王宮の警備は万全です!

深見アキ

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16、末の第九王子

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「どうしたんだ、こんなところで」

 ダリルとフィリアは噴水前のベンチにぽつんと座っていた少年に声をかけた。
 はっと顔をあげた彼の瞳の色はダリルと同じ青色だ。

「兄上……」

 その言葉で、フィリアもダリルの弟王子であると気づく。まだ幼いため、先ほどのダンスは免除されていたようだ。
 髪はくせの強い茶髪――ダリルとは異母兄弟であるというしるし。今年七歳になる少年に、フィリアは腰を屈めて視線を合わせた。

「はじめまして、私はオフィーリア・ウォーレンと申します」
「……ぼくはブラントン・アッシュフィールド第九王子だ」

 しょぼくれていた態度から一転、えへんと胸を張る姿は無理して背伸びをしようとする子供そのものだった。本人は王族らしく振る舞おうとしているのだろう。微笑ましい、などと言ったらこの少年は怒るだろうか。

「ブラントン、従者はどうしたんだ」

 ダリルが周囲を確認しながら問う。警備はいるものの、ブラントンの従者や側付きの者がいる気配はない。

「少し席をはずすと言っていた。警備の者もいるから心配ありません」
「……後で俺からお前の従者に言っておこう」
「いいんです。ぼくの命を狙うやつなんていませんから」

 末の第九王子。普段から軽んじられていると分かっている口振りだ。確かに彼をどうこうしたところで、王位争いに大きな変化はないだろう。だが、とダリルは顔をしかめた。

「ブラントン、お前は王族の一員なんだ。一人でふらふらしていては他の者にも示しがつかない。それに、命を狙わずともよからぬことを考えて近寄ってくる輩だっている。お前は賢い弟だが、悪意を持った奴が同じ土俵に下りてきてくれるとは限らない」

 説教モードに入ったダリルに、ブラントンは俯く。一人でふらふらしている代表格のダリル様に言われても説得力ないですよ、と茶々を入れたい気持ちを飲み込み、フィリアは優しげに笑った。

「ダリル様はブラントン様を心配しておられるんですよ。従者の方が戻るまで私たちと一緒にいましょう」
「はい……。申し訳ありません、兄上」
「お前が謝ることではない」
「ええ。せっかくですから、私達とお話していましょう」
「でも……、兄上たちは今日の主役でしょう? それに、オフィーリア様は怪我をされています」

 フィリアの手袋についた血をブラントンが指差す。フィリアは手袋を外すと、ハンカチ代わりに噴水に浸した。

「大丈夫。ちょっとイタズラされちゃったみたいで怪我じゃないわ」

 濡らした手袋で肌を擦れば傷ひとつない。ね、と片目をつぶったフィリアを見て、ブラントンはようやく小さな笑みを見せた。

「フィリア、ドレスが濡れるぞ」
「これくらい大丈夫ですよ」

 濡れたフィリアの腕をダリルのハンカチが拭った。クライヴやフィリアなら風の魔法で乾かすところだ。腕をとられて拭われるなど、なんだか新鮮でどぎまぎする。

「……まったく、お前は子供のようだな」
「こど……っ!? いや、いつもは魔法で乾かすから、ハンカチって概念がないだけです!」
「それは女として威張るところじゃない」

 せっかく今少しときめいたのに台無し、と心の中でむくれる。ブラントンはそんなフィリアとダリルのやりとりを興味深そうに見ていた。

「兄上とオフィーリア様は仲がよろしいんですね」
「ブラントン様、よかったらフィリアと呼んで下さい。それから、私の前では格式張った話し方をしなくても大丈夫ですよ」
「え、でも……いや、しかし」
「大人になるためには肩の力を抜く場所も必要ですよ」

 ブラントンは兄であるダリルをちらりと伺ったが、ダリルが肯定するように頷くとほっと息を吐いた。
 社交界から逃げ回っていたフィリアが言えた義理ではないが、いくら王族とは言っても子供にとっては息が詰まるような集まりだろう。フィリア達と話していれば、「義兄の婚約のお祝い」という名目で来ているブラントンの立場も守れる。

「フィリアは魔法使いなんだと聞いた。どんな魔法を使うんだ?」

 子供らしい興味に、そうですねぇとフィリアは考える。噴水の水を操り、丸い玉の形から動物の姿へと形を変えて見せた。

「ウサギだ!」

 ぴょんとブラントンの目前で跳ねたウサギが噴水に飛び込む。水面をしばし駆け回った後、ちゃぷんと音を立てて消えた。

「すごいな! 水の魔法か」
「ブラントン様、魔法を見るのは初めてですか?」
「ううん。新しく雇った護衛が一度見せてくれたけど……あんまり面白くなかった」

 顔を曇らせたブラントンに、ダリルは「初耳だな」と呟いた。

「どんな魔法だったんだ?」
「えっと、……雷で、飛んでいた鳥を……」

 言いかけたブラントンがハッとしたように口元を押さえた。
 ダリルの耳に届いていない、新しい護衛だという魔法使い。まだ秘匿しておきたいという狙いが第九王子側にあったのかもしれない。口を滑らせてしまったブラントンは慌てて何でもありませんと謝った。

「すみません、兄上。聞かなかったことにしてください」
「……わかった。兄弟の他愛ない雑談だ。俺もフィリアも、誰にも言わないから安心しろ」
「ええ。代わりに私がイタズラされちゃったこともここだけの秘密にしておいてくれると嬉しいわ」

 わかりました、と頷くブラントンはやはり子供らしく単純だ。最後までブラントンは言わなかったが、子供の目の前で鳥を撃ち落とすなんてロクな魔法使いじゃない。後々ダリルが調べあげるだろう。

「ただいま戻りました」

 タイミングよく手袋を手にしたイレーネが戻ってきた。その後ろにはクライヴの姿もある。

「お帰りなさい、イレーネ。……と、師匠はなんでそんなに疲れた顔してるんですか」
「うるせーな。お前の手袋探しに付き合わされたんだよ」
「フィリア様、どうぞ」

 イレーネがクライヴを無視して手袋を手渡す。元々雰囲気のよくない二人だ。何か揉めたのかなーと邪推しつつ、フィリアは新しい手袋をはめた。

「うん、ぴったり。ありがとうイレーネ」

 そう言ったフィリアの声に重なるように、広間の方から悲鳴が上がった。
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