上 下
13 / 112
地下水脈

01

しおりを挟む


 地下水脈攻略当日。

 スヴェンはいつもは下の方で控えめに束ねている長い金髪をポニーテールにして、執事服から黒主体の動きやすい軽装に着替えている。

 ここ最近頻繁に屋敷を訪れてはスヴェンに剣技を叩き込まれているユスティートも、色が水色主体だが、スヴェンとお揃いの軽装だ。

 スピルスはいつもの白と紫のグラデーションのローブ。
 いつもなら「おい、そんな服着て行ったら汚れないか?」なんて言うところなのだが……。

「いや、これ。聖職者系が着る服じゃねぇの?司祭服だろ、これ。少なくとも地下水脈に着て行く服じゃねぇだろうが」

 俺の為に用意された服がスピルスのローブの上を行ってしまったから、ヤツのローブに突っ込めなかった。

 純白の司祭服に赤いストラ。

「はい、元々は聖職者用のものです。ヴァニタスの役目はゴーストやアンデッドモンスターの領域を自分の領域にすることですから、少しでも歌に聖属性を付与することができたらと思いまして」

 悪びれもせず、スピルスは言う。
 聖属性バフが必要なら仕方ねぇし、これから戦場に行くのにたかだか服装ひとつで文句なんて言ってられねぇが。

「似合わねぇだろ、流石に」

 鏡を見ながら溜め息を吐いたのを思い出す。
 重い黒髪の凶悪面が、聖職者の服を着ている。

 前世で昔流行した漫画の、ジープ乗り回して銃を片手に暴れまわるヘビースモーカーの僧侶とか、そっち系?
……いや、俺あそこまで強くねぇし、カッコいいアクションも取れねぇって。


 出掛ける前に庭で歌って屋敷の結界を強化する。
 歌うのは前世で20年前に流行したアニメ映画の主題歌。
 ビジュアル系ロックバンドが歌った『プロミスド サンクチュアリ』。

 死ぬ間際のアニメ主題歌って女性の歌が多いから、20年前に遡っての男声楽曲の選出だったが、これが案外効果があった。
 やっぱタイトルって大事か?
 言霊とかあるもんな……いや、この世界にあるのか不明だが。

 歌い終わると、「綺麗……」とユスティートが感嘆の声を漏らした。
 しまった、今日はみんなに見られてたんだった。

「死ぬ……」

 思わずしゃがみ込んで顔を隠す。

「大丈夫大丈夫、恥ずかしさで死ぬことはないですから」

 スピルス、お前……他人事だと思って……。

「ヴァニタス様が定期的に領域魔法を展開してくださいますし、時々歌声も屋敷に響いていましたが……ラスティルの言葉ではないですよね?古語でしょうか?」
「いや。古語でもありませんし、他国の言葉でもないですよ。私もずっと気になってはいました」

 あぁ……日本語だからなぁ……。
 ノロノロと顔を上げて立ち上がる。

「記憶を失って鏡の前で気がつくまでの間に夢で聞いた歌だ。歌って言われて思いついて歌ってみたら案外効果があったんで、ずっとこの歌を歌っているだけだ」

 前世を夢だとしたら、こんな説明になるだろう。
 実際は神秘的でも何でもなく、カラオケに行けば誰でも歌える歌なんだが。
 前世じゃ俺と同世代はだいたい知ってる歌だし。

「歌はともかく……これで俺が死なない限り、この屋敷は安全だ。でも万が一ということもある。気をつけてくれ、マチルダ」

 屋敷に一人残す彼女が心配だが、マチルダは笑顔を浮かべた。

「私はヴァニタス様と皆様のお力を信頼しています。必ず無事にご帰還なさると信じて、ご馳走を作っておきますからね」
「君は……強いな、マチルダ」

 俺は、ヴァニタスは、本当に善き人たちに恵まれている。


 屋敷の裏に固く封印された大きな井戸がある。
 顔を真っ赤にしながらも、再び俺が歌ってスピルスにバフをかけ、スピルスが封印を解除する。

 確かに、もう恥ずかしいとか人前で歌っていられないとか言ってる段階じゃねぇな。

 封印が解かれると、禍々しい瘴気が溢れ出す。
 即座に領域魔法を展開して、瘴気が屋敷に流れ込むのを防いだ。

「これで俺が死なない限り、屋敷に瘴気もモンスターも侵入出来ない」
「わかりました。ヴァニタス様は必ずお守りします。私が先陣を切ります。ユスティート、続いて君が井戸を降りろ」
「はい、師匠」

 スヴェンとユスティートの師弟コンビが井戸を降り、続いて俺、殿をスピルスが引き受けてくれた。

「悪りぃ。本来であれば賢者であるお前を最優先で守るべきなんだがな」
「麗人をお守りできるのは、男として本望ですよ。さぁ、降りた降りた」

 いや、可憐なのは俺よりむしろお前なんだがな。
……最近時々、スピルスの言葉の意味がわかんねぇよ、俺。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

噂の冷血公爵様は感情が全て顔に出るタイプでした。

春色悠
BL
多くの実力者を輩出したと云われる名門校【カナド学園】。  新入生としてその門を潜ったダンツ辺境伯家次男、ユーリスは転生者だった。  ___まあ、残っている記憶など塵にも等しい程だったが。  ユーリスは兄と姉がいる為後継者として期待されていなかったが、二度目の人生の本人は冒険者にでもなろうかと気軽に考えていた。  しかし、ユーリスの運命は『冷血公爵』と名高いデンベル・フランネルとの出会いで全く思ってもいなかった方へと進みだす。  常に冷静沈着、実の父すら自身が公爵になる為に追い出したという冷酷非道、常に無表情で何を考えているのやらわからないデンベル___ 「いやいやいやいや、全部顔に出てるんですけど…!!?」  ユーリスは思い出す。この世界は表情から全く感情を読み取ってくれないことを。いくら苦々しい表情をしていても誰も気づかなかったことを。  寡黙なだけで表情に全て感情の出ているデンベルは怖がられる度にこちらが悲しくなるほど落ち込み、ユーリスはついつい話しかけに行くことになる。  髪の毛の美しさで美醜が決まるというちょっと不思議な美醜観が加わる感情表現の複雑な世界で少し勘違いされながらの二人の行く末は!?    

王太子殿下は悪役令息のいいなり

白兪
BL
「王太子殿下は公爵令息に誑かされている」 そんな噂が立ち出したのはいつからだろう。 しかし、当の王太子は噂など気にせず公爵令息を溺愛していて…!? スパダリ王太子とまったり令息が周囲の勘違いを自然と解いていきながら、甘々な日々を送る話です。 ハッピーエンドが大好きな私が気ままに書きます。最後まで応援していただけると嬉しいです。 書き終わっているので完結保証です。

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

涙の悪役令息〜君の涙の理由が知りたい〜

ミクリ21
BL
悪役令息のルミナス・アルベラ。 彼は酷い言葉と行動で、皆を困らせていた。 誰もが嫌う悪役令息………しかし、主人公タナトス・リエリルは思う。 君は、どうしていつも泣いているのと………。 ルミナスは、悪行をする時に笑顔なのに涙を流す。 表情は楽しそうなのに、流れ続ける涙。 タナトスは、ルミナスのことが気になって仕方なかった。 そして………タナトスはみてしまった。 自殺をしようとするルミナスの姿を………。

仮面の兵士と出来損ない王子

天使の輪っか
BL
姫として隣国へ嫁ぐことになった出来損ないの王子。 王子には、仮面をつけた兵士が護衛を務めていた。兵士は自ら志願して王子の護衛をしていたが、それにはある理由があった。 王子は姫として男だとばれぬように振舞うことにしようと決心した。 美しい見た目を最大限に使い結婚式に挑むが、相手の姿を見て驚愕する。

誰よりも愛してるあなたのために

R(アール)
BL
公爵家の3男であるフィルは体にある痣のせいで生まれたときから家族に疎まれていた…。  ある日突然そんなフィルに騎士副団長ギルとの結婚話が舞い込む。 前に一度だけ会ったことがあり、彼だけが自分に優しくしてくれた。そのためフィルは嬉しく思っていた。 だが、彼との結婚生活初日に言われてしまったのだ。 「君と結婚したのは断れなかったからだ。好きにしていろ。俺には構うな」   それでも彼から愛される日を夢見ていたが、最後には殺害されてしまう。しかし、起きたら時間が巻き戻っていた!  すれ違いBLです。 ハッピーエンド保証! 初めて話を書くので、至らない点もあるとは思いますがよろしくお願いします。 (誤字脱字や話にズレがあってもまあ初心者だからなと温かい目で見ていただけると助かります) 11月9日~毎日21時更新。ストックが溜まったら毎日2話更新していきたいと思います。 ※…このマークは少しでもエッチなシーンがあるときにつけます。 自衛お願いします。

俺は北国の王子の失脚を狙う悪の側近に転生したらしいが、寒いのは苦手なのでトンズラします

椿谷あずる
BL
ここはとある北の国。綺麗な金髪碧眼のイケメン王子様の側近に転生した俺は、どうやら彼を失脚させようと陰謀を張り巡らせていたらしい……。いやいや一切興味がないし!寒いところ嫌いだし!よし、やめよう! こうして俺は逃亡することに決めた。

婚約破棄されて捨てられた精霊の愛し子は二度目の人生を謳歌する

135
BL
春波湯江には前世の記憶がある。といっても、日本とはまったく違う異世界の記憶。そこで湯江はその国の王子である婚約者を救世主の少女に奪われ捨てられた。 現代日本に転生した湯江は日々を謳歌して過ごしていた。しかし、ハロウィンの日、ゾンビの仮装をしていた湯江の足元に見覚えのある魔法陣が現れ、見覚えのある世界に召喚されてしまった。ゾンビの格好をした自分と、救世主の少女が隣に居て―…。 最後まで書き終わっているので、確認ができ次第更新していきます。7万字程の読み物です。

処理中です...