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少年は恋をして幸せを手に入れる 1
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小学生の少年が大学生の青年と出会い、交流し、成長の過程で恋をして結ばれる話。
多少の残酷表現あり。
現代 年上×年下
───────────────
「いえーい、佐藤、罰ゲーム決定!」
「あっぶねー、あと二点低かったら俺だった」
「お前らバカすぎ、殆ど赤点じゃねーか」
はしゃぐクラスメイト達に、佐藤はくっそーと歯噛みする。
「今回は結構自信あったのに」
返されたテストの答案用紙をぐっと握り締める。
高校の同級生、仲のいい四人は賭けをしていた。期末テストで一番合計点が低かった者が罰ゲームを受けるのだ。
その罰ゲームというのは、同じクラスの笠原伊織に告白するというものだ。因みに男だ。
伸びすぎた前髪で目元は隠れ、くそダサいでかい眼鏡をかけている。別にいじめられているわけではないが、存在感がなく、常に一人でいる。地味で目立たない、空気のような存在。それが笠原伊織だ。
そんな彼に告白をするのが、今回の罰ゲームだ。
くだらない、でもだからこそ、高校生の彼らにとっては楽しめる。
告白された彼がどんな反応を見せるのか。本気にするのか、無視するのか。普段まるで感情を表さない彼がなんと言うのか。
ちょっとしたお遊び感覚だった。
佐藤は友人達にせっつかれ、早速放課後、罰ゲームを実行することになった。
いつも一人で帰宅している伊織が校門を出る。佐藤は慌ててあとを追った。更に後ろから、友人三名も様子を窺っている。
すたすたと先を歩く伊織を早足で追いかけ、呼び止めた。
「笠原!」
名前を呼べば、彼は足を止めて振り返る。
伊織の傍まで行き、佐藤は立ち止まった。
「どうしたの?」
滅多に聞くことのない伊織の声は、中性的で澄んでいる。
こんな風に向かい合い、まともに言葉を交わすのははじめてだ。
佐藤はなんだかドキドキしてきた。ただの罰ゲームなのに。別に本気で告白するわけじゃない。好きなわけでもないし、ましてや相手は男だ。
「佐藤くん?」
綺麗な声に名前を呼ばれ、一層鼓動が速くなる。彼は、どんな声で笑うのだろう。そんなことが気になった。聞いてみたいと強く思った。
「ねえ、大丈夫?」
少し大きな声で問い掛けられ、我に返る。
前髪に隠れた目が、じっとこちらを窺っていた。
佐藤は慌てて口を開く。
「あ、ご、ごめん、ぼーっとして……」
「ううん。それより、僕になにか用?」
「あ、あの……」
なかなか言葉が出てこない。
罰ゲームで告白なんてされて、彼はどう思うだろう。怒るだろうか。驚くだろうか。
少なくとも喜びはしないだろう。そう思うと罰ゲームなんて嫌になってきた。
こんな悪戯じゃなく、もっと普通に話したかった。
でも、これをきっかけに仲良くなれるかもしれない。
告白して、冗談だよって、すぐにちゃんと謝ればきっと許してもらえるだろう。そして、友達になろうって言うのだ。
佐藤は意を決し、深く息を吸った。
「俺、笠原が好きなんだ。俺と付き合って下さい」
がばっと頭を下げて言い切った。
すぐに顔を上げようとして、でも聞こえてきた声に動きが止まる。
「伊織」
低い男の声が伊織の名前を呼ぶ。
「こんなとこでなにしてる」
ぞくりとするような声音に、佐藤はゆっくりと顔を上げる。
伊織の隣に、スーツを身に纏った長身の男が立っていた。刃物のように鋭い目付きの、けれどひどく整った顔立ち。相手に威圧感を与える、近寄りがたい雰囲気を放っている。
男はこちらを見ていないのに、佐藤は彼の醸し出す空気に当てられ、動けなくなる。
けれど伊織は平然と男を見上げ、声をかけた。
「ごめんね、ちょっとクラスメイトと話してて」
「まだかかるのか?」
「ううん。佐藤くん、用事ってもう終わったんだよね?」
こちらに顔を向け、伊織が確認してくる。
佐藤の告白などなかったかのような彼の態度。本気の告白ではない、悪ふざけだと、伊織にはわかっていたのだろう。
「あ、うん……」
「じゃあ僕もう帰るね。また明日」
「うん……」
佐藤はそれしか言えなかった。
背を向ける伊織。自然な動作で彼の腰に手を回す男。
それを呆然と見つめていると、男が顔だけこちらを振り返った。
「っ……」
突き刺すような視線。見られているだけで殺されるのではないかと思うほど。殺意すら感じさせる男の双眸に、佐藤の全身からどっと冷や汗が吹き出す。
しかし次の瞬間には、男はもうこちらを見てはいなかった。伊織と共に、近くに停めてあった車に乗り込む。
走り去る黒塗りの高級車を、呆然と見送った。
その場から動けず、どれほどの時間そこに立ち尽くしていたのか。後ろからかけられた声に、佐藤は漸く金縛りのような状態から解放された。
「佐藤! なに突っ立ってんだよ!」
「あ、おお……」
肩を叩かれ振り返ると、友人の三人がそこにいた。いつも一緒につるんでいるメンバーの顔を見て、体から力が抜けそうになった。
「どうした? なんか変だぞ?」
「笠原に告白したんだろ? もしかしてなんかあったのか?」
「まさかマジで付き合うことになったとか!?」
「まさか……」
笑い飛ばそうとして、顔が引きつる。視線を落とすと、自分の足が震えていることに気づいた。
佐藤の様子がおかしいことを、三人はあまり気にしていない。罰ゲームとはいえ告白なんてしたから、緊張しているんだろうと思っただけだった。
「なーんだ、つまんねーの」
「返事はなんだった? フラれたのか?」
「……いや、笠原は本気じゃないってわかってたんだと思う。だから、返事はしないで帰ってった」
「ええー、なんだよ」
「明日もっかい告白しろよ。本気なんだ! って」
「せっかく告ったんだから、ちゃんと返事もらって来いよー」
「…………無理だ」
「はあ? なんで」
「もう、笠原には、関わらない方がいいと思う……」
文句を言う友人達に、佐藤は決して首を縦には振らなかった。
あの男の視線を思い出せば、それだけで恐怖に体が竦み上がる。
次はない。視線がそう忠告していた。
きっと、不用意に伊織に近づけばあの男が黙ってはいない。たかが高校生一人、あの男ならばどうとでもできる。そう思わせる雰囲気を纏っていた。
もう二度と、あの男には会いたくない。
簡単だ。伊織にさえ近づかなければいいのだ。そうすれば、もう顔を合わせることもないのだろう。
伊織の顔を思い浮かべると、胸が疼いた。
できれば、一度でいいから笑顔を見てみたかったな。
沸き上がる望みを、佐藤は諦めることしかできなかった。
走り出した高級車の車内。後部座席に座った伊織は、眼鏡を外してケースにしまった。前髪を分け、露になったその顔は、中性的な綺麗な容貌だった。
中学のときにストーカー紛いの被害を受け、それから伊織は前髪と眼鏡で顔を隠し、あまり他人と関わらないようにしていた。
友達も作らず学校では常に一人で過ごしているが、伊織はその方が気楽だった。他人には興味はない。伊織には、彼がいてくれればそれで充分なのだ。
その、隣に座る男を窺う。一条壮真。伊織の保護者であり恋人だ。
「壮真さん?」
「あのガキに、なに言われてた?」
「聞いてたくせに」
壮真は眉を顰めて舌打ちする。
「誰の許可得て言ってんだよ、ガキが」
「そんなに怒らなくても。あんなの、ただの冗談だよ」
「冗談でも気分わりーんだよ」
「いい加減、機嫌直してよ」
伊織は身を乗り出し、壮真の頬に口付けた。
「そんなんで直るか。もっとエロいキスしろ」
壮真はひょいっと伊織の体を持ち上げ、自分の膝に乗せた。
「もう……っ」
頬を染めて怒った顔を見せながらも、伊織は彼の望む通り今度は唇にキスをする。
ぴったりと唇を合わせ、感触を確かめるように啄む。舌を伸ばすと、すぐに壮真の口内へ引き込まれた。
「んふっ……ふぅ……っ」
じゅるじゅると音を立てて吸われ、食べられてしまうのではないかと思うほど激しく貪られる。吐息も奪われ、唾液を啜られ、涙を浮かべながらも伊織は必死にキスに応えた。
腰に回された大きな手に臀部を揉まれて、慌てて口を離す。
「はっ、も、だめ……っ」
「んでだよ」
憮然とする壮真は、唾液で汚れた自分の唇を舐めた。
その仕種がとても色っぽくて、伊織はドキドキしてしまう。
情欲にまみれた彼の顔は何度も見ているはずなのに、何度見ても胸が高鳴る。
「我慢できなくなるから、これ以上はもうだめ……」
「我慢する必要なんてないだろ」
「車の中、やだって言ってる……」
「なにが嫌なんだよ」
「だって、落ち着かないし、椅子から落ちそうで怖いし……」
「落ち着かないって言いながら、いつもあんあん鳴いて腰振ってんじゃねーか」
「そっ、ち、い……っ」
ニヤニヤ笑われて、伊織は顔を真っ赤にしながらなにも言い返せずに口をぱくぱく開く。
「それに、俺がお前を落とすわけねーだろ」
「そっ……」
「俺が信用できないのか?」
「……そんなわけないじゃん」
壮真は伊織にとって唯一信頼できる相手なのだ。
尖らせた唇に、笑みを浮かべた壮真の唇が重なる。
制服の裾から入り込んでくる手を、伊織はもう拒まなかった。
車の中であまりしたくないのは本当だ。運転席とは仕切りで遮断されているし、窓の外から見られることもない。
けれどやっぱり、二人きりで、ベッドの上で抱き合う方がいい。
でも、壮真に求められると嬉しくて、結局はどこであろうと彼を受け入れてしまうのだけれど。
壮真は常に用意している携帯用ローションを手に出した。伊織のズボンを下着ごと下ろし、露になったアナルに濡れた指が触れる。
表面を撫でられただけで、腹の奥がきゅんと疼いた。何度も彼に抱かれた体は、そうなるように変化した。
伊織は、それが嬉しい。彼の手で自分の体が作り替えられ、彼の為のものになったように思えるから。
節くれ立った壮真の男らしい指が、つぷりと挿入される。後ろを弄りながら、もう片方の手で勃ち上がりはじめたぺニスを握られる。そのままゆっくりと扱かれた。
「ふぁ、んん……っ」
前と後ろを同時に刺激され、伊織の呼吸は荒くなる。甘い声を漏らし、ぎゅうっと壮真の首にしがみついた。
目の前の形のいい壮真の耳を、ぱくりと口に含んだ。はむはむと食み、形を辿るように舌でなぞる。
壮真が溜め息のように深く熱い息を吐く。
その反応が嬉しくて、耳朶をちゅうちゅう吸ってはねっとりと舐め上げる。
壮真に触られるのは好きだ。そして同じくらい、彼に触るのも好きだった。
どこに触れたら感じてくれるのか、何度となく繰り返された触れ合いで、伊織は大体把握していた。もちろんそれは壮真も同じで、彼は的確に伊織の性感帯を刺激してくる。
「んあっ、あっ、あっ」
大きな掌に包まれたぺニスを上下に擦られ、既に三本埋め込まれた指が内部を掻き回す。先走りの滲むぺニスの先端を指の腹で撫でられ、三本の指で前立腺を摩られ、伊織は快楽に身悶えた。
「あんっ、そ、まさ、もう、だめ……っ」
「んー?」
「も、いっちゃうから、お願い、入れて、あっ、やっ、壮真さんのおちんちんで、いきたいのっ」
「はっ、ほんと可愛いヤツ」
壮真は愛おしむように伊織の額に唇を落とした。
指を引き抜き、壮真は取り出した自身の性器に避妊具を装着する。
後孔にぴたりと亀頭を押し当てられた。意識しなくても、勝手に体がそれを受け入れようとする。口を開けたアナルに、肉棒がめり込んだ。狭く、蕩けた直腸を、ずぶずぶと押し拡げられる。
「ひぁっ、あっ、あっ、あ──っ」
硬い亀頭に前立腺を擦り上げられ、壮真に握り込まれたぺニスから精が吹き出す。
それを掌で受け止めながら、壮真は緩く腰を突き上げた。
「あんっ、あっ、ひ、おく、奥まで、入って……っ」
きゅうきゅうと絡み付く腸壁を掻き分けるように、奥深くまで陰茎が埋め込まれた。
胎内に彼の熱を感じる喜びと、腸壁を擦られる快感に伊織はひくひくと震える。
「あっ、は、壮真さん……気持ちいいっ」
顔を寄せ、彼の首筋に頬擦りする。壮真の匂いを吸い込むと、興奮が高まった。
首元をすりすりしていると、壮真が息を漏らした。
「ふ……、擽ってぇよ」
頭を撫でる彼の手は、とても優しい。
いつだって、伊織に触れる彼の手つきは優しかった。
「壮真さん、好き、大好き」
全身で彼の体温を感じ、伊織はうっとりと目を閉じた。
出会ったときから、ずっと彼は優しかった。
頭の片隅で、ふと出会った頃を思い出した。
二人が出会ったのは、伊織が小学五年生のときだった。伊織は母親と二人でアパートで暮らしていた。その隣に大学生の壮真が引っ越してきたのだ。
買い物の帰り道、伊織はアパートに向かう壮真を見かけた。
「お兄ちゃん!」
「あ?」
声をかけて駆け寄ると、壮真が振り返った。
壮真は背が高く、体格ががっしりしている。目付きが悪く強面の彼に、しかし伊織は物怖じすることなく声をかけた。
「こんにちは」
「……誰だ?」
「お兄ちゃんの隣に住んでる、笠原伊織です」
「あー、隣の……」
自然と、二人並んで歩き出す。
不意に、壮真は伊織の手から買い物袋を取り上げた。
「あっ……」
「お前、小学生だよな? いつもお前が買い物してるのか?」
「五年生だよ。お母さんは外でいっぱい働いてるから、家の仕事は僕の仕事なんだ」
「母親と二人暮らしだっけか?」
「うん。お兄ちゃんは、一人で暮らしてるんだよね」
そんな当たり障りのない会話をしながら、アパートまで帰った。
結局壮真は部屋の前まで荷物を持ってくれた。礼を言い、買い物袋を受け取る。
鍵を開け、ドアを開く。横を見ると、隣のドアの前で壮真がポケットから鍵を取り出していた。
「お兄ちゃん!」
「あー?」
「あのね、うちに来る?」
「は?」
「夜ご飯、一緒に食べる?」
怪訝そうな壮真を、上目遣いにじっと見つめる。
「母親は?」
「お母さんは、今日は帰ってこないよ」
壮真は軽く息を吐き、鍵をポケットに戻してこちらに近づいてきた。
「スゲーな、お前。ちっせぇのに料理できんのか」
「難しいのは作れないよ」
「これだけ作れりゃスゲーだろ」
感心したように、壮真は伊織の作ったハンバーグを食べる。
「ん、うまい」
「えへへ、よかった」
壮真の言葉に素直に喜ぶ。自分の作ったものを食べてもらえるだけでも嬉しかった。
「いつも一人で飯食ってんのか?」
「お母さんの仕事が休みの日は、お母さんと一緒に食べるよ」
ぽつぽつと言葉を交わしながら、二人で食事を進める。
「お前、なんか欲しいもんあるのか?」
「うーん? ないよ」
「好きなもんは?」
「好きなもの?」
首を傾げて悩む伊織に、壮真は言い直す。
「あー、ケーキとかお菓子とか好きか?」
「あんまり食べたことないからよくわかんない」
「……甘いもんは好きか?」
「うん。嫌いなものはないから、なんでも食べるよ」
「わかった」
食事を終え、伊織は遠慮したけれど、壮真は食器を洗ってから隣に帰っていった。
翌日。玄関のチャイムが鳴りドアを開けると、壮真が立っていた。彼は伊織に持っていた箱を渡す。
「昨日の飯の礼だ」
「わあ、ありがとう!」
「中身ケーキだけど、こーいうの貰ったら母親に怒られるか?」
「大丈夫だよ」
箱を受け取って、今日も一緒にと晩御飯に誘ってみると、壮真は仕方なさそうに笑って部屋に上がった。
今日も二人で向かい合って食事をした。
伊織は食後のデザートに貰ったケーキを食べる。壮真はいらないと言うので、一人分の皿を用意して箱を開けると、見たこともないくらい綺麗なケーキが入っていた。
伊織は瞳を輝かせ、改めて壮真に礼を言う。
ケーキは甘くて美味しかった。
顔を綻ばせてケーキを食べる伊織を、壮真は微笑ましそうに見ていた。
翌朝。冷蔵庫を開けた母が、食べきれずに余ったケーキが入っていることに気づいた。
「伊織、これどうしたの?」
「隣のお兄ちゃんに貰ったの」
「隣の? なんで?」
「うちでご飯一緒に食べたから、そのお礼にってくれたの」
「ふーん。仲良くするのはいいけど、迷惑かけて問題とか起こさないでね」
「うん」
特に興味はないようで、母はそれ以上なにかを言うことなくバスルームに向かった。
それからも、たまに伊織は壮真と一緒に夕食を食べた。壮真が自らやってくることはないが、伊織が誘えば彼は断らなかった。
壮真は伊織の作った料理を必ず褒めてくれて、残さず全部食べてくれる。
年齢も離れているので二人でいても会話が弾むわけではないが、壮真と過ごす時間は楽しかった。
けれど、母親に恋人ができてから、壮真を家に招くことができなくなってしまった。
母よりも若い男だった。前もって連絡を入れることなくふらっと現れて自由に過ごし、なにも言わずに帰っていく。母が家にいなくても、男は好きな時間にやって来る。母親よりも、男の方がこの家にいる時間が長くなっていた。
今日も、伊織が買い物から帰ってくるとその男は既に部屋の中にいた。
「おっせーよ、さっさとメシ作って」
「は、はい」
こうやって、男は伊織にご飯を作らせた。時間がかかると機嫌が悪くなるので、急いで取りかかる。
料理を出せば、男は無言で食べはじめた。そして食べ終わると、「皿下げて。コーヒーいれて」と命じてくる。
最初は伊織に全く無関心だったが、一緒に過ごす内に伊織を都合よく顎で使うようになっていった。
伊織は男が怖かった。
はじめて顔を合わせたときは、親しくなりたいと思っていた。伊織は父親という存在に憧れていた。だから壮真にも自分から声をかけた。年上の男性と話して、一緒の時間を過ごしたかった。
母に恋人ができて、伊織は純粋に喜んだのだ。もしかしたら父親になってくれるかもしれない、と。
けれど母の連れてきた男は、そんな気は全くなさそうだった。男の発する言葉の殆どは伊織に対する命令だ。そんな男の態度に、伊織も自分から声をかけることなどできなかった。
男の目付きが、口調が、横柄な態度が、伊織を萎縮させた。
壮真も目付きは鋭く口も悪いが、伊織は彼を怖いと思ったことなどない。壮真は伊織と会話をしてくれるし、気遣ってくれる。
暴力を振るわれることはないが、男と過ごす時間は精神的に苦痛だった。
男の存在のせいで家にいても心は休まらない。母親がいてくれれば母が男の相手をしてくれるのでそうでもないのだが、母は殆ど仕事で家にいない。
男が家にいるとき、男が帰るまでどこかで時間を潰そうと考えた。しかし伊織が出掛けようとすれば引き止められた。些細なことを命じるのに、伊織の存在は必要なのだという。
だから男が家にいる間、伊織も家から出られない。食事に必要な買い物は許されるが、それ以外は常に男と一緒に過ごす。
嫌だったけれど、嫌だとは言えなかった。男が怖かったし、母親を困らせたくなかった。自分を育てるために母はたくさん働いているのだ。それなのに、我が儘は言いたくない。伊織が我慢すれば済むことなのだから。
最初の頃はご飯を食べるためだけに来ていたが、男は徐々に家に入り浸るようになり、もう壮真と一緒にご飯を食べることはできないのだろうと考えて悲しくなった。
そんな日々が一ヶ月ほどつづいた。
伊織はのろのろと学校からの帰り道を歩いていた。また男が家にいるかもしれないと思うと憂鬱で、自然と足は遅くなった。でもあまり遅くなると男が不機嫌になるので寄り道もできない。
俯き、暗澹とした気持ちを抱えながら歩いていると、急に後ろから腕を掴まれた。
「え……!?」
びっくりして声を上げようとすると、口を塞がれた。
背後から抱き締められるようにして、ずるずると薄暗い小道に引き込まれる。
伊織はなにが起きたのかわからない。
はあはあと生暖かい息が耳にかかる。
「いきなりごめんね、びっくりしたよね?」
中年の男の声だった。
「いつも君のこと、見てたんだ。それで、可愛いなって思ってて。ずっと、こうして君と話したかったんだ」
なにを言っているのかわからない。しっかりと口を塞いだまま、話したかったとはどういうことなのだろう。
パニックに陥りかける伊織の体を、中年の男の手が撫でる。胸を、腹を、脚を。不意に、ぬるぬるとした感触が首筋を這った。
「んん……!?」
「ああ、美味しいよ、君の肌……はあはあ……震えてる、可愛いね、怖くないからね」
舐められていると気づいて、伊織は漸く逃げなくては、と思った。しかし震える体は思うように動かず、そもそも子供の伊織では大人の男に力では勝てない。
必死に身を捩る伊織の首筋を、何度も何度も男は舐めた。
この男が誰なのか、どうしてこんなことをされているのか、男がなにをするつもりなのか、なにもわからなくて伊織はただひたすら怯えた。
「なにしてんだ、おっさん」
後ろから聞こえた声。伊織から引き剥がされる男の体。支えをなくし、伊織はその場にへたり込んだ。
放心している伊織の後ろで、鈍い音と男の呻き声が聞こえる。動けない伊織は、後ろを振り返ることもできない。
「伊織、大丈夫か?」
かけられた聞き慣れた声に、伊織は漸く顔を後ろに向ける。
そこには壮真が立っていた。
「おに、ちゃ……」
口を開くが、掠れてまともに話せなかった。
伊織の頭を、壮真は優しく撫でる。
「もう大丈夫だ」
「ふっ、うっ、うっ……っ~~、にぃ、ちゃ……」
ぽろぽろと涙が零れ、安心からか、粗相をしてしまった。じわじわと下半身が濡れる。
立つことのできない伊織の体を、壮真が抱き上げた。
「あっ、だめっ、汚れちゃうから……!」
「洗えばいいだけだろ」
そう言って、衣服が濡れるのも構わず伊織をしっかりと両腕で抱き締める。
壮真の腕に包まれ、もう怖いことはないのだと、心から安心できた。壮真の肩に顔を埋め、泣きじゃくる。
「そいつ、適当に処分しとけ」
「畏まりました」
壮真の他にもう一人いて、彼がそのもう一人とそんな会話をしていたことを、泣いていた伊織は気づかなかった。
襲われた恐怖と助けられた安心感でいっぱいで、襲ってきた男が今どういう状態でその後どうなったのかも伊織は知らなかった。気にも留めなかった。
壮真は伊織を抱いたままアパートに帰った。そして伊織を連れて自分の部屋に入った。
伊織を浴室に入れ、その間に汚れた服を洗濯してくれた。服はそのあと乾燥機に入れられ、乾くまで壮真のぶかぶかの服を着せてもらった。
いれてもらった温かい飲み物を飲みながら、服が乾くのを待った。
久しぶりに壮真と二人きりになり、彼と他愛ない会話をして、伊織も随分落ち着いてきた。
間もなく、乾燥機が止まった。伊織は綺麗になった服に着替える。
本当は、助けてもらったお礼にご飯を作ってまた一緒に食べたかった。もっと壮真と一緒にいたかった。怖い思いをしたあとだから、尚更彼と離れ難かった。
それでも、伊織は自分の家に帰らなくてはならない。
壮真に何度も礼を言って、彼の部屋を出た。そして隣の自分の家に入る。今日も男は既に来ていた。
男はじろりと伊織を見た。
「お前今、隣から出てきたよな? なにしてた?」
「帰り道で、会って、服が汚れちゃったから、洗ってもらって……」
「はあ? つか風呂入ってきたのか? お前まさか変なことされたんじゃねーだろーな」
「されてませんっ」
ぶんぶんと首を横に振る。
なんと説明すればいいのかわからない。助けてもらったのだと、あったことを正直に話すべきだろうか。でも、問題は起こすな面倒はかけるなと言われている。話せば、怒られるかもしれない。
迷っていると、男は別になにもないと判断したのか深く追及してくることはなかった。
「まあいーや。早くメシ作って」
「はい」
伊織はほっと胸を撫で下ろし、準備をはじめた。今日は買い物に行かなくても材料が揃っていたのでよかった。学校からの帰りが遅くなった上に、今から買い物に行くとなると男は機嫌を悪くするだろう。
ふとした瞬間に先ほどの中年男性の息遣いや手の感触を思い出しそうになり、伊織は意識的に料理に集中することでそれを頭から追いやった。
多少の残酷表現あり。
現代 年上×年下
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「いえーい、佐藤、罰ゲーム決定!」
「あっぶねー、あと二点低かったら俺だった」
「お前らバカすぎ、殆ど赤点じゃねーか」
はしゃぐクラスメイト達に、佐藤はくっそーと歯噛みする。
「今回は結構自信あったのに」
返されたテストの答案用紙をぐっと握り締める。
高校の同級生、仲のいい四人は賭けをしていた。期末テストで一番合計点が低かった者が罰ゲームを受けるのだ。
その罰ゲームというのは、同じクラスの笠原伊織に告白するというものだ。因みに男だ。
伸びすぎた前髪で目元は隠れ、くそダサいでかい眼鏡をかけている。別にいじめられているわけではないが、存在感がなく、常に一人でいる。地味で目立たない、空気のような存在。それが笠原伊織だ。
そんな彼に告白をするのが、今回の罰ゲームだ。
くだらない、でもだからこそ、高校生の彼らにとっては楽しめる。
告白された彼がどんな反応を見せるのか。本気にするのか、無視するのか。普段まるで感情を表さない彼がなんと言うのか。
ちょっとしたお遊び感覚だった。
佐藤は友人達にせっつかれ、早速放課後、罰ゲームを実行することになった。
いつも一人で帰宅している伊織が校門を出る。佐藤は慌ててあとを追った。更に後ろから、友人三名も様子を窺っている。
すたすたと先を歩く伊織を早足で追いかけ、呼び止めた。
「笠原!」
名前を呼べば、彼は足を止めて振り返る。
伊織の傍まで行き、佐藤は立ち止まった。
「どうしたの?」
滅多に聞くことのない伊織の声は、中性的で澄んでいる。
こんな風に向かい合い、まともに言葉を交わすのははじめてだ。
佐藤はなんだかドキドキしてきた。ただの罰ゲームなのに。別に本気で告白するわけじゃない。好きなわけでもないし、ましてや相手は男だ。
「佐藤くん?」
綺麗な声に名前を呼ばれ、一層鼓動が速くなる。彼は、どんな声で笑うのだろう。そんなことが気になった。聞いてみたいと強く思った。
「ねえ、大丈夫?」
少し大きな声で問い掛けられ、我に返る。
前髪に隠れた目が、じっとこちらを窺っていた。
佐藤は慌てて口を開く。
「あ、ご、ごめん、ぼーっとして……」
「ううん。それより、僕になにか用?」
「あ、あの……」
なかなか言葉が出てこない。
罰ゲームで告白なんてされて、彼はどう思うだろう。怒るだろうか。驚くだろうか。
少なくとも喜びはしないだろう。そう思うと罰ゲームなんて嫌になってきた。
こんな悪戯じゃなく、もっと普通に話したかった。
でも、これをきっかけに仲良くなれるかもしれない。
告白して、冗談だよって、すぐにちゃんと謝ればきっと許してもらえるだろう。そして、友達になろうって言うのだ。
佐藤は意を決し、深く息を吸った。
「俺、笠原が好きなんだ。俺と付き合って下さい」
がばっと頭を下げて言い切った。
すぐに顔を上げようとして、でも聞こえてきた声に動きが止まる。
「伊織」
低い男の声が伊織の名前を呼ぶ。
「こんなとこでなにしてる」
ぞくりとするような声音に、佐藤はゆっくりと顔を上げる。
伊織の隣に、スーツを身に纏った長身の男が立っていた。刃物のように鋭い目付きの、けれどひどく整った顔立ち。相手に威圧感を与える、近寄りがたい雰囲気を放っている。
男はこちらを見ていないのに、佐藤は彼の醸し出す空気に当てられ、動けなくなる。
けれど伊織は平然と男を見上げ、声をかけた。
「ごめんね、ちょっとクラスメイトと話してて」
「まだかかるのか?」
「ううん。佐藤くん、用事ってもう終わったんだよね?」
こちらに顔を向け、伊織が確認してくる。
佐藤の告白などなかったかのような彼の態度。本気の告白ではない、悪ふざけだと、伊織にはわかっていたのだろう。
「あ、うん……」
「じゃあ僕もう帰るね。また明日」
「うん……」
佐藤はそれしか言えなかった。
背を向ける伊織。自然な動作で彼の腰に手を回す男。
それを呆然と見つめていると、男が顔だけこちらを振り返った。
「っ……」
突き刺すような視線。見られているだけで殺されるのではないかと思うほど。殺意すら感じさせる男の双眸に、佐藤の全身からどっと冷や汗が吹き出す。
しかし次の瞬間には、男はもうこちらを見てはいなかった。伊織と共に、近くに停めてあった車に乗り込む。
走り去る黒塗りの高級車を、呆然と見送った。
その場から動けず、どれほどの時間そこに立ち尽くしていたのか。後ろからかけられた声に、佐藤は漸く金縛りのような状態から解放された。
「佐藤! なに突っ立ってんだよ!」
「あ、おお……」
肩を叩かれ振り返ると、友人の三人がそこにいた。いつも一緒につるんでいるメンバーの顔を見て、体から力が抜けそうになった。
「どうした? なんか変だぞ?」
「笠原に告白したんだろ? もしかしてなんかあったのか?」
「まさかマジで付き合うことになったとか!?」
「まさか……」
笑い飛ばそうとして、顔が引きつる。視線を落とすと、自分の足が震えていることに気づいた。
佐藤の様子がおかしいことを、三人はあまり気にしていない。罰ゲームとはいえ告白なんてしたから、緊張しているんだろうと思っただけだった。
「なーんだ、つまんねーの」
「返事はなんだった? フラれたのか?」
「……いや、笠原は本気じゃないってわかってたんだと思う。だから、返事はしないで帰ってった」
「ええー、なんだよ」
「明日もっかい告白しろよ。本気なんだ! って」
「せっかく告ったんだから、ちゃんと返事もらって来いよー」
「…………無理だ」
「はあ? なんで」
「もう、笠原には、関わらない方がいいと思う……」
文句を言う友人達に、佐藤は決して首を縦には振らなかった。
あの男の視線を思い出せば、それだけで恐怖に体が竦み上がる。
次はない。視線がそう忠告していた。
きっと、不用意に伊織に近づけばあの男が黙ってはいない。たかが高校生一人、あの男ならばどうとでもできる。そう思わせる雰囲気を纏っていた。
もう二度と、あの男には会いたくない。
簡単だ。伊織にさえ近づかなければいいのだ。そうすれば、もう顔を合わせることもないのだろう。
伊織の顔を思い浮かべると、胸が疼いた。
できれば、一度でいいから笑顔を見てみたかったな。
沸き上がる望みを、佐藤は諦めることしかできなかった。
走り出した高級車の車内。後部座席に座った伊織は、眼鏡を外してケースにしまった。前髪を分け、露になったその顔は、中性的な綺麗な容貌だった。
中学のときにストーカー紛いの被害を受け、それから伊織は前髪と眼鏡で顔を隠し、あまり他人と関わらないようにしていた。
友達も作らず学校では常に一人で過ごしているが、伊織はその方が気楽だった。他人には興味はない。伊織には、彼がいてくれればそれで充分なのだ。
その、隣に座る男を窺う。一条壮真。伊織の保護者であり恋人だ。
「壮真さん?」
「あのガキに、なに言われてた?」
「聞いてたくせに」
壮真は眉を顰めて舌打ちする。
「誰の許可得て言ってんだよ、ガキが」
「そんなに怒らなくても。あんなの、ただの冗談だよ」
「冗談でも気分わりーんだよ」
「いい加減、機嫌直してよ」
伊織は身を乗り出し、壮真の頬に口付けた。
「そんなんで直るか。もっとエロいキスしろ」
壮真はひょいっと伊織の体を持ち上げ、自分の膝に乗せた。
「もう……っ」
頬を染めて怒った顔を見せながらも、伊織は彼の望む通り今度は唇にキスをする。
ぴったりと唇を合わせ、感触を確かめるように啄む。舌を伸ばすと、すぐに壮真の口内へ引き込まれた。
「んふっ……ふぅ……っ」
じゅるじゅると音を立てて吸われ、食べられてしまうのではないかと思うほど激しく貪られる。吐息も奪われ、唾液を啜られ、涙を浮かべながらも伊織は必死にキスに応えた。
腰に回された大きな手に臀部を揉まれて、慌てて口を離す。
「はっ、も、だめ……っ」
「んでだよ」
憮然とする壮真は、唾液で汚れた自分の唇を舐めた。
その仕種がとても色っぽくて、伊織はドキドキしてしまう。
情欲にまみれた彼の顔は何度も見ているはずなのに、何度見ても胸が高鳴る。
「我慢できなくなるから、これ以上はもうだめ……」
「我慢する必要なんてないだろ」
「車の中、やだって言ってる……」
「なにが嫌なんだよ」
「だって、落ち着かないし、椅子から落ちそうで怖いし……」
「落ち着かないって言いながら、いつもあんあん鳴いて腰振ってんじゃねーか」
「そっ、ち、い……っ」
ニヤニヤ笑われて、伊織は顔を真っ赤にしながらなにも言い返せずに口をぱくぱく開く。
「それに、俺がお前を落とすわけねーだろ」
「そっ……」
「俺が信用できないのか?」
「……そんなわけないじゃん」
壮真は伊織にとって唯一信頼できる相手なのだ。
尖らせた唇に、笑みを浮かべた壮真の唇が重なる。
制服の裾から入り込んでくる手を、伊織はもう拒まなかった。
車の中であまりしたくないのは本当だ。運転席とは仕切りで遮断されているし、窓の外から見られることもない。
けれどやっぱり、二人きりで、ベッドの上で抱き合う方がいい。
でも、壮真に求められると嬉しくて、結局はどこであろうと彼を受け入れてしまうのだけれど。
壮真は常に用意している携帯用ローションを手に出した。伊織のズボンを下着ごと下ろし、露になったアナルに濡れた指が触れる。
表面を撫でられただけで、腹の奥がきゅんと疼いた。何度も彼に抱かれた体は、そうなるように変化した。
伊織は、それが嬉しい。彼の手で自分の体が作り替えられ、彼の為のものになったように思えるから。
節くれ立った壮真の男らしい指が、つぷりと挿入される。後ろを弄りながら、もう片方の手で勃ち上がりはじめたぺニスを握られる。そのままゆっくりと扱かれた。
「ふぁ、んん……っ」
前と後ろを同時に刺激され、伊織の呼吸は荒くなる。甘い声を漏らし、ぎゅうっと壮真の首にしがみついた。
目の前の形のいい壮真の耳を、ぱくりと口に含んだ。はむはむと食み、形を辿るように舌でなぞる。
壮真が溜め息のように深く熱い息を吐く。
その反応が嬉しくて、耳朶をちゅうちゅう吸ってはねっとりと舐め上げる。
壮真に触られるのは好きだ。そして同じくらい、彼に触るのも好きだった。
どこに触れたら感じてくれるのか、何度となく繰り返された触れ合いで、伊織は大体把握していた。もちろんそれは壮真も同じで、彼は的確に伊織の性感帯を刺激してくる。
「んあっ、あっ、あっ」
大きな掌に包まれたぺニスを上下に擦られ、既に三本埋め込まれた指が内部を掻き回す。先走りの滲むぺニスの先端を指の腹で撫でられ、三本の指で前立腺を摩られ、伊織は快楽に身悶えた。
「あんっ、そ、まさ、もう、だめ……っ」
「んー?」
「も、いっちゃうから、お願い、入れて、あっ、やっ、壮真さんのおちんちんで、いきたいのっ」
「はっ、ほんと可愛いヤツ」
壮真は愛おしむように伊織の額に唇を落とした。
指を引き抜き、壮真は取り出した自身の性器に避妊具を装着する。
後孔にぴたりと亀頭を押し当てられた。意識しなくても、勝手に体がそれを受け入れようとする。口を開けたアナルに、肉棒がめり込んだ。狭く、蕩けた直腸を、ずぶずぶと押し拡げられる。
「ひぁっ、あっ、あっ、あ──っ」
硬い亀頭に前立腺を擦り上げられ、壮真に握り込まれたぺニスから精が吹き出す。
それを掌で受け止めながら、壮真は緩く腰を突き上げた。
「あんっ、あっ、ひ、おく、奥まで、入って……っ」
きゅうきゅうと絡み付く腸壁を掻き分けるように、奥深くまで陰茎が埋め込まれた。
胎内に彼の熱を感じる喜びと、腸壁を擦られる快感に伊織はひくひくと震える。
「あっ、は、壮真さん……気持ちいいっ」
顔を寄せ、彼の首筋に頬擦りする。壮真の匂いを吸い込むと、興奮が高まった。
首元をすりすりしていると、壮真が息を漏らした。
「ふ……、擽ってぇよ」
頭を撫でる彼の手は、とても優しい。
いつだって、伊織に触れる彼の手つきは優しかった。
「壮真さん、好き、大好き」
全身で彼の体温を感じ、伊織はうっとりと目を閉じた。
出会ったときから、ずっと彼は優しかった。
頭の片隅で、ふと出会った頃を思い出した。
二人が出会ったのは、伊織が小学五年生のときだった。伊織は母親と二人でアパートで暮らしていた。その隣に大学生の壮真が引っ越してきたのだ。
買い物の帰り道、伊織はアパートに向かう壮真を見かけた。
「お兄ちゃん!」
「あ?」
声をかけて駆け寄ると、壮真が振り返った。
壮真は背が高く、体格ががっしりしている。目付きが悪く強面の彼に、しかし伊織は物怖じすることなく声をかけた。
「こんにちは」
「……誰だ?」
「お兄ちゃんの隣に住んでる、笠原伊織です」
「あー、隣の……」
自然と、二人並んで歩き出す。
不意に、壮真は伊織の手から買い物袋を取り上げた。
「あっ……」
「お前、小学生だよな? いつもお前が買い物してるのか?」
「五年生だよ。お母さんは外でいっぱい働いてるから、家の仕事は僕の仕事なんだ」
「母親と二人暮らしだっけか?」
「うん。お兄ちゃんは、一人で暮らしてるんだよね」
そんな当たり障りのない会話をしながら、アパートまで帰った。
結局壮真は部屋の前まで荷物を持ってくれた。礼を言い、買い物袋を受け取る。
鍵を開け、ドアを開く。横を見ると、隣のドアの前で壮真がポケットから鍵を取り出していた。
「お兄ちゃん!」
「あー?」
「あのね、うちに来る?」
「は?」
「夜ご飯、一緒に食べる?」
怪訝そうな壮真を、上目遣いにじっと見つめる。
「母親は?」
「お母さんは、今日は帰ってこないよ」
壮真は軽く息を吐き、鍵をポケットに戻してこちらに近づいてきた。
「スゲーな、お前。ちっせぇのに料理できんのか」
「難しいのは作れないよ」
「これだけ作れりゃスゲーだろ」
感心したように、壮真は伊織の作ったハンバーグを食べる。
「ん、うまい」
「えへへ、よかった」
壮真の言葉に素直に喜ぶ。自分の作ったものを食べてもらえるだけでも嬉しかった。
「いつも一人で飯食ってんのか?」
「お母さんの仕事が休みの日は、お母さんと一緒に食べるよ」
ぽつぽつと言葉を交わしながら、二人で食事を進める。
「お前、なんか欲しいもんあるのか?」
「うーん? ないよ」
「好きなもんは?」
「好きなもの?」
首を傾げて悩む伊織に、壮真は言い直す。
「あー、ケーキとかお菓子とか好きか?」
「あんまり食べたことないからよくわかんない」
「……甘いもんは好きか?」
「うん。嫌いなものはないから、なんでも食べるよ」
「わかった」
食事を終え、伊織は遠慮したけれど、壮真は食器を洗ってから隣に帰っていった。
翌日。玄関のチャイムが鳴りドアを開けると、壮真が立っていた。彼は伊織に持っていた箱を渡す。
「昨日の飯の礼だ」
「わあ、ありがとう!」
「中身ケーキだけど、こーいうの貰ったら母親に怒られるか?」
「大丈夫だよ」
箱を受け取って、今日も一緒にと晩御飯に誘ってみると、壮真は仕方なさそうに笑って部屋に上がった。
今日も二人で向かい合って食事をした。
伊織は食後のデザートに貰ったケーキを食べる。壮真はいらないと言うので、一人分の皿を用意して箱を開けると、見たこともないくらい綺麗なケーキが入っていた。
伊織は瞳を輝かせ、改めて壮真に礼を言う。
ケーキは甘くて美味しかった。
顔を綻ばせてケーキを食べる伊織を、壮真は微笑ましそうに見ていた。
翌朝。冷蔵庫を開けた母が、食べきれずに余ったケーキが入っていることに気づいた。
「伊織、これどうしたの?」
「隣のお兄ちゃんに貰ったの」
「隣の? なんで?」
「うちでご飯一緒に食べたから、そのお礼にってくれたの」
「ふーん。仲良くするのはいいけど、迷惑かけて問題とか起こさないでね」
「うん」
特に興味はないようで、母はそれ以上なにかを言うことなくバスルームに向かった。
それからも、たまに伊織は壮真と一緒に夕食を食べた。壮真が自らやってくることはないが、伊織が誘えば彼は断らなかった。
壮真は伊織の作った料理を必ず褒めてくれて、残さず全部食べてくれる。
年齢も離れているので二人でいても会話が弾むわけではないが、壮真と過ごす時間は楽しかった。
けれど、母親に恋人ができてから、壮真を家に招くことができなくなってしまった。
母よりも若い男だった。前もって連絡を入れることなくふらっと現れて自由に過ごし、なにも言わずに帰っていく。母が家にいなくても、男は好きな時間にやって来る。母親よりも、男の方がこの家にいる時間が長くなっていた。
今日も、伊織が買い物から帰ってくるとその男は既に部屋の中にいた。
「おっせーよ、さっさとメシ作って」
「は、はい」
こうやって、男は伊織にご飯を作らせた。時間がかかると機嫌が悪くなるので、急いで取りかかる。
料理を出せば、男は無言で食べはじめた。そして食べ終わると、「皿下げて。コーヒーいれて」と命じてくる。
最初は伊織に全く無関心だったが、一緒に過ごす内に伊織を都合よく顎で使うようになっていった。
伊織は男が怖かった。
はじめて顔を合わせたときは、親しくなりたいと思っていた。伊織は父親という存在に憧れていた。だから壮真にも自分から声をかけた。年上の男性と話して、一緒の時間を過ごしたかった。
母に恋人ができて、伊織は純粋に喜んだのだ。もしかしたら父親になってくれるかもしれない、と。
けれど母の連れてきた男は、そんな気は全くなさそうだった。男の発する言葉の殆どは伊織に対する命令だ。そんな男の態度に、伊織も自分から声をかけることなどできなかった。
男の目付きが、口調が、横柄な態度が、伊織を萎縮させた。
壮真も目付きは鋭く口も悪いが、伊織は彼を怖いと思ったことなどない。壮真は伊織と会話をしてくれるし、気遣ってくれる。
暴力を振るわれることはないが、男と過ごす時間は精神的に苦痛だった。
男の存在のせいで家にいても心は休まらない。母親がいてくれれば母が男の相手をしてくれるのでそうでもないのだが、母は殆ど仕事で家にいない。
男が家にいるとき、男が帰るまでどこかで時間を潰そうと考えた。しかし伊織が出掛けようとすれば引き止められた。些細なことを命じるのに、伊織の存在は必要なのだという。
だから男が家にいる間、伊織も家から出られない。食事に必要な買い物は許されるが、それ以外は常に男と一緒に過ごす。
嫌だったけれど、嫌だとは言えなかった。男が怖かったし、母親を困らせたくなかった。自分を育てるために母はたくさん働いているのだ。それなのに、我が儘は言いたくない。伊織が我慢すれば済むことなのだから。
最初の頃はご飯を食べるためだけに来ていたが、男は徐々に家に入り浸るようになり、もう壮真と一緒にご飯を食べることはできないのだろうと考えて悲しくなった。
そんな日々が一ヶ月ほどつづいた。
伊織はのろのろと学校からの帰り道を歩いていた。また男が家にいるかもしれないと思うと憂鬱で、自然と足は遅くなった。でもあまり遅くなると男が不機嫌になるので寄り道もできない。
俯き、暗澹とした気持ちを抱えながら歩いていると、急に後ろから腕を掴まれた。
「え……!?」
びっくりして声を上げようとすると、口を塞がれた。
背後から抱き締められるようにして、ずるずると薄暗い小道に引き込まれる。
伊織はなにが起きたのかわからない。
はあはあと生暖かい息が耳にかかる。
「いきなりごめんね、びっくりしたよね?」
中年の男の声だった。
「いつも君のこと、見てたんだ。それで、可愛いなって思ってて。ずっと、こうして君と話したかったんだ」
なにを言っているのかわからない。しっかりと口を塞いだまま、話したかったとはどういうことなのだろう。
パニックに陥りかける伊織の体を、中年の男の手が撫でる。胸を、腹を、脚を。不意に、ぬるぬるとした感触が首筋を這った。
「んん……!?」
「ああ、美味しいよ、君の肌……はあはあ……震えてる、可愛いね、怖くないからね」
舐められていると気づいて、伊織は漸く逃げなくては、と思った。しかし震える体は思うように動かず、そもそも子供の伊織では大人の男に力では勝てない。
必死に身を捩る伊織の首筋を、何度も何度も男は舐めた。
この男が誰なのか、どうしてこんなことをされているのか、男がなにをするつもりなのか、なにもわからなくて伊織はただひたすら怯えた。
「なにしてんだ、おっさん」
後ろから聞こえた声。伊織から引き剥がされる男の体。支えをなくし、伊織はその場にへたり込んだ。
放心している伊織の後ろで、鈍い音と男の呻き声が聞こえる。動けない伊織は、後ろを振り返ることもできない。
「伊織、大丈夫か?」
かけられた聞き慣れた声に、伊織は漸く顔を後ろに向ける。
そこには壮真が立っていた。
「おに、ちゃ……」
口を開くが、掠れてまともに話せなかった。
伊織の頭を、壮真は優しく撫でる。
「もう大丈夫だ」
「ふっ、うっ、うっ……っ~~、にぃ、ちゃ……」
ぽろぽろと涙が零れ、安心からか、粗相をしてしまった。じわじわと下半身が濡れる。
立つことのできない伊織の体を、壮真が抱き上げた。
「あっ、だめっ、汚れちゃうから……!」
「洗えばいいだけだろ」
そう言って、衣服が濡れるのも構わず伊織をしっかりと両腕で抱き締める。
壮真の腕に包まれ、もう怖いことはないのだと、心から安心できた。壮真の肩に顔を埋め、泣きじゃくる。
「そいつ、適当に処分しとけ」
「畏まりました」
壮真の他にもう一人いて、彼がそのもう一人とそんな会話をしていたことを、泣いていた伊織は気づかなかった。
襲われた恐怖と助けられた安心感でいっぱいで、襲ってきた男が今どういう状態でその後どうなったのかも伊織は知らなかった。気にも留めなかった。
壮真は伊織を抱いたままアパートに帰った。そして伊織を連れて自分の部屋に入った。
伊織を浴室に入れ、その間に汚れた服を洗濯してくれた。服はそのあと乾燥機に入れられ、乾くまで壮真のぶかぶかの服を着せてもらった。
いれてもらった温かい飲み物を飲みながら、服が乾くのを待った。
久しぶりに壮真と二人きりになり、彼と他愛ない会話をして、伊織も随分落ち着いてきた。
間もなく、乾燥機が止まった。伊織は綺麗になった服に着替える。
本当は、助けてもらったお礼にご飯を作ってまた一緒に食べたかった。もっと壮真と一緒にいたかった。怖い思いをしたあとだから、尚更彼と離れ難かった。
それでも、伊織は自分の家に帰らなくてはならない。
壮真に何度も礼を言って、彼の部屋を出た。そして隣の自分の家に入る。今日も男は既に来ていた。
男はじろりと伊織を見た。
「お前今、隣から出てきたよな? なにしてた?」
「帰り道で、会って、服が汚れちゃったから、洗ってもらって……」
「はあ? つか風呂入ってきたのか? お前まさか変なことされたんじゃねーだろーな」
「されてませんっ」
ぶんぶんと首を横に振る。
なんと説明すればいいのかわからない。助けてもらったのだと、あったことを正直に話すべきだろうか。でも、問題は起こすな面倒はかけるなと言われている。話せば、怒られるかもしれない。
迷っていると、男は別になにもないと判断したのか深く追及してくることはなかった。
「まあいーや。早くメシ作って」
「はい」
伊織はほっと胸を撫で下ろし、準備をはじめた。今日は買い物に行かなくても材料が揃っていたのでよかった。学校からの帰りが遅くなった上に、今から買い物に行くとなると男は機嫌を悪くするだろう。
ふとした瞬間に先ほどの中年男性の息遣いや手の感触を思い出しそうになり、伊織は意識的に料理に集中することでそれを頭から追いやった。
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