上 下
45 / 112
会談―午前―

01

しおりを挟む

 会談当日。
 俺は念入りに鏡を覗き込んだ。

「生前、もっとファッションの勉強をしておくべきだったな……」

 生前は鏡を見るのも嫌だったから、手入れは寝癖を整える程度だった。
 こんなにも長く髪を伸ばしたこともない。

「いや、久しぶりにスピルスに会うから、か。……こんなに髪型が気になるのも」

 あれこれ髪をいじくり回して、結局いつものハーフアップにする。
 鏡に映る自分が、緊張しているのが分かる。
 スピルスに会えない間、彼への想いを痛感した。
 だが、今回の会談は想い人と顔を合わせるだけでは終わらない。

 スピルスの真意を聞き出さなくてはならない。
 彼が魔王側の人間であれば、説得しなければならない。
 言わば俺は、ラスティル王国全国民の命運を背に、スピルスとの会談に臨まなければならない。

 鏡に手をついて、ハーッと深い溜め息を吐くと、尻にポヨヨンとした感触。

「お、ま、え、は~~~!! どこまでシリアスブレイカーなんだコラッ!!」

 スライムは“何を言っているのかさっぱりわかりません”と訴えるかのごとく、ポヨンポヨンと跳び跳ねた後、いつものように俺の司祭服の中に入ってきた。

「おいコラ!! 今日はダメだ!! 今日は暇じゃねぇんだ!! お前の遊びにつき合ってやれねぇんだ!! おい!!」

 捕まえて引っ張り出そうとしても、粘液状のスライムの身体はスルスルと、俺の身体を這って逃げる。
 小一時間、服の中のスライムと格闘した後……俺は諦めて再度衣服と髪を整えた。

「お前、絶対これマチルダにはやるなよ。女性にこれやったらスライムでも犯罪だからな」

 “了解!! 任せろ!!”と言わんばかりに、スライムは俺の身体にポヨンポヨン身体をぶつける。
 こいつ、本当にわかってるのかわかってねぇのか。

「まぁ……お前が一緒の方が肩の力を抜いて会談に臨めるのかもしれねぇな」

 俺は服越しにスライムの身体を撫でる。
 セオドアやアルビオンには甘いと言われそうだが。

 ふと、結界に何かが触れるのを感じた。
 シルヴェスターとスピルスだ。
 俺はスライムを服に入れたまま、ゆっくりと部屋を出て、階下に降りる。

 走り出し、スピルスに抱きつきたい衝動半分。
 全てを捨ててでも逃げ出したい恐怖半分。
 立ち止まって溜め息を吐くと“はよ行け!”と言わんばかりにスライムが背中をポヨンポヨン叩いた。
 お前は本当にシリアスを容赦なくぶち壊すなぁ。

 階段を降りると、まず濃紺の髪の長身の男が目に入った。

「兄上……」
「久しぶりだな、シルヴェスター。手紙読んだよ。お前の気持ち、よくわかった。今まで兄らしいことを何もしてやれなくてすまなかった」
「兄上……私こそ…………」
「お前の境遇なら、俺や母さんを恨んで当然だ。俺とお前の立場が逆なら、俺もお前を恨んだだろう。だからこそ、お前から歩み寄ってくれて俺は嬉しかった。ありがとな、シルヴェスター。あと、これからはお互い敬語はナシな」
「はいっ!! あ、いえ……あぁ、わかった」

 素直なシルヴェスターに、俺は微笑む。
 だが、その背後に佇むローブの青年の姿を見た途端、俺は表情を強張らせた。

「スピルス……」
「久しぶり、ヴァニタス」

 紫がかった柔らかな銀髪。
 赤みがかった紫の瞳。
 白と紫のグラデーションに、青やピンクの混じる、妖精が纏う為に作られたのかのような華やかなローブ。
 美少女めいた中性的な顔立ち。
 少し低めの身長。

 俺はゴクリと息を飲んだ。
 再会を待ち望んでいた、同時に真実を知るのを恐れていた相手。
 スピルス・リッジウェイがそこに居た。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

マリオネットが、糸を断つ時。

せんぷう
BL
 異世界に転生したが、かなり不遇な第二の人生待ったなし。  オレの前世は地球は日本国、先進国の裕福な場所に産まれたおかげで何不自由なく育った。確かその終わりは何かの事故だった気がするが、よく覚えていない。若くして死んだはずが……気付けばそこはビックリ、異世界だった。  第二生は前世とは正反対。魔法というとんでもない歴史によって構築され、貧富の差がアホみたいに激しい世界。オレを産んだせいで母は体調を崩して亡くなったらしくその後は孤児院にいたが、あまりに酷い暮らしに嫌気がさして逃亡。スラムで前世では絶対やらなかったような悪さもしながら、なんとか生きていた。  そんな暮らしの終わりは、とある富裕層らしき連中の騒ぎに関わってしまったこと。不敬罪でとっ捕まらないために背を向けて逃げ出したオレに、彼はこう叫んだ。 『待て、そこの下民っ!! そうだ、そこの少し小綺麗な黒い容姿の、お前だお前!』  金髪縦ロールにド派手な紫色の服。装飾品をジャラジャラと身に付け、靴なんて全然汚れてないし擦り減ってもいない。まさにお貴族様……そう、貴族やら王族がこの世界にも存在した。 『貴様のような虫ケラ、本来なら僕に背を向けるなどと斬首ものだ。しかし、僕は寛大だ!!  許す。喜べ、貴様を今日から王族である僕の傍に置いてやろう!』  そいつはバカだった。しかし、なんと王族でもあった。  王族という権力を振り翳し、盾にするヤバい奴。嫌味ったらしい口調に人をすぐにバカにする。気に入らない奴は全員斬首。 『ぼ、僕に向かってなんたる失礼な態度っ……!! 今すぐ首をっ』 『殿下ったら大変です、向こうで殿下のお好きな竜種が飛んでいた気がします。すぐに外に出て見に行きませんとー』 『なにっ!? 本当か、タタラ! こうしては居られぬ、すぐに連れて行け!』  しかし、オレは彼に拾われた。  どんなに嫌な奴でも、どんなに周りに嫌われていっても、彼はどうしようもない恩人だった。だからせめて多少の恩を返してから逃げ出そうと思っていたのに、事態はどんどん最悪な展開を迎えて行く。  気に入らなければ即断罪。意中の騎士に全く好かれずよく暴走するバカ王子。果ては王都にまで及ぶ危険。命の危機など日常的に!  しかし、一緒にいればいるほど惹かれてしまう気持ちは……ただの忠誠心なのか?  スラム出身、第十一王子の守護魔導師。  これは運命によってもたらされた出会い。唯一の魔法を駆使しながら、タタラは今日も今日とてワガママ王子の手綱を引きながら平凡な生活に焦がれている。 ※BL作品 恋愛要素は前半皆無。戦闘描写等多数。健全すぎる、健全すぎて怪しいけどこれはBLです。 .

影の薄い悪役に転生してしまった僕と大食らい竜公爵様

佐藤 あまり
BL
 猫を助けて事故にあい、好きな小説の過去編に出てくる、罪を着せられ処刑される悪役に転生してしまった琉依。            実は猫は神様で、神が死に介入したことで、魂が消えかけていた。  そして急な転生によって前世の事故の状態を一部引き継いでしまったそうで……3日に1度吐血って、本当ですか神様っ  さらには琉依の言動から周りはある死に至る呪いにかかっていると思い━━  前途多難な異世界生活が幕をあける! ※竜公爵とありますが、顔が竜とかそういう感じては無いです。人型です。

目覚めたそこはBLゲームの中だった。

BL
ーーパッパー!! キキーッ! …ドンッ!! 鳴り響くトラックのクラクションと闇夜を一点だけ照らすヘッドライト‥ 身体が曲線を描いて宙に浮く… 全ての景色がスローモーションで… 全身を襲う痛みと共に訪れた闇は変に心地よくて、目を開けたらそこは――‥ 『ぇ゙ッ・・・ ここ、どこ!?』 異世界だった。 否、 腐女子だった姉ちゃんが愛用していた『ファンタジア王国と精霊の愛し子』とかいう… なんとも最悪なことに乙女ゲームは乙女ゲームでも… BLゲームの世界だった。

あと一度だけでもいいから君に会いたい

藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。 いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。 もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。 ※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります

そばにいられるだけで十分だから僕の気持ちに気付かないでいて

千環
BL
大学生の先輩×後輩。両片想い。 本編完結済みで、番外編をのんびり更新します。

彼の至宝

まめ
BL
十五歳の誕生日を迎えた主人公が、突如として思い出した前世の記憶を、本当にこれって前世なの、どうなのとあれこれ悩みながら、自分の中で色々と折り合いをつけ、それぞれの幸せを見つける話。

悪役令嬢と同じ名前だけど、僕は男です。

みあき
BL
名前はティータイムがテーマ。主人公と婚約者の王子がいちゃいちゃする話。 男女共に子どもを産める世界です。容姿についての描写は敢えてしていません。 メインカプが男性同士のためBLジャンルに設定していますが、周辺は異性のカプも多いです。 奇数話が主人公視点、偶数話が婚約者の王子視点です。 pixivでは既に最終回まで投稿しています。

人生イージーモードになるはずだった俺!!

抹茶ごはん
BL
平凡な容姿にろくでもない人生を歩み事故死した俺。 前世の記憶を持ったまま転生し、なんと金持ちイケメンのお坊ちゃまになった!! これはもう人生イージーモード一直線、前世のような思いはするまいと日々邁進するのだが…。 何故か男にばかりモテまくり、厄介な事件には巻き込まれ!? 本作は現実のあらゆる人物、団体、思想及び事件等に関係ございません。あくまでファンタジーとしてお楽しみください。

処理中です...