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大かいじゅうくん、海に浮かぶ
しおりを挟む深層海流はゆっくりと長い長い時間をかけて世界を西から東へ周り、やがて海の表層へと浮上してきます。
大かいじゅうくんが深海へ沈んでから千数百年後、ついに大かいじゅうくんは海上に再びその大きな姿を現しました。
けれど大かいじゅうくんはもうぴくりとも動きません。
やせ細った体で海面にうつぶせに浮かんだまま静かに流れてゆきます。
その背中は渡り鳥達のちょうどよいお休み処になりました。
また、水面下のふやけたお腹の皮膚は魚達のちょうどよいごはんになりました。
表層に出てきた海流は深海よりも早く、東から西へと世界を周り始めます。
大かいじゅうくんはぷかぷかと大海原を流れてゆきます。
たくさんの渡り鳥達が大かいじゅうくんの背中の上にフンをしました。
フンの中にあった植物の種が芽生え、長い長い時間をかけて育ってゆきます。
無数の草や木々が大かいじゅうくんの背中で成長し、生い茂りました。
そうやって広がってゆく大密林。
果実の実りに恵まれます。
大かいじゅうくんはぷかぷかと大海原を流れてゆきます。
ある時、難破した人間の船が大かいじゅうくんの背中に乗り上げました。
生き残った人々は上陸し、そこに町を作りました。
数年後、栄え始めた町の反対側に別の国の船が乗り上げました。
その船の人達も町を作りました。
やがて二つの町は戦争を起こし、たくさんの人が死んでしまいました。
大かいじゅうくんはぷかぷかと大海原を流れてゆきます。
その背中の密林の真ん中にたくさんの小さな墓標が並んで立っています。
最後に生き残った老人が墓守りをしていました。
老人は敵味方わけへだてなくお墓を守っています。
ものすごい嵐の中を大かいじゅうくんの体は通過していきました。
嵐を通り抜けると、もう墓守りの姿はなくなっていました。
大かいじゅうくんはぷかぷかと大海原を流れてゆきます。
ある時、丸いうつろな舟が大かいじゅうくんの背中に流れ着きました。
中にいたお姫様は命永らえたことを神に感謝しました。
そして故国の両親の運命を思い、涙したのです。
お姫様はぶよぶよした大地を持つこの島に誰か人はいないのだろうかと思い、探索の旅に出ました。
そうして密林の中に古い墓地を見つけ、お姫様は墓場の女王になりました。
大かいじゅうくんはぷかぷかと大海原を流れてゆきます。
ある時、疫病船が大かいじゅうくんの背中に流れ着きました。
中にはたくさんの死人と、わずかに生き残った病人達がぎっしりと詰め込まれていました。
恐ろしい伝染病にかかった人達が、まとめて海に流されたのです。
墓場の女王は彼らを迎え入れ、死者を古い墓場の新たな住人としました。
生き残っていた人々はすでに免疫を得ており、墓場の女王に仕えました。
大かいじゅうくんはぷかぷかと大海原を流れてゆきます。
戦争に負けた二千の敗残兵を乗せた船が、東方より命からがら逃げのびてきました。
墓場の女王は彼らを受け入れました。
大かいじゅうくんはぷかぷかと大海原を流れてゆきます。
戦争に負けた三千の敗残兵を乗せた船が、西方より命からがら逃げのびてきました。
墓場の女王は彼らを受け入れました。
大かいじゅうくんはぷかぷかと大海原を流れてゆきます。
戦争に負けた一千の敗残兵を乗せた船が、北方より命からがら逃げのびてきました。
墓場の女王は彼らを受け入れました。
大かいじゅうくんはぷかぷかと大海原を流れてゆきます。
戦争に負けた二千の敗残兵を乗せた船が、南方より命からがら逃げのびてきました。
墓場の女王は彼らを受け入れました。
同じように東南からも、南西からも、北西からも、北東からも、その他多くの方角から敗残兵が逃げのびてきました。
まったくどこでも飽きずに戦争をやっているものだと墓場の女王は思いました。
大かいじゅうくんはぷかぷかと大海原を流れてゆきます。
海は穏やかです。
墓場の女王は東から来た敗残兵の将軍に聞きました。
「あなたの敵の数はどれほどでしたか?」
将軍は答えます。
「敵の数は一万でした。私は五千の兵を率いて立ち向かいましたが戦力差はどうにもならず、半分以上の兵が討ち取られてしまいました」
墓場の女王は「大変でしたね」と、ねぎらいました。
そして墓場の女王は他の将軍達にも一人一人同じ質問をしていきました。
大かいじゅうくんはぷかぷかと大海原を流れてゆきます。
海は波高く荒れ模様です。
墓場の女王は各地から流れ着いた三十六人の将軍達を全員集めて言いました。
「皆様はそれぞれに敵をお持ちです。戦いに敗れ、ここに来ました。雪辱を果たしたくとも数ではかなわない」
将軍達は悔しそうにうなずきます。
「皆様にうかがったところ、一番多い敵の数がニ万でした」
墓場の女王は話を続けます。
「ここにいる皆様の兵の数を合わせると五万五千人になります」
将軍達は顔を見合わせました。
「どうでしょう? 皆様で協力して軍を一つにし、それぞれの敵を大軍勢で蹴散らして順に討ち果たしていっては」
将軍達の顔が輝きます。
「すべての敵を滅ぼしたら、私の復讐にも力をお貸しいただければ幸いです」
そう言ってみんなの顔を見渡し、墓場の女王は話を終えました。
大かいじゅうくんはぷかぷかと大海原を流れてゆきます。
病み上がりの従者を連れた墓場の女王と三十六人の将軍達は兵を率い、三十七の戦を仕掛けるために大かいじゅうくんの背中から出航して行きました。
大かいじゅうくんの背中にはもう誰もいません。
墓場の女王達はそれきり戻ってはきませんでした。
大かいじゅうくんはぷかぷかと大海原を流れてゆきます。
大循環する海流はおよそ二千年をかけて海洋を一周します。
長い長い時間をかけて、大かいじゅうくんは生まれ育った島へと戻ってきました。
大かいじゅうくんは懐かしの小さな小さな岩島へ打ち上げられます。
大かいじゅうくんにとっては小さな小さな島です。
我が家の地面に静かに横たわる大かいじゅうくんの体。
大かいじゅうくんの体をお日様が照らします。
ポカポカと暖め、ギラギラと炙りました。
長い時間をかけて体温が上がった大かいじゅうくんは冬眠から目を覚ましました。
起き上がった大かいじゅうくんは辺りを見回しました。
いつもと何も変わらない風景。
でも、何となく長い長い夢を見ていたような気がします。
そういえば眠りにつく前に何をやっていたかもよく覚えていません。
眠りすぎて頭がぼんやりしてしまったようです。
もっとも思い出す意味もない、と大かいじゅうくんは思いました。
だって、この島での生活は何百年も何も変わらず、毎日が同じ繰り返しなのですから。
大きなアクビを一つすると、大かいじゅうくんは他には誰もいない岩島で日課の散歩を始めました。
島の端から端まで三歩です。
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