上 下
16 / 128

16: アナグマの歓迎と歓迎を歓迎しない人。

しおりを挟む


「初めまして、番さん。私はラートンの父、グズーリヤ・バドワイザだよ。私の奥さんはもう名乗ったのかな?まだ?…此方は私の妻でラートンの母、ラスカリー・バドワイザだよ…。宜しくね♪可愛い息子の番さん。」

そう言って笑うバドワイザ伯爵は、優しそうな垂れ目と少し丸みを帯びた鼻先がラートンにそっくりの小柄な男性だった。

(ラー様にそっくりだわ……)

なんて思ったイオンウーウァがニッコリ微笑めば、背後でラートンの耳が一瞬警戒の動きを見せたが、誰一人それに気付くものはいなかった。

「人族で獣人の国に単身嫁いで来るんだ、判らない事ばっかり、戸惑う事ばっかりだと思うが、どうか困った事があれば遠慮なく頼っておくれ「僕の奥さんだよ!僕を頼って貰うんだよ!ね、可愛い番さん♡♡」…そ、それにしても、芳しい森の薫りがするお嬢「嗅ぐな!」nだね…ラートンが夢中になるのも判るなa「判るな!寄るな!」なんて…ハハハ…い、痛い!ギャン!ギャォオン!」

笑顔で近づいた伯爵に、イオンウーウァの背後でラートンが牙を剥いて唸り、全身の毛を逆立てて威嚇する。

合いの手でも入れるかの様に自身の言葉を遮るラートンにもめげず、当主としての歓迎の意を表するグズーリヤだったが、イオンウーウァに近付き、鼻を寄せようとした途端、ラートンにボカリと頭を叩かれ髪を引っ張られ、悲鳴をあげた。

「ちょっとラートン!当主として歓迎の鼻寄せとグルーミングをしなきゃだろ!?」

「ウゥウゥウウウ…!!僕の奥さんだ!触るな!取るな!父上でも許さないぞ!グルーミングするな!当主が受入れの儀式をしなきゃいけないなら、僕が当主になったら良いんだ!今すぐ譲れぇぇぇ!!ギャゥゥゥ!!」

「やだ!何する…ギャン!ギャイン!痛ぁい!ギャォオン!奥さん!私の奥さん!助け…キャォォン!キャォォォ!!」

当主として必要だからと怒るグズーリヤに、イオンウーウァにグルーミングをすると聞いて怒り狂ったラートンが飛び掛かり、とうとう二人はベッド横で床を転げ回る大乱闘を始めた。
だが、中型獣人らしい小柄なグズーリヤと長身筋肉達磨のラートンでは勝敗は明らかで、直ぐにグズーリヤが悲鳴を上げ、愛しのラスカリーに助けを求める。

「伯爵夫人として、貴方を歓迎します♡…チュッ♡宜しくね♪」

だが、そんなグズーリヤを尻目に、ラスカリーはさっとイオンウーウァに近付くとコツリと鼻と額をくっ付け、頬をペロリと舐め、反対の頬に口付けた。

「アーー!!僕の奥さんを舐めた!!母上!何するの!」

「ホホホ、御馳走様♡さ、貴方?当主代理として私が歓迎の鼻寄せとグルーミングをしましたからもう行きましょ♪」

ブンブンと長く筋骨隆々とした腕を振り回して怒るラートンをヒョイヒョイと避けながらラスカリーは笑い、満足気にそういうとグズーリヤに退室を促した。

「隙あり!やだよ!私が当主なんだから!歓迎するよ、番さん!」

だが、グズーリヤはキラリと紺碧の瞳を煌めかせると、さっとイオンウーウァに近付いて額と鼻を合わし、頬を舐め、慌てて戻ってきたラートンをニュルリと避けると急いでラスカリーの陰に逃げ込んだ。

「ええい!去れ!去れ!!」

ホホホホあんなに夢中になって…ハハハハハハ……♪私を囮にしたよね…?

ガウガウと怒るラートンを伯爵夫妻はニマニマと笑いながら揶揄い、イオンウーウァに手を振りながら退室した。

ふぅ……と深く息を吐いてラートンが気を落ち着かせると、イオンウーウァはベッドから降りてそっとその尻尾を撫でた。

「ラー様、尻尾が凄いの…♡」

ブラシの様にパンパンに膨らんだ尻尾に感動したイオンウーウァが撫でれば、それは水に触れた綿菓子の様に萎んでいく。
それもまた興味深くて、イオンウーウァはラートンの毛と言う毛を撫でさすって整えた。

「雨に当たると葉を閉じる絹華の木みたいだわ…。」

ちゅるり、ちゅるりと掌で尻尾を撫で付けるイオンウーウァが嬉しそうに呟くと、ラートンが心地好さに蕩けながら今日のデート先を提案した。

「絹華かぁ、良い匂いだよねぇ…。僕の可愛い奥さん♡今日は王都にお買い物デート♡♡しに行かないかい?リザードランナーは見たことある?今丁度遠征していたリザードランナー達の疲れが取れた頃だからリザードランナーに乗って行こうよ♪速いよ~♡♡」

馬より速い大蜥蜴に乗ろうと誘われ、イオンウーウァは菫の瞳をキラキラさせて頷いた。


「よぉし!いざ行かん!素敵なモノとお菓子で溢れてる魅惑の都、ガウーガへ!!」









ラートンがイオンウーウァの肩を抱いて芝居がかった口調で言い、それをちぱちぱ手を叩いて喜ぶイオンウーウァ。

そんな二人を生温かく見守りながらお出掛け準備をするメイド達は、まるで砂糖の海で溺れる気分だ、と囁きあった。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】そんなに側妃を愛しているなら邪魔者のわたしは消えることにします。

たろ
恋愛
わたしの愛する人の隣には、わたしではない人がいる。………彼の横で彼を見て微笑んでいた。 わたしはそれを遠くからそっと見て、視線を逸らした。 ううん、もう見るのも嫌だった。 結婚して1年を過ぎた。 政略結婚でも、結婚してしまえばお互い寄り添い大事にして暮らしていけるだろうと思っていた。 なのに彼は婚約してからも結婚してからもわたしを見ない。 見ようとしない。 わたしたち夫婦には子どもが出来なかった。 義両親からの期待というプレッシャーにわたしは心が折れそうになった。 わたしは彼の姿を見るのも嫌で彼との時間を拒否するようになってしまった。 そして彼は側室を迎えた。 拗れた殿下が妻のオリエを愛する話です。 ただそれがオリエに伝わることは…… とても設定はゆるいお話です。 短編から長編へ変更しました。 すみません

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

転生したらチートすぎて逆に怖い

至宝里清
ファンタジー
前世は苦労性のお姉ちゃん 愛されることを望んでいた… 神様のミスで刺されて転生! 運命の番と出会って…? 貰った能力は努力次第でスーパーチート! 番と幸せになるために無双します! 溺愛する家族もだいすき! 恋愛です! 無事1章完結しました!

旦那様は離縁をお望みでしょうか

村上かおり
恋愛
 ルーベンス子爵家の三女、バーバラはアルトワイス伯爵家の次男であるリカルドと22歳の時に結婚した。  けれど最初の顔合わせの時から、リカルドは不機嫌丸出しで、王都に来てもバーバラを家に一人残して帰ってくる事もなかった。  バーバラは行き遅れと言われていた自分との政略結婚が気に入らないだろうと思いつつも、いずれはリカルドともいい関係を築けるのではないかと待ち続けていたが。

【完結】愛も信頼も壊れて消えた

miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」 王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。 無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。 だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。 婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。 私は彼の事が好きだった。 優しい人だと思っていた。 だけど───。 彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。 ※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

運命の番でも愛されなくて結構です

えみ
恋愛
30歳の誕生日を迎えた日、私は交通事故で死んでしまった。 ちょうどその日は、彼氏と最高の誕生日を迎える予定だったが…、車に轢かれる前に私が見たのは、彼氏が綺麗で若い女の子とキスしている姿だった。 今までの人生で浮気をされた回数は両手で数えるほど。男運がないと友達に言われ続けてもう30歳。 新しく生まれ変わったら、もう恋愛はしたくないと思ったけれど…、気が付いたら地下室の魔法陣の上に寝ていた。身体は死ぬ直前のまま、生まれ変わることなく、別の世界で30歳から再スタートすることになった。 と思ったら、この世界は魔法や獣人がいる世界で、「運命の番」というものもあるようで… 「運命の番」というものがあるのなら、浮気されることなく愛されると思っていた。 最後の恋愛だと思ってもう少し頑張ってみよう。 相手が誰であっても愛し愛される関係を築いていきたいと思っていた。 それなのに、まさか相手が…、年下ショタっ子王子!? これは犯罪になりませんか!? 心に傷がある臆病アラサー女子と、好きな子に素直になれないショタ王子のほのぼの恋愛ストーリー…の予定です。 難しい文章は書けませんので、頭からっぽにして読んでみてください。

処理中です...