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18、甘党師弟
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「――それ、サラ嬢の自作自演なんじゃねーの?」
桃のタルトを食べながら、クライヴは怪訝な顔をした。
あの後、パーティは騒ぎのせいでお開きになった。サラは腕に切り傷を負ったが、出血ほど傷は深くないらしい。フィリアもお見舞いに行ったが、ぐるぐるに巻かれた包帯が痛々しく、サラよりも周囲の人間の方が神経過敏になっているような雰囲気だった。
「中庭に通じてる出入り口は、俺とお前の侍女が見てたけど、騒ぎになってから入ってく奴はいなかったぞ。むしろ出ようとして揉みくちゃになってる貴族なら見えたが」
「じゃあ、貴族の人が逃げようとする振りをして……とか」
「側に第二王子がいるのにか? 普通狙うなら王子だろ。婚約者を狙ったところで意味がない。しかも中途半端に切り傷だけって」
紅茶をひとくち飲んだクライヴがフランボワーズのムースを手に取る。
フィリアもクレームブリュレのキャラメリゼされた表面をスプーンで割りながら「うーん」と考えこんだ。
スカイレッドを邪魔に思う人間ならスカイレッド本人を狙うだろうし。
本気でサラを害したいなら、混乱に乗じて刺すなりなんなり出来たはずだ。……というのがクライヴの意見だ。
ちなみに、フィリアのように他の女性からの嫌がらせというのも考えにくいらしい。
サラは目立たないが品行方正な令嬢で、偉ぶったところがないと使用人たちの評判もすこぶる良いそうだ。
「ダリル様はどう思います?」
フィリアの部屋を訪ねて来てから一言も発していないダリルに話を振った。
「……その前に、これは一体どういう状況なんだ?」
これ、と言われたのはテーブルいっぱいに広げられたケーキだ。部屋に備え付けのテーブルは一人で使うには申し分ないが、20個ほどあるケーキを並べるには狭いため、別の部屋からもう一つテーブルを借りた。カラフルで種類豊富なケーキは、クライヴが街のパティスリーで仕入れてきたものだ。
「糖分補給です」
「……糖分補給……」
「疲れた時は甘いもの、って言うじゃないですか」
魔法は精神力を大きく消費する。糖分が効くかどうかはさておき、フィリアとクライヴは昔からこうしてエネルギー補給をしていた。
もっとも、ケーキにこだわっているのはフィリアで、クライヴは甘ければなんでもいい人だ。
「良かったらダリル王子もお好きなのをどうぞ」
「……ではひとつ貰おう」
意外にもダリル王子もケーキの皿に手を伸ばした。ベーシックな苺のショートケーキだ。
「なんだ」
「え、いえ。勧めておいてなんですけど、甘いものお嫌いじゃないんだなーって」
「別に嫌いじゃない。そんなに大量に食べたいとは思わんがな」
甘いものは好きじゃないとか言いそうな雰囲気なのに、と口には出さずに思う。
ショートケーキと悪役顔王子。うーん、ミスマッチでなかなかカワイイかも。
ちなみにダリルがくる前にイレーネにも勧めたのだが、こちらはあっさりと断られてしまった。淡々と給仕に徹しており、空いたクライヴのティーカップにお茶を注いだ。
「サラ様だが、襲われた犯人は見ていないらしい。気付いたら怪我をしていた、侍女たちも会場の騒ぎに気をとられてしまっていたので分からないと言っている」
「ほらな。誰も気付かないなんて怪しいだろ」
ぴっとクライヴが指を立てた。
「サラ嬢の自作自演、或いは侍女たちもグルか。証拠はその場に残されていた血痕と、お前が手袋に引っ掛けられたっていう血が、同じ赤いインクだったこと。お前に関しては、ただの嫌がらせか会場から追い出す算段でもあったのかもしれない」
「え、そんなことしてサラ様に何の得が?」
「得はあっただろ、彼女にとっては」
クライヴがダリルにちらりと視線を向けた。
「……スカイレッド兄上とサラ様の正式な婚礼の日取りが決まった。側にいながらサラ様に怪我を負わせてしまったので、責任をとるそうだ」
「うっわー……スカイレッド様、めちゃくちゃ愛されてますね」
サラは何がなんでもスカイレッドと結婚したかったのだろう。
スカイレッドがああ見えて責任感が強いのなら、今回婚約者から正式に妃として迎えるという話は納得だ。大人しそうな令嬢だが、意外としたたかなようだ。
「とは言ってもあくまで結果論だ。時期が早まっただけで、もともと婚約していたのだしな」
「そーそー。だから俺のもあくまで推察でしかない。この話に波風立てたところで俺らに得はないし、第一王子を狙ったのがサラ嬢の指示ならともかく、どうせうやむやになって終わるんだろーしな」
「なんかスッキリしませんねー……」
ケーキを口に運びながら、ふとテーブルの上を見ると、大半がクライヴの口に入っている。パイのひとかけらを口に入れるのを見て、フィリアは目を剥いた。
「って師匠! アップルパイ全部食べちゃったんですか!?」
「早い者勝ちだろ」
「二つあったんだから一つ残しておいてくれたっていいじゃないですかー! 狙ってたのにー……」
クライヴの食べ方はまさしく“糖分補給”といった感じでぽいぽいと口に放り込んでいく。ケーキを作った職人が見たら泣くに違いない。
「……アップルパイが好きなのか?」
「そういうわけじゃないんですけど、すっごくツヤツヤで美味しそうだったんですよー!」
「わかったわかった、また買ってくればいいんだろ」
フィリアの怒りぶりにおののくダリルと、慣れきっているために適当にあしらうクライヴ。
見ていただけのイレーネのほうが胸焼けを起こしそうだった。
桃のタルトを食べながら、クライヴは怪訝な顔をした。
あの後、パーティは騒ぎのせいでお開きになった。サラは腕に切り傷を負ったが、出血ほど傷は深くないらしい。フィリアもお見舞いに行ったが、ぐるぐるに巻かれた包帯が痛々しく、サラよりも周囲の人間の方が神経過敏になっているような雰囲気だった。
「中庭に通じてる出入り口は、俺とお前の侍女が見てたけど、騒ぎになってから入ってく奴はいなかったぞ。むしろ出ようとして揉みくちゃになってる貴族なら見えたが」
「じゃあ、貴族の人が逃げようとする振りをして……とか」
「側に第二王子がいるのにか? 普通狙うなら王子だろ。婚約者を狙ったところで意味がない。しかも中途半端に切り傷だけって」
紅茶をひとくち飲んだクライヴがフランボワーズのムースを手に取る。
フィリアもクレームブリュレのキャラメリゼされた表面をスプーンで割りながら「うーん」と考えこんだ。
スカイレッドを邪魔に思う人間ならスカイレッド本人を狙うだろうし。
本気でサラを害したいなら、混乱に乗じて刺すなりなんなり出来たはずだ。……というのがクライヴの意見だ。
ちなみに、フィリアのように他の女性からの嫌がらせというのも考えにくいらしい。
サラは目立たないが品行方正な令嬢で、偉ぶったところがないと使用人たちの評判もすこぶる良いそうだ。
「ダリル様はどう思います?」
フィリアの部屋を訪ねて来てから一言も発していないダリルに話を振った。
「……その前に、これは一体どういう状況なんだ?」
これ、と言われたのはテーブルいっぱいに広げられたケーキだ。部屋に備え付けのテーブルは一人で使うには申し分ないが、20個ほどあるケーキを並べるには狭いため、別の部屋からもう一つテーブルを借りた。カラフルで種類豊富なケーキは、クライヴが街のパティスリーで仕入れてきたものだ。
「糖分補給です」
「……糖分補給……」
「疲れた時は甘いもの、って言うじゃないですか」
魔法は精神力を大きく消費する。糖分が効くかどうかはさておき、フィリアとクライヴは昔からこうしてエネルギー補給をしていた。
もっとも、ケーキにこだわっているのはフィリアで、クライヴは甘ければなんでもいい人だ。
「良かったらダリル王子もお好きなのをどうぞ」
「……ではひとつ貰おう」
意外にもダリル王子もケーキの皿に手を伸ばした。ベーシックな苺のショートケーキだ。
「なんだ」
「え、いえ。勧めておいてなんですけど、甘いものお嫌いじゃないんだなーって」
「別に嫌いじゃない。そんなに大量に食べたいとは思わんがな」
甘いものは好きじゃないとか言いそうな雰囲気なのに、と口には出さずに思う。
ショートケーキと悪役顔王子。うーん、ミスマッチでなかなかカワイイかも。
ちなみにダリルがくる前にイレーネにも勧めたのだが、こちらはあっさりと断られてしまった。淡々と給仕に徹しており、空いたクライヴのティーカップにお茶を注いだ。
「サラ様だが、襲われた犯人は見ていないらしい。気付いたら怪我をしていた、侍女たちも会場の騒ぎに気をとられてしまっていたので分からないと言っている」
「ほらな。誰も気付かないなんて怪しいだろ」
ぴっとクライヴが指を立てた。
「サラ嬢の自作自演、或いは侍女たちもグルか。証拠はその場に残されていた血痕と、お前が手袋に引っ掛けられたっていう血が、同じ赤いインクだったこと。お前に関しては、ただの嫌がらせか会場から追い出す算段でもあったのかもしれない」
「え、そんなことしてサラ様に何の得が?」
「得はあっただろ、彼女にとっては」
クライヴがダリルにちらりと視線を向けた。
「……スカイレッド兄上とサラ様の正式な婚礼の日取りが決まった。側にいながらサラ様に怪我を負わせてしまったので、責任をとるそうだ」
「うっわー……スカイレッド様、めちゃくちゃ愛されてますね」
サラは何がなんでもスカイレッドと結婚したかったのだろう。
スカイレッドがああ見えて責任感が強いのなら、今回婚約者から正式に妃として迎えるという話は納得だ。大人しそうな令嬢だが、意外としたたかなようだ。
「とは言ってもあくまで結果論だ。時期が早まっただけで、もともと婚約していたのだしな」
「そーそー。だから俺のもあくまで推察でしかない。この話に波風立てたところで俺らに得はないし、第一王子を狙ったのがサラ嬢の指示ならともかく、どうせうやむやになって終わるんだろーしな」
「なんかスッキリしませんねー……」
ケーキを口に運びながら、ふとテーブルの上を見ると、大半がクライヴの口に入っている。パイのひとかけらを口に入れるのを見て、フィリアは目を剥いた。
「って師匠! アップルパイ全部食べちゃったんですか!?」
「早い者勝ちだろ」
「二つあったんだから一つ残しておいてくれたっていいじゃないですかー! 狙ってたのにー……」
クライヴの食べ方はまさしく“糖分補給”といった感じでぽいぽいと口に放り込んでいく。ケーキを作った職人が見たら泣くに違いない。
「……アップルパイが好きなのか?」
「そういうわけじゃないんですけど、すっごくツヤツヤで美味しそうだったんですよー!」
「わかったわかった、また買ってくればいいんだろ」
フィリアの怒りぶりにおののくダリルと、慣れきっているために適当にあしらうクライヴ。
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