王宮の警備は万全です!

深見アキ

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21、叱られてしまいました

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 ダリルの領地に行くという話が出たのは二人の王子と会った数日後だった。
 定期的にダリルは自分の領地へと出向き、自分の目で見て回る。書類のやり取りだけではわからないことや、領民の声を直接聞くためらしい。実に真面目だ。
 今回は婚約者のお披露目も兼ねてということでフィリアも同行することになった。

「ウォルナッツ地方、ってどんなところなんです?」
「この王宮を北に行ったところだ。葡萄酒が名産で、農家が多いな。寒暖差が激しい土地だから、暖かい格好をしていくように」

 ちなみに、二大勢力である二人の王子は、温暖な気候で貴族の多い南の地方をフォルセが、軍事産業で潤っている東の地方をスカイレッドが治めているらしい。

「今回は三日ほどの滞在だ。王宮のような格式張ったイベントはないから、気楽に考えていい」
「……ってことはダンスとかしなくていいんですね?」
「ああ。王宮からは少し離れた田舎だし、パーティーを開くような予定もないから安心しろ」

 それならぜひ、とフィリアも頷く。
 しばらく王宮から離れればサラの嫌がらせも落ち着くかなという考えもあった。
 いつの間にやらフィリアは「フォルセ王子やスカイレッド王子にも色目を使っている女」になっており、スカイレッド王子に抱きついて迫ったらしいなどと、他の王子付きの使用人たちからヒソヒソやられる標的になっていた。

「……スカイレッドと何かあったのか?」

 ダリルに問われてきょとんとする。フォルセとスカイレッドに会ったことはダリルにも報告したし、その後特に顔を合わせたりはしていない。

「スカイレッドから婚約者の手綱はしっかり持っておけと言われてな。どういう意味かと尋ねたが、お前に聞けと。……お前がスカイレッドに色目を使っているとかいう噂と関係があるのか?」

 ――そう言えば、ダリルに報告した時に、サラから階段から突き落とされたという話は省略していた。
 首尾よく二人の王子の協力が得られたので、その前後についてはまあいいかと水に流したのだ。
 スカイレッドにとって不利な言動はしないだろうと思っていたが、フィリアの認識が甘かった。フォルセとスカイレッドが会っていたことを伏せて、フィリアの悪口だけを抜き取って話されるとは。
 あんまりダリル王子の耳に入って欲しくない悪口だなぁと口が重くなった。

「えーっと、この間、非公式でお二人にあった時に、スカイレッド様に助けて頂きまして」
「助けて頂いた?」
「サラ様の侍女に階段から突き飛ばされたときに、たまたまスカイレッド様たちがいて助けて下さったんです」

 っていうかスカイレッド様こそ、ご自分の婚約者にちゃんと首輪つけといてくださいよと心の中で文句を言う。
 話を聞いたダリルはみるみる顔を曇らせた。

「……それ、なんで俺に言わなかったんだ」
「だって、女同士のゴタゴタなんて報告されたって困りません?」

 怪我がなかったのだし、サラがやったという証拠もない。

「スカイレッドのお陰で何事もなかったかもしれないが、下手すれば大怪我していたかもしれないだろう」
「まあ、その時はその時ですよ」

 フィリアとしてはさらりと受け流したいところだったが、ダリルは怖い顔のままだった。

「じゃあお前は、サラに刺されても『その時はその時で仕方ない』と思っているのか?」
「う、そ、それは……」
「お前は俺の婚約者だ。お前を害するということは、俺を侮辱しているのと同じだ」

 ああ、この人は王族なんだ――こんな時にふと思う。自分の名前にきちんと誇りを持っている。
 そしてフィリアもいずれはこの王家に名を連ねることになる。その自覚がフィリアには足りていなかった。

「すみません、自覚が足りてませんでした。ゴメンナサイ」
「分かったんならいい」
「……怪我して動けなくなったら、私、ただの小国の伯爵令嬢ですもんね。魔法使いとして役に立てなくなっちゃう」
「やっぱりお前は全然わかってない」

 じろっと悪役顔で凄まれる。

「……俺はそんなに頼りにならないか?」

 吐き捨てるように言ったダリルは、フィリアが何か言うより先に踵を返した。残されたフィリアはダリルの背中に追いすがれずに足元に目を落とす。
 そんなことないです、と呟いた一言は、口に出すとかえって白々しく聞こえた。

 *


「そりゃ、お前が悪い」

 どうやら自分はダリルを怒らせてしまったらしいとクライヴに相談すると、遠慮なくバッサリ切り捨てられた。

「だって、いちいち虐められてますーとか相談するの格好悪いじゃないですか。悪気があって隠してたわけじゃないんですよ」
「お前が何にも言わねーから心配したんだろ。しかも噂じゃ第二王子に抱きついたとか襲いかかったとか」
「抱きついてませんし襲ってません!」

 憤慨したフィリアに「だから」とクライヴが続けた。

「お前にちゃんと誤解だって言って欲しかったんだろ。後ろめたいことなんかない、っていうのはお前の理屈で、周りから聞かされるアイツの気持ちを分かってやれよ」

 ため息と共にクライヴは机に向かう。本を片手に何やら魔法式を紙に書いていた。

「何してるんですか」
「仕事」
「ダリル王子の領地に行く準備しないんですか」
「俺は行かないからな」

 てっきりクライヴも同行するものだと思い込んでいたフィリアは「ええーっ」と責めるような声を上げた。うるさそうな顔でクライヴが振り向く。

「当たり前だ。なんで俺がお前たちについていかなきゃならないんだ」
「だって師匠、一応“第五王子付き”じゃないですか」
「王子から許可とってある。発火装置の件で調べたいこともあるからな」
「えー、だったら私も……」

 口にするまえに「バカ」とため息をつかれた。

「お前が行かなくてどーする。婚約者だろ。つーか、ダリル王子の気遣いも台無しだな」
「気遣いって?」
「バカ」

 二度目の罵倒に唇を尖らせると、クライヴはくるりと背を向けて書き物の続きをし出した。

「お前が悪く言われてるから気にしてるんだろ。ずっと王宮に籠ってたら逃げ場もないしな」

 人から遠巻きにされるのは慣れている。それでも、これまでは自分の家という逃げ道があった。気の合う魔法使いたちと研究に打ち込めば周りの声も気にならない。
 毎日、他人の悪意に晒されるのはこれが初めてのことで――知らず知らずのうちに自分が疲れていたのだと思いしらされる。

「……ダメですね、私って」

 ぽろりと吐いた弱音に、

「安心しろ。お前は十年前からダメダメだ」

 冷たくつっかえされたフィリアは、むくれて「師匠ひどい! 鬼! 人でなし!」と言い捨てて部屋を飛び出した。

「……子供か、あいつは」

 残されたクライヴはため息をつく。
 子供なんだろうなぁと誰に聞かせるでもなく一人ごちる。恋愛の機微に至ってはまるでお子様だ。いつまで俺はお前の保護者だ。
 フィリアが開けっ放しで飛び出した扉を、魔法ひとつでぱたんと閉めた。
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