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8、初めての警備
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「オフィーリア様、お時間です」
深夜。予定通りきっちりと部屋に来たイレーネに、フィリアは眠い目をしょぼしょぼさせながら迎え入れた。
「ありがとうイレーネ……」
「こちらがお召しかえです」
早めに床につき、予定時刻まで仮眠をとるつもりだったが、何だかんだで寝付けずに時間が来てしまった。
イレーネの方は昼間と変わらずにきびきびと動く。結い上げられた髪は昼間と同様に後れ毛ひとつない。
動きやすい服装は、はじめてダリル王子に会った時と同じようなものだ。ブーツを履き、身体を動かしてみる。
髪はイレーネが簡単に結ってくれた。緩く編み上げ、邪魔にならないようにしてくれたようだ。
「フィリア様、ロイドです。お迎えに上がりました」
「はーい。今行きます」
ノックの音に返事を返す。
イレーネが扉を開けると、彼女の姿を見てロイドは少し驚いたようだった。
「イレーネ殿……いらしたのですか」
「ええ。オフィーリア様の侍女ですから、当然のことです」
「あ、そう……ですね。失礼致しました」
表情ひとつ変えずに淡々とイレーネが答える。仕事ですから、と言わんばかりの態度にフィリアもロイドも顔がひきつったが、ロイドは気を取り直したように咳払いをひとつした。
「では、ダリル王子がお待ちですので行きましょう」
「え、ええ。イレーネ、遅くにありがとう」
「お気をつけて下さいませ」
城の廊下は夜間でもぼんやりと明るい。窓からの月明かりだけでなく、炎の魔法を応用したランプが一定間隔に配置されているからだ。揺らめく炎は、逢い引きをする男女にとっては程よく、小さな子供にとってはうつしだされる影がちょっぴり不気味にうつることだろう。
フィリアにとってはそのどちらでもなく、おおっぴらに夜間に出歩けることにわくわくしていた。まるで冒険小説のようだ。
「怖くないのですか?」
くすっと笑いながらロイドが尋ねる。
柔らかい赤毛のロイドは、確か男爵家の出だと言っていたか。強面のダリルに反して、人当たりの良さそうな青年だ。元気よく歩くフィリアを可笑しそうに見る瞳は、くりくりとした好奇心に満ちていた。
「普通は怖がるものなんでしょうね。でも、まるで冒険小説みたいだなーなんて思ってました」
「ふふっ、そこで恋愛小説に結び付かないのが面白いですね。姫君が護衛を連れて夜のお城を冒険ですか?」
「どちらかというと、魔王の城に乗り込んだ魔法使い……ですかね。これから敵と戦うぞ、って感じの」
自慢ではないが姫君と呼んでもらえるような深窓の令嬢ではない。
「魔王の城ですか。まあ、王宮の中には魔王どころではないのがゴロゴロしてますがね。……王子、フィリア様をお連れしました」
広間には数人の護衛と共に魔王――ではなく、眼光鋭い王子が仁王立ちして待っていた。どうみても主人公を待ち構えている悪役のようだ。
だが、意外と細やからしい彼は、リラックスしたフィリアの表情を見て安心したように唇を緩めた。
「初日だというのに落ち着いているな。場慣れしているというべきか」
「厳しい師匠に散々しごかれて育ってますからね」
「そうか」
ダリルが頷くと、護衛たちは要領を得たように散っていく。ダリル・ロイド・フィリアの3人は広間からでて廊下を進んだ。
フィリアたちは外ではなく、王宮の深部を警備することになる。もっとも、各王子たちの居住エリアには王宮に仕える兵たちとは別に、私的に雇った兵や魔法使いがいる。王位継承権の高い第一・第二王子などは、優秀な魔法使いを抱えているということだ。
共通エリアや、警備が軽視されがちな年若い弟王子たちの部屋へと繋がる辺りを重点的に見回っていく。
まさか初日から暗殺者と出くわすようなはめになるはずもない、と思っていたフィリアは、城の地理を覚えるような気持ちでダリルに同行していた。……のだが。
「あの、ダリル様」
「なんだ」
「警備は万全だとおっしゃいましたよね」
飛んでくる鈍器を避けながらフィリアは防御呪文を詠唱する。
「ああ、警備は万全だ。そこをついてくるのが刺客や暗殺者だ」
キン、と剣と剣を交わしながらダリルが答える。
「――それにしたって、こんなに易々と侵入されるなんておかしいでしょ!」
フィリアたち3人、対、暗殺者が5人。
フィリアが魔法で足止めをしている間にダリルが的確に仕留めていく。多分、普通のご令嬢なら卒倒ものだろうが、幸いにしてフィリアは刃物やら血やらに耐性があった。
あっという間に5人を倒すと、ロイドがすぐさま武器を取り上げて縄をかける。気がついた時に自害されては困るため、口にも猿轡を噛ませた。
「ここは王宮だぞ? 暗殺者が多いのは当たり前だ。内部に引き入れているものだって少なからずいるだろうしな」
外からではなく内から。……それは彼の兄弟の話だろうか。
ダリルが捕まえても首謀者があやふやなまま終わることもままあるという。
仕組んだのが王宮の人間なら、裁くのも王宮の人間。揉み消すのもたやすいのだろう。
「……虚しくないんですか?」
ダリルが家族を守ろうとも、家族同士が殺しあいを望んでいるのだ。
「虚しい。だが、俺がやらなくては家族が死んでいってしまうだろう?」
「ダリル様が防いでしまうから……、皆、あなたに甘えているんですよ」
殺せないとわかっていて刺客を送りあう。
フィリアは複雑な顔でダリルの顔を見上げた。
深夜。予定通りきっちりと部屋に来たイレーネに、フィリアは眠い目をしょぼしょぼさせながら迎え入れた。
「ありがとうイレーネ……」
「こちらがお召しかえです」
早めに床につき、予定時刻まで仮眠をとるつもりだったが、何だかんだで寝付けずに時間が来てしまった。
イレーネの方は昼間と変わらずにきびきびと動く。結い上げられた髪は昼間と同様に後れ毛ひとつない。
動きやすい服装は、はじめてダリル王子に会った時と同じようなものだ。ブーツを履き、身体を動かしてみる。
髪はイレーネが簡単に結ってくれた。緩く編み上げ、邪魔にならないようにしてくれたようだ。
「フィリア様、ロイドです。お迎えに上がりました」
「はーい。今行きます」
ノックの音に返事を返す。
イレーネが扉を開けると、彼女の姿を見てロイドは少し驚いたようだった。
「イレーネ殿……いらしたのですか」
「ええ。オフィーリア様の侍女ですから、当然のことです」
「あ、そう……ですね。失礼致しました」
表情ひとつ変えずに淡々とイレーネが答える。仕事ですから、と言わんばかりの態度にフィリアもロイドも顔がひきつったが、ロイドは気を取り直したように咳払いをひとつした。
「では、ダリル王子がお待ちですので行きましょう」
「え、ええ。イレーネ、遅くにありがとう」
「お気をつけて下さいませ」
城の廊下は夜間でもぼんやりと明るい。窓からの月明かりだけでなく、炎の魔法を応用したランプが一定間隔に配置されているからだ。揺らめく炎は、逢い引きをする男女にとっては程よく、小さな子供にとってはうつしだされる影がちょっぴり不気味にうつることだろう。
フィリアにとってはそのどちらでもなく、おおっぴらに夜間に出歩けることにわくわくしていた。まるで冒険小説のようだ。
「怖くないのですか?」
くすっと笑いながらロイドが尋ねる。
柔らかい赤毛のロイドは、確か男爵家の出だと言っていたか。強面のダリルに反して、人当たりの良さそうな青年だ。元気よく歩くフィリアを可笑しそうに見る瞳は、くりくりとした好奇心に満ちていた。
「普通は怖がるものなんでしょうね。でも、まるで冒険小説みたいだなーなんて思ってました」
「ふふっ、そこで恋愛小説に結び付かないのが面白いですね。姫君が護衛を連れて夜のお城を冒険ですか?」
「どちらかというと、魔王の城に乗り込んだ魔法使い……ですかね。これから敵と戦うぞ、って感じの」
自慢ではないが姫君と呼んでもらえるような深窓の令嬢ではない。
「魔王の城ですか。まあ、王宮の中には魔王どころではないのがゴロゴロしてますがね。……王子、フィリア様をお連れしました」
広間には数人の護衛と共に魔王――ではなく、眼光鋭い王子が仁王立ちして待っていた。どうみても主人公を待ち構えている悪役のようだ。
だが、意外と細やからしい彼は、リラックスしたフィリアの表情を見て安心したように唇を緩めた。
「初日だというのに落ち着いているな。場慣れしているというべきか」
「厳しい師匠に散々しごかれて育ってますからね」
「そうか」
ダリルが頷くと、護衛たちは要領を得たように散っていく。ダリル・ロイド・フィリアの3人は広間からでて廊下を進んだ。
フィリアたちは外ではなく、王宮の深部を警備することになる。もっとも、各王子たちの居住エリアには王宮に仕える兵たちとは別に、私的に雇った兵や魔法使いがいる。王位継承権の高い第一・第二王子などは、優秀な魔法使いを抱えているということだ。
共通エリアや、警備が軽視されがちな年若い弟王子たちの部屋へと繋がる辺りを重点的に見回っていく。
まさか初日から暗殺者と出くわすようなはめになるはずもない、と思っていたフィリアは、城の地理を覚えるような気持ちでダリルに同行していた。……のだが。
「あの、ダリル様」
「なんだ」
「警備は万全だとおっしゃいましたよね」
飛んでくる鈍器を避けながらフィリアは防御呪文を詠唱する。
「ああ、警備は万全だ。そこをついてくるのが刺客や暗殺者だ」
キン、と剣と剣を交わしながらダリルが答える。
「――それにしたって、こんなに易々と侵入されるなんておかしいでしょ!」
フィリアたち3人、対、暗殺者が5人。
フィリアが魔法で足止めをしている間にダリルが的確に仕留めていく。多分、普通のご令嬢なら卒倒ものだろうが、幸いにしてフィリアは刃物やら血やらに耐性があった。
あっという間に5人を倒すと、ロイドがすぐさま武器を取り上げて縄をかける。気がついた時に自害されては困るため、口にも猿轡を噛ませた。
「ここは王宮だぞ? 暗殺者が多いのは当たり前だ。内部に引き入れているものだって少なからずいるだろうしな」
外からではなく内から。……それは彼の兄弟の話だろうか。
ダリルが捕まえても首謀者があやふやなまま終わることもままあるという。
仕組んだのが王宮の人間なら、裁くのも王宮の人間。揉み消すのもたやすいのだろう。
「……虚しくないんですか?」
ダリルが家族を守ろうとも、家族同士が殺しあいを望んでいるのだ。
「虚しい。だが、俺がやらなくては家族が死んでいってしまうだろう?」
「ダリル様が防いでしまうから……、皆、あなたに甘えているんですよ」
殺せないとわかっていて刺客を送りあう。
フィリアは複雑な顔でダリルの顔を見上げた。
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