上 下
72 / 112
幕間9

空白の憤怒の行く末

しおりを挟む



 優が殺された。
 サッカー部の連中に。

 第一発見者は俺だった。
 サッカーボールを収納する金属製の整理カゴ、キャスター付きの。
 その整理カゴをひっくり返した檻の中。
 整理カゴから出られないようにたくさんのダンベルを乗せられた、その中で。
 優は傷と痣と泥と砂と埃と精液塗れで、死んでいた。

 優の両親は『被害者の親』として騒いだ。
 連日ワイドショーに出演して、サッカー部の残虐な虐めと、まともに対応しようとしない学校や教師、顧問や教育委員会を激しく糾弾した。
 でも、俺にとっては優の両親も同罪だった。
 絵を描くのが好きで、運動が苦手で、美術部に入りたかった優を「絵なんかで稼げるわけがない」とぶん殴って、無理やりサッカー部に入れたのは優の両親だ。
 運動が苦手な優を運動部に入れたら、虐めの標的になることなんか目に見えていたのに。
 優の両親は自分たちの加害性は棚に上げて、私たちは『被害者の親』……即ち被害者なのだと叫ぶ。

 サッカー部の顧問と俺の担任教師は、第一発見者の俺を黙らせて事件を隠蔽しようとした。
 事件について口外したら内申を下げるとか、志望校に推薦しないとか言って。

 俺は絶望した。
 優を殺した世界と、自分に。
 俺が優の手を取って逃げれば、きっと優は死ななかった。
 でも、俺にはそれが出来なかった。
 俺自身も、両親に美術部に入るのを反対されて、反対を押し切る勇気もないまま弓道部に入った雑魚だったから。
 優の手を取って逃げる勇気が俺には無かった。

 だから俺は殺した。
 サッカー部の連中を、優の両親を、サッカー部の顧問と俺の担任を……そして俺自身を。
 小麦粉を使った粉塵爆発で木っ端微塵にした。
 許せない奴らを全員殺した。
 俺自身も含めて。




 けれど俺は転生してしまった。
 この世界に。
 前の世界の人間と大差ない人間が蔓延るこの世界に。

 絶望したさ。
 自死しようとも思った。
 それを止めたのが柚希さんだった。

 柚希さんは俺を抱き締めて言った。

「ごめんね。本当は俺たち大人が、響哉君と優君を助けなければいけなかったのに、助けられなかった」
「今度こそ、俺は響哉君を救うから。お兄さんが、君たち“弟”を絶対に守るから」

 なのに……。




「何故だ、柚希さん。どうして人間たちの味方をする。何故ラスティル王国に肩入れするんだ」

 柚希さんがラスティル王国に肩入れしたことで、スピルス・リッジウェイを絡めた計画も、マドリーン・アッシュフィールドを絡めた計画も破綻した。

「貴方は今までは人間と俺、どちら側にも加担しなかったじゃないか……」

 柚希さん。
 ずっと探していた。
 やっと姿を表した貴方は、俺を裏切っていた。
 人間側に加担して、ラスティル王国を救う為に動いている。

 何故だ。
 ラスティル王国にそこまでする価値があるのか?
 それとも、ヴァニタス・アッシュフィールドか?
 奴にそこまでの価値があるのか?

「許せない……」

 許せない。
 許せない。
 許せない。

 柚希さん、貴方が許せない。
 貴方を奪ったラスティル王国と、ヴァニタス・アッシュフィールドが許せない。

「ラスティル王国は必ず滅ぼす。ヴァニタス・アッシュフィールドには死よりも辛い苦痛を味あわせてやる……」

 そして柚希さん。
 今度こそ貴方を閉じ込める。
 もう何処にも行かないように、俺の傍から離れないように。

「柚希さん。後悔してももう遅いから」

 俺を一人にした貴方が悪いんだ。
 俺を裏切った貴方が悪いんだ。
 絶対に絶対に許さない。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

噂の冷血公爵様は感情が全て顔に出るタイプでした。

春色悠
BL
多くの実力者を輩出したと云われる名門校【カナド学園】。  新入生としてその門を潜ったダンツ辺境伯家次男、ユーリスは転生者だった。  ___まあ、残っている記憶など塵にも等しい程だったが。  ユーリスは兄と姉がいる為後継者として期待されていなかったが、二度目の人生の本人は冒険者にでもなろうかと気軽に考えていた。  しかし、ユーリスの運命は『冷血公爵』と名高いデンベル・フランネルとの出会いで全く思ってもいなかった方へと進みだす。  常に冷静沈着、実の父すら自身が公爵になる為に追い出したという冷酷非道、常に無表情で何を考えているのやらわからないデンベル___ 「いやいやいやいや、全部顔に出てるんですけど…!!?」  ユーリスは思い出す。この世界は表情から全く感情を読み取ってくれないことを。いくら苦々しい表情をしていても誰も気づかなかったことを。  寡黙なだけで表情に全て感情の出ているデンベルは怖がられる度にこちらが悲しくなるほど落ち込み、ユーリスはついつい話しかけに行くことになる。  髪の毛の美しさで美醜が決まるというちょっと不思議な美醜観が加わる感情表現の複雑な世界で少し勘違いされながらの二人の行く末は!?    

王太子殿下は悪役令息のいいなり

白兪
BL
「王太子殿下は公爵令息に誑かされている」 そんな噂が立ち出したのはいつからだろう。 しかし、当の王太子は噂など気にせず公爵令息を溺愛していて…!? スパダリ王太子とまったり令息が周囲の勘違いを自然と解いていきながら、甘々な日々を送る話です。 ハッピーエンドが大好きな私が気ままに書きます。最後まで応援していただけると嬉しいです。 書き終わっているので完結保証です。

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

愛などもう求めない

白兪
BL
とある国の皇子、ヴェリテは長い長い夢を見た。夢ではヴェリテは偽物の皇子だと罪にかけられてしまう。情を交わした婚約者は真の皇子であるファクティスの側につき、兄は睨みつけてくる。そして、とうとう父親である皇帝は処刑を命じた。 「僕のことを1度でも愛してくれたことはありましたか?」 「お前のことを一度も息子だと思ったことはない。」 目が覚め、現実に戻ったヴェリテは安心するが、本当にただの夢だったのだろうか?もし予知夢だとしたら、今すぐここから逃げなくては。 本当に自分を愛してくれる人と生きたい。 ヴェリテの切実な願いが周りを変えていく。  ハッピーエンド大好きなので、絶対に主人公は幸せに終わらせたいです。 最後まで読んでいただけると嬉しいです。

涙の悪役令息〜君の涙の理由が知りたい〜

ミクリ21
BL
悪役令息のルミナス・アルベラ。 彼は酷い言葉と行動で、皆を困らせていた。 誰もが嫌う悪役令息………しかし、主人公タナトス・リエリルは思う。 君は、どうしていつも泣いているのと………。 ルミナスは、悪行をする時に笑顔なのに涙を流す。 表情は楽しそうなのに、流れ続ける涙。 タナトスは、ルミナスのことが気になって仕方なかった。 そして………タナトスはみてしまった。 自殺をしようとするルミナスの姿を………。

仮面の兵士と出来損ない王子

天使の輪っか
BL
姫として隣国へ嫁ぐことになった出来損ないの王子。 王子には、仮面をつけた兵士が護衛を務めていた。兵士は自ら志願して王子の護衛をしていたが、それにはある理由があった。 王子は姫として男だとばれぬように振舞うことにしようと決心した。 美しい見た目を最大限に使い結婚式に挑むが、相手の姿を見て驚愕する。

誰よりも愛してるあなたのために

R(アール)
BL
公爵家の3男であるフィルは体にある痣のせいで生まれたときから家族に疎まれていた…。  ある日突然そんなフィルに騎士副団長ギルとの結婚話が舞い込む。 前に一度だけ会ったことがあり、彼だけが自分に優しくしてくれた。そのためフィルは嬉しく思っていた。 だが、彼との結婚生活初日に言われてしまったのだ。 「君と結婚したのは断れなかったからだ。好きにしていろ。俺には構うな」   それでも彼から愛される日を夢見ていたが、最後には殺害されてしまう。しかし、起きたら時間が巻き戻っていた!  すれ違いBLです。 ハッピーエンド保証! 初めて話を書くので、至らない点もあるとは思いますがよろしくお願いします。 (誤字脱字や話にズレがあってもまあ初心者だからなと温かい目で見ていただけると助かります) 11月9日~毎日21時更新。ストックが溜まったら毎日2話更新していきたいと思います。 ※…このマークは少しでもエッチなシーンがあるときにつけます。 自衛お願いします。

新しい道を歩み始めた貴方へ

mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。 そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。 その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。 あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。 あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?

処理中です...