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ブウッ! ブウッ! ブウウウウーーーーーッ!!

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「あっ! 思い出した!」
 カナコちゃんの叫びに、おばあちゃんが反応します。
「何ね? 何ば思い出したとね?」
「クモのオバケが布団の中に誰かいるように見せかけてたんなら、何で中からオナラの音がしたの?」
 おばあちゃんがハッとした顔をしました。
「そういえばそうたいね。しかも、しっかり臭かったけんね。生首ぐもの能力とは思えんばい」
「じゃあ、やっぱり布団の中に何かがいて・・・」
「いや、ばってん、そげなはずはなかっちゃけど」
 どうやら事件はまだ解決していなかったようです。
 いったいあの時のオナラは何者が放ったものだったのでしょうか。

 プウウウウーーーーッ!

 考え込む二人が耳にしたのは鳴り響くオナラの音。
 ナイスタイミングでカナコちゃんがオナラをしたようです。
 強烈な臭いが部屋の中に広がります。
「えっ、ちょっと待って」
 カナコちゃんはあわてた様子。
「気にせんでよか」と、おばあちゃん。
「だって! カナはオナラしてないよ!」
 そう言われても、オナラの音は確かにカナコちゃんのおしりの辺りから聞こえてきたのです。
「イケメン男子がここにおるわけやなし、隠す意味なんてなかばい」
「違うって! そういうことじゃなくて、本当にカナはしてないから不思議なの」
「ばってん、自分で気づかんうちにしとることだってあるけんね」
「カナのおしりはそんなにゆるくないもん!」
 断固としてオナラしたことを否定するカナコちゃん。
 真実はどこにあるのでしょうか。

 ブウッ! ブウッ! ブウウウウーーーーーッ!!

 ブタの鳴き声ではありません。
 またもやすさまじいオナラの音が響き渡ったのです。
 そして、その音の今度の発信源はおばあちゃんのおしりでした。
 とんでもない臭いが広がります。

「信じてくれんかもしれんばってん」
 おばあちゃんが、ぼそぼそと言いました。
「今のオナラは、ばあちゃんがしたっちゃなかとよ」
 その言葉にカナコちゃんは毅然きぜんと答えます。
「信じるよ!」
「カナ! ばあちゃんば、ひんじてふれるとね!」
「うん! ひんじるよ! カナもおなじらったから」
 感動的なやり取りが途中から変な発声になっているのは、二人があまりの臭さに耐えきれず、ぎゅうっと自分の鼻をつまんだからです。

 二人がきずなを深めたその時、部屋の隅からまたあの音が。
 カナコちゃんとおばあちゃんは、振り向いてのけぞりました。
 
 プスッ! プッ! プッピッパッ!! プウ!

 リズミカルにオナラを連発していたのは、何とイスに座るクマさんのぬいぐるみ。
「ひゃっぱり変らよ!」
 カナコちゃんが叫びました。
「ぬいふるみがオナラひゅるわけないもん」

 信じがたい展開。
 しかし、これで終わりではありません。更に恐るべき事態に見舞われます。
 クマさんならまだユーモラスでしたが、次に放屁し始めたのは棚の上に飾ってあった人形達なのです。
 お上品なフランス人形が、華麗なドレスの中でプウ! ブウ! プフッ!
 隣のあでやかな日本人形も、振袖揺らしてブウ! プウ! ブフッ!
 互いに負けじと屁の競演。

 ブブウ、ブウ、ブウ、ププップーーーーーッ!!
 ププウ、プウ、プウ、ブブッブーーーーーッ!!
 
 そのオナラデュオへ、さらに新たな参加者。
 ついには壁に貼ってあったポスターの、アニメの主人公の魔法少女戦士までもが下品なオナラを放ち始めたのです。オナラトリオの誕生です。

 ブリッ! ブリッ! プリプリププププ! プリップアーーー!!

「びえっ! 何れ平たい絵なのにオナラでひるのー?!」
 わけが分からず混乱するカナコちゃん。
 まったく、あってはならないことです。

 さあ、濃厚に立ち込める殺人級の臭いにとうとうおばあちゃんは音を上げました。
「この部屋はもうラメばい! 脱出するひかなか!」
「うん! 早ふ逃げよう!」
 カナコちゃんも大賛成。
 二人は部屋のドアを開けて飛び出し、階段を下りて急いで一階に向かいます。
 すると、すると、何てこと。
 ありえない現象が起こり始めました。
 何もない空中でオナラの音がするのです。

 ブバッパー!
 プウ、プウ、ブウッ!
 プリッ! バフッ!
 プースカプウウ!!
 
 あっちでもこっちでも、頭の上でも足元でも。
 姿は見えないのに、にぎやかにオナラの大合唱。
 笑いごとではありません。
 音だけならまだ良いのですが、オナラガスの悪臭がどんどん濃くなっていきます。
 このままでは二人は窒息してしまいそうです。

「こりゃ明らかに生首ぐもとは別のオマケも来とっらばいね」
 そう言いながら、おばあちゃんは頭をひねります。
 姿を見せずにオナラをする透明オバケなんておったかいな。
「このオマケは集団れ来てるみたいらよ」
 カナコちゃんは、このオナラのオバケは集団でたくさん来ているようだと推測しています。何しろ、いろんな所で同時にオナラをしているのですから。複数でなければできません。
「こんなにいるんりゃ手に負えないよ」
 絶望的な表情で言うカナコちゃん。
 でも、おばあちゃんは考えているうちに別の可能性に思い当たっていました。

 二人が台所にたどり着いてもオナラの音は止みません。 
 部屋中のあちこちで、プウ! プウ! プウッ!
 
 ばってんばあちゃんは台所の壁際に立って、鷹のような目をしてオナラの音がする空間を見つめ始めました。その横でカナコちゃんが窓を開けようとすると、おばあちゃんはそれを手で制します。
「風の入らんごとひてくれんね」
 そう言われて、カナコちゃんは不思議そうにおばあちゃんを見上げました。
 おばあちゃんは静かに集中して、じっと、じっと、じっと空間を凝視しています。
 その間もオナラの音は続いて、プウ! プウ! プウッ!

「見えらばい」
 おばあちゃんがつぶやきました。

 ばってんばあちゃんに見えたもの。
 それは透明な丸い球。
 大小の柔らかな球がふわふわと浮かび、空中を漂っているのです。
 それが破裂するとオナラの音がして、ひどい臭いを撒き散らします。その様子を確認したのでした。
 おばあちゃんは恐るべき眼力で、不思議な透明球をその目に捉えたわけです。

 さらにおばあちゃんは透明な球が漂ってくる流れを目で追っていきます。
 たくさんの球の流れをたどっていくと、その大元の位置が分かりました。
 そして、そこには案の定オバケがいたのです。
 おばあちゃんは獲物を見つけたハンターのようにニヤリとほくそ笑みました。

 くずかごの陰に身を潜めたそのオバケは、袈裟けさをかけた肌色の肉のかたまりのような形をしていました。細い手足を持ち、頭はおしりのように割れています。ギョロリと丸い魚のような目は割れた肉の両側に一つずつ付き、割れ目の真ん中には小さな穴が開いているようです。
 その口だかおしりの穴だか分からない部分にストローを差し込んで、オバケはふうっと息を吹き込んでいます。するとシャボン玉みたいにオナラ玉ができてぷくうと膨らみ、飛んでいくのでした。
 布団の中のオナラも、隙間からあのオナラ玉を送り込んで破裂させたものと思われます。

「恐ろひかオバケばい」
 ばってんばあちゃんはつぶやきました。

 このオバケが本気を出したら、素敵なアイドルもいかめしい政治家も公衆の面前で派手にオナラをブーブーブーです。そうなったらきっと誰もが彼らに幻滅してしまうでしょう。もちろん本当にオナラをしているわけではありませんから、アイドルも政治家も無実の罪で支持を失うことになってしまうのです。哀れです。
 そればかりではありません。医者も学者も先生も、偉い人はみんな同じように陥れられて信頼を失い、恋人達は破局し、エレベーターの中は殺気に満たされるに違いないのです。そうなったら日本は大混乱。もしかしたら滅んでしまうかも知れません。

「このオバケば追い払って日本ば救わないかんったい!」
 熱い使命感に心燃やすおばあちゃん。
 今や日本の命運は、ばってんばあちゃんの双肩にかかっているのです。

 ばってんばあちゃんはカナコちゃんに目で合図を送りました。
 それでカナコちゃんもオバケに気づき、相手は一匹だけだと分かりました。
 おばあちゃんは部屋の隅のオバケに向けて指を突き出します。
 ぎょっとたじろぐオバケ。

「さんざん臭か思いばさせて許へんばい。消えるがよか! おまえの名前はのらまにゅうろう!」
 おばあちゃんが言い放ちます。
 でも、オバケはキョトンとおばあちゃんの顔を見つめたままです。
「おばあひゃん! 鼻をつまんれるからひゃんと言えてないんりゃない?」
 カナコちゃんが叫びました。
 おばあちゃんはあわてて鼻から指を離し、息を止めて言い直しました。
「おまえの名前はの玉入道!」

 オバケは、きゅうっと顔をしかめました。
 そして・・・。
 ひゅるーん、ぱっ!
 今度はちゃんと消えたのでした。

 つらい戦いはようやく終わりを告げました。
 二人は換気扇を回し、家中の窓という窓を全開にしていきました。
 日本は救われたのです。


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