氷の魔女と春を告げる者

深見アキ

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 *


「ネージュ、いつも何を編んでるんだ?」

 ヴェスナーが住みはじめて一週間ほどたった頃、そう尋ねられた。視線の先は毛糸と編み棒がしまってある籠だ。

「別に……。やることないから遊んでるだけ。マフラーとか膝掛けとか靴下とか」

 作っても特に使う予定はない。編むだけ編んで空き部屋に放置してあるくらいだ。
 そういうとヴェスナーは「俺に作ってよ!」と声をあげた。

「俺、セーター欲しいんだよな。ネージュ、作れる?」
「作れるけど」
「じゃあ作ってくれよ! そうだなー、若草色の奴がいいな!」

 そう言うヴェスナーの服はいつも黒や茶色などの地味な色ばかりだ。旅をするのに汚れが目立たないようにするため、らしい。
 それを知っているので、若草色とは変なリクエストだなと思った。

「なんで若草色?」
「ほら、俺、地味な服ばっかりだから。ここぞと言うときに着るんだ!」
「……ここを出ていくときとか?」
「うわ、ひでえ!」

 ネージュは相変わらず冷たいなぁとわざとらしく嘆かれる。

「まあ作ってもいいけど」

 そう言うとヴェスナーは大げさに喜んだ。
 どうせならこの男を驚かせたいと凝った模様も入れてやろう。
 一週間もあれば出来るから、と言ってネージュは編み棒を手にとった。


 *


「えーっと、ネージュ。これは一体……」
「マフラーだ」
「だよな。うん、俺の目はおかしくないよな」

 一週間後。朝食の後にヴェスナーに押し付けたのは若草色のマフラーだ。

「まさかネージュ、失敗……」
「違う。なんか納得がいかなかったから今編み直してるんだ」

 誤解されては困る。ネージュの編み物の腕は玄人並だ。

 セーターは考えていた通りの模様を入れたものの、寒いからもっと目をしっかり詰めて編んだほうがいいんじゃないかとか、それなら糸の太さを変えようかとか、考えているうちにやり直しになってしまった。誰かのために作るのははじめてだから仕方がない。

 マフラーは外で雪かきをするヴェスナーの首元が寒そうなので作ったおまけだ。

 そういうとヴェスナーはマフラーをぐるぐる首に巻いた。

「おお、あったかい! さすがネージュ。セーターも期待してるぞ」
「……当たり前だ。あと3日あればセーターも出来るぞ」
「……3日かー」

 ヴェスナーが遠い目をしたのを、ネージュは見逃さなかった。

「なんだ、もう発つのか?」
「ん? いや、ネージュのセーター貰ってからにするよ」
「そうか。それなら急いで作ろう」

 発つつもりならもう少し早く言ってくれれば良かったのに。そんなことを思って、ネージュはハッとする。

(馬鹿だな。別に、いつ出ていこうがあいつの勝手じゃないか)

 ほんの一時、居候しているだけの相手だ。
 それでも、3日と宣言したからにはきちんと間に合わせるべく、黙々とセーターを編む。

 昼の時間だけでは足りず、夜も使った。
 若草色に、濃い茶色と、差し色に黄色と紫色。
 冷たい風を通さぬように目はしっかりと、でも着心地はゆったりと。

 なんだか直接渡すのが気恥ずかしくなって、約束の3日目を迎える前夜に、そっとヴェスナーの使っている部屋の前に置いておいた。

 毎日せっせと編んでいたせいで少々肩が凝っている。それでも、妙な達成感があって笑みをこぼす。明日の朝、セーターに気付いたヴェスナーが大げさに喜ぶ姿が想像できた。

 その日、ネージュはぐっすりと眠った。
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