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真の主人公登場

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 アルビオンの言葉は意外ではあった……が。

「でも、赤津孝憲が尊敬すべき人間じゃないことは明らかだよ」

…………そう。
 何も成し得ず、何も得られないまま死んだ、愚かな男。
 どう足掻いても、赤津孝憲に関してはそれが真実だった。

「子供を助けたんだよね? 命を救ったんだよね?」

 確かに、俺がトラックに轢かれて死んだのは小学生の男の子を助けたからだった。
 彼を突き飛ばして、代わりに轢かれた。

「アルビオン、お前はさ。例えば今夜この屋敷が圧倒的戦力差の敵に襲撃されて、蹂躙されて、スヴェンもマチルダもメモリアもお前を庇って死んで、お前は彼らの無惨な死体を目の当たりにした上で一人生き残って……お前は幸せになれるか? スヴェンやマチルダやメモリアの犠牲や無惨な姿を忘れて、幸せに生きることができるか?」
「そ、れは……」

 サバイバーズギルト。
 誰かを犠牲にして生き残ってしまった。
 自分の代わりに誰かが犠牲になってしまった。
 自分の手で助けられたかも知れない人を助けられなかった、見殺しにしてしまった。

 これは、周囲の想像以上にその人を苛むのだ。
 あまりの罪悪感から鬱病や精神疾患を患ってしまったり、自殺を選ぶことも決して珍しくない。

「俺が……赤津孝憲が生還して初めて、あの子供を救えたと言えるんだ。俺が死んじまったんなら、俺はあの子供に無用な罪悪感を埋め込んだだけだ。あの子供は事故を目の当たりにしたトラウマと、自分の代わりに誰かが犠牲になってしまったという罪悪感を抱えながら生きていかなければならない。俺が救えたのは本当にあの子の命だけだ。あの子の人生や幸せまでは救えなかった」

 すると、アルビオンがクスクスと笑い出した。
 俺は目が点になる。
 笑い声は段々大きくなり、最終的にアルビオンは笑い転げた。

「ちょっと待て。そこまでバカ笑いできるようなポイントが何処にあった?」

 アルビオンはひとしきり笑うと、紅茶を飲んでホッと一息吐く。

「あのね、ヴァニタス……じゃないや。孝憲。君さ、やっぱり良いヤツだよ。バカがつくくらいに真面目で、正直で、真っ直ぐで。バカがつくくらいに優しくて、お人好し。この世界でも子供を庇って大人が死ぬなんて日常茶飯事だけどさ、その行為が子供にどんな影響を与えるかなんて考える大人はほぼ存在しないよ。だいたいの大人が命を救えただけで満足するし、言い方は悪いけどそれで自分は英雄だなんて思ったりする。自己犠牲で罪悪感を感じるヤツなんて、ごく少数だよ。でもって、君はそのごく少数のうちの1人……」

 アルビオンが俺を見る瞳が、優しく穏やかな色に変わる。

「最初に君が言った通り、今の君はあくまでも『赤津孝憲という前世を思い出したヴァニタス・アッシュフィールド』だ。マチルダやスヴェン様、みんなに赤津孝憲のことを話す必要はない。でも、君が赤津孝憲のことを責めるのも違うと思うよ。だってここまで話を聞いても、赤津孝憲に悪い要素は何処にもないよ。ただ真面目過ぎて、誠実過ぎて、優し過ぎて、前世の世界では生きづらかっただけだと思う」

 まさか、励まされるとは思わなかった。
 俺は……涙が溢れて止まらなくなった。

 だって、赤津孝憲として生きてきた時も、こんな風に励ましてくれる人なんて何処にもいなかった。
 みんな、俺を見下して、バカにして、醜いと、出来損ないだと責めて……。
 それでも必死で生きてきたけれど、最後の最後まで俺を認めてくれる者は存在しなかった。

 それなのに、来世でこんな……。


「でも、確かに『命を助けて、尚且つ生還する』っていう姿勢は大切だなって思った。『自分を犠牲にしてでも相手の命だけは助ける』では確かに不十分だ。逆に相手を傷つけ苦しめることになりかねない……これは、とても勉強になったよ」

 俺が落ち着いた頃、アルビオンがポツリと呟いた。
 俺は顔を上げる。

「もっと、ヴァニタスの話を聞いてみたいと思った。いや、聞くべきだと思った。ということで、スヴェン様に追い出されるまで、俺は此処に滞在してやろうと思ったよ。ヴァニタスのことを嫌いにならないし、むしろ余計に好感持ったし、興味がそそられてるからさ……もうしばらくこの屋敷で俺の面倒を見てよね」

 流石は勧善懲悪物の主人公というか、何というか。
 アルビオンって圧倒的な光属性だな。
 でも、嬉しくもあり……。

「ありがとう。これからもよろしくな、アルビオン」


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