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 目を覚ますと、そこはノルベルトの屋敷のエミルの部屋だった。
 ベッドの上で体を起こし、エミルは呆然と室内を見回す。

「なんで……」

 ぽつりと呟く。
 自分は屋敷を抜け出し、街の外へ出た。でもそこで襲われ薬を嗅がされ意識をなくした。
 そして目が覚めるとなぜか屋敷の中に戻っていた。
 どういうことなのだろう。屋敷を抜け出したのは、夢だったとでもいうのだろうか。
 現状を理解できず放心していると、部屋のドアが開いた。入ってきたのはノルベルトだ。

「おや、目が覚めたのかい?」
「……ノル、様……」

 ゆっくりと近づいてくる主人を、エミルは呆けたように見ていた。
 ノルベルトはゆったりとした動きでベッドに腰掛け、エミルの頬を撫でる。

「気分はどう? 具合は悪くない?」
「え……っと……は、はい……」
「よかった。もちろん、体には害のない薬を使わせたけどね」

 いつもと同じ笑顔で、穏やかな口調で放たれた主人の言葉を、エミルはすぐには理解できなかった。

「く、薬……?」
「そうだよ。薬で眠らされたの、覚えてない?」

 普通に、会話の流れとして尋ねられ、エミルは動揺している自分がおかしいのだろうかと錯覚する。

「お、覚えて、ます……」
「そう」

 ノルベルトは一つ相槌を打ち、それから思い出したように言った。

「ああ、薬を嗅がせたのはマレクだよ。エミルが万が一、私から逃げようとしたら連れ戻してほしいと頼んでいたんだ」
「え……?」
「まさか、その万が一が起きてしまうなんて……」

 ノルベルトの瞳が、まっすぐにエミルを射抜く。

「さあ、エミル。私になにか言うことは?」
「あ……」

 エミルは震える両手を握り締める。顔からは血の気がうせ、喉が詰まったように声がうまく出せなくなる。
 ノルベルトの態度はいつもとなにも変わらない。けれど、確かに彼はエミルに対し深い憤りを抱えている。
 当然だろう。エミルは主人である彼から逃げようとしたのだ。
 ノルベルトの怒りは至極真っ当なもので、エミルはそれを受け入れなければならない。
 彼に失望され、嫌われ、捨てられる。
 その恐怖にエミルは怯えた。
 逃げたくせに捨てられることに恐怖するなんて矛盾しているが、エミルとってなによりも恐ろしいのはノルベルトに必要とされなくなることだった。

「も、申し訳……っ」

 今にも倒れそうなほど顔を青くして、エミルは謝罪の言葉を口にする。
 謝ることしかエミルにはできない。
 許されるのなら、どれだけ酷い暴行を受けても構わない。
 どんな罰も受ける。
 けれど、ノルベルトに捨てられるのだけは耐えられない。
 極限状態に追い込まれ瞳を揺らすエミルを見つめ、ノルベルトは静かに口を開いた。

「ねえ、エミル。私がどうして怒っているのかわかってる?」
「ぼ、僕が、ノル様から……に、逃げた、から、です……っ」
「違うよ、エミル」

 決死の覚悟で放った言葉をあっさり否定され、エミルは瞠目する。
 ノルベルトは悲しそうに瞳を翳らせた。

「やっぱり君はなにもわかっていないんだね」
「の、ノル様……っ」

 ノルベルトの言葉にエミルは震えた。
 自分は彼を失望させてしまったのだ。
 ショックに言葉を失う。

「私はね、エミル。君があの女の言葉に従ったから怒っているんだよ」
「あの、女……」
「私の婚約者だと自称するあの女だよ」

 まるで汚いもののように「あの女」と口にするノルベルトを見てエミルは唖然とした。使用人にもエミルにもいつも優しく穏やかな態度を崩さないノルベルトが、女性に対してそんな風に言うなんて驚いたのだ。

「エミルは私の奴隷だろう? それなのに、どうしてあの女の言葉を聞く必要がある?」
「ぁ……」
「エミルは主人である私の言葉だけを聞いていればよかったんだ。それなのに、あんな女の言葉に惑わされ、簡単に私のもとから逃げ出した」
「ぁ、あ……っ」

 そうだ。エミルはノルベルトの奴隷だ。主人であるノルベルトの言葉にだけ従っていればよかったのだ。そうあるべきだったのだ。
 エミルはノルベルトものだ。ノルベルトただ一人の奴隷だ。ノルベルトがエミルの唯一の主人だ。
 それなのに、エミルは主人以外の人間の言葉に従ってしまった。
 それは、奴隷にあるまじきことだ。
 奴隷として失格だ。
 主人以外の人間の言葉に従い、主人のもとから逃げ出した。
 エミルの行動は主人への裏切りでしかない。
 ノルベルトの幸せの為だなんて、なんでそんな馬鹿なことを考えてしまったのだろう。
 ノルベルトの幸せを、ノルベルトではない人間が語った言葉を、どうして信じてしまったのだろう。 奴隷が信じるべきなのは主人の言葉だけなのに。
 あまりにも毎日が幸せで、自分が奴隷だという意識が薄れていたのだろうか。だから主人の幸せの為だと思い込み、あんな浅はかな行動をしてしまったのだろうか。

「あの女が訪ねて来たことは、当然マレクから報告を受けていたよ。あの女がエミルになにを吹き込んだのかもね」
「…………」
「エミルは私の奴隷だから、あんな女の思惑には引っ掛からないだろうって思っていたんだ。でも、もし万が一、エミルが逃げ出すようなことがあったら……私からエミルが離れてしまうことがないよう、マレクにエミルを監視させた」
「…………」
「あの女は確かに一応、私の婚約者ではある。でも私はそれを受け入れるつもりはないんだ。婚約を白紙にするために色々と動いている最中なんだよ。お気に入りの奴隷に逃げられれば、私が諦めてあの女と結婚すると考えたのかもしれないね」

 ノルベルトの説明を聞きながら、エミルは絶望していた。
 エミルの行動はなに一つ主人の為にはならず、ただの裏切り行為に過ぎなかったのだということを突きつけられ、深い絶望の淵に突き落とされる。

「も、申し訳、ありません……っ」

 謝ったところで、主人を裏切った奴隷の言葉にどれほどの意味があるのだろう。
 決して許されることではない。それだけのことをエミルはしてしまったのだ。
 それはわかっている。
 わかっていても、縋らずにはいられなかった。

「す、捨てないで……っ」

 エミルにそんなことを言う資格はない。
 それでも、言わずにはいられなかった。

「やっぱりエミルはなにもわかってない」

 返ってきたノルベルトの言葉に、心臓が止まるのではないかと思うほどの衝撃を受けた。
 自分から逃げておいて捨てないでほしいだなんて、あまりにも虫がよすぎる。
 捨てられるのだ。
 ノルベルトは、もうエミルを必要としていない。
 失望され、愛想を尽かされた。
 きっともう、エミルの顔も見たくないと思っているに違いない。
 これからもずっと続いてほしいと願っていた幸せを、エミルは自分で壊してしまったのだ。
 項垂れるエミルの頬にノルベルトの手が触れ、上向かされる。
 ノルベルトの視線がエミルを捕らえる。

「エミルは死ぬまで私の奴隷だ。捨てるわけがないだろう?」
「…………」

 なにを言われたのかわからなくて、エミルはなにも反応できなかった。
 無反応のエミルに、ノルベルトは苦笑する。

「私がどうしてエミルを買ったかわかるかい?」
「…………寂しかった、から、ですか……」

 以前エミルはなんの為に自分を買ったのか尋ね、そしてノルベルトは一人が寂しかったからだと答えた。

「そう。私は私だけの、唯一のものが欲しかったんだ」
「唯一……」
「私だけに懐き、私だけを頼り、私だけを求め、私がいなくては生きていけない、そんな存在が欲しかった」
「…………」
「だから私はあの日、奴隷商館に行った。私だけのものになってくれる存在を求めて」

 ノルベルトは懐かしむように目を細めた。
 エミルも、今でもしっかりと覚えている。はじめてノルベルトに出会った日のことは、強く記憶に刻まれていた。

「エミルと目が合った瞬間、自分のものにしたいと、強くそう思った。手に入れたいと。そんな風に思うのははじめてだった。物にも人にも、こんなにも執着したことなどなかった。だからこそ、自分だけのものを手に入れたいと望んだんだ」

 ノルベルトがエミルの頬を撫でる。
 慈しむように。
 愛おしむように。

「ノル様……僕はまだ、ノル様のものですか……? 手に入れたいと思ってくれた、ノル様だけの、唯一の存在ですか……?」
「言っただろう。エミルは死ぬまで私の奴隷だと。これからもずっと、私だけのエミルだ」

 ノルベルトの言葉に、じわじわと胸が温かくなる。
 涙が込み上げ、瞳が潤む。

「ノル、様……申し訳ありません、でした……。ノル様の、ご主人様以外の人の言葉に従い、ご主人様から逃げ出すなんて、奴隷として許されないことをしてしまいました……」

 こんな愚かな奴隷を、ノルベルトは死ぬまで傍においてくれるというのだろうか。
 エミルを見つめ、ノルベルトはにっこり微笑む。

「そうだね。罪を犯したのに、罰も受けずに許されてはいけないよね。奴隷の躾は主人の仕事だ」
「は、はい……っ」
「どうやってお仕置きしようか。私のすることは全部、エミルにとってはご褒美になってしまう可能性もあるからね」

 艶を孕んだ瞳を向けられ、エミルはぞくりと体を震わせた。

「とりあえず、まずは夕食を済ませてしまおう」
「あ、は、はい……」
「お仕置きはそのあとでたっぷりしてあげるから、楽しみにしているんだよ」

 ノルベルトの艶やかな微笑みに、エミルは頬を紅潮させながら暫し見惚れた。





 食事を終えて、入浴を済ませ(今日は別々に入った)、そして遂にそのときがやって来た。
 ノルベルトの寝室で、エミルはベッド上で主人と向かい合っていた。

「お仕置きだから、今日はエミルが辛いと感じることをするからね」
「はい……」

 もちろん、エミルはどんな罰も受けるつもりだ。
 しっかりと頷くエミルに、ノルベルトは細長い布を取り出して見せた。

「これでエミルの視界を塞ぐよ」

 ノルベルトは悪戯っぽく笑う。

「エミルは私の顔が大好きだから、見えないと辛いだろう?」
「は、はい……」

 その通りだ。
 エミルは一目見たときから、ノルベルトの美しさに心を奪われた。どれだけ見ても飽きることはなく、気づけば彼に見惚れている。一日中だって見ていたいと思っているのだ。
 エミルと体を重ねているときのノルベルトは特に凄絶な色気を孕んでいて、見ているだけで心臓が破裂するのではないかと思うくらいドキドキする。
 でも、今日は見られないのだ。
 物凄いショックだった。
 けれど、それが罰ならばしっかりと受ける所存だ。
 だが、お仕置きはそれだけではなかった。

「エミルは私の声も大好きだよね」
「はっ、は、は、はい……」
「だから今日は私は声を出さないから」

 ノルベルトの言葉に、エミルは更に深いショックを受けた。
 エミルはノルベルトの声も一日中聞いていたいと思うほど好きだ。
 普段の優しくて穏やかな声も、体を重ねているときの少し掠れたり上擦ったりする声も。艶を帯びた熱っぽい声で名前を呼ばれたら、とろとろに蕩けてしまいそうになる。「いい子」「可愛い」「上手だね」「気持ちいいよ」と、いつもなら彼の甘い声でたくさん褒めてもらえる。
 けれど、今日は聞けないのだ。
 顔も見られないし、声も聞けない。

「わ、わかりました……」

 エミルは涙をこらえて頷いた。

「お仕置き、お願いします、ノル様……」
「うん。いい子だね、エミル。エミルはいっぱい声を出してもいいからね」

 ノルベルトに微笑まれ胸がぽわっとなるが、布を近づけられ気を引き締める。
 ノルベルトの手で、目元に布を巻かれた。
 確かにすぐ傍にノルベルトはいるのに、目隠しをされ姿が見えなくなるとなんとなく心細さを感じた。この状態で声も聞けないとなるととても辛いだろう。
 まだはじまってもいないのに、エミルは既に不安だった。
 ノルベルトの手で、パジャマを脱がされる。いつもはそれだけでこんな反応しないのに、なにも見えずノルベルトに声をかけてもらえないと落ち着かない気持ちになり、もぞもぞと身動いでしまう。
 パジャマも下着も脱がされて、ベッドに仰向けにされた。シーツに肌が擦れるだけでなんだかぞわぞわする。
 震える唇に、ふわりとなにかが触れた。ノルベルトの唇の感触に、ほっと体から力が抜ける。

「んっ、ふ……」

 角度を変えてちゅっちゅっと啄まれ、甘い口づけに徐々に体温が上がっていく。
 ぬるりとした感触が唇を辿り、エミルは無意識にねだるように口を開いていた。小さく開いた隙間から、舌が差し込まれる。

「ふぁっ、んんっ……」

 思わず、縋るように彼の舌に吸い付いてしまった。声も聞けず顔も見えない分、それを補うように彼の温もりや感触を求めてしまう。
 ちゅぱちゅぱと音を立て、甘えるようにノルベルトの舌を吸う。たらりと流れ込んでくる彼の唾液を舌で味わい、飲み込んだ。
 自分が口づけているのは確かにノルベルトなのだと感じ、深い安堵に包まれる。

「んぁっ……ノル様……」

 ゆっくりと唇が離れていき、思わず追いかけるように舌を伸ばしてしまった。
 次になにをされるのかわからず戸惑っていると、するりと脇腹を撫でられた。

「ひゃあんっ」

 敏感な箇所に突然触れられ、大袈裟に体が跳ねた。すっかり覚えたノルベルトの掌の感触が、肌の上を這う。擽ったさと心地よさが入り交じり、エミルはふるふると背中を震わせる。
 つう……と移動する指が、胸の突起に触れた。

「あんっ」

 エミルは顎を反らせて甘い声を上げた。
 ノルベルトの指が円を描くようにすりすりと乳輪を撫で、もどかしい快感がそこからむずむずと走る。乳首が、刺激を求めてつんと尖っていくのが見なくてもわかった。
 触れてもらえない先端が切なくて、ねだるように背中が浮き、胸を突き出してしまう。

「んぁああんっ」

 きゅうっと乳首を摘ままれ、望んでいた刺激を与えられた体は歓喜に震える。

「ひぁっあっあっ、のるさまぁっ」

 ぷくっと膨らんだ乳頭をカリカリと爪の先で引っ掛かれ、鋭い快感に身を捩る。
 弄り回された両方の乳首はじんじんと熱を持ち、敏感になったそこににゅるりと濡れた感触が触れ、エミルは更に身悶えた。
 すぐにノルベルトに舐められているのだと気づく。熱い舌で押し潰すように舐められて、びくびくと背中が浮いた。

「んぁっあっ、きもちぃっ、です、のるさまぁっ、あっあっあぁんっ」

 素直に声を上げれば、ちゅうっと吸われて更に強い快楽を与えられた。視界を塞がれているせいかいつもよりも感覚が鋭くなっている気がする。
 かりっと優しく歯を立てられ、エミルはたまらず甘い悲鳴を上げた。

「ひぁあああっ」

 ぴゅくっと、ぺニスから精が漏れるのを感じた。
 乳輪ごと口に含まれ、熱い粘膜に包まれ、ぬるぬると舌でねぶられ、強く吸い上げられ、それを両方の乳首に繰り返され勃起の治まらないぺニスからぴゅっぴゅっと精液が飛び散る。
 下腹が自分の漏らした精液でべとべとになってしまっているのがわかった。

「ふあっあぁっ、ノル、さまぁ……っ」

 ちゅぱっと音を立て、乳首から唇が離れた。散々舐めしゃぶられたそこは、腫れたようにじくじくと疼いていた。
 相変わらずエミルの視界は塞がれ、なにも見えない。
 ノルベルトは今、どんな表情を浮かべているのだろう。どんな目で自分を見ているのだろう。
 彼の顔を見たくて堪らない。
 声を聞かせてほしい。名前を呼ばれたい。
 ノルベルトの気持ちを聞かせてほしい。エミルを見てどう思っているのか。なにを思ってエミルに触れているのか。
 それを知ることができないのが苦痛だった。
 けれどこれは自分に課せられた罰だから、エミルは耐える。
 はあっはあっと息を整えていると、精液に濡れたぺニスに触られた。

「ひうぅっ」

 敏感な急所を握られ、びくんっと腰が跳ねた。
 やんわりとした手付きで上下に擦られる。エミルの精液がぬちゃぬちゃと卑猥な音を立てている。

「んあっあっあっあんっ、のるさまぁっ」

 ぺニスを扱かれる快感に喘いでいると、急に、ぬめった感触が先端を掠めた。

「ひあっ!? あっあっあっひあぁんっ」

 ぬるっぬるっと鈴口を這うその感触がノルベルトの舌なのだと気づいて、エミルは思わず声を上げる。

「んゃっ、あっ、らめっ、んんっんぁあっあっあぁっ」

 咄嗟に制止の言葉を口にしてしまい慌てて唇を閉じるが、与えられる強烈な快楽に我慢できずすぐに嬌声が漏れた。
 精液にまみれたぺニスをノルベルトに舐められている。
 舐めるだけではなく先端を口に含まれ、吸い上げられる。
 その刺激にびゅっと精液が漏れてしまった。
 主人の口に精液を出してしまった罪悪感と、蕩けるような快楽にエミルは涙を流して身をくねらせる。

「ごめんなしゃ、あひぁっああっ、きもちいっ、あっあっ、のるしゃま、あああっあっひんうぅっ」

 ちゅぽちゅぽと音を立ててぺニスをしゃぶられ、耐えきれずに何度も精液を漏らしてしまう。ぺニスだけでなくその下の陰嚢も隅々までねぶられ、唇を離される頃にはエミルは強すぎる快楽と精神的な疲労で息も絶え絶えの状態になっていた。

「はっあっ……ノル様……っ」

 ふと、ノルベルトの気配が離れていくのを感じた。僅かなベッドの揺れと衣擦れの音で、彼がベッドから下りたのがわかった。
 床に敷かれた絨毯はふかふかで、歩いても足音が聞こえない。
 彼が近くにいるのか、それともどこかへ移動しているのか、エミルにはわからない。
 なにか用事ができたのだろうか。少し離れるだけなのか、部屋を出て行こうとしているのかもわからない。
 どっと不安が込み上げてきた。
 目隠しを取りたいけれど、まだお仕置きは終わっていない。
 ドッドッとうるさい心臓の音に紛れて、部屋のドアを開ける音が聞こえたような気がした。はっきりとわからない。なにも見えなくて、パニックに陥りかけている。幻聴かもしれない。
 けれどノルベルトの気配は感じられない。やはりどこかへ行ってしまったのだろうか。エミルを置き去りにするとは思えないけれど。
 なにか用事ができて、ほんの少しの間出ていったのかもしれない。
 きっとすぐに戻ってきてくれる。
 でも、もし今誰かが近づいてきても、目隠しをしたエミルにはそれがノルベルトかどうかわからない。
 もし偶然泥棒が部屋に入り込んできたら。泥棒とノルベルトを勘違いしてしまったら。
 恐怖に襲われ、それでもエミルは目隠しを外すことはできなかった。これはノルベルトの許可が出るまで外すことはできない。
 けれどなにも見えないことが堪らなく怖くなって、エミルは体を起こして声を上げた。

「ノル、様……ノル様っ……い、行かないで、傍にいて下さい……っ」

 ノルベルトがどこにいるのかもわからないまま、必死に声をかける。

「ノル様、一人にしないで下さいっ……ノル様、ノル様、置いていかないで、ノル様……っ」

 応える声はない。それでもエミルは声を上げずにはいられなかった。

「ノル様っ……ノル様ぁ……お願いします、傍にいて、ノル様、ノル様……っ」

 エミルは遂に泣き出してしまう。
 ひっくとしゃくり上げたとき、ふわりと近くで空気が動いた。

「泣かないで、エミル」

 優しい声と共に、涙で濡れる頬を撫でられた。
 ノルベルトの声と温もりに、エミルの体から力が抜ける。ぐすりと鼻を啜って、そっと呼び掛けた。

「の、ノル様……?」
「そうだよ。私はちゃんとここにいるから、もう泣かないで」
「す、すみません、僕、怖くなって……う、うるさくしてしまいました……」
「うるさくなんてないよ。私はとても嬉しかった」
「嬉しい、ですか……?」
「エミルに、あんなにも一生懸命呼んでもらえて。私だけを求めて、あんなに、何度も……」

 ノルベルトの声音は甘く柔らかく、彼が蕩けるような笑みを浮かべていることが窺えた。
 そのノルベルトの笑顔が見たくて、でも見られなくて、エミルはとても残念に思った。

「ごめんね、必要な物を取りに少し傍を離れただけだったんだ。私はちゃんとずっと部屋にいたよ。それなのに、急にエミルが必死な様子で私の名前を呼んで……」

 エミルの頬を撫でる彼の手は、酷く優しい。

「本当はすぐに声をかけてあげるべきだったんだけど、エミルがあんな風に私に縋ってくれることなんてないから、とても嬉しくて……そのまま聞いていたくなってしまったんだ」
「そ、そうだったんですね……」
「そんなに怖かったの?」
「僕、ノル様が部屋を出ていってしまったのかと思って……ノル様がいない間に、泥棒が入ってきたらどうしようって怖くなってしまって……」
「そんなことを考えていたのか」

 今思うと、大袈裟に騒ぎ立ててしまって恥ずかしい。視界を塞がれていることで、あり得ない妄想に必要以上に怯えてしまった。

「でも、目隠しは外さなかったんだね。偉かったね、エミル」
「は、はい……」

 ノルベルトに褒められて、エミルははにかんだ。
 すると、目元を覆う布を外される。

「っえ……」

 急に視界が開け、驚くエミルの目にノルベルトの姿が映る。

「ノル様、どうして……。まだ、お仕置き終わってないです。僕、ちゃんとお仕置き受けれます……」

 エミルが泣いてしまったから、もうお仕置きは無理だと思われてしまったのだろうか。主人から与えられた罰もきちんと受けられない奴隷だと思われてしまっただろうか。
 続けて下さいと縋れば、ノルベルトは苦笑し、首を横に振る。

「もうこれはいいんだ。今度は、別のお仕置きにしよう」
「別の……?」
「そう」

 ノルベルトの指が、エミルの唇を撫でた。

「エミルのしてほしいこと、全部口にして。言葉で私に伝えるんだ」
「してほしいこと……」
「隠すのはダメ。嘘もダメ。正直に、全て残らず私に言ってごらん」
「そ、それがお仕置きですか……?」
「そうだよ。できるね?」
「は、はい……」

 頷くけれど、それはとても難しい。ノルベルトのしたいことがエミルのされたいことなのだ。奴隷であるエミルは受け手側にしか回れない。それしか許されていない。してほしいことを全て主人に伝えるなんて。

「なにをしてほしいの、エミル?」

 唇を撫でながら、ノルベルトの艶を孕んだ瞳がエミルを見つめる。
 彼の視線に胸がドキドキして、一気に体温が上昇した。

「ぁ……う……き、キス、して、ほしい、です……」

 掠れるような小声で言えば、ノルベルトの耳にはきちんと届いたようで、にこりと微笑んでくれた。
 ノルベルトの唇が、ちゅっちゅっと顔に落とされる。額に、瞼に、鼻先に、頬に。

「あ、ぅ……あの……口、にも、して、ほしい、です……」

 か細い声で伝えれば、ノルベルトは嬉しそうに目を細めた。そして、すぐに唇にもキスをくれる。
 重なる彼の唇にそっと舌を伸ばすと、そのまま口内へ引き込まれちゅるちゅると吸われた。ねっとりと舌が絡み付き、エミルの小さな舌は彼の口の中で蹂躙される。

「んっふぁっ、んっんんっ」

 官能的な口づけに、まだ触られていない後孔が疼いた。中が刺激を求めて切なく収縮を繰り返す。
 してほしいことを、全て、隠さず、正直に、口にしなければならない。

「んぁっ……はっ……ノル様……」

 エミルはたらりと唾液の糸を垂らしながら唇を離し、ノルベルトを見上げた。

「なに、エミル?」
「あ、あの……」

 もじもじとはにかみながらも、しっかりとノルベルトの瞳を見つめる。情欲の滲むノルベルトの双眸を見ているだけでぞくぞくと性感が煽られた。躊躇うように何度か口を開閉し、それから覚悟を決めて声を放つ。

「後ろの、穴に、ノル様の……を、入れてほしい、ので……は、入るように、指で解して、ほしい、です……でも……僕も、ノル様に、ご奉仕、したい、です……」

 はしたなく欲深いことを口にしてしまっている。けれど嘘は許されない。
 貪欲なエミルに呆れてしまうのではないかと不安になったが、ノルベルトはうっとりしたように笑っている。

「ふふ、いいよ、エミル」

 ノルベルトは衣服を脱ぎ捨て全裸になった。
 ベッドの上に仰向けに寝る彼の上に、エミルは四つん這いになる形で乗せられた。エミルの頭の方にノルベルトの下半身がある。ノルベルトの眼前に、エミルの陰部が向けられている状態だ。
 恥ずかしい体勢にエミルはおろおろと視線をさ迷わせる。

「の、ノル様……っ」
「これなら私がエミルの後ろの穴を解せるし、エミルも私に奉仕できるよね」
「は、はぃ……」

 首を後ろに向けると、微笑むノルベルトと彼が持つ小さな小瓶が目に入った。あの小瓶の中身をエミルは知っている。ノルベルトが後ろを解すときにたまに使っている、とろりとした粘液が入っているものだ。多分、さっきはあれを取る為にベッドを離れたのだろう。
 ノルベルトが中身をとろとろと手に出すのが見えた。
 エミルは視線を正面に戻す。そこにはノルベルトの立派な陰茎がそびえていた。
 何度間近で見ても、その太さと長さに感心してしまう。
 エミルは恍惚とした表情でそれを見つめ、舌を伸ばした。

「んひっ」

 しかし舌が届く前に後孔にぬるりと粘液を塗りつけられ、驚いて舌を引っ込めた。
 ぬちゅぬちゅと丹念に粘液を塗り込まれ、後ろに意識がいってしまう。表面をたっぷり濡らしてから、つぷりと指が挿入された。

「ひあっ」

 にゅうーっとノルベルトの長い指が中に入ってくる。喜ぶように後孔がきゅんきゅんと締まった。
 エミルは後ろへの刺激に気を取られながらも、ノルベルトに奉仕すべく陰茎を手に握る。そして今度こそ舌を這わせた。

「んっ……ふあっんんっ」

 ノルベルトの欲望に触れているだけで、エミルの気持ちはどんどん昂っていく。興奮に息を乱しながら、ぴちゃぴちゃと剛直を舐め回した。

「ふふ、エミルの小さな舌で舐められるととっても気持ちがいいよ」

 ノルベルトの声に、一層奉仕に熱がこもった。
 もっともっと感じてほしい。
 愛する主人のものだと思うととても美味しく感じられて、エミルは夢中になって舌を這わせる。ノルベルトがどうしたら気持ちよくなってくれるか考えながら、丁寧に舌を滑らせ、手で擦る。

「んあっあっ、んんっうっんっんっ」

 後孔に埋め込まれた指が、中を解すようにぐるりと回される。粘液を注がれ、ぐちゅぐちゅと音を立てながら中を掻き回され、エミルは快感に身を震わせた。
 後ろを刺激されると、奉仕が疎かになってしまう。快楽に溺れてしまいそうになるのをこらえ、エミルは懸命に奉仕を続けた。
 大きな亀頭を口いっぱいに咥え、ちゅぱちゅぱと吸い付く。先端を舌先で擦り、幹を手で扱いた。

「んぁあっあっ、ひぅんっ」

 後孔の指を増やされぐりゅぐりゅと肉壁を擦られ、強い快感に耐えきれず亀頭から口を離してしまう。歯を立ててしまいそうで怖くて、エミルは口に咥えるのを諦め舐めることに専念する。鈴口をねぶり、滲み出す先走りを啜った。
 中に入る指は三本に増やされ、粘液でぬかるむ肉筒をじゅぽじゅぽと掻き混ぜられる。

「んひぁああっ」

 内部の敏感な膨らみをぐじゅりと指で押され、エミルは甲高い悲鳴を上げた。

「あっひうっ、んんっ、らめ、ノルさまぁっ、ああっあっ、しょこ、らめれすぅっ」
「どうして? 気持ちいいんだろう?」

 先ほど散々いかされ、もう透明な雫をぽとぽとと滴らせるだけの状態になったエミルのぺニスをやんわりと弄りながら、ノルベルトは前立腺を三本の指で擦る。
 強烈な快楽にエミルは翻弄され身をくねらせた。

「ひはぁんっ、いいっ、きもちぃっ、あっ、らめっ、あっあっ、のるさまぁっ」
「気持ちいいのにダメなの?」
「きもちぃ、けど、指じゃなくて……っ」

 エミルは愛おしむようにノルベルトの剛直に頬擦りした。

「ノル様の……大きいので、擦られたい、です……っ」

 そう言った瞬間、更にノルベルトの欲望が膨らみを増した気がした。
 ぢゅぽんっと、後孔から指が抜かれる。

「本当に、エミルは……」

 少し掠れたようなノルベルトの声が後ろから聞こえた。

「ノル様……? あ、あの、だめでしたか……?」

 失言だったのだろうか。けれど、あれが嘘のないエミルの正直な気持ちなのだ。

「そうじゃないよ。エミルが可愛くて、閉じ込めて、縛り付けて、私だけのものにしたいって思っただけだよ。誰にも会わせないで、エミルの瞳に映るのは私だけにしてしまおうかって、考えていただけ」

 いつもと変わらぬ穏やかな口調でなかなかに狂気的なことをノルベルトは言う。もちろんエミルはその言葉に純粋に喜ぶだけだったが。

「僕は、ノル様のものです。ノル様だけのエミルです。だから、ノル様が望むなら、僕はそうされたいです」
「そうだね。エミルは私のものだからね」

 うっそりと微笑んで、ノルベルトは体勢を変えた。
 ベッドの上にうつ伏せになるエミルの後ろに、ノルベルトが覆い被さる。

「でも、マレクや他の皆もエミルのことを可愛がっているから、私が独り占めしたらズルいと責められてしまうだろうね」

 マレクや他の使用人達も、全員エミルにとても優しい。わからないことは丁寧に教えてくれる。どんなに小さなことでも褒めてくれる。ノルベルトがそうであるように。

「だから、閉じ込めるのは我慢するよ。私は四六時中エミルの傍にいられるわけではないし、エミルを一人で部屋に閉じ込めて、寂しい思いをさせたくはないからね」

 ノルベルトは優しい。主人である自分の気持ちよりも、奴隷のエミルの気持ちを優先してくれようとしている。
 ノルベルトの奴隷でいられるのなら、エミルはそれ以上なにも望まない。寂しいのも痛いのも苦しいのも、なんだって耐えられる。苦痛にすら感じないだろう。
 けれど、ノルベルトの気持ちが嬉しい。

「大好きです、ノル様……」
「私も、愛してるよ、エミル」

 ぐぬっと、背後から後孔に剛直が突き刺さる。

「ひっあっあっあ────っ!」
「一生離さない、私だけのエミル……っ」
「んおぉ……っ」

 ずぶずぶずぶっと太い楔に体内を圧迫され、エミルは目を見開いて衝撃に耐えた。
 硬い雁の部分が、前立腺をぐりゅぅっと抉る。

「んひっひぁあああっ」
「私のこれで、ここを擦ってほしかったんだろう?」
「ひううぅっうんんっ、ひっあっ、いいっ、のるしゃまぁっ、きもちいっ、ぃああっあっひぃううっ」

 指とは比べものにならないほどの固さと質量の肉塊に敏感な肉壁をごりゅっごりゅっと断続的に擦られ、エミルは何度も射精を伴わない絶頂へと上り詰めた。

「あっあっあああっ、ひっんっんっんぁあっあっあーっ」

 ごりゅんごりゅんと亀頭で膨らみを捏ね回され、快感で頭がおかしくなりそうだった。
 ノルベルトは浅い箇所での抽挿を繰り返し、エミルを快楽で蹂躙する。背後からしっかりとエミルの体を押さえつけ、逃げることを許さないというように腕の中に囲い込み、淫楽に溺れさせる。
 エミルは涙を流し嬌声を上げ続けた。
 ノルベルトの剛直を受け入れることに慣らされた胎内が、徐々に物足りないと感じはじめる。腹の奥がノルベルトの熱を求めて切なく疼いた。
 してほしいことは、全て隠さず正直にノルベルトに伝えなくてはならない。
 快感に思考を支配されつつも、主人の言葉にエミルは従順に従う。

「ひぅっんんっ、ノル、さまぁっ、あっあっ、おく、おくに、入れてほし、れすぅっ、んひっひうぅっんっ、いちばん、おく、いっぱいずぼずぼされたひれすぅっ」
「いいよ、たくさんしてあげる」
「ひおっおっ、あっあっあああぁっ」

 ぐにゅにゅにゅにゅっと肉棒が腸壁を押し広げるように奥へと埋め込まれた。亀頭が結腸に辿り着き、ごちゅっごちゅっと突き上げる。

「入れるよ、エミル……っ」

 宣言の直後、ずぼっと最奥を剛直が貫いた。
 エミルは声にならない悲鳴を上げ、途方もない快楽に全身を痙攣させる。
 奥の奥までノルベルトに犯される愉悦と目も眩むような快感に、身も心もとろとろに溶けていく。

「くひっひぅんっ、うれひ、のるしゃまの、おくまれ、んひぁっあっ、おなか、のるしゃまでいっぱいれ、うれひぃれすぅっ、うあっあっああぁっ」
「ああ、本当に可愛いよ、エミル、私のエミルが世界一可愛いっ」
「んおっおっ、ひっあっあっあっ、うれひ、のるしゃま、すきっ、しゅき、のるしゃまぁっ」

 甘い囁きを耳に吹き込まれ、エミルは法悦に浸る。
 どちゅっどちゅっと繰り返し最奥を突き上げられながら、蕩けた瞳で暴力的な快楽を享受する。
 もうずっと絶頂から下りてこられず、このままだと本当に狂ってしまうのではないかと思った。それでもよかった。ノルベルトの望むまま情欲をぶつけられることが、エミルにとってはこの上ない幸せだった。

「好きだよ、エミル、愛してる……っ」

 愛する主人に愛を囁かれ、幸せの絶頂のまま狂えるのなら、それもそれで幸せだ。

「ひぁあっあっ、のるしゃま、僕のなか、だひてくだひゃいぃっ、おなかのおくに、のるしゃまのせいえきほひいれすっ、いっぱい、僕のなかぁっ、のるしゃまでいっぱい、ひっあっあっ、あふれるくらい、いっぱいしゃれたいれすぅっ」
「もちろん、お腹いっぱいになるまで、何度でも出してあげるよ……」

 ノルベルトの声が艶っぽく掠れ、絶頂が近いのだとわかった。
 律動は一層早くなり、直腸を擦り上げ、何度も激しく最奥を穿つ。
 ばちゅっばちゅっばちゅっばちゅっと叩きつけられるような突き上げが繰り返され、ぐうっと一際奥へと亀頭が捩じ込まれた。
 ノルベルトの低い呻き声と共に、勢いよく精液が胎内に流れ込んでくる。
 びゅるびゅるっと大量の体液を注がれ、エミルはきつく後孔を締め付けそれを受け入れた。
 じわじわと中にノルベルトの熱が広がっていくような感覚はとても気持ちがよくて、陶然となる。
 ノルベルトに後ろから抱き締められ、二人の体がぴったりと重なった。
 嬉しくて流れ落ちた涙に、ノルベルトが吸い付く。

「大好きです、ノル様……。僕はノル様の奴隷でいられて幸せです」
「私も、エミルが私の奴隷で幸せだよ」

 当然のように返されたノルベルトの言葉にエミルは驚いた。
 エミルはノルベルトにたくさんたくさん幸せな気持ちをもらった。けれど、自分が彼を幸せにすることなんてできないと思っていた。エミルは与えられるばかりで、なに一つ彼に返せていないのだと。
 だからこそ、あの婚約者の女性の言葉に惑わされてしまった。

「ぼ、僕は、少しでもノル様を幸せにできているのですか……?」
「全く……まだわかっていないんだね」

 呆れたような甘やかすような、そんなノルベルトの声音が耳を擽る。

「エミルだけが、私を幸せにできるんだよ」
「え……?」
「だから、私の幸せを望むなら、エミルはずっと私の傍にいなさい」

 愛する主人の蕩けるような甘い命令に、エミルはこれ以上ないほどの至福に包まれた。

「はいっ……」

 満面の笑みを浮かべ、エミルはしっかりと頷いた。




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