聖女のち性欲処理からの

よしゆき

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 旅は順調に進み、勇者一行は着実に魔王に近づいていた。
 魔王城に近づくにつれ、街は少なくなり魔物の数は増えていく。雑魚とは呼べない強い魔物の出現率も増えたが、充分に力を付けたテオドール達が苦戦することはなかった。
 今もまた、彼らは魔物と戦闘中だ。そしてもちろん蒼は馬車の中で留守番だ。
 こうして一人で待つ時間はいつまで経っても慣れなかった。
 落ち着かず、馬車の中で無意味にもぞもぞと動いていると、ドアが開いてユリアルマが入ってきた。

「あっ、お帰り……。あれ、ユリアルマだけ? 他の皆は?」
「皆さんはまだ戦闘中です」

 後ろ手にドアを閉め、ユリアルマは座席に座る。

「来る魔王戦に向けて、私は力を温存しておきたいんです」
「えっ、でも魔王って、勇者のテオドールが倒すんじゃないの?」
「ええ。勇者が倒したあと、私が魔王の魂を消滅させるんです。そのときに結構力を使うのでそろそろセーブしておかないと、魔王の魂をしっかり消滅できなくなってしまいますから」
「そうなんだ……」
「まあ、消滅させてもまた百何十年か後に魔王が誕生するんですけどね。それがこの世界の仕組みなので」
「魔王が誕生したら、また新しく勇者が選ばれるの?」
「そうなります」
「で、聖女も新たに見つけるんだ。僕のときみたいに」
「ええ、そうです」

 ユリアルマとはじめて出会ったときのことは、もう随分昔のことのように感じる。衝撃的な出会いを思い出し、懐かしい気持ちになった。

「でも、聖女なんて、嫌がる人も多そうだよね」

 なんせ勇者の童貞を奪わなくてはならないのだ。女性だって喜んで引き受ける人はいないはずだ。蒼のようにゲイでアナニー好きならまだしも、ノーマルの男性が聖女に選ばれてしまったら、すんなりと受け入れてもらうことなど不可能だろう。

「そうですねー。でもこちらも勇者の童貞を奪ってもらわなくては困りますから、とにかく頼んで頼んで頼み込んで、毎晩枕元で泣き続ければ、最後にはどうにか折れてくれますね。できれば力ずくで言うことをきかせるなんてしたくありませんし、そうなると情に訴えかけるのが一番効果的なので」
「確かにね……」

 蒼もそうだった。だから、罪悪感に苛まれつつも拘束されて身動きの取れないテオドールの童貞を奪ったのだ。
 あの場限りのことだと思っていた。あれっきりのことのはずだったのだ。
 けれどそうはならず、あれから蒼は、数えきれないほどテオドールに抱かれてきた。
 ついテオドールとのあれこれを思い出し、蒼は赤くなる頬をさりげなく手で隠す。
 すると、右手の薬指に光る指輪を見つけ、ユリアルマが声を上げた。

「あっ、その指輪」
「っ……」
「テオドールからもらったのですね?」
「う、う、うん……」

 これは蒼の身を守るための指輪。言わば防具と同じようなものだろう。
 それを見られて照れる必要などないはずなのに、蒼はどぎまぎと視線をさ迷わせる。

「ほほーう。最高級の鉱石で作られた最高級の指輪ですね」
「えっ!?」

 蒼はバッとユリアルマに顔を向ける。
 聞き捨てならない言葉が聞こえた。

「さ、最高級……?」
「ええ、そうですね」
「つまりこの指輪、めちゃくちゃ高いってことだよね?」
「その指輪を売り払えば、働かずに暮らしていけるだけのお金が手に入りますよ」
「そんなに!?」

 めちゃくちゃ高いだろうとは思っていたが、まさかそこまでとは思っていなかった。最高級品だなんて。

「ど、ど、ど、どうしよう、返品してきた方がいいのかな……!?」
「いやいやいや、あげたものを返品なんてされたら、さすがにテオドールもショックを受けますよ」
「で、で、で、でも……」

 こんな高級なもの、蒼が受け取ってしまっていいのだろうか。自分にはもったいなさすぎる。
 指輪の価値を知り青ざめる蒼に、ユリアルマは苦笑を浮かべた。

「蒼さん、テオドールはお子ちゃまで自分の気持ちをなかなか素直に言葉にできなくて分かりにくくてぶっきらぼうで口の悪い困ったちゃんですが、ちゃんと考えてその指輪を選んで、蒼さんに贈ったはずですよ」
「ちゃんと、考えて……?」

 テオドールがなにを考えてこの指輪を選んだというのだろう。
 
「蒼さんのいた世界でもそうだったと思いますが、この世界でも、指輪をはめる指には意味があるんですよ。きっとテオドールはそれをちゃんとわかっています」
「え……?」

 つまり、テオドールが薬指に指輪をはめたのは、偶然ではなく、意味があるということなのか。

「意味って……」

 そのとき、テオドール達が戻ってきた。
 思わずじっとテオドールを見つめる。気づいた彼がこちらに視線を向け、目が合うとなんだか無性に恥ずかしくなって反射的に顔を背けた。
 その反応に、テオドールはユリアルマを睨み付ける。

「おい、こいつとなに話してた」
「ええー、そんな責め立てられるようなことはなにも話してませんよぅ」
「なんか余計なこと言ったんじゃないだろーな」
「なーんにも言ってませんー」

 蒼がわかりやす過ぎるのかテオドールが鋭いのか、彼は疑わしげにユリアルマを問い詰め、ユリアルマはそれを軽くあしらう。

「さあ、とっとと出発しますよ。早く乗って下さい」

 そう言って、ユリアルマは御者席へと移動する。
 まだ納得のいっていない顔をしていたが、問い詰めても無駄だと判断したのかテオドールは大人しく席についた。他の三人も乗り込んできて、それぞれ座席に座った。
 馬車は走り出し、カミルが率先して話題を振り、他愛もない会話をしながら先へ進む。
 横で交わされる会話に耳を傾けつつ、蒼は周りに気づかれないように指輪を撫でた。
 テオドールは、なにを思って蒼の指にこの指輪をはめてくれたのだろう。
 気になって、けれどそれを尋ねてもいいのか迷う。どんな答えが返ってくるのか全く想像もつかないから。
 もうすぐ魔王との戦いを控えているのだし、そんなことにかまけている場合でもない。
 だから、その後で。
 魔王を倒して、全員無事に帰ることができたら。
 そのときに、訊いてみよう。
 蒼はそっとテオドールを横目に見つめながら、そう心に決めた。





 それから長く時間はかからずに、そのときは訪れたのだった。
 特にハプニングもなく魔王城に辿り着き、楽勝とまではいかないが無事に魔王を討伐することができた。
 当然のように蒼は城の外の馬車の中で留守番していたので、どんな戦いが繰り広げられていたのかは知らないけれど。守りの指輪で身を守れたとしても、蒼がついていっても邪魔にしかならない。心配で堪らなかったが、皆の無事を祈り大人しく待っていた。
 全員大怪我もなく無事に戻ってきてくれて、涙が出るほど嬉しかった。涙ぐみ、お疲れ様と皆を労う。そんなことくらいしか蒼にはできなかった。
 だから、王都に帰って城で開かれた盛大なパーティーの参加も辞退した。なにもしていない蒼が参加することはできない。
 パーティーが開かれている間、蒼は宛がわれた部屋で一人で過ごしていた。部屋に一人分のご馳走が用意されていて、折角なのでそれはありがたく頂くことにした。
 ワインらしきお酒の瓶も置いてあり、食事をしながらそれも飲んでみた。フルーティーな口当たりで飲みやすい。食事も美味しくて、酒が進んだ。
 こうして一人でいると、どうしても考えてしまうのはこれからのことだ。
 テオドールは蒼に傍にいてほしいと言ってくれたが、それはこの先もずっと傍にいてもいいということなのだろうか。
 彼が望んでくれるのなら、蒼はずっと傍にいる。
 けれど、それはどういうことなのだろう。家族でもなく、友人でもなく、恋人でもない。体だけの関係をこれからも続けたいということなのだろうか。
 蒼はテオドールの傍にいられるのならそれでも構わないけれど。
 いつか、テオドールに好きな人ができたとき。そのときこそ本当に、蒼は彼に捨てられてしまうのかもしれない。
 その日が来るまでは、傍にいさせてもらえるのだろうか。
 そんなことを考えながら酒をちびちびと飲んでいると、だんだん頭が働かなくなってきた。
 体が熱い。頭がぼーっとして、ふわふわする。
 甘くて飲みやすいけれど、もしかしたら度数の強い酒だったのかもしれない。
 でも、部屋にいるのは蒼一人なのだし、酔っ払っても誰に迷惑をかけることもない。今日くらい飲み過ぎてもいいではないか。
 理性が緩んで、蒼はそのまま飲み続けた。
 なんだか楽しい気持ちになってきたとき、部屋のドアがノックされた。

「はーい」

 ふらふらと覚束ない足取りでドアの所まで歩き、相手を確認せずに開けた。

「やあ、アオ」

 微笑み、許可も取らずに中に入ってくるのはカミルだ。彼は素早く後ろ手にドアを閉める。

「カミルさん、パーティーは?」
「抜けてきたんだ。アオに会いたくて」
「僕に? なんで?」
「今夜が最後のチャンスかなって思ってね」
「チャンス?」
「アオとセックスするチャンス」

 カミルは蠱惑的な微笑を浮かべる。
 彼の言葉に、蒼は口をへの字に曲げた。

「僕、嫌って言った」
「アオ、もしかして酔ってる? 舌足らずな話し方、可愛いね」

 カミルは蒼の拒絶を無視して甘く囁く。
 彼の態度にイライラした。

「カミルさん、僕に触れないんじゃないですか?」

 首輪はまだしっかりとカミルの首につけられている。

「ああ、この首輪ね。うん、そうなんだけどね」
「触れないのに、どうやってするの?」
「アオが望んでくれれば触れるよ」
「僕が?」
「そう。この首輪の力は、アオの感情によって発動されるんだ。アオが嫌だと思えば電気が流れる。でも、アオが俺に触れたいと、触れられたいと思ってくれれば、アオに触ってもなにも起きない」
「ふーん……」

 カミルの説明に、興味のない相槌を返す。
 だからなんだというのだろう。そんなことを聞かされても、なんの意味もないのだが。

「だから、ね? アオ」
「はあ」
「俺とセックスしたいって思わない?」
「思わない」
「本当に? すっごく気持ちよくしてあげるよ? アオが今まで味わったことのない快楽を与えてあげる」
「…………」
「目一杯甘やかして、とろとろに溶かしてあげる。もう俺なしじゃいられなくなるいくらい、最高の快感を教えてあげるよ」
「…………」
「ねぇ、アオ。俺と……」
「しつこい」
「…………え?」
「しつこーーーーいっ!!」

 甘ったるい口説き文句を長々と続けられ、イライラがピークに達した蒼は激情のままに怒鳴り散らした。酒のせいでいつもは抑えている感情が爆発した。

「やだって何回も言ってるのに! なんでしつこく言い寄ってくるの!?」
「し、し、しつこい……?」

 カミルは青ざめ、ショックを受けたような表情で固まる。

「カミルさんとセックスなんて絶対やだし! 死んでもやだし! 生理的に受け付けないし!」
「ぜ、絶対……死んでも……生理的に……?」
「嫌って断ってんのに、しつこくされたらもっと嫌になるに決まってるじゃん! なんでわかんないの!? あんな気持ち悪いこと言われて、僕が喜ぶとでも思ったの!?」
「き、気持ち、悪い……」

 刺されたかのように胸を押さえ、カミルはよろけた。
 更に文句を言ってやろうとしたとき、いきなり部屋のドアが開いた。

「アオ! ここにカミルのヤツが……っ」

 そう言ってテオドールが飛び込んでくる。
 カミルの姿が見えなくなり、嫌な予感がして急いで駆けつけたのだ。
 テオドールの姿を見てホッとして、蒼は彼に子供のようにカミルの行いを言いつけた。

「テオドール! カミルさんがしつこいの!」
「なにかされたのか?」
「気持ち悪いこと言ってくる!」

 蒼の鋭い攻撃を受け、カミルは呻き声を上げてよろよろとよろめいた。

「うっ、うぅ……しつこい……気持ち悪い……そんな……」

 今まで口説いた相手にそんなことを言われたことがないのだろう。大ダメージを受けている。
 テオドールは呆れた視線をカミルに向けた。

「お前、そんな首輪までつけられて懲りてなかったのかよ。いい加減諦めろ」
「そ、そんな……アオは絶対快楽に弱いから、いやいや言いながらも心の中では期待してると思ってたのに……俺の魅力にメロメロになるはずだったのに……」
「んなわけあるかよ」

 カミルの戯れ言を、テオドールは一蹴する。

「残念だったな。こいつは俺にベタ惚れなんだよ」

 そう言ってカミルを蹴り飛ばし、部屋から追い出した。
 蒼はテオドールに抱きつく。

「テオドール、助けてくれてありがとう!」
「まあ、俺が来る前にショックで倒れそうになってたけどな」
「えへへ、テオドールー」

 蒼は甘えるようにテオドールの胸にすりすりと頬擦りする。もう既に蒼の頭にカミルの存在はない。目の前のテオドールのことでいっぱいだった。

「お前、酔ってるのか?」
「うん、そうかもー」
「ふらふらじゃねーか。もう寝ろよ」

 テオドールは蒼をベッドまで移動させ、横たわらせた。
 うとうとしながらも、蒼はテオドールに手を伸ばす。

「テオドールは? もう行っちゃう?」

 不安げな顔で見上げられ、テオドールも蒼の隣で横になる。

「行かねーよ、ここにいる」
「そっか……」

 ほっと肩の力を抜き、蒼はじっとテオドールを見つめた。

「なんだよ? 眠いんだろ? 寝ろよ。心配しなくても、カミルはもう……」

 テオドールの服をぎゅうっと掴む。

「眠ったら、どっか行っちゃう?」
「行かねーって」
「目が覚めたら、テオドールもういなくなっちゃってない? 僕、ここに置いていかれたりしない?」
「そんなことするわけねーだろ」
「ほんとに? 置き去りにされない?」

 素面であればテオドールにウザいと思われたくないからこんな風に絡んだりはしないのだが、今の蒼はかなり酔っ払っていた。
 不安に瞳を揺らし、強くテオドールの服を握り締める。
 傍にいてほしいと言われたが、二人の間にはなんの約束も交わされてはいない。これからのことなんてなにもわからない。眠って目が覚めたらテオドールはいなくなっていて、もう二度と会えないのではないか。そんな不安が頭を擡げ、眠るのが怖かった。

「お前、俺がそんなことすると思ってんのか?」
「うっ……でも、だってぇ……」
「信用ねーな」

 テオドールは仕方なさそうに溜め息を零す。

「ま、俺がなにも言わないでいるせいか」
「テオドール……?」
「酔っ払ってるお前に言っても意味ないからな。明日になったらちゃんと言う。だから今は寝ろ」
「…………うん」
「心配すんな。俺はずっと傍にいる。信じろよ」

 酒に酔った頭では、彼の言葉がきちんと理解できない。
 けれど優しく頭を撫でられて、その心地よさにとろとろと瞼が下がっていく。
 テオドールに抱き締められ、彼の温もりに包まれながら蒼は眠りに落ちていった。
 






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