカートの中へ手を滑らせる。

「っふ……ぅんんっ」

 熱い掌に太股を撫でられ、ぴくぴくと体が震えた。
 下着をずらされ、シオンの指が秘所に触れる。

「ふあぁっ」
「オリヴィア様のここ、濡れてます」
「あっ、あっ、あんっ」
「私のキスで、気持ちよくなってくれたのですか?」
「ひぅんっ」

 くちゅくちゅと陰核を擦られ、あられもない嬌声が口から漏れる。
 すっかりオリヴィアの感じる箇所を覚えたシオンは、確実に絶頂へと追い詰めていく。
 ぬるぬると溢れる蜜を花芽に塗り込められ、オリヴィアは快感に身悶える。

「ひぁっ、あっ、そんなに、いじっちゃ、もう、いく、いっ……」

 あとほんの少しで達するところで、シオンは唐突に指を離した。
 絶頂の寸前まで高められた体は、急に刺激を失い、もどかしさに腰を捩った。

「あっ、や……っ」

 思わず愛撫をねだるようにシオンを見ると、彼はまたそっと秘部に触れる。しかし陰核ではなく花弁を優しく撫でるだけで、物足りない刺激にオリヴィアは焦れた。

「やぁっ、シオン、お願い……もっと触ってっ」
「こうですか?」

 ぐちゅんっと蜜口に指を挿入される。

「ひぁっ」

 にちゅにちゅと埋め込まれた指で中を擦られ、与えられる快感に体は歓喜する。しかし、また絶頂に達する寸前で指は離れていってしまう。

「やだ、シオン、気持ちいの、もっとして……っ」
「では、約束してください」

 そっと、達せないくらいの強さで、陰核を撫でられる。
 もどかしさに、強い刺激を求めてはしたなく腰が浮いてしまう。けれどオリヴィアが動けば、シオンの指は離れていった。

「やあぁっ……」
「高級娼館になど行かないと、約束してください」
「な、に……?」
「オリヴィア様のこんないやらしく可愛らしいお姿を、誰にも見せたくありません」

 濡れた指が、脚の付け根をつう……となぞる。

「あぁんっ」
「私と結婚してください、オリヴィア様」
「んっ……え……? けっこん……?」
「私は、オリヴィア様がどれだけ性欲が強くても引いたりしません。いつでも、毎日毎晩、オリヴィア様が満足するまでお付き合いします。嫌だなんて思いません。オリヴィア様に求められるなら寧ろとっても嬉しいです」
「んあぁっ」

 またずちゅっと指を差し込まれる。
 オリヴィアの敏感な部分を的確に刺激し、でも達しそうになるとすっと動きを止める。それを何度も繰り返され、どんどん熱が蓄積していく。
 オリヴィアは涙を零して身悶えた。

「や、シオン、やなのっ、もう、いきたい、いかせて、おかしくなるぅっ」

 シオンに縋り、浅ましく快楽を求める。
 自ら脚を広げ、腰を揺らすオリヴィアの痴態を、シオンは情欲を孕んだ瞳で見つめた。
 その視線すらオリヴィアを煽り、苦しめた。

「シオン、シオン……お願いぃっ」
「じゃあ、約束してくれますか?」
「やく、そく……?」
「高級娼館には行かないと。私以外の誰にもこの体を触らせないと。私以外の誰にも、快感に乱れるその姿を見せないと」
「っ……シオン、だけ……?」
「ええ、そうです」

 耳元で、甘く囁く。

「私と、結婚してください」
「ふ、あっ……」

 ぞくぞくと背筋が震える。
 まともに思考が働かない。
 結婚。結婚? 結婚したら、高級娼館へは行けない。でも、どうして高級娼館へ行かなければならないのだろう。シオンが求婚してるのに、どうしてそれを断ってまで高級娼館へ行く必要があるのだろう。でも、シオンは平民で。いやしかし、シオンは過去最高の成績で学校を卒業することになり、その功績を称えて貴族の養子に迎え入れられるのだ。だからゲームでも王太子達攻略対象者と結婚することが可能になったのだ。だったらオリヴィアと結婚もできるはずだ。それならばなんの問題もない。こんなに可愛くて健気で優しくて素敵なシオンと結婚できるのだ。それはとても幸せなことではないか。

「……す、る」
「オリヴィア様?」
「シオンと、結婚、するぅ……っ」
「オリヴィア様……っ」

 ぎゅうっと強く抱き締められる。
 それから再びシオンの指に高められ、今度こそ絶頂へと導かれた。

「ああぁっ、あっ、あっ、あーっ」

 漸く与えられた快楽に、オリヴィアはびくんびくんと体を震わせた。
 絶頂の余韻に陶酔したように呆けるオリヴィアの頭に、シオンは頬を摩り寄せる。

「申し訳ありません、オリヴィア様」
「ん……シオン……?」
「でも、たとえ軽蔑されても、どうしても許せないんです。オリヴィア様を他の誰にも触れさせたくありません。高級娼館になんて、行かせたくありません」

 切なげに震えるシオンの声が、まっすぐに彼の切実な思いを訴えてくる。

「オリヴィア様が好きなんです。誰にも渡したくない。卑怯だと罵られても構いません。オリヴィア様が私以外の男に触れ、甘い声を上げて、この身を委ねるなんて、耐えられない……っ」
「シオン……」

 シオンの思いが伝わってきて、きゅっと胸が締め付けられる。
 彼がこんなにも自分のことを思っていてくれただなんて、知らなかった。そして、自分の気持ちも。
 オリヴィアはそっとシオンの背中に手を回す。

「違うのよ、シオン」
「オリヴィア様……?」
「無理やり約束させられたわけじゃないわ。私が、シオンと結婚したいと思ったから……私が望んだことなのよ」
「え……?」

 シオンは瞠目し、信じられないものを見るような目でオリヴィアを見つめる。

「シオンじゃなかったら、脅されたって絶対結婚するなんて、嘘でも言わなかったわ」
「そ、そんな……本当ですか、オリヴィア様……?」
「もちろん。私もあなたが大好きよ、シオン」

 オリヴィアが微笑めば、シオンの顔がぶわっと紅潮する。
 やはりシオンの照れ顔は最高に可愛い。

「わ、私も好きです、大好きです、一目見たときから、オリヴィア様がずっと……っ」
「一目、見たときから……?」

 シオンの言葉に、あれ? と思う。
 それはつまり一目惚れということだろう。
 オリヴィアは、攻略対象者の誰よりも早くシオンと接触した。もしかして、そのせいでシオンは攻略対象者の誰ともフラグを立てることができなくなったのだろうか。だって攻略対象者と顔を合わせたときには、既にシオンはオリヴィアを好きだったということなのだから。
 つまり最初から、シオンと攻略対象者のエロイベントを発生させることなど不可能だったのか。
 気づいた事実に愕然としつつ、まあもうどうでもいいかと思う。
 シオンはオリヴィアを好きで、オリヴィアもシオンが好きだ。自覚したからにはもう誰にも渡すつもりはない。
 そう。オリヴィアはいつの間にかシオンに恋をしていたのだ。シオンに好きだと言われて求められ、オリヴィアは自分の気持ちに気づいた。
 好きだと言われて心は歓喜した。彼の言葉で、自分はもう彼以外の誰にもこの身を触れさせたくないと思っていることに気づいた。シオンとしか、触れ合うことはできない。したくない。
 シオンが、好きだから。
 断罪イベントを発生させ高級娼館で働くという当初の目的は果たせなかった。
 結局貴族の重責からは逃れられず、苦労も少なくはないだろう。
 でも、オリヴィアは満足していた。
 シオンと一緒ならば、貴族でもなんでもいいと思えた。

「大好きです、オリヴィア様」

 心から幸せそうに微笑むシオン。この笑顔を、これからも隣でずっと見られるのなら。

「私も好きよ、シオン」

 彼にキスを贈りながら、悪役令嬢に転生できてよかったと、そう思えた。





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読んでくださってありがとうございます。



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