38 / 62
シェイテの慈悲
狩人だったんだ
しおりを挟む
メイナは椅子に座り足をぶらつかせ、ライリが暖炉で湯を沸かすのを見た。
ライリは手際よく火を熾すと、水を入れた鍋を台に置いた。鍋の水には気泡が立ち始めている。
となりに座るリティは黙ったまま、まだライリへの警戒を解いていない様子だ。
メイナはふと、アズナイがいた日々のことを思った。アズナイもたまに、薬草の煎じ茶を淹れてくれた。
『さあ、薬だと思って飲むんだ。体を温めて、病を払ってくれるんだ』
そんな風に供された、アズナイの煎じ茶は苦かった。そのぶん、においは格別に香ばしかった。――メイナはその味を舌の上に思い出す。
ふとリティを見ると、なぜか目を細めて、テーブルに視線を落としていた。メイナは心の中でつぶやく。
(きっと、同じことを思ってるんだね、リティ……)
ライリは布に黒麦を包むと、それを鍋の湯に浸した。しばらくすると黒ずんだ包みを引き上げ、三つの木のコップに茶が注がれた。深く香ばしい匂いが漂ってきた。
「お待たせ。熱いから気をつけて」
ライリはそう言うと、テーブルにコップを並べた。
メイナは音をたてながら少しずつ茶を吸い込んだ。
一方でリティは戸棚に視線を向けていた。その視線の先には、小ぶりのナイフと、反り刃の短剣があった。
ライリは微笑しながら言った。
「ああ、物騒で悪かったね……。今朝方、刃物を研いで、そこで乾かしてたんだよ。まさか、こんな茶会が催されるとは思ってもみなかったからさ」
するとライリは立ち上がって、戸棚の前に移動すると、「さて、片付けるとしよう」と呟いた。
そこで、ずっと黙っていたリティが口を開いた。
「変わった短剣ですね」
メイナはあらためて短剣を見た。たしかに反った片刃の短剣はなかなか見ない気がした。それに、刃の根本の三日月の刻印も特徴的だ。
ライリはにっこりと笑って、その短刀を布にくるんで棚の隅に置いた。ついで横のナイフをとって、暖炉の横の小棚の上に移した。――きっと、そこが本来の置き場所なのだろう。
リティはライリの行動をずっと目で追っていた。ライリは席に戻ると、コップを手にして口につけた。茶を飲み下すと、
「僕は昔から、狩人をしていね。もっとも、氷の年のあとは、獲物なんていないけどさ。獲物を処理したり、枝を払ったり、あの短剣にはお世話になったよ。森に入るときは、いまでもたまに持っていくよ」
「そっかー。狩りなら得意そうだね。すばしっこそうだよね!」
「逃げ足だけは誰にも負けないよ。ふふっ」
そうしてライリはコップの茶を飲むと、さて、と続けた。
「きみたちは、北に向かっているのかい?」
メイナはうなずいて、
「そうだよ。人を探してね」
「なるほど。それにしたって、氷の年をよく、生き抜いたものだよ。雪ネズミだって凍えるあの年を」
「あー、それね。師匠に、守ってもらったんだ。結晶のアズナイって、知ってる?」
「おお、夜風にかけて! 聞いたことがあるよ。王都じゃ、仕事の仲間も一目置いていたよ」
メイナは少しいい気分になって、にやけながら茶の残りを飲んだ。沈んでいた麦の粒が口に入ってきて、それを指でとった。
「つまり、こういうことかい。きみたちは、お師匠のアズナイ殿を探して、北に向かっていると」
メイナは顔を上げて、
「まあね。ライリさんは、氷の年の前にアズナイさまを見た? ここら辺も、通ったかもしれなくて……」
ライリは申し訳なさそうに首を振った。
「いいや、あいにくだね。氷の年の前は、この辺りにいなかったから」
ライリは手際よく火を熾すと、水を入れた鍋を台に置いた。鍋の水には気泡が立ち始めている。
となりに座るリティは黙ったまま、まだライリへの警戒を解いていない様子だ。
メイナはふと、アズナイがいた日々のことを思った。アズナイもたまに、薬草の煎じ茶を淹れてくれた。
『さあ、薬だと思って飲むんだ。体を温めて、病を払ってくれるんだ』
そんな風に供された、アズナイの煎じ茶は苦かった。そのぶん、においは格別に香ばしかった。――メイナはその味を舌の上に思い出す。
ふとリティを見ると、なぜか目を細めて、テーブルに視線を落としていた。メイナは心の中でつぶやく。
(きっと、同じことを思ってるんだね、リティ……)
ライリは布に黒麦を包むと、それを鍋の湯に浸した。しばらくすると黒ずんだ包みを引き上げ、三つの木のコップに茶が注がれた。深く香ばしい匂いが漂ってきた。
「お待たせ。熱いから気をつけて」
ライリはそう言うと、テーブルにコップを並べた。
メイナは音をたてながら少しずつ茶を吸い込んだ。
一方でリティは戸棚に視線を向けていた。その視線の先には、小ぶりのナイフと、反り刃の短剣があった。
ライリは微笑しながら言った。
「ああ、物騒で悪かったね……。今朝方、刃物を研いで、そこで乾かしてたんだよ。まさか、こんな茶会が催されるとは思ってもみなかったからさ」
するとライリは立ち上がって、戸棚の前に移動すると、「さて、片付けるとしよう」と呟いた。
そこで、ずっと黙っていたリティが口を開いた。
「変わった短剣ですね」
メイナはあらためて短剣を見た。たしかに反った片刃の短剣はなかなか見ない気がした。それに、刃の根本の三日月の刻印も特徴的だ。
ライリはにっこりと笑って、その短刀を布にくるんで棚の隅に置いた。ついで横のナイフをとって、暖炉の横の小棚の上に移した。――きっと、そこが本来の置き場所なのだろう。
リティはライリの行動をずっと目で追っていた。ライリは席に戻ると、コップを手にして口につけた。茶を飲み下すと、
「僕は昔から、狩人をしていね。もっとも、氷の年のあとは、獲物なんていないけどさ。獲物を処理したり、枝を払ったり、あの短剣にはお世話になったよ。森に入るときは、いまでもたまに持っていくよ」
「そっかー。狩りなら得意そうだね。すばしっこそうだよね!」
「逃げ足だけは誰にも負けないよ。ふふっ」
そうしてライリはコップの茶を飲むと、さて、と続けた。
「きみたちは、北に向かっているのかい?」
メイナはうなずいて、
「そうだよ。人を探してね」
「なるほど。それにしたって、氷の年をよく、生き抜いたものだよ。雪ネズミだって凍えるあの年を」
「あー、それね。師匠に、守ってもらったんだ。結晶のアズナイって、知ってる?」
「おお、夜風にかけて! 聞いたことがあるよ。王都じゃ、仕事の仲間も一目置いていたよ」
メイナは少しいい気分になって、にやけながら茶の残りを飲んだ。沈んでいた麦の粒が口に入ってきて、それを指でとった。
「つまり、こういうことかい。きみたちは、お師匠のアズナイ殿を探して、北に向かっていると」
メイナは顔を上げて、
「まあね。ライリさんは、氷の年の前にアズナイさまを見た? ここら辺も、通ったかもしれなくて……」
ライリは申し訳なさそうに首を振った。
「いいや、あいにくだね。氷の年の前は、この辺りにいなかったから」
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
婚約者の浮気相手が子を授かったので
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。
ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。
アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。
ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。
自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。
しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。
彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。
ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。
まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。
※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。
※完結しました
王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。
選ばれたのは美人の親友
杉本凪咲
恋愛
侯爵令息ルドガーの妻となったエルは、良き妻になろうと奮闘していた。しかし突然にルドガーはエルに離婚を宣言し、あろうことかエルの親友であるレベッカと関係を持った。悔しさと怒りで泣き叫ぶエルだが、最後には離婚を決意して縁を切る。程なくして、そんな彼女に新しい縁談が舞い込んできたが、縁を切ったはずのレベッカが現れる。
[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
さよなら私の愛しい人
ペン子
恋愛
由緒正しき大店の一人娘ミラは、結婚して3年となる夫エドモンに毛嫌いされている。二人は親によって決められた政略結婚だったが、ミラは彼を愛してしまったのだ。邪険に扱われる事に慣れてしまったある日、エドモンの口にした一言によって、崩壊寸前の心はいとも簡単に砕け散った。「お前のような役立たずは、死んでしまえ」そしてミラは、自らの最期に向けて動き出していく。
※5月30日無事完結しました。応援ありがとうございます!
※小説家になろう様にも別名義で掲載してます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる