1 / 3
大かいじゅうくん、雲を見る
しおりを挟む広い広い広い海のまんまんなかに小さな小さな島ひとつ。
島とは言っても草も生えないただの岩のかたまりです。
大かいじゅうくんはその岩島に住んでいます。
他には誰もいません。
大かいじゅうくんはでっかい体と太くて長ぁいしっぽを持っています。
そんな大かいじゅうくんにとって小さな小さな島はとってもきゅうくつ。
なにしろ島の左の端から三歩歩いたら右の端に到着してしまうのですから。
散歩にもなりゃしない。
大かいじゅうくんは泳げません。
だから海を渡って他の大きな島に移り住むのは無理でした。
それに卵のころからそこにいたので島に対する愛着もあります。
大かいじゅうくんにとって小さな小さな島は不便だけど愛しい我が家。
大かいじゅうくんはオオサンショウウオのような丸い大きな頭の持ち主です。
がっしりした二本の足で立ち、洋梨のような体型をしています。
恐竜みたいなしっぽは強いはかい力を持ち、怒ると口から火をふきます。
大かいじゅうくんが人の住む町へやって来て暴れたら、その町はきっと滅んでしまうことでしょう。
大かいじゅうくんは孤独です。
流れつく果実を食べながら何百年も小さな小さな島に一人でいます。
親の顔も知りません。
ある日のこと、大かいじゅうくんはあおむけに転んでしまいました。
うつぶせに転んだことはありますが、あおむけに転んだのは初めてです。
太くて長ぁいしっぽが支えになって、後ろに倒れることがなかったからです。
ところがその日はどうしたはずみか、しっぽが股をくぐってするりと前に出てしまい、そのいきおいでひっくり返ってしまったのです。
大かいじゅうくんの目は顔の両横についていて、目の上にはひさしのようにトゲトゲが突き出ています。
そして頭が重いのでいつもうなだれた格好で立っていました。
だから、だから、大かいじゅうくんはその日初めて空を見たのです。
大かいじゅうくんは目を丸くして頭の上にあった世界に見入ってしまいました。
広い広い広い青い世界。
島のまわりの海に似ていますが波立ってはいません。
何より違うのは、白いふわふわしたものがぽかりぽかりと浮かんでいること。
大かいじゅうくんは雲を見るのも初めてでした。
雲は大きいのも小さいのもあり、ゆっくりと動いていきます。
見ていると少しずつ形が変わっていくようです。
ふしぎだなぁ。あれはいったい何だろう。
「おおい。おおい」
大かいじゅうくんはすぐ上の雲にむかって大声で呼びかけました。
「なんだい? 呼んだかい?」
雲が答えます。
「きみは誰だい? どこへ行くんだい?」
「ぼくは雲さ。どこへ行くかは風と相談」
「どこへでも行けるのかい?」
「風さえふけば地球上のどこへだって行けるさ」
「いいなぁ。うらやましいなぁ。ぼくはどこへも行けないんだ」
「そうかい。あいにくだったね」
「ねぇ、よかったらここに来ないかい? ゆっくり話をしたいんだ」
「行ってもいいのかい?」
「うん。招待するよ」
「みんなで行ってもいいのかい?」
「うん。にぎやかな方がいいね」
「わかった」
大かいじゅうくんは、雲はどうやっておりてくるのかなと見ていました。
すると今しがた話していたその雲に向かって、四方から風がびゅうびゅう吹きつけはじめました。
まわりにいたたくさんの雲たちがみんな、風に乗って大かいじゅうくんの真上の雲の方へと寄ってきます。
集まってくる、集まってくる、とあおむけのまま大かいじゅうくんはワクワクしました。
驚いたことに集まってきた雲たちはどんどんどんどん合体し、大きな一つの雲になっていきます。
うわあ、すごいなぁ、と大かいじゅうくんは感心しました。
でもあんなに大きいと島に乗りきらないぞ、と心配にもなりました。
そのうち雲の色が変わってきました。
灰色になり、そしてやがて真っ黒に。
気づいた時には、青かった頭の上の世界そのものが薄暗く変貌していました。
とつぜん、雨が降ってきました。
お客様が来る予定なのに雨だなんて困ったなぁ、と大かいじゅうくんは思いました。
しかもだんだん雨足は強くなります。
しまいにとんでもない大豪雨になりました。
あおむけのまま動けない大かいじゅうくんは落ちてくる強い雨にびしびしびしびし打たれます。
腕が短いので起き上がれなかったのです。
早く雨なんかやんで、雲くん来てくれないかなぁ。
息もしづらいほどの量の大雨に正面から打ちすえられながら、大かいじゅうくんはふわふわの雲くんとの楽しい語らいを想像していました。
びしびしびしびしびしびしびしびし。
自分と地面を打つ雨音の中に、何やら声がまぎれているような気がしました。
びしびしびしびしびしびし来たよびしびしびしびし来たよびしびしびし。
大かいじゅうくんは集中して耳をすませました。
今度ははっきり聞き取れます。
来たよ来たよ来たよ来たよ来たよ来たよ来たよ来たよ。
大かいじゅうくんは何か言おうとしましたが、口を開くと中に大量の雨が流れ込んできて言葉が出ません。
自分を取り巻く謎の声に包まれながら、ただ雨に体を冷やしていくだけです。
来たよ来たよ来たよ来たよ来たよ来たよ来たよ来たよ来たよ来たよ。
来たよ来たよ来たよ来たよ来たよ来たよ来たよ来たよ来たよ来たよ。
声は大きくなったり小さくなったり、遠くなったり近くなったり、エコーがかかったように無数にこだましながらえんえんと同じ言葉を繰り返しています。
雨はいつまでも降りつづき、小さな小さな島の上には雨水が渦巻き、川のような激しい流れが起こりました。
そうして大かいじゅうくんは押し流され、海に落ちておぼれてしまったのでした。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
ばってんばあちゃんのオバケ退治
牧神堂
児童書・童話
カナコちゃん(年齢不詳)のもとに次々と現れる恐ろしいオバケ達。
でも安心。頼もしいばってんのおばあちゃんが頑張ってオバケなんてやっつけてくれるんです。
魔法少女は世界を救わない
釈 余白(しやく)
児童書・童話
混沌とした太古の昔、いわゆる神話の時代、人々は突然現れた魔竜と呼ばれる強大な存在を恐れ暮らしてきた。しかし、長い間苦しめられてきた魔竜を討伐するため神官たちは神へ祈り、その力を凝縮するための祭壇とも言える巨大な施設を産み出した。
神の力が満ち溢れる場所から人を超えた力と共に産みおとされた三人の勇者、そして同じ場所で作られた神具と呼ばれる強大な力を秘めた武具を用いて魔竜は倒され世界には平和が訪れた。
それから四千年が経ち人々の記憶もあいまいになっていた頃、世界に再び混乱の影が忍び寄る。時を同じくして一人の少女が神具を手にし、世の混乱に立ち向かおうとしていた。
星座の作り方
月島鏡
児童書・童話
「君、自分で星座作ったりしてみない⁉︎」
それは、星が光る夜のお伽話。
天文学者を目指す少年シエルと、星の女神ライラの物語。
ライラと出会い、願いの意味を、大切なものを知り、シエルが自分の道を歩き出すまでのお話。
自分の願いにだけは、絶対に嘘を吐かないで
どろんこたろう
ケンタシノリ
児童書・童話
子どもにめぐまれなかったお父さんとお母さんは、畑のどろをつかってどろ人形を作りました。すると、そのどろ人形がげんきな男の子としてうごき出しました。どろんこたろうと名づけたその男の子は、その小さな体で畑しごとを1人でこなしてくれるので、お父さんとお母さんも大よろこびです。
※幼児から小学校低学年向けに書いた創作昔ばなしです。
※このお話で使われている漢字は、小学2年生までに習う漢字のみを使用しています。
おっとりドンの童歌
花田 一劫
児童書・童話
いつもおっとりしているドン(道明寺僚) が、通学途中で暴走車に引かれてしまった。
意識を失い気が付くと、この世では見たことのない奇妙な部屋の中。
「どこ。どこ。ここはどこ?」と自問していたら、こっちに雀が近づいて来た。
なんと、その雀は歌をうたい狂ったように踊って(跳ねて)いた。
「チュン。チュン。はあ~。らっせーら。らっせいら。らせらせ、らせーら。」と。
その雀が言うことには、ドンが死んだことを(津軽弁や古いギャグを交えて)伝えに来た者だという。
道明寺が下の世界を覗くと、テレビのドラマで観た昔話の風景のようだった。
その中には、自分と瓜二つのドン助や同級生の瓜二つのハナちゃん、ヤーミ、イート、ヨウカイ、カトッぺがいた。
みんながいる村では、ヌエという妖怪がいた。
ヌエとは、顔は鬼、身体は熊、虎の手や足をもち、何とシッポの先に大蛇の頭がついてあり、人を食べる恐ろしい妖怪のことだった。
ある時、ハナちゃんがヌエに攫われて、ドン助とヤーミでヌエを退治に行くことになるが、天界からドラマを観るように楽しんで鑑賞していた道明寺だったが、道明寺の体は消え、意識はドン助の体と同化していった。
ドン助とヤーミは、ハナちゃんを救出できたのか?恐ろしいヌエは退治できたのか?
月からの招待状
樹(いつき)@作品使用時は作者名明記必須
児童書・童話
小学生の宙(そら)とルナのほっこりとしたお話。
🔴YouTubeや音声アプリなどに投稿する際には、次の点を守ってください。
●ルナの正体が分かるような画像や説明はNG
●オチが分かってしまうような画像や説明はNG
●リスナーにも上記2点がNGだということを載せてください。
声劇用台本も別にございます。
⚠動画・音声投稿サイトにご使用になる場合⚠
・使用許可は不要ですが、自作発言や転載はもちろん禁止です。著作権は放棄しておりません。必ず作者名の樹(いつき)を記載して下さい。(何度注意しても作者名の記載が無い場合には台本使用を禁止します)
・語尾変更や方言などの多少のアレンジはokですが、大幅なアレンジや台本の世界観をぶち壊すようなアレンジやエフェクトなどはご遠慮願います。
その他の詳細は【作品を使用する際の注意点】をご覧下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる