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第1話 窮地と記憶
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「はぁ……はぁ……」
木陰に隠れ、乱れた息を必死に静めようとする。
ロッドは猪頭人の集団に追われ窮地に陥っていた。
冒険者であるロッドは2日前にパーティーへの臨時加入の勧誘を受け、本日そのパーティで大森林と言われている森の一角まで猪頭人狩りに来ていた。
当初は順調に狩りが進んだが、猪頭人が想定以上に増えていた為か戦闘中に別の猪頭人の群れにパーティーリーダーが遭遇した。
猪頭人に囲まれそうになったパーティーはロッドを置いて別の方角に撤退してしまったのだ。
戦うという選択肢は取れない…
ロッドは小柄で中性的な顔、髪も肩下あたりまで伸びており一見すると少女のような見た目である。
そしてその見た目以上に筋力が無く、力も弱いため武器としては比較的軽い小剣でも思うように振れなかった。
弓も満足に引けず、魔力もほとんど無いため魔法も使えず、食料など少量の荷物持ちしか出来なかった。
戦闘力はほぼ無いと言って良い。
ロッドがパーティーに貢献出来るのは事前の物資調達や調べ物、野営の準備や夜間の見張り、荷物持ちなどに限られており、その能力の低さから殆どの冒険者にはお荷物とみなされていた。
そのため何処のパーティーにも入れて貰えずギルドの下働きなどで日々の生活の糧を得ていたのだ。
今この状況を思えば、臨時のメンバーとして雇ってくれたパーティーもいざという時にこの様に切り捨てる為だったのだと考えられた。
リーダーは変わったが以前所属していた若いパーティのため、変わらず仲間のように思ってくれているとロッドは勝手に思っていたが違ったようだ。
その中には特に仲の良い子もいたはずなのだが…
ロッドはじっと息を潜めつづける。
自分がこちらの方角に逃げたのは少し前に猪頭人達に見られている。
ほぼ全方向を囲まれている為いずれ見つかり次第殺されてしまうだろう。
ロッドは逃げ足にも自信が無い。恐怖でジワジワと胸が締め付けられる。
やがて包囲を縮めてきた猪頭人数匹が真っ直ぐこちらに向かって来た。
(見つかった? もう駄目だ……)
半ば諦めたその時、小さな鳥が何処からかもの凄いスピードで飛んできて猪頭人達の目の前を急カーブを描いて旋回した。
小鳥は注意を引くように周囲を飛び回った後、最初にいた猪頭人目掛けて飛び込み、すれ違いざまに片目を羽で切り裂いた。
「グモォー!」
片目を裂かれた猪頭人が痛みと怒りで咆哮する。
周囲の猪頭人達も集まって来て、それぞれこん棒を振り回すが小鳥は絶妙な位置にいて当たらない。
仲間を殴ってしまった猪頭人もいた。
小鳥はするすると猪頭人の間を馬鹿にするように飛び回った。
ロッドがあっけに取られてそれを見ていると、足元に小さな生き物が現れた。
クリクリッとしたカワイイ目をしており、とても弱そうに見える。
(ネズミのモンスター?)
見ると今のうちにとでも言うように、手をある方向に向けピンピンと振り、ロッドに動くよう促している。
(ついて来てくれって事なのか?)
ロッドは一瞬考えた後、腰と頭を屈めたままネズミに付いて行った。
ーーーーー
小鳥の陽動とネズミの案内で猪頭人の包囲を抜け、さらに森の奥に入りしばらく歩くと古びた小さな祠がある場所に辿り着いた。
祠は人が入れるか入れないかぐらいの微妙な大きさで、あちこちの木材がひび割れており全く手入れがされていないように思えた。
そうして辺りを見回しているうちにさっきの小鳥がいつの間にか戻ってきたのが見え、ネズミの近くで羽ばたいて地面に降りる。
祠の周りは広範囲に渡って草木が全く生えておらず、ここに着いてから森特有の木々のざわめきや虫の音もなぜか聞こえなくなっていた。
この静かな場所までくればもう猪頭人に見つかる事はないだろうと思えたロッドは自分を助けてくれたのであろう2匹をよく観察する事にした。
ネズミはずんぐりとした体型で、全体的には白色だが顔や体の一部は茶色で尻尾は極端に短い。
弱そうであまりモンスターという感じではない。
小鳥は緑色の胴体に、頭や羽の一部は黄色も混ざった感じの色をしており、とても鮮やかである。
「君たちはいったい…」
ロッドは自分の考えをまとめる為に、独り言のようにネズミと小鳥に問いかけた。
「ゴシュジン サマ」
「!」
小鳥が喋ったので、びっくりしたロッドは一歩後ずさる。
「しゃ…しゃべれるの?」
小鳥は小さく頷きおじぎをする。
「ハイデス。ゴシュジン サマ」
会話が成立している事に唖然とし、しばし放心したロッドであったがやがて気を取り直すとまずはお礼を述べた。
「ご主人様というのはわからないけど、君達のおかげで本当に助かったよ。ありがとう」
ロッドがにっこりと微笑みそう言うと、小鳥は嬉しそうに高い声で「チュリッ」と鳴き、ネズミは喋れないようだが二本の足で立ち上がり、パチパチと手を合わせた。
安心したロッドは地面にベタッと座り込み、息を深くついた。
(もう駄目かと思ったけど、なんとか助かった……早く街に帰らないと……)
「僕の名前はロッドっていうんだ。君たちは一体何者なんだい?」
ロッドの問いかけに、ネズミと小鳥は揃って祠を指差すような仕ぐさをした。
「この祠? 一体何だろう?」
ロッドは立ち上がって祠に近づき、恐る恐る手で触ってみた。
その瞬間、祠が眩しい光を放ち目を開けていられなくなった。
ーーーーー
眩しさが無くなり目を開けるとそこは森の中ではなく、全てが真っ白な場所であった。
少し離れた正面に杖をついた老人が立っている。
老人は荘厳な模様のある高価そうな白いローブを纏い、厳しそうだが優しさも含んだ瞳でロッドを見つめる。
傍らには白いローブを着た美しい少女もいた。
「だ、誰ですか?ここは一体……」
ロッドは急に変わった場所といきなり目の前に現れた老人と少女に驚き、尋ねる。
老人は一拍置くと深みある声で話し始めた。
「ようこそ神域へ。ワシはこの世界を司るイクティスという神だ。この世界の創造神でもある」
「えっ。あなたは神様なのですか?」
それを聞いたロッドは恐ろしくなり、すぐさまその場で平伏する。
「よいよい平伏などせんで。そもそも、お主はワシの血に連ならる者、子孫なのじゃ。遠い遠い気の遠くなるほど遠い血縁じゃがな。訳あってお主をこの世界に招いたのじゃ」
神を名乗る老人が自分の遠いご先祖様であるとの事を聞いたロッドは、理解が追いつかずに顔だけを上げて混乱した。
(招いたとか、ご先祖様だとか……)
「これだけでは良くわからないようじゃな。まずはそうじゃな理解させるためにお主の前世の記憶と、ついでに封印した力を戻すとしよう」
神はそう言うとロッドに手を貸して立ち上がらせ、傍らの少女に杖を任せ、そのままロッドの額にゆっくりと手を翳す。
ロッドはこれから自分に何をされるのかわからないので、怖くてギュッと目を閉じた。
そして神の手の平から、一筋の雷光のような線が一瞬だけ伸びて、シュッと額に吸い込まれる。
それと同時に身体が赤く光った後、何か黒いモヤのような物がロッドの体から湧き出るように出て消える。
ロッドはその刹那、前世で経験してきた様々な光景を見た。
地球……日本で過ごした幼年期…少年期……青年期……社会人になり……
そして意識が我にかえる。
(俺は……)
「思い出したか? 前世の記憶を」
神が少女から預けていた杖を受け取り、微笑しながらロッドに問う。
「思い出した! 俺はあの日、仕事から帰って気分が悪くなり、ベッドに横になっていて……そして……死んだ?」
独り言のようにロッドが呟く。
ロッドは前世の記憶を取り戻した。
結果、人格が全て前世に戻ったという事でもなかったが、様々な記憶を取り込んである種入り混じった人格に変化した。
高度な教育を受けた記憶を持ったため、今なら神の言う事も十分理解出来た。
「そうじゃ。残念ながらお主は地球ではその生を終えた。その後地球の神の取り計らいでワシの世界に招いたのじゃ」
「そうだったんですか…なぜ俺を?」
「ワシの造ったこの世界に異界から邪悪な神が入り込んでな。
このまま行くと今すぐではないが、遠からずこの世界は滅ぼされてしまうじゃろう。そういう未来が視えた。
理解出来ないかも知れんが、その様な事が目的の神もいるという事じゃ。
端的に言えばこの世界を守護してもらう為に、呼んだという事になる」
「それは、あなたの…神様の力で何とかならないのですか?」
「神が直接的に世界に介入する事は、より上位の存在により禁じられておるのじゃ。ワシの味方となる従属神達も、今は皆別の世界に修行に行っており、恐らくあと千年近くは戻ってこない」
「…」
「奴らは異界の力で、魔物を増殖して人間の生存圏を脅かしたり、生贄を使って強大な名前付きの悪魔を何体も召喚させている。
ワシの視た未来では、人間や亜人はいずれ全て絶滅させられ、悪魔や魔物だけが我が物顔で闊歩する世界となってしまっていた。
恐らく他にも何かあるんじゃろう。
それでどうしようかと悩んでいたが、兄でもある地球の神がワシの血を濃く引く子孫の魂が見つかり、天に召されたのを知らせてくれた。
ワシの血縁者であればこの世界では強い力を持つ事が出来る。
その力で未来を正常化出来るかもしれない。
そういう経緯でお主をこの世界に招いたのじゃ」
「でも現世での俺は全然強くないし、この世界を護るなんてとても……」
「それはワシのせいじゃ。
転生させた後成長する前に邪悪な者どもにお主の存在を嗅ぎつけられないように魔力はほぼ無くし、力も相当に縛る封印を掛けておった。
先ほど記憶を戻す時に一緒に封印も解いた。
どうじゃ?体が軽くなったじゃろう」
「そいうえば……」
ロッドは拳を握りしめ己の力を確認すると、かつて無い程の力に溢れている事に気付いた。
「但し、それだけだと邪神の下僕の強大な悪魔などには殺られてしまうじゃろう。そこでお主には別の力も授けようと思う」
ロッドは首を傾げる。
「別の力?」
「左様。普通は人間には扱えない力じゃ。これからワシの魂の一部をお主に与える。それにより神に近づいた存在になる事で、様々な超能力を使えるようになるじゃろう。これは誰にでも出来る訳ではなく、自分の血を引く者にしか与えられないのじゃ。単に遠い血を引くだけでもダメじゃが、お主は先祖返りのように濃い血を引いているようじゃ。その為にお主に来てもらったんじゃ」
「超能力……スプーン曲げたり、念写したりとかの……」
「もっと直接的な力もあるんじゃ! その力を駆使してお主にこの世界の守護を頼みたい」
「……俺に選択権はあるのでしょうか?」
「もちろんあるが、無断でこの世界に転生させておいてなんじゃがなんとか頼みたい。
今すぐに世界がどうこうという話でも無いし、基本的には好きに生きて良い。
自分の国を作るでも、気に入らない国を滅ぼすでも良いじゃろう。
だがいずれ訪れるであろう世界全体の滅びを回避するための行動を、取って欲しいんじゃ。
お主では恐らく神を滅ぼす事は出来ないが、場所とその所業が明らかになれば、限定的にだがワシの力を代行で振るう事も出来る。
滅ぼせないまでも、追い出す事はできるじゃろう。
この世界の守護に協力してくれるなら、お主の望みを何でも聞こう」
「……わかりました。もう既にこの世界に転生しまっている事ですし、お受けします。望みはいくつかあると思いますが……」
「ここからは交渉じゃな」
神が嬉しそうに手を軽く一振りすると小さい円卓と椅子が、もう片方の手を振ると飲み物なども現れた。
ーー
ロッドは飲み物を頂いてくつろぎつつ、考えを纏める。
そして自分の中で最低限譲れない条件に絞って決めた要望を話した。
「まず前世に残してきた家族ですが、俺がいなくても困らないように幸せになれるようにして欲しいと思います。
それと、記憶が戻ったからには、この世界でも地球の食べ物などが入手出来るようにして欲しいです。俺の望みはこの2点です」
それに対し、神はまるで前もって答えがわかっていたようにスラスラと答える。
「うむ。よろしい。
お主の家族は、既に地球の神に前もってそれぞれ良い人生を送れるように頼んであるんじゃ。心配はいらん。さて、地球の物じゃがさすがに無制限とはいかないが、取り寄せが出来るようにしよう」
神は虚空に手を入れ、銀色のなんの変哲もない指輪を取り出し、テーブルの上に乗せた。
「この指輪を嵌めて心で願えば、指輪と繋がっている亜空間に、地球から取り寄せた物が保存される。
そして見える範囲で出したい所を指定すれば、具現化できるんじゃ。
但し、無制限にする訳には行かないのでポイント制になっており、今はサービスでワシの取っておきのお宝を交換しておいたので、1億ポイント分が取り寄せ可能じゃ。
このポイントはお主のいた日本円と等価だと思ってくれれば良い。
買える物のポイント数は、あまり厳密ではなくワシが適当に付けた値段になる。
今後もこの世界で不要となる物を交換すれば、ポイントを増やす事が出来るじゃろう。
但し、自分が正統な権利を持つ物でないとダメじゃぞ。
少し使ってみると良い」
「思ったより凄い性能ですね。ありがとうございます」
ロッドは少し興奮しつつ指輪を手に取り右手の人差し指に嵌め、缶コーヒーが欲しいと思い浮かべる。
《150ポイントを消費します。よろしいですか?》
機械的な声が心の中で聞こえ、どういう訳か商品の映像も確認できる。
複数ある選択肢から選ぶ事も出来るようだ。
心の中でYesと答えると、指輪に缶コーヒーが保存されたのがわかった。
そしてテーブルの上を指定して取り出す。
ロッドは久しぶりに見る缶コーヒーに驚き、そして感動した。
「おおお凄い!」
次に缶コーヒーを指定して指輪に戻るよう願ってみると、缶コーヒーが消えて指輪に入ったのがわかる。
「やはり収納としても使えるんですね」
神はニヤリと微笑み、説明する。
「その通り。収納の重量や容量の制限は無いが、格納の種類数があまりにも多いと紛失してしまうかもしれないので、注意が必要じゃな。
同じ種類のものは1種類として数でカウントされるが、不要な物はすぐにポイントに変えてしまう方が良いじゃろう。
収納された物の時間は固定されるので、保存も効くぞ」
ロッドは神の説明に納得して頷き、次に気になっていたテーブルの脇に控えている者達を見る。
「わかりました。それと、あのネズミと小鳥の件ですが…」
「もうわかっているかもしれんが、この者達は以前お主が飼っていたハムスターとインコじゃ。
お主の魂を呼び寄せた時に縁で繋がっていた魂も呼び寄せたんじゃ。本人達に確認したらお主の役に立ちたいと言うのでな、
この世界にはいない生き物なのでユニークモンスターという扱いになるが、転生させたのじゃ」
ロッドはネズミと小鳥の側に駆け寄り、呼び掛ける。
「ハム美! ピーちゃん!」
1匹と1羽が自分の胸に飛び込んでくる。
ハム美はメスのゴールデンハムスターで、焼き芋や栗が大好きだった。
とてもかわいくて、夜は毎晩のように可愛がっていた。
ある時、ネットで取り寄せた床材に変えたせいか頬袋の病気になってしまい、病院に連れて行き処方された薬や注射器で流動食を食べさせたりしていたが、程なくして亡くなってしまった。
最後は膝の上で看取った。
亡くなる前に握った小さな手の感触が、今でも忘れられない。
ピーちゃんはヒナから飼ったメスのセキセイインコで、最初は何を食べさせたら良いかわからず、塩ラーメンの塩気を取って食べさせていたが、実家で聞いたらアワ玉という物を食べさせるという事で、慌てて買いに行った思い出がある。
とてもよく懐き、名前を呼べば飛んできて肩に飛んできてくれる様な感じであったが、引っ越した後の環境が悪かったのか、引っ越し後しばらくして止まり木から落ちて亡くなっているのを朝発見してしまった。
「ハム美、取り寄せた床材が合わなくて病気になったのかも知れない。
ピーちゃん、引っ越し先の環境がダメだったのかも、ふたりともゴメンな」
ロッドは泣きながら二人を潰さないように抱きしめる。
ハム美が『沢山可愛がってもらったデチュ、感謝していたデチュ』
ピーちゃんが『そうデス。ご主人様。感謝デス』
と言ってくれた。
「え! 普通に二人の声が聞こえたんだけど…」
(しかもピーちゃんは、語尾はともかくさっきよりも滑らかだ…)
「こ神域では、魂の繋がりがある者同士は意志の疎通が出来るんじゃ。
ワシの魂の一部を取り込んだ後で、この者達を眷属化しても同じ事は出来るがな。
それぞれユニークモンスターとなったので、以前に比べ高い知能と特殊能力を持っておる。
地上のモンスターの中では強者といえるじゃろう。
お主の眷属として連れて行ってほしい」
「わかりました。俺もうれしいです」
「実はあと一名、補佐を付けようと思う。
ここにいるアイリスは、完璧な人間としてワシが直々に創造し生命を与えた者じゃ。
この世界のほぼ全ての知識をもっており、さらに地球の知識も教え込んであるのじゃ。
超能力や魔法などにも詳しい。
きっと助けになってくれよう」
アイリスはロッドより少し背が低く、15歳のロッドとほぼ同じ歳だと思われる少女であった。
長い黒髪で少し模様が入った真っ白いローブを着ており、一見すると教会の司祭のようにも見える。
とても綺麗な顔立ちだが、感情が全く見えない少女が口を開き頭を下げる。
「アイリスと申します」
「アイリスよ。
お前はこれからワシの血縁者であるこのロッドの従者となって下界に下り、彼を補佐するのじゃ」
アイリスは膝を付き胸に手を添えて誓いを立てる。
「はい。承知いたしました。全ては創造神イクティス様の御心のままに」
満足して頷いた神は手に持っていた杖を虚空にしまい、代わりに何かの祭器のような物を取り出して手に持つ。
「さて、どうやらもうあまり時間が無い。お主がこの神域にいられる時間も限られておるのでな。ロッドよ、ワシの近くに来るのじゃ。これより魂の分割および付与の儀式を行う。終わったら皆を下界に転移させよう」
ロッドは神の前に跪き、三人の従者もその後ろに同様に控える。
神は高く祭器を掲げ、人間には理解出来ない呪文のような物を唱えた。
儀式が進むにつれて苦悶の表情が浮かび、ロッドは神から生命力のような物が分離され、失われてゆく事がなんとなくだが理解できた。
光が徐々に祭器に集まってゆき、やがて一つの青白く輝く玉になった。
儀式により大分やつれてしまったように見える神は、その玉を両手で大切に持ち、ロッドの心臓のあたりに優しくあてる。
それを受け、ロッドは自分の身体が火の中にあるかのような熱を感じた。
不思議と苦しさはないが、とても気を保っていられないほど強大なものが流れ込んでくる感覚が自分を襲う。
やがて気を失う直前に、神の声を聞いたような気がした。
「頼んだぞ我が半神の守護者よ」
木陰に隠れ、乱れた息を必死に静めようとする。
ロッドは猪頭人の集団に追われ窮地に陥っていた。
冒険者であるロッドは2日前にパーティーへの臨時加入の勧誘を受け、本日そのパーティで大森林と言われている森の一角まで猪頭人狩りに来ていた。
当初は順調に狩りが進んだが、猪頭人が想定以上に増えていた為か戦闘中に別の猪頭人の群れにパーティーリーダーが遭遇した。
猪頭人に囲まれそうになったパーティーはロッドを置いて別の方角に撤退してしまったのだ。
戦うという選択肢は取れない…
ロッドは小柄で中性的な顔、髪も肩下あたりまで伸びており一見すると少女のような見た目である。
そしてその見た目以上に筋力が無く、力も弱いため武器としては比較的軽い小剣でも思うように振れなかった。
弓も満足に引けず、魔力もほとんど無いため魔法も使えず、食料など少量の荷物持ちしか出来なかった。
戦闘力はほぼ無いと言って良い。
ロッドがパーティーに貢献出来るのは事前の物資調達や調べ物、野営の準備や夜間の見張り、荷物持ちなどに限られており、その能力の低さから殆どの冒険者にはお荷物とみなされていた。
そのため何処のパーティーにも入れて貰えずギルドの下働きなどで日々の生活の糧を得ていたのだ。
今この状況を思えば、臨時のメンバーとして雇ってくれたパーティーもいざという時にこの様に切り捨てる為だったのだと考えられた。
リーダーは変わったが以前所属していた若いパーティのため、変わらず仲間のように思ってくれているとロッドは勝手に思っていたが違ったようだ。
その中には特に仲の良い子もいたはずなのだが…
ロッドはじっと息を潜めつづける。
自分がこちらの方角に逃げたのは少し前に猪頭人達に見られている。
ほぼ全方向を囲まれている為いずれ見つかり次第殺されてしまうだろう。
ロッドは逃げ足にも自信が無い。恐怖でジワジワと胸が締め付けられる。
やがて包囲を縮めてきた猪頭人数匹が真っ直ぐこちらに向かって来た。
(見つかった? もう駄目だ……)
半ば諦めたその時、小さな鳥が何処からかもの凄いスピードで飛んできて猪頭人達の目の前を急カーブを描いて旋回した。
小鳥は注意を引くように周囲を飛び回った後、最初にいた猪頭人目掛けて飛び込み、すれ違いざまに片目を羽で切り裂いた。
「グモォー!」
片目を裂かれた猪頭人が痛みと怒りで咆哮する。
周囲の猪頭人達も集まって来て、それぞれこん棒を振り回すが小鳥は絶妙な位置にいて当たらない。
仲間を殴ってしまった猪頭人もいた。
小鳥はするすると猪頭人の間を馬鹿にするように飛び回った。
ロッドがあっけに取られてそれを見ていると、足元に小さな生き物が現れた。
クリクリッとしたカワイイ目をしており、とても弱そうに見える。
(ネズミのモンスター?)
見ると今のうちにとでも言うように、手をある方向に向けピンピンと振り、ロッドに動くよう促している。
(ついて来てくれって事なのか?)
ロッドは一瞬考えた後、腰と頭を屈めたままネズミに付いて行った。
ーーーーー
小鳥の陽動とネズミの案内で猪頭人の包囲を抜け、さらに森の奥に入りしばらく歩くと古びた小さな祠がある場所に辿り着いた。
祠は人が入れるか入れないかぐらいの微妙な大きさで、あちこちの木材がひび割れており全く手入れがされていないように思えた。
そうして辺りを見回しているうちにさっきの小鳥がいつの間にか戻ってきたのが見え、ネズミの近くで羽ばたいて地面に降りる。
祠の周りは広範囲に渡って草木が全く生えておらず、ここに着いてから森特有の木々のざわめきや虫の音もなぜか聞こえなくなっていた。
この静かな場所までくればもう猪頭人に見つかる事はないだろうと思えたロッドは自分を助けてくれたのであろう2匹をよく観察する事にした。
ネズミはずんぐりとした体型で、全体的には白色だが顔や体の一部は茶色で尻尾は極端に短い。
弱そうであまりモンスターという感じではない。
小鳥は緑色の胴体に、頭や羽の一部は黄色も混ざった感じの色をしており、とても鮮やかである。
「君たちはいったい…」
ロッドは自分の考えをまとめる為に、独り言のようにネズミと小鳥に問いかけた。
「ゴシュジン サマ」
「!」
小鳥が喋ったので、びっくりしたロッドは一歩後ずさる。
「しゃ…しゃべれるの?」
小鳥は小さく頷きおじぎをする。
「ハイデス。ゴシュジン サマ」
会話が成立している事に唖然とし、しばし放心したロッドであったがやがて気を取り直すとまずはお礼を述べた。
「ご主人様というのはわからないけど、君達のおかげで本当に助かったよ。ありがとう」
ロッドがにっこりと微笑みそう言うと、小鳥は嬉しそうに高い声で「チュリッ」と鳴き、ネズミは喋れないようだが二本の足で立ち上がり、パチパチと手を合わせた。
安心したロッドは地面にベタッと座り込み、息を深くついた。
(もう駄目かと思ったけど、なんとか助かった……早く街に帰らないと……)
「僕の名前はロッドっていうんだ。君たちは一体何者なんだい?」
ロッドの問いかけに、ネズミと小鳥は揃って祠を指差すような仕ぐさをした。
「この祠? 一体何だろう?」
ロッドは立ち上がって祠に近づき、恐る恐る手で触ってみた。
その瞬間、祠が眩しい光を放ち目を開けていられなくなった。
ーーーーー
眩しさが無くなり目を開けるとそこは森の中ではなく、全てが真っ白な場所であった。
少し離れた正面に杖をついた老人が立っている。
老人は荘厳な模様のある高価そうな白いローブを纏い、厳しそうだが優しさも含んだ瞳でロッドを見つめる。
傍らには白いローブを着た美しい少女もいた。
「だ、誰ですか?ここは一体……」
ロッドは急に変わった場所といきなり目の前に現れた老人と少女に驚き、尋ねる。
老人は一拍置くと深みある声で話し始めた。
「ようこそ神域へ。ワシはこの世界を司るイクティスという神だ。この世界の創造神でもある」
「えっ。あなたは神様なのですか?」
それを聞いたロッドは恐ろしくなり、すぐさまその場で平伏する。
「よいよい平伏などせんで。そもそも、お主はワシの血に連ならる者、子孫なのじゃ。遠い遠い気の遠くなるほど遠い血縁じゃがな。訳あってお主をこの世界に招いたのじゃ」
神を名乗る老人が自分の遠いご先祖様であるとの事を聞いたロッドは、理解が追いつかずに顔だけを上げて混乱した。
(招いたとか、ご先祖様だとか……)
「これだけでは良くわからないようじゃな。まずはそうじゃな理解させるためにお主の前世の記憶と、ついでに封印した力を戻すとしよう」
神はそう言うとロッドに手を貸して立ち上がらせ、傍らの少女に杖を任せ、そのままロッドの額にゆっくりと手を翳す。
ロッドはこれから自分に何をされるのかわからないので、怖くてギュッと目を閉じた。
そして神の手の平から、一筋の雷光のような線が一瞬だけ伸びて、シュッと額に吸い込まれる。
それと同時に身体が赤く光った後、何か黒いモヤのような物がロッドの体から湧き出るように出て消える。
ロッドはその刹那、前世で経験してきた様々な光景を見た。
地球……日本で過ごした幼年期…少年期……青年期……社会人になり……
そして意識が我にかえる。
(俺は……)
「思い出したか? 前世の記憶を」
神が少女から預けていた杖を受け取り、微笑しながらロッドに問う。
「思い出した! 俺はあの日、仕事から帰って気分が悪くなり、ベッドに横になっていて……そして……死んだ?」
独り言のようにロッドが呟く。
ロッドは前世の記憶を取り戻した。
結果、人格が全て前世に戻ったという事でもなかったが、様々な記憶を取り込んである種入り混じった人格に変化した。
高度な教育を受けた記憶を持ったため、今なら神の言う事も十分理解出来た。
「そうじゃ。残念ながらお主は地球ではその生を終えた。その後地球の神の取り計らいでワシの世界に招いたのじゃ」
「そうだったんですか…なぜ俺を?」
「ワシの造ったこの世界に異界から邪悪な神が入り込んでな。
このまま行くと今すぐではないが、遠からずこの世界は滅ぼされてしまうじゃろう。そういう未来が視えた。
理解出来ないかも知れんが、その様な事が目的の神もいるという事じゃ。
端的に言えばこの世界を守護してもらう為に、呼んだという事になる」
「それは、あなたの…神様の力で何とかならないのですか?」
「神が直接的に世界に介入する事は、より上位の存在により禁じられておるのじゃ。ワシの味方となる従属神達も、今は皆別の世界に修行に行っており、恐らくあと千年近くは戻ってこない」
「…」
「奴らは異界の力で、魔物を増殖して人間の生存圏を脅かしたり、生贄を使って強大な名前付きの悪魔を何体も召喚させている。
ワシの視た未来では、人間や亜人はいずれ全て絶滅させられ、悪魔や魔物だけが我が物顔で闊歩する世界となってしまっていた。
恐らく他にも何かあるんじゃろう。
それでどうしようかと悩んでいたが、兄でもある地球の神がワシの血を濃く引く子孫の魂が見つかり、天に召されたのを知らせてくれた。
ワシの血縁者であればこの世界では強い力を持つ事が出来る。
その力で未来を正常化出来るかもしれない。
そういう経緯でお主をこの世界に招いたのじゃ」
「でも現世での俺は全然強くないし、この世界を護るなんてとても……」
「それはワシのせいじゃ。
転生させた後成長する前に邪悪な者どもにお主の存在を嗅ぎつけられないように魔力はほぼ無くし、力も相当に縛る封印を掛けておった。
先ほど記憶を戻す時に一緒に封印も解いた。
どうじゃ?体が軽くなったじゃろう」
「そいうえば……」
ロッドは拳を握りしめ己の力を確認すると、かつて無い程の力に溢れている事に気付いた。
「但し、それだけだと邪神の下僕の強大な悪魔などには殺られてしまうじゃろう。そこでお主には別の力も授けようと思う」
ロッドは首を傾げる。
「別の力?」
「左様。普通は人間には扱えない力じゃ。これからワシの魂の一部をお主に与える。それにより神に近づいた存在になる事で、様々な超能力を使えるようになるじゃろう。これは誰にでも出来る訳ではなく、自分の血を引く者にしか与えられないのじゃ。単に遠い血を引くだけでもダメじゃが、お主は先祖返りのように濃い血を引いているようじゃ。その為にお主に来てもらったんじゃ」
「超能力……スプーン曲げたり、念写したりとかの……」
「もっと直接的な力もあるんじゃ! その力を駆使してお主にこの世界の守護を頼みたい」
「……俺に選択権はあるのでしょうか?」
「もちろんあるが、無断でこの世界に転生させておいてなんじゃがなんとか頼みたい。
今すぐに世界がどうこうという話でも無いし、基本的には好きに生きて良い。
自分の国を作るでも、気に入らない国を滅ぼすでも良いじゃろう。
だがいずれ訪れるであろう世界全体の滅びを回避するための行動を、取って欲しいんじゃ。
お主では恐らく神を滅ぼす事は出来ないが、場所とその所業が明らかになれば、限定的にだがワシの力を代行で振るう事も出来る。
滅ぼせないまでも、追い出す事はできるじゃろう。
この世界の守護に協力してくれるなら、お主の望みを何でも聞こう」
「……わかりました。もう既にこの世界に転生しまっている事ですし、お受けします。望みはいくつかあると思いますが……」
「ここからは交渉じゃな」
神が嬉しそうに手を軽く一振りすると小さい円卓と椅子が、もう片方の手を振ると飲み物なども現れた。
ーー
ロッドは飲み物を頂いてくつろぎつつ、考えを纏める。
そして自分の中で最低限譲れない条件に絞って決めた要望を話した。
「まず前世に残してきた家族ですが、俺がいなくても困らないように幸せになれるようにして欲しいと思います。
それと、記憶が戻ったからには、この世界でも地球の食べ物などが入手出来るようにして欲しいです。俺の望みはこの2点です」
それに対し、神はまるで前もって答えがわかっていたようにスラスラと答える。
「うむ。よろしい。
お主の家族は、既に地球の神に前もってそれぞれ良い人生を送れるように頼んであるんじゃ。心配はいらん。さて、地球の物じゃがさすがに無制限とはいかないが、取り寄せが出来るようにしよう」
神は虚空に手を入れ、銀色のなんの変哲もない指輪を取り出し、テーブルの上に乗せた。
「この指輪を嵌めて心で願えば、指輪と繋がっている亜空間に、地球から取り寄せた物が保存される。
そして見える範囲で出したい所を指定すれば、具現化できるんじゃ。
但し、無制限にする訳には行かないのでポイント制になっており、今はサービスでワシの取っておきのお宝を交換しておいたので、1億ポイント分が取り寄せ可能じゃ。
このポイントはお主のいた日本円と等価だと思ってくれれば良い。
買える物のポイント数は、あまり厳密ではなくワシが適当に付けた値段になる。
今後もこの世界で不要となる物を交換すれば、ポイントを増やす事が出来るじゃろう。
但し、自分が正統な権利を持つ物でないとダメじゃぞ。
少し使ってみると良い」
「思ったより凄い性能ですね。ありがとうございます」
ロッドは少し興奮しつつ指輪を手に取り右手の人差し指に嵌め、缶コーヒーが欲しいと思い浮かべる。
《150ポイントを消費します。よろしいですか?》
機械的な声が心の中で聞こえ、どういう訳か商品の映像も確認できる。
複数ある選択肢から選ぶ事も出来るようだ。
心の中でYesと答えると、指輪に缶コーヒーが保存されたのがわかった。
そしてテーブルの上を指定して取り出す。
ロッドは久しぶりに見る缶コーヒーに驚き、そして感動した。
「おおお凄い!」
次に缶コーヒーを指定して指輪に戻るよう願ってみると、缶コーヒーが消えて指輪に入ったのがわかる。
「やはり収納としても使えるんですね」
神はニヤリと微笑み、説明する。
「その通り。収納の重量や容量の制限は無いが、格納の種類数があまりにも多いと紛失してしまうかもしれないので、注意が必要じゃな。
同じ種類のものは1種類として数でカウントされるが、不要な物はすぐにポイントに変えてしまう方が良いじゃろう。
収納された物の時間は固定されるので、保存も効くぞ」
ロッドは神の説明に納得して頷き、次に気になっていたテーブルの脇に控えている者達を見る。
「わかりました。それと、あのネズミと小鳥の件ですが…」
「もうわかっているかもしれんが、この者達は以前お主が飼っていたハムスターとインコじゃ。
お主の魂を呼び寄せた時に縁で繋がっていた魂も呼び寄せたんじゃ。本人達に確認したらお主の役に立ちたいと言うのでな、
この世界にはいない生き物なのでユニークモンスターという扱いになるが、転生させたのじゃ」
ロッドはネズミと小鳥の側に駆け寄り、呼び掛ける。
「ハム美! ピーちゃん!」
1匹と1羽が自分の胸に飛び込んでくる。
ハム美はメスのゴールデンハムスターで、焼き芋や栗が大好きだった。
とてもかわいくて、夜は毎晩のように可愛がっていた。
ある時、ネットで取り寄せた床材に変えたせいか頬袋の病気になってしまい、病院に連れて行き処方された薬や注射器で流動食を食べさせたりしていたが、程なくして亡くなってしまった。
最後は膝の上で看取った。
亡くなる前に握った小さな手の感触が、今でも忘れられない。
ピーちゃんはヒナから飼ったメスのセキセイインコで、最初は何を食べさせたら良いかわからず、塩ラーメンの塩気を取って食べさせていたが、実家で聞いたらアワ玉という物を食べさせるという事で、慌てて買いに行った思い出がある。
とてもよく懐き、名前を呼べば飛んできて肩に飛んできてくれる様な感じであったが、引っ越した後の環境が悪かったのか、引っ越し後しばらくして止まり木から落ちて亡くなっているのを朝発見してしまった。
「ハム美、取り寄せた床材が合わなくて病気になったのかも知れない。
ピーちゃん、引っ越し先の環境がダメだったのかも、ふたりともゴメンな」
ロッドは泣きながら二人を潰さないように抱きしめる。
ハム美が『沢山可愛がってもらったデチュ、感謝していたデチュ』
ピーちゃんが『そうデス。ご主人様。感謝デス』
と言ってくれた。
「え! 普通に二人の声が聞こえたんだけど…」
(しかもピーちゃんは、語尾はともかくさっきよりも滑らかだ…)
「こ神域では、魂の繋がりがある者同士は意志の疎通が出来るんじゃ。
ワシの魂の一部を取り込んだ後で、この者達を眷属化しても同じ事は出来るがな。
それぞれユニークモンスターとなったので、以前に比べ高い知能と特殊能力を持っておる。
地上のモンスターの中では強者といえるじゃろう。
お主の眷属として連れて行ってほしい」
「わかりました。俺もうれしいです」
「実はあと一名、補佐を付けようと思う。
ここにいるアイリスは、完璧な人間としてワシが直々に創造し生命を与えた者じゃ。
この世界のほぼ全ての知識をもっており、さらに地球の知識も教え込んであるのじゃ。
超能力や魔法などにも詳しい。
きっと助けになってくれよう」
アイリスはロッドより少し背が低く、15歳のロッドとほぼ同じ歳だと思われる少女であった。
長い黒髪で少し模様が入った真っ白いローブを着ており、一見すると教会の司祭のようにも見える。
とても綺麗な顔立ちだが、感情が全く見えない少女が口を開き頭を下げる。
「アイリスと申します」
「アイリスよ。
お前はこれからワシの血縁者であるこのロッドの従者となって下界に下り、彼を補佐するのじゃ」
アイリスは膝を付き胸に手を添えて誓いを立てる。
「はい。承知いたしました。全ては創造神イクティス様の御心のままに」
満足して頷いた神は手に持っていた杖を虚空にしまい、代わりに何かの祭器のような物を取り出して手に持つ。
「さて、どうやらもうあまり時間が無い。お主がこの神域にいられる時間も限られておるのでな。ロッドよ、ワシの近くに来るのじゃ。これより魂の分割および付与の儀式を行う。終わったら皆を下界に転移させよう」
ロッドは神の前に跪き、三人の従者もその後ろに同様に控える。
神は高く祭器を掲げ、人間には理解出来ない呪文のような物を唱えた。
儀式が進むにつれて苦悶の表情が浮かび、ロッドは神から生命力のような物が分離され、失われてゆく事がなんとなくだが理解できた。
光が徐々に祭器に集まってゆき、やがて一つの青白く輝く玉になった。
儀式により大分やつれてしまったように見える神は、その玉を両手で大切に持ち、ロッドの心臓のあたりに優しくあてる。
それを受け、ロッドは自分の身体が火の中にあるかのような熱を感じた。
不思議と苦しさはないが、とても気を保っていられないほど強大なものが流れ込んでくる感覚が自分を襲う。
やがて気を失う直前に、神の声を聞いたような気がした。
「頼んだぞ我が半神の守護者よ」
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