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ヴァニタス・アッシュフィールド10歳
04
しおりを挟む俺はゲーム「アルビオンズ プレッジ」を思い出す。
もう既に、あのゲームのモブ敵であるヴァニタス・アッシュフィールドと俺は、かけ離れてしまっているのだろう。
スピルス。
スヴェン。
そしてマチルダ。
こんなにも周囲の人間に恵まれた男が、廃墟でたった一人で、悪人として正義に倒されて死を迎えるだろうか。
マチルダの言う通りだ。
俺は7歳までのヴァニタス少年と39歳で死んだ俺を切り分けて、ヴァニタス・アッシュフィールドとして生きる責任から逃げていた。
でもそれは、ヴァニタス・アッシュフィールドにも、この世界に生きる人間たちにも失礼だ。
前世は前世、今は今だ。
例え前世の記憶が蘇ったとしても、優先させるべきは今だ。
前の前世である日本で、仮にその前の前世である幕末の人切りであった記憶を思い出したとしても、人を切ったり殺したりはしないように。
今この世界で前世の記憶を思い出したとしても、俺がするべきは今世の自分であるヴァニタス・アッシュフィールドの人生を最後の最後まで生き抜くことだ。
「ありがとうマチルダ、思いっきり目が覚めたぜ」
俺の言葉に、マチルダもにっこりと笑った。
「さぁ、スヴェンが戻ってくるまでに料理を完成させてしまいましょう。手伝ってくれますね、“ヴァニタス様”」
「おう! 任せとけ!」
俺はマチルダの指示に従いながら、料理を手伝う。
やがてスヴェンが帰ってきて、温かい料理を3人で囲んで食べた。
血が繋がらなくても、それは間違いなく家族の団欒の光景。
俺は何としても、この2人を守らなければならないと思った。
その為には……。
「スヴェン、少し時間貰ってもいいか?」
俺は昼間スピルスに見せた羊皮紙をスヴェンに広げて見せ、地下通路の話を彼に打ち明けた。
マチルダと会話をするまで、俺は何処か俯瞰してこの世界を見ていた。
ゲームのプレイヤー気分だったとでも言うべきかもしれない。
だから、スヴェンとマチルダにはゲーム「アルビオンズ プレッジ」に関わることをあまり話さなかった。
スヴェンとマチルダはゲーム内にモブとしてすら登場しないキャラクターだからだ。
でも、この世界は既にゲームの世界であって、ゲームの世界ではない。
現実の世界なのだ。
この国が危機に瀕したら、スヴェンとマチルダも間違いなく影響を受ける。
「このような危険な場所に子供2人で入るつもりだったのですか……」
スヴェンは頭を抱えて押し黙った。
「スヴェン……怒ってるのか?」
「……えぇ、怒っていますとも。ヴァニタス様もスピルス様も、揃いも揃ってこのスヴェン・マードックを舐めてくださいまして」
スヴェンは部屋の奥から布を巻きつけた長い棒のようなものを持ってきた。
「…………剣?」
「えぇ。10代の頃の私も、ヴァニタス様やスピルス様に負けず劣らずの悪ガキでしてね。この剣片手に傭兵として世界を飛び回ったのです」
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「私は黙って守られていることを容認できるような大人しく従順な人間ではないんですよ。確かに、スピルス様やヴァニタス様のように魔法は使えません。けれど魔物の1匹や2匹程度であれば、私が軽々と叩き切って見せます」
自信満々で宣言するスヴェンは、何処か楽しそうに見えた。
でも、これは俺でもわかる。
男はいくつになっても、冒険と聞くと胸が熱くなる生き物だ。
俺はすっかり頭の中から抜けていた。
この世界はもう現実で、既に俺はただのモブではない。
ゲーム内でモブとしてすら登場していないスヴェンとマチルダも、この現実ではひとりの人間として、俺と出会うまでの時間、確かにそれぞれの人生を歩んで来ていたのだ。
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