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絶対に婚約破棄したくない攻略対象王子

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 *~*~*~*~*~*


「エリック王子と踊れるなんて、夢みたい」

 頬を染めてこちらを見つめる少女の顔に既視感を覚え、エリックは瞬きを繰り返す。

 今、自分と手を取り合って踊っているのは男爵令嬢のサクラ。身分は低いが、異国の血を恥じることのない凛とした少女で、自分は彼女を好ましく思っていて――

 そこまで思い出して、エリックはこの光景が「二回目」だと気付く。
 自分はサクラと恋に落ち、結ばれた。幸せな結婚生活を送っていたのはほんの少し。ある日、エリックは暗殺されたのだ。

『ごめんなさい、エリック。わたし、本当は……』

 泣きじゃくるサクラの声。斬りかかってきたのは信頼していた騎士団長のヒース。手引きをしたのは幼い頃から共に育ってきた宰相のギルモア――

 そこまで思い出して、エリックは背中に嫌な汗が伝うのを感じた。

(時間が、巻き戻っているのか?)

 わからない。しかし、このパーティーは二度目だ。神が自分にやり直しの機会を与えてくれたのか?

 視線を動かすと、熱っぽい視線でサクラを見る騎士団長ヒースの姿と、どこか冷ややかな顔でエリックとサクラのダンスを眺めている次期宰相のギルモアの姿がある。そして目の前にいるのは、いとおしいと思っていた少女……。
 その可憐な微笑みが急激に色褪せて見える。彼女は、これまでもエリックだけでない別の男たちにも同じように親しげな態度をとっていた。

 はじめの一曲が終わる。
 このあと、以前の自分はねだられるままにサクラと再びダンスをした。しかし……。

「ありがとう、サクラ。楽しかったよ」

 失礼に当たらないように礼を述べ、サクラの手を離す。サクラはきょとんとしていた。まさかエリックがこのまま去っていくなんて考えもしていなかったという顔だ。

 サクラは危険な女だ。
 その魅力で、多くの男を惑わせる。

 エリックもその一人だった。サクラはこちらが欲しい反応を、まるで「正解」を選ぶかのようにきちんと返してくれる。だが――

(このままサクラと結ばれれば、俺は死ぬ)

 エリックが向かった先は、婚約者であるシェリルの元だ。幼い頃から決められた縁談。それに反発するようにサクラを選んでしまったが、あの時の自分は本当に馬鹿だった。

「シェリル。待たせて申し訳ない。……僕と踊ってくれるかい?」

 自分が死ぬ未来を回避するためには、絶対にシェリルと婚約破棄するわけにはいかない。

 僕の差し出した手を見て、シェリルはわかりやすく困惑していた。
 当然だ。婚約者を放っておいて、別の女性とダンスしていたのだ。怒っても無理はない。

 しかし訊ねると、怒っていないという。むしろ、サクラのほうを気にするそぶりを見せていた。

(ずいぶん寛容だな。それとも、もう僕に愛想を尽かしているのか?)

 だとしたらまずい。僕は二度目のダンスをシェリルに申し込んだ。
 なんとしてもシェリルの心を取り戻さなくては。この先何があろうとも、シェリルに寄り添うような言動をしていこうと心に誓う。


 *


 そうしてシェリルの側にいるうちに、徐々にシェリルへの見方が変わっていった。

 サクラと親しくしていた頃、シェリルは僕に気付かれないところでサクラを貶めるような立ち回りをしているのだと思っていた。
 しかし、実際のシェリルはかなり粗忽で、どちらかというと周りの令嬢たちの過激な意見を抑えられていないだけのように見える。

 そして何より、僕への態度だ。
 僕が親が決めた結婚相手だからと、これまでシェリルに愛を囁くようなことはなかった。親密になる気はなかったのだから当然だ。

 だが、僕が優しくすると、信じられないと言わんばかりに目を白黒させる。手を握ると硬直し、口付けを迫れば激しく動揺する。うぶな反応はとても新鮮で僕を楽しませた。こんなに可愛い一面があったなんて、これまで全く気がつかなかった。

 しかし、不穏な影は常にちらついていた。
 サクラが次期宰相のギルモアと密会しているところを見たり、騎士団長のヒースに至っては「サクラの気持ちを弄んだのか」などと言ってくるようになった。

 とんでもない。
 僕はサクラに一度も愛を囁いたことはない。

 サクラと共に行動したり、同じ時間を過ごすことはあったが、全てはあの誕生日パーティーの日に「サクラがシェリルに泣かされて」いるのを見た僕が「シェリルの身分を剥奪」し、「サクラを守ると誓う」はずだった。
 その後、サクラと親密になり、彼女と愛を育み……あの結末になったのだ。

 誕生日パーティーから心を入れ換えた僕は、すでにサクラとの連絡も絶っている。気持ちを弄んだといわれるような真似もしていない。

 しかし、その話が耳に入ったのか、シェリルまでサクラと一緒になったほうがいいのではと言い出す始末だ。

 ――侯爵家令嬢として見聞を広げるために留学したいと思っていて。
 ――長期間この国を不在にするとなると、王子の公務に同伴することも叶わなくなる。
 ――婚約者としては宜しくないだろうから、これを機にサクラを迎え入れてはどうか。

 まるで自分が身を引くと、遠回しに婚約破棄をちらつかせるシェリルの手を握る。ここでシェリルと離れたら最後、自分には良くない結末が待っている。なんとしても婚約破棄は避けなければ。

 ……しかし、国外に留学か。それはいい考えかもしれない。

 父はまだまだ元気だし、この国をしばらく離れていればサクラも別な相手を見つけるだろう。シェリルと距離を縮めることができるいい機会にもなるはずだ。

「……僕も常々広い視野が必要だと思っていました。素晴らしい考えです」
「ありがとうございます。では、わたしとの婚約は」
「ぜひ、僕も一緒に留学させてもらいたい。共にこの国のために見聞を広めよう」
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