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8、どこに引っ越そう……
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「ジャーン! ドウ? ドウ? 森の中の一軒家、畑付き、向こうニ湖もアル。温室は無理だったケド、土の状態は悪くナイよ~?」
フェイに案内された家を見渡しながら、カペラはうむむと唸った。
すぐに引っ越せそうな手ごろな空き家がないかを調べてもらっていたのだが。
「悪くはないけど……。『ザ・世捨て人の家』って感じよね。女一人で暮らしてるのが知られたら不審がられそうな……」
「カペラ贅沢! フォーマルハウト伯のお屋敷みたいに利便性のいいとこナンテ、そうそう見つからナイよ!」
「う、わ、わかっているわよ」
「後ハ、国外に出る? 適当なお家ノ養女とかにナル?」
手っ取り早く、どこかの老夫婦でも騙してしまう方法を示唆される。
それはカペラも考えたことだ。縁もゆかりもない土地に行き、記憶喪失で……とか何とか言って転がり込み、薬で好感度を上げ、そのまま居ついてしまえばいい。
「……うーん……」
「もしくハー、アノ騎士に惚れ薬大量に飲ませちゃえ!」
フェイの言う「あの騎士」とはシリウスのことだ。
「無理よ。《魔女狩り》相手に」
「エ~、でもでも、正体知ってるクセにカペラの事、匿ってくれてるんデショ? 結婚前はベタ惚れされてたんデショ? 今カラでも遅くナイ! 一服盛っちゃえ!」
「盛らないわよ」
肩を竦めたカペラは、とりあえず引っ越し先は保留にしてもらって帰ることにした。物件としては気に入らないが、国外に出るとなると一か月やそこらで植物を移動させるまでは不可能だ。
空が白み始める前にシリウスの屋敷に帰り、そっと温室に滑り込む。
あと少ししたらアデールかトムが起き出してくる時間だ。「まあ、カペラ様、こんなに朝早くお目覚めで……」「早くに目覚めてしまったので植物の世話をしていたんです」。――よし、この言い訳でいこう。
思った通り、あちこちの窓を開け始めたアデールがカペラの姿に気づいた。
「まあ、カペラ様。こんなに朝早くからお目覚めですか?」
カペラはにっこりと微笑む。
「ええ。少し早く起きてしまったので、温室にいたんですよ」
薬を使わなくても、わたしはうまく騙せている。
どこへいっても、何をしても、こうして偽って暮らしていくしかないのだ。わたしは、魔女だから。
◇
「最近は毎日お帰りなんですね、シリウス様」
夕刻。仕事を終えて帰って来たシリウスを迎えてそう言うと、むっと眉を顰められた。
「自分の屋敷に帰ってきて何がおかしい?」
「いーえー? 『坊ちゃまは放っておくと何週間も帰ってこない』ってアデールさんが言ってたので~」
「俺の留守中にお前が妙なことをしていないかのチェックだ」
冷たく言われて肩を竦める。
結婚前の前情報ではろくに家に帰ってこないと言う話だったのに、シリウスは毎日帰ってきている。それでも忙しいのには変わりがないのか、昼や夕刻に一時帰宅をして、夜には仕事に戻っていくことが多かった。
必然的にカペラの『活動時間』も夜から明け方になる。
昼間はアデールたちの目もあるため、家事の手伝いをしたり、フォーマルハウト家に戻って家財道具の整理などをして過ごしていた。
「お前にこれをやろう」
「? なんですか、これ」
ファイリングされた書類を受け取ると、中は地図や空き家情報などがメモされた物件のリストだった。
「家探しを協力してやるといっただろう? 王都近郊の庭付きの空き家情報だ」
「……わ~……、うれし~……。ここに住めば、《魔女狩り》はわたしを監視し放題ってわけですね~」
絶対住むもんか。
イラッとしながら微笑んだカペラの頬にシリウスの手が伸びた。
目の下を親指で擦られてきょとんとしてしまう。
「……具合が悪いのか?」
「え? なぜです?」
「目の下に薄くクマができている。化粧で病弱アピールをしているわけでもなさそうだな……」
「あ、ああ……」
確かに寝不足ではあった。
もちろん、化粧でクマを描いているわけでもなく、肌も少し荒れていて……――いや、デリカシー! と内心で激しく突っ込む。
(乙女の顔にクマできてるって……、しかも、何許可なく肌に触ってるんですか! ……こういう人よね、シリウス様って!)
下心などなさそうな、思わず気になって手が伸びてしまいましたみたいな無骨な優しさは、……婚約していた時からそうだった。
あの時はもう少し取り繕った口調で、「顔が赤いが大丈夫だろうか。今日は日差しが強いからな……」とか言いながらも、カペラの手を引いて木陰に連れて行ったりしてくれた。病弱だと言うカペラの嘘を信じ切っていたために、カペラの顔色に人一倍敏感だったのだ。
「……ご、ご心配なくっ。さっさとこのお屋敷を出て行けるように、忙しくしているだけです!」
「……ということは、お前、夜な夜な出歩いて……」
「当たり前じゃないですか。日中は人目もあるし、空飛んだ魔女が目撃されたら通報されちゃうでしょ」
そう言うとシリウスは呆れたように溜息をついた。
「ちゃんと寝ろ」
「寝てますよ。日中に仮眠を……」
「そうじゃなくて、ベッドに入ってきちんと休めと言っているんだ。一か月……を多少オーバーしても多めに見てやる。倒れられでもしたら迷惑だからな」
冷たい口調なので分かりにくいが、どうやら体調を案じてくれているらしい。
シリウスの立場的に、魔女の滞在を歓迎できるわけではないだろうが。
(この人、本当に甘いよなぁ)
フェイから惚れ薬の使用を勧められたが、その必要すらないのではないかと思う。
それくらい、優しくて良い人だから……。
(早く新しいお嫁さんをもらって、真っ当に幸せになるべき人だわ)
……そんなふうに思う。
フェイに案内された家を見渡しながら、カペラはうむむと唸った。
すぐに引っ越せそうな手ごろな空き家がないかを調べてもらっていたのだが。
「悪くはないけど……。『ザ・世捨て人の家』って感じよね。女一人で暮らしてるのが知られたら不審がられそうな……」
「カペラ贅沢! フォーマルハウト伯のお屋敷みたいに利便性のいいとこナンテ、そうそう見つからナイよ!」
「う、わ、わかっているわよ」
「後ハ、国外に出る? 適当なお家ノ養女とかにナル?」
手っ取り早く、どこかの老夫婦でも騙してしまう方法を示唆される。
それはカペラも考えたことだ。縁もゆかりもない土地に行き、記憶喪失で……とか何とか言って転がり込み、薬で好感度を上げ、そのまま居ついてしまえばいい。
「……うーん……」
「もしくハー、アノ騎士に惚れ薬大量に飲ませちゃえ!」
フェイの言う「あの騎士」とはシリウスのことだ。
「無理よ。《魔女狩り》相手に」
「エ~、でもでも、正体知ってるクセにカペラの事、匿ってくれてるんデショ? 結婚前はベタ惚れされてたんデショ? 今カラでも遅くナイ! 一服盛っちゃえ!」
「盛らないわよ」
肩を竦めたカペラは、とりあえず引っ越し先は保留にしてもらって帰ることにした。物件としては気に入らないが、国外に出るとなると一か月やそこらで植物を移動させるまでは不可能だ。
空が白み始める前にシリウスの屋敷に帰り、そっと温室に滑り込む。
あと少ししたらアデールかトムが起き出してくる時間だ。「まあ、カペラ様、こんなに朝早くお目覚めで……」「早くに目覚めてしまったので植物の世話をしていたんです」。――よし、この言い訳でいこう。
思った通り、あちこちの窓を開け始めたアデールがカペラの姿に気づいた。
「まあ、カペラ様。こんなに朝早くからお目覚めですか?」
カペラはにっこりと微笑む。
「ええ。少し早く起きてしまったので、温室にいたんですよ」
薬を使わなくても、わたしはうまく騙せている。
どこへいっても、何をしても、こうして偽って暮らしていくしかないのだ。わたしは、魔女だから。
◇
「最近は毎日お帰りなんですね、シリウス様」
夕刻。仕事を終えて帰って来たシリウスを迎えてそう言うと、むっと眉を顰められた。
「自分の屋敷に帰ってきて何がおかしい?」
「いーえー? 『坊ちゃまは放っておくと何週間も帰ってこない』ってアデールさんが言ってたので~」
「俺の留守中にお前が妙なことをしていないかのチェックだ」
冷たく言われて肩を竦める。
結婚前の前情報ではろくに家に帰ってこないと言う話だったのに、シリウスは毎日帰ってきている。それでも忙しいのには変わりがないのか、昼や夕刻に一時帰宅をして、夜には仕事に戻っていくことが多かった。
必然的にカペラの『活動時間』も夜から明け方になる。
昼間はアデールたちの目もあるため、家事の手伝いをしたり、フォーマルハウト家に戻って家財道具の整理などをして過ごしていた。
「お前にこれをやろう」
「? なんですか、これ」
ファイリングされた書類を受け取ると、中は地図や空き家情報などがメモされた物件のリストだった。
「家探しを協力してやるといっただろう? 王都近郊の庭付きの空き家情報だ」
「……わ~……、うれし~……。ここに住めば、《魔女狩り》はわたしを監視し放題ってわけですね~」
絶対住むもんか。
イラッとしながら微笑んだカペラの頬にシリウスの手が伸びた。
目の下を親指で擦られてきょとんとしてしまう。
「……具合が悪いのか?」
「え? なぜです?」
「目の下に薄くクマができている。化粧で病弱アピールをしているわけでもなさそうだな……」
「あ、ああ……」
確かに寝不足ではあった。
もちろん、化粧でクマを描いているわけでもなく、肌も少し荒れていて……――いや、デリカシー! と内心で激しく突っ込む。
(乙女の顔にクマできてるって……、しかも、何許可なく肌に触ってるんですか! ……こういう人よね、シリウス様って!)
下心などなさそうな、思わず気になって手が伸びてしまいましたみたいな無骨な優しさは、……婚約していた時からそうだった。
あの時はもう少し取り繕った口調で、「顔が赤いが大丈夫だろうか。今日は日差しが強いからな……」とか言いながらも、カペラの手を引いて木陰に連れて行ったりしてくれた。病弱だと言うカペラの嘘を信じ切っていたために、カペラの顔色に人一倍敏感だったのだ。
「……ご、ご心配なくっ。さっさとこのお屋敷を出て行けるように、忙しくしているだけです!」
「……ということは、お前、夜な夜な出歩いて……」
「当たり前じゃないですか。日中は人目もあるし、空飛んだ魔女が目撃されたら通報されちゃうでしょ」
そう言うとシリウスは呆れたように溜息をついた。
「ちゃんと寝ろ」
「寝てますよ。日中に仮眠を……」
「そうじゃなくて、ベッドに入ってきちんと休めと言っているんだ。一か月……を多少オーバーしても多めに見てやる。倒れられでもしたら迷惑だからな」
冷たい口調なので分かりにくいが、どうやら体調を案じてくれているらしい。
シリウスの立場的に、魔女の滞在を歓迎できるわけではないだろうが。
(この人、本当に甘いよなぁ)
フェイから惚れ薬の使用を勧められたが、その必要すらないのではないかと思う。
それくらい、優しくて良い人だから……。
(早く新しいお嫁さんをもらって、真っ当に幸せになるべき人だわ)
……そんなふうに思う。
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