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冬の向こう

火熾し

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 リティは昼間の街道を歩いていた。背後からはメイナの足音がずっとついてきている。

 街道の敷石は緩やかにうねりながら、遥か北まで続いている。

 そしてその先には、聖地ファナスがあるとされる、北の山脈が連なっている。

 リティは遠い山々を見ながらつぶやいた。

「まだまだ遠いねえ。この旅って、どうなるのかな……」

 すると、すぐななめ後ろからメイナの声がした。

「考えても仕方ないよ! 歩いていかなきゃ、わかんないよ!」


 メイナの様子がおかしくなったのは、昼過ぎのことだ。咳をしはじめ、足取りが辿々しくなっていった。

「ちょっと、大丈夫?」

 リティが呼び掛けると、メイナは頬を赤らめ、ぼんやりとした鼻声で答えた。

「どうだろ……。大丈夫だよ……」
「え、ぜんぜん大丈夫じゃなさそうだよ」

 そう言ってリティは街道を行きながら、家や神殿などの建物を探しはじめた。やがて、道から外れた丘の上に家を見つけた。

 クリーム色のレンガが積まれた、小さいが堅牢そうな家だった。


「おじゃまします……」

 と、リティは入り口のささくれだった木の扉を引いた。軋んだ音をたてて扉が開くと、中の光景が露わになった。

 薄暗い屋内の中央にはテーブルが置かれ、奥には暖炉と、広めのベッドがある。二、三人が暮らせそうな家だった。窓は木の板で塞がれていた。

 窓板や扉が守ってくれたせいか、内部はさほど荒れてはいなかった。

 それでもよく見ると、床やベッドには葉っぱや埃や土が溜まっていた。

「ちょっと待ってて。片付けるから」
「わかったよ……。ありがと……」

 メイナはへたりこむように家の横に座ると、バックパックを背もたれにして、目を閉じた。顔が赤く熱があるようだ。

 リティは急いで家に入ると、右手にあったほうきを取って、床を掃きはじめた。その後、外側に周って、窓に打ちつけた板を引っこ抜いた。

 ベッドには藁袋が積まれていたが、湿っていたため外に持っていった。代わりにバックパックから、ぎゅうぎゅうに圧縮した藁袋を出して膨らめ、その上に自身の黒いマントをかけた。

 それから外にいるメイナの元へ行った。

「お待たせ。メイナ、立てる? ひとまず、横になりなさい。薬草のお茶を作るから」
「うん……」


 リティはメイナをベッドに寝かせた。メイナは浅く早い呼吸を繰り返し、いかにも苦しそうだ。


 リティは暖炉の前に移動して座り込み、火おこしの道具を取った。

 バックパックの中には一応、火打石や火打金があった。

 火熾しは苦手だったが、いまのメイナに頼ることはできない。

 右手の火打石を、なんどもなんども振り下ろした。そのたびに、左手の火打金から火花が落ちる。

 その下には、キノコの繊維が載った木皿が置かれている。繊維に火が移るまで、右手を繰り返し振り下ろす。

『リティ、その調子だよ。強く正確に、振り下ろすんだよ。ほら、火口ほくちのキノコに、うまく火を落として。あきらめないで』

 どこからともなく、アズナイの声が聞こえてくるようだ。

(わたしは、苦手だからなあ。アズナイさまはあんなに教えてくれたけれど。ぜんぜんダメじゃない。こんなに苦労して。やっぱり、わたしには無理かも……)

 リティは心の中でぼやきながら、ずっと火打石と格闘していた。手が痺れて皮が剥けても続けた。

 それでもついに、キノコの繊維に火が移り、煙が立ち昇った。

「やった、ついた!」

 思わずリティは腰を浮かした。


 痛む両手をもみほぐしながら、リティはしばらく暖炉の火を見ていた。ほんとうに火を熾すだけでも一苦労だ。

 一息ついたあと、リティはバックパックに縛りつけたフライパンを取って、そこに水筒の水を流し込んだ。フライパンで湯を沸かすつもりだ。

(あとは、薬草があったはず。風邪に効くはずの……)



「ほら、飲みなさい」

 リティはメイナに木のコップを差し出した。

 メイナは半分体を起こして、「ん、ありがと……」と怪しい呂律でつぶやいてコップを受け取った。それを口元に運ぶと、

「苦いー……」

 そう言って舌を出した。

「風邪に効くからさ。我慢して飲みなよ。ね?」
「うん。わかってるよ……」

 メイナは目をつむって、コップの中身を飲み干してくれた。

「ねー。飲んだよ。うう、気持ち悪い……」

 メイナは限界とばかりに、またベッドに倒れ込んだ。
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