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第七話 魔物ハントに参加することになったけどヤバいよヤバいよでも楽しみだよ
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哲朗の異世界生活五日目の朝。
「この国の文字、大体読めるようになったし、もう幼稚園は卒園して、今日からはコリルちゃんの学校で勉強しようかな」
「それもいいね」
朝食中、コリルとそんな会話を弾ませていると、
チリンチリンッ♪ と玄関横の鐘が鳴らされた。
「コキアダワさんじゃないよな?」
あの鐘の鳴らし方が同じに聞こえ、哲朗は不安になってしまう。
「たぶん違うと思うよ。誰だろう?」
コリルが玄関扉を開けるとそこには、
「ホホホッ、おはようコリルちゃん、哲朗様はおるかな?」
白髭を蓄えた、武道の達人っぽい風格をしたご老人がいた。
コリルはすぐに哲朗を呼びに行く。
「哲朗おじさん、このお方はこの街一番のベテラン魔物ハンター、ゾユウさんだよ。八三歳なの」
「そうでしたか。確かに達人の風格を感じます。はじめして。日本の芸人の哲朗です」
哲朗はきりっとした表情でご挨拶する。
「新聞見てとっくに知っておるよ。絵にそっくりじゃ」
ゾユウさんはホホホっと微笑む。
「あららら」
哲朗は若干拍子抜けして苦笑い。
「今日は、わしらといっしょに魔物ハントに参加して欲しいんじゃ」
「魔物ハントっすか。どうしようかな?」
「ぜひお願いします。魔物ハンター衰退の危機を救って欲しいんじゃ」
ゾユウさんは哲朗の手を強く握り締めてくる。
「そう言われましても、俺ただの芸人で、ハンター業は門外漢でして」
困惑する哲朗をよそに、ゾユウさんは長々と語り出した。
「わしの子どもの頃、七〇年以上前は魔物ハンターは子ども達憧れの仕事だったんじゃが、文明が発展してくると、親に吹き込まれたのか魔物ハンターは勉強の出来ないやんちゃな子がなるもので危険で給料が安いから絶対ダメって言われて、公務員や医者、学校の先生を目指す真面目な子ども達ばかりになってしまって新たななり手が減って、わしみたいな爺ばかりになってしまってるんじゃ。特にここのような都会では」
「日本でも似たような状況だなぁ。イノシシや鹿なんかを獲る猟師が同じような問題抱えてますよ」
「異世界から来たとのことだが、そっちの世界でも共通なのじゃな。そこで、大人気芸人の哲朗様に魔物ハントをしてもらえれば、昔のように子ども達憧れの仕事に戻ってくれるんじゃないかと、思ったわけなんじゃ」
ゾユウさんは目をキラキラ輝かせて期待を寄せてくる。
「いやぁ、俺がやったところで、現状は変わらないんじゃないかと……」
哲朗は苦々しい表情で伝えるも、
「哲朗様は顕著なお方じゃな」
ゾユウさんはホホホッと微笑まれ、より期待を高めてしまったようだ。
「一応、試しにやってみますよ! 魔物ハント」
哲朗はきりっとした表情で承諾した。
「さすが哲朗様じゃっ!」
「いえいえ、頼まれたこと何でも引き受けるのは芸人として当たり前っすよ」
ゾユウさんにぎゅぅっと抱き締められ、意外に力強くて哲朗は焦ったぁという心境だった。
「哲朗おじさん、いってらっしゃーい。収穫期待してるよ」
「哲朗ちゃん、頑張ってね」
コリルとコスヤは温かく見送る。
どんな魔物が出るんだろうな。絶対ヤバいの出て来そうだな。
哲朗は楽しみ半分不安半分といった心境だ。
同行者は他にも五名いるようだ。
「やっぱ全員男なんっすね、職業柄」
ちょっぴり残念がる哲朗に、
「魔物ハンター全体では四割くらいは女性なのじゃよ。おばさん婆さん率高いけど」
ゾユウさんが微笑み顔で伝えると、
「意外と女性比率高いっすね!」
哲朗は驚き顔へ。
「一応数少ない若い娘に誘ってはみたんじゃけど、今回は予定が付かなくてのう」
「ゾユウさんセクハラ癖あるからなぁ。嫌がったんだよ」
「ホホホッ♪」
同行ハンターの一人に突っ込まれ、ゾユウさんはてへりと笑う。
「失礼ながら、見た目どおりっすね」
哲朗も笑ってしまった。
屈強なお方ばかりかと思いきや、眼鏡のひ弱そうで真面目そうなお方も一名いた。
「ぼくは、新聞記者です」
「そっか。マスコミも同行なのか。面白い記事書いてくれよ」
こうして合わせて七人と捕獲用の罠や武器、防具を積んだ袋などがドラゴン風の生き物に乗せられ、山の方へ向かった。
飛行中、
「魔物ハンターが廃れた理由は、他にも魔物の養殖化も進んで、ハンターがわざわざ危険な思いをして獲りに行かなくても魔物肉を食べれるようになったってのもあるよ」
三〇歳くらいの若手魔物ハンターの一人がこんな事実も伝えてくる。
「養殖よりは天然物の方が美味いのじゃけれどもなぁ」
ゾユウさんは残念そうに伝える。
「俺も同感っすよ」
哲朗が爽やか笑顔で共感を示すと、
「そうか、そうか。話が分かる奴じゃな」
ゾユウさんは嬉しそうに微笑んだ。
「魔物ハンターの仕事は、最近じゃ専業で食っていくのは厳しくなってるんだ。キマイラとかヒュドラーとかを狩れるような極々一部の超一流ハンターでもない限り。だから料理屋とかで兼業してる人が多いぜ。おれもだけど」
「芸人も芸人だけで食っていけてる奴は極々一部だよ。俺は運良く芸人だけで長年やっていけてるけど、大半はアルバイトとかしながら売れずじまいだよ」
「日本でもそうなのか。この国でも芸人は魔物ハンター同様、専業は厳しい世界だよ。哲朗は芸人として超一流なんだな」
「いやぁ。超一流ってわけでもないっすよ。俺より知名度も面白さも年収も凄い奴たくさんいるし。さ〇まさんとかタ〇リさんとかビートた〇しさんとか志〇けんさんとかとかダ〇ンタウンの浜〇さんと松〇さんとか」
「日本には哲朗よりも面白い芸人が大勢いるのか。ヤバいよヤバいよだな」
「商店街の店員さんとか、学校の先生とかにもいるその辺のユニークな奴の方が、下手な芸人より面白かったりもするよ」
「それは日本でもよくあることだよ。芸人の立場がなくなっちゃうよなぁ」
「下手な芸人より面白い奴だと、ビーボが典型的だな。あいつはいじった時の反応とかしゃべり方がめっちゃ面白いし、芸人になっても一流になれる素質があるよ。体格も立派だし、格闘技のセンスも絶対あると思う。園児達を何十人も乗せたカートを軽々と押して散歩させてたし。残念ながらやろうとしてくれないけど」
「俺もそう思うな。俺の世界のあいつそっくりなボビーって奴は芸人としても格闘家としても一流だし」
「会ってみたいな、そのボビーって名前もよく似てる奴に」
いろいろ会話を弾ませているうち、街から外れ、広大な農地を抜け、山の麓へ到着。
「やっぱりヤバい雰囲気が漂ってるよ。魔界みたいでヤバいよヤバいよ」
哲朗のいた世界では見かけなかった、おどろおどろしい色合いの木々や果実、草花も目に飛び込んでくる。
「この辺りが近隣で一番の野生の魔物狩りスポットさ」
魔物ハンターの一人が楽しそうに伝える。
一行は緩やかな斜面の所で降り立った。
「見ろ哲朗、お揃いだぜ」
「防具屋で買ったんだな」
「ああ。一個5000ララシャで」
「俺、この国の物価知らないから高いのかどうかよく分からねえな」
スイカヘルメットで装備を整え、山道を歩き進んでいると、どこかからスパッ、スパッと、草が切られるような音が。
「うわぁ! 何このバカでかいカマキリ。嘘でしょ?」
哲朗はびっくり仰天。
体長一メートル以上はあるカマキリっぽい魔物が二匹現れたのだ。
鋭い刃をこちらの方へ向けて威嚇してくる。
「こいつと目を合わすなよ、哲朗。こいつは“キレタナイフ”っていう魔物さ。足と腕を油で揚げると美味いぞ。卵も美味だ」
魔物ハンターの一人が伝える。
「俺の昔のあだ名と同じじゃん。めっちゃ親近感沸いた」
哲朗は嬉し顔を浮かべる。
「こいつはその名の通り、ナイフみたいな鋭い刃を目が合った奴目掛けて振りかざして来るのじゃ。だから背後からこっそり近寄って網を投げて捕まえて、素早く斧で頭を殴ってとどめを刺すのじゃ。こういう風に」
ゾユウさんは安全な捕獲法を伝え、実践してみせた。
「ヘイ、キレタナイフ、マイオールドニックネーム、イコール、ユー。ユアマイフレンド」
哲朗はもう一匹に陽気に、キレタナイフの目を見つめながら、彼なりの英語で話しかけてみた。
だが、
スパンッ!
当然、話し通じず。
哲朗の目の前に鋭い刃を振りかざされてしまった。
「おっと、危ねえ」
哲朗、思わず後退るも、着ているサロペットの一部が破かれていた。
「哲朗、もっと離れろ! 大怪我するぞ」
魔物ハンターの一人が注意を促すも、
「俺は怪我には慣れてるんだ。首以外の骨は全部折ってきた。そりゃっ!」
哲朗は真正面から網を投げ、見事に仕留めた。
「すげえ! キレタナイフに真っ向勝負なんておれでも無理だよ」
「哲朗、超一流ハンターの素質あるな」
同行した魔物ハンター、
「これは予想以上に良い記事書けますよ」
新聞記者さん、
「勇敢な男じゃな」
ゾユウさんも感心していた。
「今度は蝙蝠か。日本の蝙蝠よりでかいよでかいよ顔も怖いよ」
哲朗はすぐ上空に群れで飛び交っているのに気が付く。
「こいつで出汁をとると美味いぞ。傘の原料にもなる」
「特に凶悪ってわけでもないから捕獲しやすいよ」
魔物ハンターの一人が網を投げ、数匹をあっさり捕獲。
一行は山道をどんどん進んでいく。
道中の沼からグゴォォ、グゴォォ、グゴォォと不気味な鳴き声が。
「かなりヤバい魔物が潜んでそうだな」
哲朗は苦笑いで毒々しい色合いの沼を眺める。
「この沼にはマーボーっていう魔物がいっぱい潜んでるんだ。こいつも狩りやすくて美味いぜ」
「マーボーか。日本には魔物とは全然違うけど麻婆豆腐とか麻婆春雨っていう料理があるよ」
「美味そうだな」
「めっちゃ美味いよ、美味いよ」
「食ってみたいな、その麻婆豆腐と麻婆春雨ってやつ。この世界のマーボーは網で掬ったら簡単に取れるぞ」
「マジだ。姿はウシガエルみたいだな」
哲朗は虫捕り網のようなもので全長三〇センチくらいのそいつを数匹捕獲した。
さらに山道を進んでいくと、今度はカムラオの群れに遭遇した。
ウキウキウキキッ!
ギャアアアッ!
ガアアアッ!
ウォォォ! ヴォォォ!
しきりに耳をつんざくような甲高い雄叫びを上げる。
一行のいる場所からは二〇メートル以上は離れていたが、それでもかなりの五月蠅さだった。
「噂通り、凶暴なんだな。ショーで見たのと全然違ってヤバいよヤバいよ。まあ、ニホンザルも躾がされて芸も出来るのは大人しくて、野生のは凶暴だもんな」
「こいつは遠くから弓矢で仕留めるか、予め罠を仕掛けておくのが安全な捕獲法さ。無理するなよ哲朗。野生のカムラオに意思疎通は絶対無理だよ。奴らの縄張りに近づくのは危険だ」
魔物ハンターの一人からこう言われるも、
「大丈夫だ。言葉は通じなくても、心で通じるから。ハローカムラオ。ユーマイフレンド、オッケイ?」
哲朗は意思疎通を試みようとする。彼の出演するバラエティ番組の、いろんな国へ行き、番組から出されたミッションを現地の人と話をして自力でクリアしていく企画で得られた経験もあって、怯むことなく群れに近づき彼なりの英語も用いて話しかけてみた。
ウキキキキキキキッ!
ギャッ! ギャッ!
当然の如く通じず。
牙をむき出しにして襲いかかろうとしてくる。
「哲朗君、さすがに危険過ぎるから止めるんだ! カムラオに殺されたハンターは山ほどいるんだぞ。すぐにおれ達の方へ戻れ」
「いや、俺はやるぞ。熊、サメ、サイ、トラ、ピラニア……今まで、数え切れない猛獣と戦ってきた俺だが、相手に背を向けた事は、一度も無い。俺の行き様を見てくれ! 俺は、そうしてきた。こんなことは絶対にあってはならないけど、最終的には、笑いがとれれば死んでもOK」
「なんという芸人魂だ!」
「おれ、一応一流ハンターって認められてるんだけど、哲朗さんとは魔物に立ち向かう覚悟が違い過ぎる。まさにヤバいよヤバいよの人だよ」
「哲朗様、わしの長い人生でこんな勇敢な男には出会ったことないぞ」
新聞記者さんやゾユウさん、同行の魔物ハンター達は感動をも覚えた。
「ユー、ルックライクマイゲイニンフレンド」
哲朗は諦めず意思疎通を図ろうとするも、
ウッキキキキキーッ!
「ぐはぁっ! 痛いよ痛いよ」
蹴り飛ばされ、岩に背中を思いっ切り叩きつけられる。
哲朗はすぐに起き上がるも、体が思うように動かない。
「哲朗、大丈夫か?」
「ああ、大丈夫だ。いたたたぁ」
「哲朗、あとは俺達に任せろ」
「ああ、すまんな」
魔物ハンター達は弓矢を構えた。
その直後、
「ちょっとあんたら、何をされてるの?」
どこかからこんなドスのきいた声が。
すると、カムラオ達は途端に一斉に大人しくなった。
同時に何かに怯えているかのような表情へ。
声の主は、コキアダワさんだった。
「コキア様、久し振りじゃの」
「ゾユウさん、三日前に会ったばっかりでしょ」
「そうじゃったかのう?」
ゾユウさんはホホホッと微笑んで惚ける。
「コキアダワさんも魔物ハントをされに来たんっすね? めっちゃ似合ってますね」
哲朗に爽やか笑顔で突っ込まれると、
「歌の練習をしに来ただけざます。誰かに聞かれると恥ずかしいので、山奥で練習するのが日課なのざます」
コキアダワさんは険しい表情で主張する。
「シャイな一面もあるんっすね」
哲朗はハハハッと笑う。
「哲朗さん♪」
「すみません、すみません、すみません」
コキアダワさんににこやかな表情で首根っこを掴まれ、哲朗は慌てて謝罪。
「あのコキアダワさんにあんな友達感覚で話しかけられるとは――」
魔物ハンターの一人は驚き顔。
「あら、外してもうたわい」
ゾユウさんの放った弓矢は木の幹に命中。
「カムラオを仕留めるのに手こずるなんて、ゾユウさんも衰えたものね。苦しませずに仕留めるには、こうするのが一番ざます。ハッ!」
コキアダワさんはカムラオの群れに堂々と近づき、一頭の腹に目にもとまらぬ速さでパンチを一発。
「ハッ!」
もう一頭には回し蹴りを後頭部に食らわせた。
二匹のカムラオは膝から崩れ落ちる。
一瞬で天に召されたようだ。
ウキ、ウキキキッ!
ウキャァァァ!
残りのカムラオ達は恐れをなして一目散に逃げていった。
「カッ、カムラオォォォ~。美味そうではあるんだけどな」
哲朗は、目に悲しみの涙が浮かぶ。
「さすがコキアダワさん、今からでもぜひ魔物ハンターに」
「そんな収入の不安定な危険な仕事に就くわけないざます。わが子にも絶対に就かせないざます」
魔物ハンターの一人からの依頼は即、きっぱりとお断り。
「新聞記者さん、私のことは恥ずかしいので記事に一切載せないで下さいませ。載せたら、分かってるわよねぇ?」
「はっ、はぃぃぃ~」
にこにこ顔で念を押され、新聞記者さんはカタカタ震えながら怯え顔で承諾した。
「哲朗、この近くには混浴の温泉が湧いてるんだぜ。いっしょに入ろうぜ」
「擦り傷や捻挫にもよく効くから、ここに狩りに来た人は大体入っていくのじゃ。近頃は若い女はほとんど来なくなってしもうて残念じゃが」
魔物ハンターの一人とゾユウさんから伝えられ、
「温泉かぁ。いいなあ。傷も癒されそうだし」
哲朗は乗り気。
男達は温泉のある場所へ歩いて向かっていく。
辿り着くと、
「やっぱり、熱湯だよこれ。あちちっ!」
哲朗は予想が当たり、苦笑い。
そんな彼をよそに他の男共は皆、裸になって湯気がもくもくと立ち上る露天風呂へ飛び込んだ。
そしてゆったりくつろぐ。
「押すなよ、押すなよ、“絶対に”押すなよ」
全裸になった哲朗が前かがみになり湯面をじーっと眺めながらそう命じると、
「ほら、哲朗」
いつの間にか背後に回った魔物ハンターの一人に腰の辺りをポンっと押されてしまった。
「うわっと!」
哲朗は顔面から湯船へドボォォン! とダイブ。
「あっ、ちちちちちっ! ヤバいよヤバいよ」
そしてすぐに湯船から反射的に飛び出す一連の流れ。
「「「アハハハッ!」」」
「哲朗の熱湯風呂芸、生で見れて嬉しいや。いつか王立演劇場でもやってくれよ」
「これも記事にしようっと」
他の男共に大ウケだ。
「めちゃくちゃ熱いけど、確かによく効くなぁ。あっという間に痛みが消えた」
哲朗がカムラオから受けた傷も癒えた。
☆
温泉を十二分に堪能した男共が元の場所へ戻って来ると、
「これ、あなた達に。ほら、野菜がたっぷり入って美味しいわよ。いっぱい食べてよ」
なんと、コキアダワさんがカムラオを素手で解体し、その肉も使った煮込みラーメン風の料理を振舞ってくれた。調理道具まで持参していたのだ。
「あいつに似てて親近感あって抵抗あったけど、めっちゃ美味いっすね。永〇園の煮込みラーメンよりもずっと美味いっすよ♪」
哲朗もお気に入りになったようだ。
もう一品の料理は、
「卵はつるっとした口当たり。一味違う“マーボー”スープよ」
コキアダワさんがマーボーを強調して説明した。
マーボーの腕や足の肉や顔も入っていて、普通の日本人から見ればグロテスクに感じるところだが、
「フカヒレスープより美味いよ、美味いよ」
魔物料理を見慣れた哲朗にとっては美味しそうな御馳走だ。
「これまで作ってくれるなんて、姐さん今日は何か良いことあったんだね」
「んふふ♪ いい日かに玉」
さらにもう一品、この山の沢に棲息する巨大なサワガニ風の魔物を解体した身も入った、広東風かに玉のような料理も振舞ってくれた。
コキアダワさん手作りの料理も堪能し、男共は残りの獲物を載せドラゴン風の生き物に乗って、街へ帰っていった。
「罠張って吊るして 小さな魔物♪ 罠張って吊るして 大きな魔物も♪ 首絞めて 吊るすといってよ♪」
コキアダワさんは歌の練習も兼ねて、今日獲った魔物も称えるように見送った。
「狩り用の魔物には最強の極級、その下に特級、一から五級までの七段階に分類されてるけど、今日行った場所は下から二番目三番目の四級、三級の魔物が棲む魔物狩り初心者向けなんだ。ちなみに五級は幼い子どもでも簡単に捕まえられる、平地の公園や家の庭、池なんかにいる虫や小動物だな。野生のカムラオは三級、哲朗が芸に使ってるザリガニは五級魔物だ。美味さは極級だけどな。もっと山奥の標高の高い所や砂漠、地底、ジャングル、雪原、遠海に行くと、今日出遭った魔物なんかより遥かに凶悪で獰猛な魔物がうようよしてるぜ。哲朗ですら立ち向かう勇気すら到底湧かないような。図鑑にも載ってるぜ。そこにもそのうち連れて行ってやるから楽しみにしててくれよ、哲朗」
「それは楽しみなような、ヤバいような。でも行ってみたいな」
飛行中、魔物ハンターの一人から爽やか笑顔で伝えられ、哲朗はわくわく気分も沸いてしまった。
☆
翌日の新聞で、哲朗の活躍を伝える記事が大きく数ページに渡って載せられた。
「俺、ス〇ニチでもこんなに大きく扱われたことないなぁ」
哲朗はご満悦。
記事の文字も大体読むことが出来た。
さて、魔物ハンターに憧れを抱く子ども達が増えたかというと、
「子ども達よ、魔物ハンター、恰好いいじゃろう?」
「僕はなりたくないなぁ。そんな危ないの」
「魔物ハンターそのものじゃなくて、哲朗が魔物ハントしてるとこ見るのが面白いもんね」
「そっ、そんなぁ。ワガデ王国の将来が、ヤバいよヤバいよ」
そう上手くはいかなかったようだ。
ゾユウさん、しょんぼりして哲朗の口癖も真似てしまうのであった。
「この国の文字、大体読めるようになったし、もう幼稚園は卒園して、今日からはコリルちゃんの学校で勉強しようかな」
「それもいいね」
朝食中、コリルとそんな会話を弾ませていると、
チリンチリンッ♪ と玄関横の鐘が鳴らされた。
「コキアダワさんじゃないよな?」
あの鐘の鳴らし方が同じに聞こえ、哲朗は不安になってしまう。
「たぶん違うと思うよ。誰だろう?」
コリルが玄関扉を開けるとそこには、
「ホホホッ、おはようコリルちゃん、哲朗様はおるかな?」
白髭を蓄えた、武道の達人っぽい風格をしたご老人がいた。
コリルはすぐに哲朗を呼びに行く。
「哲朗おじさん、このお方はこの街一番のベテラン魔物ハンター、ゾユウさんだよ。八三歳なの」
「そうでしたか。確かに達人の風格を感じます。はじめして。日本の芸人の哲朗です」
哲朗はきりっとした表情でご挨拶する。
「新聞見てとっくに知っておるよ。絵にそっくりじゃ」
ゾユウさんはホホホっと微笑む。
「あららら」
哲朗は若干拍子抜けして苦笑い。
「今日は、わしらといっしょに魔物ハントに参加して欲しいんじゃ」
「魔物ハントっすか。どうしようかな?」
「ぜひお願いします。魔物ハンター衰退の危機を救って欲しいんじゃ」
ゾユウさんは哲朗の手を強く握り締めてくる。
「そう言われましても、俺ただの芸人で、ハンター業は門外漢でして」
困惑する哲朗をよそに、ゾユウさんは長々と語り出した。
「わしの子どもの頃、七〇年以上前は魔物ハンターは子ども達憧れの仕事だったんじゃが、文明が発展してくると、親に吹き込まれたのか魔物ハンターは勉強の出来ないやんちゃな子がなるもので危険で給料が安いから絶対ダメって言われて、公務員や医者、学校の先生を目指す真面目な子ども達ばかりになってしまって新たななり手が減って、わしみたいな爺ばかりになってしまってるんじゃ。特にここのような都会では」
「日本でも似たような状況だなぁ。イノシシや鹿なんかを獲る猟師が同じような問題抱えてますよ」
「異世界から来たとのことだが、そっちの世界でも共通なのじゃな。そこで、大人気芸人の哲朗様に魔物ハントをしてもらえれば、昔のように子ども達憧れの仕事に戻ってくれるんじゃないかと、思ったわけなんじゃ」
ゾユウさんは目をキラキラ輝かせて期待を寄せてくる。
「いやぁ、俺がやったところで、現状は変わらないんじゃないかと……」
哲朗は苦々しい表情で伝えるも、
「哲朗様は顕著なお方じゃな」
ゾユウさんはホホホッと微笑まれ、より期待を高めてしまったようだ。
「一応、試しにやってみますよ! 魔物ハント」
哲朗はきりっとした表情で承諾した。
「さすが哲朗様じゃっ!」
「いえいえ、頼まれたこと何でも引き受けるのは芸人として当たり前っすよ」
ゾユウさんにぎゅぅっと抱き締められ、意外に力強くて哲朗は焦ったぁという心境だった。
「哲朗おじさん、いってらっしゃーい。収穫期待してるよ」
「哲朗ちゃん、頑張ってね」
コリルとコスヤは温かく見送る。
どんな魔物が出るんだろうな。絶対ヤバいの出て来そうだな。
哲朗は楽しみ半分不安半分といった心境だ。
同行者は他にも五名いるようだ。
「やっぱ全員男なんっすね、職業柄」
ちょっぴり残念がる哲朗に、
「魔物ハンター全体では四割くらいは女性なのじゃよ。おばさん婆さん率高いけど」
ゾユウさんが微笑み顔で伝えると、
「意外と女性比率高いっすね!」
哲朗は驚き顔へ。
「一応数少ない若い娘に誘ってはみたんじゃけど、今回は予定が付かなくてのう」
「ゾユウさんセクハラ癖あるからなぁ。嫌がったんだよ」
「ホホホッ♪」
同行ハンターの一人に突っ込まれ、ゾユウさんはてへりと笑う。
「失礼ながら、見た目どおりっすね」
哲朗も笑ってしまった。
屈強なお方ばかりかと思いきや、眼鏡のひ弱そうで真面目そうなお方も一名いた。
「ぼくは、新聞記者です」
「そっか。マスコミも同行なのか。面白い記事書いてくれよ」
こうして合わせて七人と捕獲用の罠や武器、防具を積んだ袋などがドラゴン風の生き物に乗せられ、山の方へ向かった。
飛行中、
「魔物ハンターが廃れた理由は、他にも魔物の養殖化も進んで、ハンターがわざわざ危険な思いをして獲りに行かなくても魔物肉を食べれるようになったってのもあるよ」
三〇歳くらいの若手魔物ハンターの一人がこんな事実も伝えてくる。
「養殖よりは天然物の方が美味いのじゃけれどもなぁ」
ゾユウさんは残念そうに伝える。
「俺も同感っすよ」
哲朗が爽やか笑顔で共感を示すと、
「そうか、そうか。話が分かる奴じゃな」
ゾユウさんは嬉しそうに微笑んだ。
「魔物ハンターの仕事は、最近じゃ専業で食っていくのは厳しくなってるんだ。キマイラとかヒュドラーとかを狩れるような極々一部の超一流ハンターでもない限り。だから料理屋とかで兼業してる人が多いぜ。おれもだけど」
「芸人も芸人だけで食っていけてる奴は極々一部だよ。俺は運良く芸人だけで長年やっていけてるけど、大半はアルバイトとかしながら売れずじまいだよ」
「日本でもそうなのか。この国でも芸人は魔物ハンター同様、専業は厳しい世界だよ。哲朗は芸人として超一流なんだな」
「いやぁ。超一流ってわけでもないっすよ。俺より知名度も面白さも年収も凄い奴たくさんいるし。さ〇まさんとかタ〇リさんとかビートた〇しさんとか志〇けんさんとかとかダ〇ンタウンの浜〇さんと松〇さんとか」
「日本には哲朗よりも面白い芸人が大勢いるのか。ヤバいよヤバいよだな」
「商店街の店員さんとか、学校の先生とかにもいるその辺のユニークな奴の方が、下手な芸人より面白かったりもするよ」
「それは日本でもよくあることだよ。芸人の立場がなくなっちゃうよなぁ」
「下手な芸人より面白い奴だと、ビーボが典型的だな。あいつはいじった時の反応とかしゃべり方がめっちゃ面白いし、芸人になっても一流になれる素質があるよ。体格も立派だし、格闘技のセンスも絶対あると思う。園児達を何十人も乗せたカートを軽々と押して散歩させてたし。残念ながらやろうとしてくれないけど」
「俺もそう思うな。俺の世界のあいつそっくりなボビーって奴は芸人としても格闘家としても一流だし」
「会ってみたいな、そのボビーって名前もよく似てる奴に」
いろいろ会話を弾ませているうち、街から外れ、広大な農地を抜け、山の麓へ到着。
「やっぱりヤバい雰囲気が漂ってるよ。魔界みたいでヤバいよヤバいよ」
哲朗のいた世界では見かけなかった、おどろおどろしい色合いの木々や果実、草花も目に飛び込んでくる。
「この辺りが近隣で一番の野生の魔物狩りスポットさ」
魔物ハンターの一人が楽しそうに伝える。
一行は緩やかな斜面の所で降り立った。
「見ろ哲朗、お揃いだぜ」
「防具屋で買ったんだな」
「ああ。一個5000ララシャで」
「俺、この国の物価知らないから高いのかどうかよく分からねえな」
スイカヘルメットで装備を整え、山道を歩き進んでいると、どこかからスパッ、スパッと、草が切られるような音が。
「うわぁ! 何このバカでかいカマキリ。嘘でしょ?」
哲朗はびっくり仰天。
体長一メートル以上はあるカマキリっぽい魔物が二匹現れたのだ。
鋭い刃をこちらの方へ向けて威嚇してくる。
「こいつと目を合わすなよ、哲朗。こいつは“キレタナイフ”っていう魔物さ。足と腕を油で揚げると美味いぞ。卵も美味だ」
魔物ハンターの一人が伝える。
「俺の昔のあだ名と同じじゃん。めっちゃ親近感沸いた」
哲朗は嬉し顔を浮かべる。
「こいつはその名の通り、ナイフみたいな鋭い刃を目が合った奴目掛けて振りかざして来るのじゃ。だから背後からこっそり近寄って網を投げて捕まえて、素早く斧で頭を殴ってとどめを刺すのじゃ。こういう風に」
ゾユウさんは安全な捕獲法を伝え、実践してみせた。
「ヘイ、キレタナイフ、マイオールドニックネーム、イコール、ユー。ユアマイフレンド」
哲朗はもう一匹に陽気に、キレタナイフの目を見つめながら、彼なりの英語で話しかけてみた。
だが、
スパンッ!
当然、話し通じず。
哲朗の目の前に鋭い刃を振りかざされてしまった。
「おっと、危ねえ」
哲朗、思わず後退るも、着ているサロペットの一部が破かれていた。
「哲朗、もっと離れろ! 大怪我するぞ」
魔物ハンターの一人が注意を促すも、
「俺は怪我には慣れてるんだ。首以外の骨は全部折ってきた。そりゃっ!」
哲朗は真正面から網を投げ、見事に仕留めた。
「すげえ! キレタナイフに真っ向勝負なんておれでも無理だよ」
「哲朗、超一流ハンターの素質あるな」
同行した魔物ハンター、
「これは予想以上に良い記事書けますよ」
新聞記者さん、
「勇敢な男じゃな」
ゾユウさんも感心していた。
「今度は蝙蝠か。日本の蝙蝠よりでかいよでかいよ顔も怖いよ」
哲朗はすぐ上空に群れで飛び交っているのに気が付く。
「こいつで出汁をとると美味いぞ。傘の原料にもなる」
「特に凶悪ってわけでもないから捕獲しやすいよ」
魔物ハンターの一人が網を投げ、数匹をあっさり捕獲。
一行は山道をどんどん進んでいく。
道中の沼からグゴォォ、グゴォォ、グゴォォと不気味な鳴き声が。
「かなりヤバい魔物が潜んでそうだな」
哲朗は苦笑いで毒々しい色合いの沼を眺める。
「この沼にはマーボーっていう魔物がいっぱい潜んでるんだ。こいつも狩りやすくて美味いぜ」
「マーボーか。日本には魔物とは全然違うけど麻婆豆腐とか麻婆春雨っていう料理があるよ」
「美味そうだな」
「めっちゃ美味いよ、美味いよ」
「食ってみたいな、その麻婆豆腐と麻婆春雨ってやつ。この世界のマーボーは網で掬ったら簡単に取れるぞ」
「マジだ。姿はウシガエルみたいだな」
哲朗は虫捕り網のようなもので全長三〇センチくらいのそいつを数匹捕獲した。
さらに山道を進んでいくと、今度はカムラオの群れに遭遇した。
ウキウキウキキッ!
ギャアアアッ!
ガアアアッ!
ウォォォ! ヴォォォ!
しきりに耳をつんざくような甲高い雄叫びを上げる。
一行のいる場所からは二〇メートル以上は離れていたが、それでもかなりの五月蠅さだった。
「噂通り、凶暴なんだな。ショーで見たのと全然違ってヤバいよヤバいよ。まあ、ニホンザルも躾がされて芸も出来るのは大人しくて、野生のは凶暴だもんな」
「こいつは遠くから弓矢で仕留めるか、予め罠を仕掛けておくのが安全な捕獲法さ。無理するなよ哲朗。野生のカムラオに意思疎通は絶対無理だよ。奴らの縄張りに近づくのは危険だ」
魔物ハンターの一人からこう言われるも、
「大丈夫だ。言葉は通じなくても、心で通じるから。ハローカムラオ。ユーマイフレンド、オッケイ?」
哲朗は意思疎通を試みようとする。彼の出演するバラエティ番組の、いろんな国へ行き、番組から出されたミッションを現地の人と話をして自力でクリアしていく企画で得られた経験もあって、怯むことなく群れに近づき彼なりの英語も用いて話しかけてみた。
ウキキキキキキキッ!
ギャッ! ギャッ!
当然の如く通じず。
牙をむき出しにして襲いかかろうとしてくる。
「哲朗君、さすがに危険過ぎるから止めるんだ! カムラオに殺されたハンターは山ほどいるんだぞ。すぐにおれ達の方へ戻れ」
「いや、俺はやるぞ。熊、サメ、サイ、トラ、ピラニア……今まで、数え切れない猛獣と戦ってきた俺だが、相手に背を向けた事は、一度も無い。俺の行き様を見てくれ! 俺は、そうしてきた。こんなことは絶対にあってはならないけど、最終的には、笑いがとれれば死んでもOK」
「なんという芸人魂だ!」
「おれ、一応一流ハンターって認められてるんだけど、哲朗さんとは魔物に立ち向かう覚悟が違い過ぎる。まさにヤバいよヤバいよの人だよ」
「哲朗様、わしの長い人生でこんな勇敢な男には出会ったことないぞ」
新聞記者さんやゾユウさん、同行の魔物ハンター達は感動をも覚えた。
「ユー、ルックライクマイゲイニンフレンド」
哲朗は諦めず意思疎通を図ろうとするも、
ウッキキキキキーッ!
「ぐはぁっ! 痛いよ痛いよ」
蹴り飛ばされ、岩に背中を思いっ切り叩きつけられる。
哲朗はすぐに起き上がるも、体が思うように動かない。
「哲朗、大丈夫か?」
「ああ、大丈夫だ。いたたたぁ」
「哲朗、あとは俺達に任せろ」
「ああ、すまんな」
魔物ハンター達は弓矢を構えた。
その直後、
「ちょっとあんたら、何をされてるの?」
どこかからこんなドスのきいた声が。
すると、カムラオ達は途端に一斉に大人しくなった。
同時に何かに怯えているかのような表情へ。
声の主は、コキアダワさんだった。
「コキア様、久し振りじゃの」
「ゾユウさん、三日前に会ったばっかりでしょ」
「そうじゃったかのう?」
ゾユウさんはホホホッと微笑んで惚ける。
「コキアダワさんも魔物ハントをされに来たんっすね? めっちゃ似合ってますね」
哲朗に爽やか笑顔で突っ込まれると、
「歌の練習をしに来ただけざます。誰かに聞かれると恥ずかしいので、山奥で練習するのが日課なのざます」
コキアダワさんは険しい表情で主張する。
「シャイな一面もあるんっすね」
哲朗はハハハッと笑う。
「哲朗さん♪」
「すみません、すみません、すみません」
コキアダワさんににこやかな表情で首根っこを掴まれ、哲朗は慌てて謝罪。
「あのコキアダワさんにあんな友達感覚で話しかけられるとは――」
魔物ハンターの一人は驚き顔。
「あら、外してもうたわい」
ゾユウさんの放った弓矢は木の幹に命中。
「カムラオを仕留めるのに手こずるなんて、ゾユウさんも衰えたものね。苦しませずに仕留めるには、こうするのが一番ざます。ハッ!」
コキアダワさんはカムラオの群れに堂々と近づき、一頭の腹に目にもとまらぬ速さでパンチを一発。
「ハッ!」
もう一頭には回し蹴りを後頭部に食らわせた。
二匹のカムラオは膝から崩れ落ちる。
一瞬で天に召されたようだ。
ウキ、ウキキキッ!
ウキャァァァ!
残りのカムラオ達は恐れをなして一目散に逃げていった。
「カッ、カムラオォォォ~。美味そうではあるんだけどな」
哲朗は、目に悲しみの涙が浮かぶ。
「さすがコキアダワさん、今からでもぜひ魔物ハンターに」
「そんな収入の不安定な危険な仕事に就くわけないざます。わが子にも絶対に就かせないざます」
魔物ハンターの一人からの依頼は即、きっぱりとお断り。
「新聞記者さん、私のことは恥ずかしいので記事に一切載せないで下さいませ。載せたら、分かってるわよねぇ?」
「はっ、はぃぃぃ~」
にこにこ顔で念を押され、新聞記者さんはカタカタ震えながら怯え顔で承諾した。
「哲朗、この近くには混浴の温泉が湧いてるんだぜ。いっしょに入ろうぜ」
「擦り傷や捻挫にもよく効くから、ここに狩りに来た人は大体入っていくのじゃ。近頃は若い女はほとんど来なくなってしもうて残念じゃが」
魔物ハンターの一人とゾユウさんから伝えられ、
「温泉かぁ。いいなあ。傷も癒されそうだし」
哲朗は乗り気。
男達は温泉のある場所へ歩いて向かっていく。
辿り着くと、
「やっぱり、熱湯だよこれ。あちちっ!」
哲朗は予想が当たり、苦笑い。
そんな彼をよそに他の男共は皆、裸になって湯気がもくもくと立ち上る露天風呂へ飛び込んだ。
そしてゆったりくつろぐ。
「押すなよ、押すなよ、“絶対に”押すなよ」
全裸になった哲朗が前かがみになり湯面をじーっと眺めながらそう命じると、
「ほら、哲朗」
いつの間にか背後に回った魔物ハンターの一人に腰の辺りをポンっと押されてしまった。
「うわっと!」
哲朗は顔面から湯船へドボォォン! とダイブ。
「あっ、ちちちちちっ! ヤバいよヤバいよ」
そしてすぐに湯船から反射的に飛び出す一連の流れ。
「「「アハハハッ!」」」
「哲朗の熱湯風呂芸、生で見れて嬉しいや。いつか王立演劇場でもやってくれよ」
「これも記事にしようっと」
他の男共に大ウケだ。
「めちゃくちゃ熱いけど、確かによく効くなぁ。あっという間に痛みが消えた」
哲朗がカムラオから受けた傷も癒えた。
☆
温泉を十二分に堪能した男共が元の場所へ戻って来ると、
「これ、あなた達に。ほら、野菜がたっぷり入って美味しいわよ。いっぱい食べてよ」
なんと、コキアダワさんがカムラオを素手で解体し、その肉も使った煮込みラーメン風の料理を振舞ってくれた。調理道具まで持参していたのだ。
「あいつに似てて親近感あって抵抗あったけど、めっちゃ美味いっすね。永〇園の煮込みラーメンよりもずっと美味いっすよ♪」
哲朗もお気に入りになったようだ。
もう一品の料理は、
「卵はつるっとした口当たり。一味違う“マーボー”スープよ」
コキアダワさんがマーボーを強調して説明した。
マーボーの腕や足の肉や顔も入っていて、普通の日本人から見ればグロテスクに感じるところだが、
「フカヒレスープより美味いよ、美味いよ」
魔物料理を見慣れた哲朗にとっては美味しそうな御馳走だ。
「これまで作ってくれるなんて、姐さん今日は何か良いことあったんだね」
「んふふ♪ いい日かに玉」
さらにもう一品、この山の沢に棲息する巨大なサワガニ風の魔物を解体した身も入った、広東風かに玉のような料理も振舞ってくれた。
コキアダワさん手作りの料理も堪能し、男共は残りの獲物を載せドラゴン風の生き物に乗って、街へ帰っていった。
「罠張って吊るして 小さな魔物♪ 罠張って吊るして 大きな魔物も♪ 首絞めて 吊るすといってよ♪」
コキアダワさんは歌の練習も兼ねて、今日獲った魔物も称えるように見送った。
「狩り用の魔物には最強の極級、その下に特級、一から五級までの七段階に分類されてるけど、今日行った場所は下から二番目三番目の四級、三級の魔物が棲む魔物狩り初心者向けなんだ。ちなみに五級は幼い子どもでも簡単に捕まえられる、平地の公園や家の庭、池なんかにいる虫や小動物だな。野生のカムラオは三級、哲朗が芸に使ってるザリガニは五級魔物だ。美味さは極級だけどな。もっと山奥の標高の高い所や砂漠、地底、ジャングル、雪原、遠海に行くと、今日出遭った魔物なんかより遥かに凶悪で獰猛な魔物がうようよしてるぜ。哲朗ですら立ち向かう勇気すら到底湧かないような。図鑑にも載ってるぜ。そこにもそのうち連れて行ってやるから楽しみにしててくれよ、哲朗」
「それは楽しみなような、ヤバいような。でも行ってみたいな」
飛行中、魔物ハンターの一人から爽やか笑顔で伝えられ、哲朗はわくわく気分も沸いてしまった。
☆
翌日の新聞で、哲朗の活躍を伝える記事が大きく数ページに渡って載せられた。
「俺、ス〇ニチでもこんなに大きく扱われたことないなぁ」
哲朗はご満悦。
記事の文字も大体読むことが出来た。
さて、魔物ハンターに憧れを抱く子ども達が増えたかというと、
「子ども達よ、魔物ハンター、恰好いいじゃろう?」
「僕はなりたくないなぁ。そんな危ないの」
「魔物ハンターそのものじゃなくて、哲朗が魔物ハントしてるとこ見るのが面白いもんね」
「そっ、そんなぁ。ワガデ王国の将来が、ヤバいよヤバいよ」
そう上手くはいかなかったようだ。
ゾユウさん、しょんぼりして哲朗の口癖も真似てしまうのであった。
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