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38: 長引く食前と名前を忘れた理由

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「あの、私なま「ちょっとちょっとちょっとーー!!ずるいよラスカリー!ひどいよラスカリー!いっつも、私がラートンに囓られてる間に自分だけ!私もおとーさまって呼ばれたいよ!!」

「ウギャォォウウ!イオンウーウァの可愛い声を遮るなぁぁ!!」

「ギャン!痛…シャァァァ!!いい加減痛いよ!ラートン!このこのこのぉぉ!キャヒィィン!」


イオンウーウァと名前で呼んで欲しい、そう言えるのはもう少し後のようだった。

「さ、座りましょ♪あ!チーズをちゃんと出してくれてるわ♡」

再び噛みついてきたラートンに怒って反撃するも返り討ちに遭うグズーリヤ伯爵をさらりと無視してラスカリー夫人がイオンウーウァに席を薦める。

(最初はビックリしたけど、多分ちょっとふざけてる程度なのよね。)

最初はオロオロするばかりだったイオンウーウァも、獣人特有の文化だと割り切り、ラスカリー夫人に薦められるままに席に着いた。

「そういえば、さっき何か言いかけたわよね?」

先程までのしれっとした顔とは打って代わり、ラートンの暖かな眼差しを彷彿させる優しい笑顔でラスカリーがイオンウーウァに問い掛ける。
その表情に、やっぱり親子なのだな、と、イオンウーウァはラートンとラスカリーの確かな血脈を感じ取った。

「私も名前で呼んで欲しくなったんです……。」

ラスカリーの笑顔に背中を押されてイオンウーウァがおずおずと言えば、ラスカリーより先にグズーリヤが食い付いた。

「えっ!??名前で呼んでいいのかい??それって私も??」

「ダメェー!父上は許さない!!」イタタタタ…クソ!この!キャインギャォン!」

「ハァ……貴方が出てくると話が進まないのよ、邪魔しないで!……名前で呼んで良いのは嬉しいわ♪イオンウーウァちゃん♡でも、どういった心境の変化か……聞いても?」

背中に囓り付いたラートンを引き摺りながら嬉しそうに言うグズーリヤと、そんな父親を阻もうと唸るラートンをため息交じりに一蹴して、ラスカリーはイオンウーウァに優しく訊ねた。

「ずっと…、自分がイオンウーウァ・フォレストって人だと思わない様にしてたんです。
………あの家でひとりぼっちで暮らしてるのは、パパとママと一緒に仲良く、幸せに暮らしてたイオンウーウァじゃなくて、全然違う子だって……。
そう思ってたら、少しだけ……寂しくなかったんです……。」

(何だかうまく言えない……けど。)

少しもどかしく思いながらイオンウーウァがラスカリーを見れば、ラスカリーは優しさの中に悲しみを混ぜた瞳でイオンウーウァを見つめていた。

「そうだったの……。辛い境遇に居るのは自分イオンウーウァではないと思うことで、孤独に耐えてたのね…。」

ラスカリーがそっとイオンウーウァの手を握り、肩を撫でながら言う。
その言葉と温もりが、体の中を通ってイオンウーウァの心をぽかぽかと温めた。

「じゃぁ今は、自分がイオンウーウァだと思っても大丈夫という事なのかしら?」

ラスカリーの言葉にイオンウーウァはこくりと頷いた。


「今は、とっても幸せだから…。」



「イオンウーウァ…!」「「イオンウーウァちゃん……!」」



はにかみながら言ったイオンウーウァに、感極まったバドワイザ親子がひし!と抱き着き、涙してあちこちを撫で擦る。

その様子を少し水気の多い顔で見守っていた使用人達は、そっと、温くなったグラスや食器を冷やし直し、温め直し、食事の準備を再開したのだった。




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