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しおりを挟む「お前、もう元の世界に帰れ」
「………………え?」
すっかり日が傾いた頃、勇者一行は街に辿り着いた。
宿屋で部屋をとる。部屋割りはいつも通りだった。だから蒼はテオドールと一緒に部屋に向かった。
そして漸く、先程の一件のことを謝ろうとした。
しかし蒼が口を開く前に、テオドールが口火を切った。
元の世界に帰れと言われた。
蒼は自分の耳を疑い、呆然とテオドールを見つめた。
「帰れって……」
掠れた声しか出てこない。
冗談だと、嘘だと思いたかった。
けれどテオドールの視線がそれを許さない。
「なん、で……いきなり……」
「もうお前は必要ないからだ」
はっきりと突き放され、蒼は愕然とテオドールを見つめる。
彼は無表情に蒼を見ていた。
「必要、ない……?」
「そうだ」
「で、でも……」
「でも、なんだよ?」
吐き捨てられる冷たい声音に、蒼はなにも言えなくなる。
「お前はただの性欲処理だ。そのためだけにここにいる」
「…………」
「性欲処理の必要がなくなれば、お前がここにいる意味もない。だから、帰れ」
覚悟はしていたはずだ。
彼に必要とされなくなる日は必ず訪れる。
辛くても、悲しくても、みっともなく泣いて縋るような真似だけはしないようにと、心に決めていた。
すんなりと受け入れて、笑顔で別れようと、そう思っていたのに。
言葉が出てこない。
笑うことなんてできない。
胸が詰まって苦しくて、嫌だと、離れたくないと、そんな感情ばかりが沸き上がる。
「そん、な……急に……」
「喜べよ。元の世界に帰れるんだぞ」
喜ぶことなんてできない。
元の世界へ戻れば、もうテオドールに会えない。
彼の声を聞くことも、触れることも、二度とできなくなる。
「お前は、無理やりこの旅に同行させられてたんだ。したくもない俺の性欲処理のためにな」
しなくないなんて、そんな風に思ったことは一度だってなかった。
「解放してやるよ」
「待っ……」
「ユリアルマ!」
蒼の言葉を遮るように、テオドールはユリアルマを呼んだ。すると、パッと空中にユリアルマが現れる。
ふよふよと浮かぶ少女に向かってテオドールは言った。
「こいつを元の世界に帰せ」
ユリアルマはじっとテオドールを見つめる。
「いいんですか?」
「ああ」
「本当に?」
「いいからさっさと帰せよ」
テオドールはくるりと背を向ける。
待って、と蒼は叫びたかった。
言いたいことは溢れてくるのに、そのどれもが言葉にはできなかった。
嫌だ。帰りたくない。テオドールの傍にいたい。性欲処理でいい。性欲処理じゃなくてもいい。なんでもいい。テオドールの傍にいさせてほしい。離れたくない。お願いだから。
泣いて縋ってしまいたかった。
でもできない。そんなことをしても彼を困らせるだけだ。ただの性欲処理要員でしかない蒼がそんなわがままを口にしたところで、煩わしいと思われるだけだ。
冷ややかな目を向けられ、突き放されて、それで終わりだ。
でも、それでも。
溢れる涙をそのままに、蒼はテオドールに手を伸ばした。
「テオドール……っ」
震える呼び掛けに、彼が振り返ることはなかった。
そして、伸ばした手が彼に届くこともなく。
気づけば蒼は元の世界に戻っていた。
見慣れた自分の部屋に、蒼は立っていた。
向こうの世界へ行ったときに着ていた、Tシャツ一枚の姿で。
あまりにも呆気なく、なにもかも現実感がなかった。
ずっと暮らしていた自分の部屋に帰ってこれたのに、懐かしさを感じることもない。
心にぽっかりと穴が開いているようだ。
なんの感情も沸いてこない。
呆然としている間に蒼のコピーが帰ってきて、それを見計らってユリアルマが現れて、彼女はコピーを蒼に同化させ、するとコピーの記憶が蒼に引き継がれて、そんなわけのわからないことをされているのに蒼は驚くこともなく、ただ黙って受け入れていた。
ユリアルマが心配するようになにか言っていたけれど、それをきちんと聞くこともできなくて、いつの間にかユリアルマもいなくなっていた。
この部屋には一人で住んでいて、一人でいることが当たり前のはずなのに、静まり返るこの空間がひどく居心地が悪く、世界に一人取り残されてしまったような気持ちにさせられた。
こうして性欲処理としての蒼の旅は終わったのだ。
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