花束の約束

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灰色の世界

【第24話】『 溶解 』

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 26.花束の約束【第0章】- episode of zero -〈第24話〉『 溶解 』






「やぁ、こんにちは。知束くん。」

 まるで太陽のごとく弾むような明るい声が聞こえてくる。
 僕はうつろな感情の中、ゆっくりと声の方へ目を向けた。そこには小さな木製の椅子に座りながら憂いの表情を浮かべた青年の姿があった。

 彼はなんとも優しそうな顔で、冷たい床に座りこむ僕の事を眺めている。

「やぁ、おはよう。知束くん。まずは、ボクの権能を使ってくれてありがとう。」

「‥‥君は‥‥あの時の‥‥?」

 声にならない声が溢れる。
 僕はこの青年の事を知っている。

 いつの日だったか、僕が隔離されていた施設に現れた不思議な青年である。

 しかし、何故、今の今まで忘れていたのだろう?
 あれだけ印象的だった出来事を忘れるはずがない。

 そして何故、この青年はここにいるのだろう。

「そっか、キミには“忘却の呪文”を施したんだった。でも天世界に居るからかな?キミにかかっていた魔法は全て消えているようだね。」

「‥‥ま‥‥ほう‥?」

「そう。ここ天世界ではね、他の世界で受けた魔法や呪文を全て無効にさせるのさ。キミに施した“忘却の呪文”は取得難易度Sクラスの魔法なんだけどね。」

「‥‥‥‥」

「さて、積もる話もあるけれど、まずは祝福させて欲しい。キミが王の資質を見せてくれたおかげで、ボクは自由になる事ができた。」

「‥‥‥‥」

「‥‥そして、お詫びをさせて欲しい。キミに選択肢を与えられなかった事や、ご友人の命を救う事が出来なかった事。」

 真白は椅子から立ち上がり、一冊の本を取り出した。
 僕はまた下を向いて冷たい床を眺める。

「随分とやつれたようだね。ご飯は食べれているかい?睡眠は?体の健康は心の健康その物だよ。」

「‥‥‥‥‥‥‥ょ。」

 僕の口が少しずつ動く。
 そしてまた、声にならない声が感情と共に溢れ始める。

「‥‥もう、いいよ‥‥どうでも。」

 僕がそう言葉を放つと、真白は何も言わずに僕を見た。
 
「‥‥‥この世界で生きていても、ぼくにはなにも無い。」

 僕は無気力なまま言葉を並べる。
 力が入らない。まるで生きる気力が湧かない。
 どうしても顔を上げたくない。

 このまま一人で忘れ去られてしまいたい。

「ぼくね、ずっとここで考えてたんだ。生きる意味ってなんなのかなって。」

 まるで何かを悟ったかように、冷たい床の上に自分の言葉を並べている。

「何日も何日も考えて考えて考え抜いて、ようやく分かったかも知れないんだ。」

 そう言ってようやく僕は顔を上げた。
 泣き疲れた顔。擦りすぎて赤くなった瞼で微笑みながら、その顔を真白に向けた。





「 人生ってつまらないんだね! 」





 真白は僕から目を逸らさずにじっと見ている。
 もはや笑えてくるくらいの絶望が僕の顔に溢れていた。
 
 なーにやっても無意味な世界に生きる価値なんて無いさ。

 ははは、おもしろ。

 ははは、きもちわる。

 こんな未来だと知っていれば生まれてきたくは無かった。
 
 僕はまた顔を下に下げ、大きなため息を吐いた。
 そんな惨めな僕のことを真白は真っ直ぐに見てくる。よしてくれよ。恥ずかしいじゃん。

「きっと生きる事に意味なんて無いんだよ。ただ皆んな死にたく無いから生きてるだけ。生きてただけ。」

「‥‥‥‥‥」

「ほんとに、馬鹿だね。ぼく。消えちゃえばいいのに。」

「‥‥‥‥‥」

「このまま誰にも必要とされず、誰からも相手にされず、死ぬために生きるくらいなら存在してる価値は無‥‥‥い‥‥よ。」

「‥‥‥‥‥」

 僕は久しぶりに言葉を発した。
 本当に久しぶりに誰かに感情を訴えたのだ。
 これまでずっと泣いていたくせに、今になって涙は出ない。それどころか笑えてくるのは何故だろう。

 とうとう壊れてしまったのかも知れない。僕の心は死ぬほど病んでしまったのかも知れない。

 でも仕方ないよね。

 あんな事があったんだもん。

 僕はもう泣き叫んではいなかった。その代わり、ずっと自分に呆れていた。

 そんな僕の事を、真白は優しく抱きしめた。





「‥‥‥ちさと。」

 


 
 真白のローブが僕を包み込む。
 それはとても暖かくて、優しくて、何かがゆっくりと溶かされていくように感じた。

「‥‥‥‥‥‥どう‥‥‥して。」

「本当は寂しかったんだね。知束。」

「‥‥‥‥‥‥ぇ?」

「ずっと戦ってたんだろう?今日まで、ずっと一人で。」

「‥‥‥‥‥ぼくは‥」

「いいから。今は全て力を抜いて。自分を責めるのはもうやめておくれ。」

「‥‥‥‥‥」

「辛かったんだろう。痛かったんだろう。ごめんね。キミの大切な人達を救ってあげられなくて。」

「‥‥‥‥‥なんで、君が‥‥そんな事‥‥‥。」

「いいや、もう戦わなくていい。苦しまなくていい。何度も何度も“あの日”を繰り返す必要はないんだよ。」

「‥‥‥‥‥」

「キミは何も悪くない。何かのせいにしたって良いじゃないか。人は決して万能じゃないんだから。」

「‥‥‥‥‥」

「弱くたっていいんだよ。惨めだっていいんだ。ボクからすればキミは充分勇敢な男さ。」

「‥‥‥‥‥」

「言ったろう?この世界にある全ての物は、ほんの些細な“愛”から生まれてくるって。」

「‥‥‥‥‥」

「キミもまた、求められたから存在するんだよ。」






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 何故だろう。
 何かが溶かされていく。

 真白は僕を優しく抱きしめながら頭を撫でてくれる。耳元では彼の甘い声が聞こえてくる。
 
 なんだろう。暖かい。

「ずっと、一人で戦ってたんだろう?キミは病んでなんかいない。それだけ現実と向き合っていたんだ。キミは決して逃げてなんかいないよ。情けなくなんてない。」

「‥‥‥‥‥」

「必死に恨まないようにしていたんだろう?神々ボクらの事。世界の事。自分を責めるしか無かったんだろう?それだけキミは打ちのめされていたんだ」

「‥‥‥‥‥」

 彼の言葉が、口調が、話し方が、
 全て僕の心に響いてしまうのは何故だろう。
 
 まるで僕の知らない気持ちまで見えているかのように、全てが心地よく、全てが優しい。

「‥‥‥‥マ‥‥シロ‥‥‥?」

「どうしたの?ちさと。」

 声にならない声で真白に言う。
 つまらない現実なんてどうでもいいからさ。

「‥‥‥ぼくね、ほんとは寂しかったんだ。」

「‥‥うん。」

「‥‥‥頑張ったんだよ。あのバケモノから皆んなを救おうとしたんだ‥‥。」

「‥‥うん。」




「‥‥‥‥‥‥‥でもさぁ、ダメだった。」




「‥‥‥‥‥‥」

「‥‥‥なんで誰も助けてくれないのさ。なんで世界って滅んじゃうの?酷いよ。酷いよぉ!!僕1人じゃ何も出来ないじゃないか!!」

「‥‥‥ちさと。」

「‥‥‥‥誰も助けてくれなかったよ。僕の大事な人が目の前で皆んな灰になった。僕の街も、僕の思い出も、僕の夢だって、全て灰になって消えてしまった。」

「‥‥‥‥‥‥うん。」

「‥‥‥‥だーれも、助けてなんてくれなかった。僕らは1人ぼっちで死んだんだ。世界なんて綺麗じゃなかった。こんな世界だと知っていれば生まれてなんてこなかったよ。」

「‥‥‥‥‥‥‥」







「‥‥‥‥でも、いつも聞こえてくるのは、椎菜キミの声なんだ。」






「‥‥‥‥‥‥しい‥な?」

「‥‥‥そうだよ。あの日の約束が、僕を死なせてくれないんだ。」

「‥‥‥‥‥‥」

「僕は精一杯生きなければいけないんだ。幸せになって今度こそ椎菜みたいな人を救わなきゃいけない。」

「‥‥そうか。」

「約束したんだ。ずっと前から、」

 僕はそう言い残して、そのまま真白の肩の上で寝てしまった。
 今までろくに寝れず、食べず、この真っ暗な牢獄に閉じ込められていたのだから。
 
 これまでの疲れが一気に押し寄せてきたのだ。

「‥‥‥‥ちさとくん。」

 真白の熱は僕の事を優しく包み込んでくれる。その心地よさから僕は目を瞑ってしまった。

 また僕の目からポロポロと涙が溢れた。
 乾ききった瞼を、また小さな涙の雫が静かに濡らし始める。

 まるで癒しの雨のように。

 真白は僕を大事に抱えたまま少し上を向いた。
 すると真っ暗な部屋の中心で、小さな窓からチラチラと映り込む心細い光が真白を照らした。






 ◇






 ねぇ、エリア。僕は思うんだ。

 大きな歴史の中で、人は神々から愚かな存在だと説明されてきた。
 強欲で傲慢、嫉妬深い人種。人は簡単に嘘を吐くし、簡単に誰かを傷つける。なにより人の心は脆く、容易たやすく壊れてしまう。

 それは確かに弱い存在なのかも知れない。愚かかも知れない。

 それでも人は神々には無い唯一の可能性を持っているのかも知れないよ。

 “始まりの権能者”が見せてくれた奇跡が、また見られるかも。

 




 ねぇ、ちさと。

 ボクはキミを本当の英雄だと思っている。

 それは過去だからじゃない。未来でも無い。

 どんな時も“諦めない人”だからさ。

 キミは本当に素敵な人だ。

 きっとこれからも、キミは辛く厳しい旅に出るのだろう。

 それでもボクはキミの味方さ。

 何があっても、どんなに辛い現実が待っていようとも。

 例えボクが消えてしまったとしても。

 キミにボクの権能を与えた事を決して後悔しない。

 今はゆっくりお休み。

 目が覚めたら、今度は笑って過ごそうよ。
 
 そして内緒噺ないしょばなしをしよう?2人だけで。

 もっとキミの事を教えておくれよ。

 今度こそちゃんとキミを守ってみせるから。





 一緒に紡いでいこう、キミとボクで、





 花束の約束を———。
 
 
 


 
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