18 / 38
18、甘党師弟
しおりを挟む
「――それ、サラ嬢の自作自演なんじゃねーの?」
桃のタルトを食べながら、クライヴは怪訝な顔をした。
あの後、パーティは騒ぎのせいでお開きになった。サラは腕に切り傷を負ったが、出血ほど傷は深くないらしい。フィリアもお見舞いに行ったが、ぐるぐるに巻かれた包帯が痛々しく、サラよりも周囲の人間の方が神経過敏になっているような雰囲気だった。
「中庭に通じてる出入り口は、俺とお前の侍女が見てたけど、騒ぎになってから入ってく奴はいなかったぞ。むしろ出ようとして揉みくちゃになってる貴族なら見えたが」
「じゃあ、貴族の人が逃げようとする振りをして……とか」
「側に第二王子がいるのにか? 普通狙うなら王子だろ。婚約者を狙ったところで意味がない。しかも中途半端に切り傷だけって」
紅茶をひとくち飲んだクライヴがフランボワーズのムースを手に取る。
フィリアもクレームブリュレのキャラメリゼされた表面をスプーンで割りながら「うーん」と考えこんだ。
スカイレッドを邪魔に思う人間ならスカイレッド本人を狙うだろうし。
本気でサラを害したいなら、混乱に乗じて刺すなりなんなり出来たはずだ。……というのがクライヴの意見だ。
ちなみに、フィリアのように他の女性からの嫌がらせというのも考えにくいらしい。
サラは目立たないが品行方正な令嬢で、偉ぶったところがないと使用人たちの評判もすこぶる良いそうだ。
「ダリル様はどう思います?」
フィリアの部屋を訪ねて来てから一言も発していないダリルに話を振った。
「……その前に、これは一体どういう状況なんだ?」
これ、と言われたのはテーブルいっぱいに広げられたケーキだ。部屋に備え付けのテーブルは一人で使うには申し分ないが、20個ほどあるケーキを並べるには狭いため、別の部屋からもう一つテーブルを借りた。カラフルで種類豊富なケーキは、クライヴが街のパティスリーで仕入れてきたものだ。
「糖分補給です」
「……糖分補給……」
「疲れた時は甘いもの、って言うじゃないですか」
魔法は精神力を大きく消費する。糖分が効くかどうかはさておき、フィリアとクライヴは昔からこうしてエネルギー補給をしていた。
もっとも、ケーキにこだわっているのはフィリアで、クライヴは甘ければなんでもいい人だ。
「良かったらダリル王子もお好きなのをどうぞ」
「……ではひとつ貰おう」
意外にもダリル王子もケーキの皿に手を伸ばした。ベーシックな苺のショートケーキだ。
「なんだ」
「え、いえ。勧めておいてなんですけど、甘いものお嫌いじゃないんだなーって」
「別に嫌いじゃない。そんなに大量に食べたいとは思わんがな」
甘いものは好きじゃないとか言いそうな雰囲気なのに、と口には出さずに思う。
ショートケーキと悪役顔王子。うーん、ミスマッチでなかなかカワイイかも。
ちなみにダリルがくる前にイレーネにも勧めたのだが、こちらはあっさりと断られてしまった。淡々と給仕に徹しており、空いたクライヴのティーカップにお茶を注いだ。
「サラ様だが、襲われた犯人は見ていないらしい。気付いたら怪我をしていた、侍女たちも会場の騒ぎに気をとられてしまっていたので分からないと言っている」
「ほらな。誰も気付かないなんて怪しいだろ」
ぴっとクライヴが指を立てた。
「サラ嬢の自作自演、或いは侍女たちもグルか。証拠はその場に残されていた血痕と、お前が手袋に引っ掛けられたっていう血が、同じ赤いインクだったこと。お前に関しては、ただの嫌がらせか会場から追い出す算段でもあったのかもしれない」
「え、そんなことしてサラ様に何の得が?」
「得はあっただろ、彼女にとっては」
クライヴがダリルにちらりと視線を向けた。
「……スカイレッド兄上とサラ様の正式な婚礼の日取りが決まった。側にいながらサラ様に怪我を負わせてしまったので、責任をとるそうだ」
「うっわー……スカイレッド様、めちゃくちゃ愛されてますね」
サラは何がなんでもスカイレッドと結婚したかったのだろう。
スカイレッドがああ見えて責任感が強いのなら、今回婚約者から正式に妃として迎えるという話は納得だ。大人しそうな令嬢だが、意外としたたかなようだ。
「とは言ってもあくまで結果論だ。時期が早まっただけで、もともと婚約していたのだしな」
「そーそー。だから俺のもあくまで推察でしかない。この話に波風立てたところで俺らに得はないし、第一王子を狙ったのがサラ嬢の指示ならともかく、どうせうやむやになって終わるんだろーしな」
「なんかスッキリしませんねー……」
ケーキを口に運びながら、ふとテーブルの上を見ると、大半がクライヴの口に入っている。パイのひとかけらを口に入れるのを見て、フィリアは目を剥いた。
「って師匠! アップルパイ全部食べちゃったんですか!?」
「早い者勝ちだろ」
「二つあったんだから一つ残しておいてくれたっていいじゃないですかー! 狙ってたのにー……」
クライヴの食べ方はまさしく“糖分補給”といった感じでぽいぽいと口に放り込んでいく。ケーキを作った職人が見たら泣くに違いない。
「……アップルパイが好きなのか?」
「そういうわけじゃないんですけど、すっごくツヤツヤで美味しそうだったんですよー!」
「わかったわかった、また買ってくればいいんだろ」
フィリアの怒りぶりにおののくダリルと、慣れきっているために適当にあしらうクライヴ。
見ていただけのイレーネのほうが胸焼けを起こしそうだった。
桃のタルトを食べながら、クライヴは怪訝な顔をした。
あの後、パーティは騒ぎのせいでお開きになった。サラは腕に切り傷を負ったが、出血ほど傷は深くないらしい。フィリアもお見舞いに行ったが、ぐるぐるに巻かれた包帯が痛々しく、サラよりも周囲の人間の方が神経過敏になっているような雰囲気だった。
「中庭に通じてる出入り口は、俺とお前の侍女が見てたけど、騒ぎになってから入ってく奴はいなかったぞ。むしろ出ようとして揉みくちゃになってる貴族なら見えたが」
「じゃあ、貴族の人が逃げようとする振りをして……とか」
「側に第二王子がいるのにか? 普通狙うなら王子だろ。婚約者を狙ったところで意味がない。しかも中途半端に切り傷だけって」
紅茶をひとくち飲んだクライヴがフランボワーズのムースを手に取る。
フィリアもクレームブリュレのキャラメリゼされた表面をスプーンで割りながら「うーん」と考えこんだ。
スカイレッドを邪魔に思う人間ならスカイレッド本人を狙うだろうし。
本気でサラを害したいなら、混乱に乗じて刺すなりなんなり出来たはずだ。……というのがクライヴの意見だ。
ちなみに、フィリアのように他の女性からの嫌がらせというのも考えにくいらしい。
サラは目立たないが品行方正な令嬢で、偉ぶったところがないと使用人たちの評判もすこぶる良いそうだ。
「ダリル様はどう思います?」
フィリアの部屋を訪ねて来てから一言も発していないダリルに話を振った。
「……その前に、これは一体どういう状況なんだ?」
これ、と言われたのはテーブルいっぱいに広げられたケーキだ。部屋に備え付けのテーブルは一人で使うには申し分ないが、20個ほどあるケーキを並べるには狭いため、別の部屋からもう一つテーブルを借りた。カラフルで種類豊富なケーキは、クライヴが街のパティスリーで仕入れてきたものだ。
「糖分補給です」
「……糖分補給……」
「疲れた時は甘いもの、って言うじゃないですか」
魔法は精神力を大きく消費する。糖分が効くかどうかはさておき、フィリアとクライヴは昔からこうしてエネルギー補給をしていた。
もっとも、ケーキにこだわっているのはフィリアで、クライヴは甘ければなんでもいい人だ。
「良かったらダリル王子もお好きなのをどうぞ」
「……ではひとつ貰おう」
意外にもダリル王子もケーキの皿に手を伸ばした。ベーシックな苺のショートケーキだ。
「なんだ」
「え、いえ。勧めておいてなんですけど、甘いものお嫌いじゃないんだなーって」
「別に嫌いじゃない。そんなに大量に食べたいとは思わんがな」
甘いものは好きじゃないとか言いそうな雰囲気なのに、と口には出さずに思う。
ショートケーキと悪役顔王子。うーん、ミスマッチでなかなかカワイイかも。
ちなみにダリルがくる前にイレーネにも勧めたのだが、こちらはあっさりと断られてしまった。淡々と給仕に徹しており、空いたクライヴのティーカップにお茶を注いだ。
「サラ様だが、襲われた犯人は見ていないらしい。気付いたら怪我をしていた、侍女たちも会場の騒ぎに気をとられてしまっていたので分からないと言っている」
「ほらな。誰も気付かないなんて怪しいだろ」
ぴっとクライヴが指を立てた。
「サラ嬢の自作自演、或いは侍女たちもグルか。証拠はその場に残されていた血痕と、お前が手袋に引っ掛けられたっていう血が、同じ赤いインクだったこと。お前に関しては、ただの嫌がらせか会場から追い出す算段でもあったのかもしれない」
「え、そんなことしてサラ様に何の得が?」
「得はあっただろ、彼女にとっては」
クライヴがダリルにちらりと視線を向けた。
「……スカイレッド兄上とサラ様の正式な婚礼の日取りが決まった。側にいながらサラ様に怪我を負わせてしまったので、責任をとるそうだ」
「うっわー……スカイレッド様、めちゃくちゃ愛されてますね」
サラは何がなんでもスカイレッドと結婚したかったのだろう。
スカイレッドがああ見えて責任感が強いのなら、今回婚約者から正式に妃として迎えるという話は納得だ。大人しそうな令嬢だが、意外としたたかなようだ。
「とは言ってもあくまで結果論だ。時期が早まっただけで、もともと婚約していたのだしな」
「そーそー。だから俺のもあくまで推察でしかない。この話に波風立てたところで俺らに得はないし、第一王子を狙ったのがサラ嬢の指示ならともかく、どうせうやむやになって終わるんだろーしな」
「なんかスッキリしませんねー……」
ケーキを口に運びながら、ふとテーブルの上を見ると、大半がクライヴの口に入っている。パイのひとかけらを口に入れるのを見て、フィリアは目を剥いた。
「って師匠! アップルパイ全部食べちゃったんですか!?」
「早い者勝ちだろ」
「二つあったんだから一つ残しておいてくれたっていいじゃないですかー! 狙ってたのにー……」
クライヴの食べ方はまさしく“糖分補給”といった感じでぽいぽいと口に放り込んでいく。ケーキを作った職人が見たら泣くに違いない。
「……アップルパイが好きなのか?」
「そういうわけじゃないんですけど、すっごくツヤツヤで美味しそうだったんですよー!」
「わかったわかった、また買ってくればいいんだろ」
フィリアの怒りぶりにおののくダリルと、慣れきっているために適当にあしらうクライヴ。
見ていただけのイレーネのほうが胸焼けを起こしそうだった。
0
お気に入りに追加
981
あなたにおすすめの小説
どうせ結末は変わらないのだと開き直ってみましたら
風見ゆうみ
恋愛
「もう、無理です!」
伯爵令嬢である私、アンナ・ディストリーは屋根裏部屋で叫びました。
男の子がほしかったのに生まれたのが私だったという理由で家族から嫌われていた私は、密かに好きな人だった伯爵令息であるエイン様の元に嫁いだその日に、エイン様と実の姉のミルーナに殺されてしまいます。
それからはなぜか、殺されては子どもの頃に巻き戻るを繰り返し、今回で11回目の人生です。
何をやっても同じ結末なら抗うことはやめて、開き直って生きていきましょう。
そう考えた私は、姉の機嫌を損ねないように目立たずに生きていくことをやめ、学園生活を楽しむことに。
学期末のテストで1位になったことで、姉の怒りを買ってしまい、なんと婚約を解消させられることに!
これで死なずにすむのでは!?
ウキウキしていた私の前に元婚約者のエイン様が現れ――
あなたへの愛情なんてとっくに消え去っているんですが?
聖女に選ばれた令嬢は我が儘だと言われて苦笑する
しゃーりん
恋愛
聖女がいる国で子爵令嬢として暮らすアイビー。
聖女が亡くなると治癒魔法を使える女性の中から女神が次の聖女を選ぶと言われている。
その聖女に選ばれてしまったアイビーは、慣例で王太子殿下の婚約者にされそうになった。
だが、相思相愛の婚約者がいる王太子殿下の正妃になるのは避けたい。王太子妃教育も受けたくない。
アイビーは思った。王都に居ればいいのであれば王族と結婚する必要はないのでは?と。
65年ぶりの新聖女なのに対応がグダグダで放置され気味だし。
ならばと思い、言いたいことを言うと新聖女は我が儘だと言われるお話です。
私はあなたの母ではありませんよ
れもんぴーる
恋愛
クラリスの夫アルマンには結婚する前からの愛人がいた。アルマンは、その愛人は恩人の娘であり切り捨てることはできないが、今後は決して関係を持つことなく支援のみすると約束した。クラリスに娘が生まれて幸せに暮らしていたが、アルマンには約束を違えたどころか隠し子がいた。おまけに娘のユマまでが愛人に懐いていることが判明し絶望する。そんなある日、クラリスは殺される。
クラリスがいなくなった屋敷には愛人と隠し子がやってくる。母を失い悲しみに打ちのめされていたユマは、使用人たちの冷ややかな視線に気づきもせず父の愛人をお母さまと縋り、アルマンは子供を任せられると愛人を屋敷に滞在させた。
アルマンと愛人はクラリス殺しを疑われ、人がどんどん離れて行っていた。そんな時、クラリスそっくりの夫人が社交界に現れた。
ユマもアルマンもクラリスの両親も彼女にクラリスを重ねるが、彼女は辺境の地にある次期ルロワ侯爵夫人オフェリーであった。アルマンやクラリスの両親は他人だとあきらめたがユマはあきらめがつかず、オフェリーに執着し続ける。
クラリスの関係者はこの先どのような未来を歩むのか。
*恋愛ジャンルですが親子関係もキーワード……というかそちらの要素が強いかも。
*めずらしく全編通してシリアスです。
*今後ほかのサイトにも投稿する予定です。
ヒロインのシスコンお兄様は、悪役令嬢を溺愛してはいけません!
あきのみどり
恋愛
【ヒロイン溺愛のシスコンお兄様(予定)×悪役令嬢(予定)】
小説の悪役令嬢に転生した令嬢グステルは、自分がいずれヒロインを陥れ、失敗し、獄死する運命であることを知っていた。
その運命から逃れるべく、九つの時に家出して平穏に生きていたが。
ある日彼女のもとへ、その運命に引き戻そうとする青年がやってきた。
その青年が、ヒロインを溺愛する彼女の兄、自分の天敵たる男だと知りグステルは怯えるが、彼はなぜかグステルにぜんぜん冷たくない。それどころか彼女のもとへ日参し、大事なはずの妹も蔑ろにしはじめて──。
優しいはずのヒロインにもひがまれ、さらに実家にはグステルの偽者も現れて物語は次第に思ってもみなかった方向へ。
運命を変えようとした悪役令嬢予定者グステルと、そんな彼女にうっかりシスコンの運命を変えられてしまった次期侯爵の想定外ラブコメ。
※話数は多いですが、1話1話は短め。ちょこちょこ更新中です!
●3月9日19時
37の続きのエピソードを一つ飛ばしてしまっていたので、38話目を追加し、38話として投稿していた『ラーラ・ハンナバルト①』を『39』として投稿し直しましたm(_ _)m
なろうさんにも同作品を投稿中です。
悪女マグノリアは逆行し、人生をやり直す
二階堂シア
ファンタジー
旧題:悪女マグノリアを処刑しようとしたら、時を戻すから彼女が悪女になるフラグを折って救えと神に頼まれたので、王子とその護衛が全てへし折ることにした
【書籍化決定しました】
アルファポリス様より、12月22日頃発売予定です。
タイトルは『悪女マグノリアは逆行し、人生をやり直す』に改題致します。
稀代の悪女、マグノリア・キャリントン。
その悪女はカルヴァンセイル国王子であるレイ・ケイフォードの婚約者を毒殺しようとした疑いで処刑されようとしていた。
マグノリアは胸元のネックレスを強く握りしめると、赤く輝くルビーにそっと口付ける。
私を殺して。
彼女がそう願った時、ネックレスから眩い光が放たれ、レイの目の前に神が現れる。
そして神はレイに、時を巻き戻ってマグノリアの悪女フラグを折り、彼女を救って欲しいと頼んだ。
マグノリアの毒殺疑惑は濡れ衣で、マグノリアを陥れようとした人物がやった犯行なのだから──と。
王子レイとその護衛騎士フィルは何やかんやで神の願いを承諾することに。
果たしてレイとフィルは、マグノリアを悪女に仕立てあげようとする黒幕から守り、マグノリアが悪女になるのを無事阻止することが出来るのか?
その黒幕とは一体誰なのか?
何のためにマグノリアを悪女にしようとするのか?
そしてマグノリアと接するうちに、レイとフィルも彼女に対する気持ちの変化が……?
レイとフィルはマグノリアの悪女フラグを折りながら、真相に迫っていく──。
ほんのりミステリーで時々恋模様もある、王子と騎士がマグノリアを救うために奮闘する物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる