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女神フレイヤの猫馬車
しおりを挟む女神フレイヤは猫馬車に乗り天駆ける。
猫馬車という言い方に収まりの悪いものを感じるが仕方がない。
二匹の猫が牽く馬車だ。
フレイヤは北欧神話の神である。
知っている者にとっては常識。
説明なんかいらないから、さっさと話進めてよって感じの神。
知らない者にとっては誰それ? 説明ないと分かんないんだけどって感じ。
中途半端に名に聞き覚えのある者ならば、ええっと・・・漫画やアニメに出てくるよね。ギリシア神話の神様だっけ? なんて思うであろう。
どうすりゃいいんだよ。
簡単に紹介しよう。
フレイヤは光属性のヴァン神族に所属する女神だ。
はい。いきなりヴァン神族とか言われても困ると思いますが、そこを掘り下げると余計に大変な事になりますので大らかな気持ちで流して下さい。流しましょう。
進めます。
彼女は生と死と恋と愛欲と美と戦いと豊饒と魔法を司る。
要素多いな。
とてもとても美しく高貴、戦場では鎧に身を固めて戦い、性的には淫ら、明るく活発なトラブルメーカー。
キャラ付けがもうラノベ。
近親相姦当たり前。雌山羊に変身して雄山羊と交尾する変態。
人間の恋愛問題に興味津々。
かのワルキューレのリーダーであり、戦死者の魂を主神オーディンと分け合う。
戦場では金色の猪に乗り、普段の移動には猫馬車を使う。
心霊術の使い手で、スーパー巫女の側面もある。
そしてまた黄金を生み・・・・・・うーん、もういいか。
主題は猫馬車なのである。
猫馬車に乗って夜の空を行くフレイヤの姿はファンタジック! ロマンチック! ミステリアス!
満月に重なってシルエットとして浮かび上がるその様は絵になることこの上ない。
しかし、だ。
猫に馬車を牽かせる。
ちょっと考えただけで、それがどんなに大変なことか想像がつくであろう。
何しろ緩急自在。気まぐれマイペース。
真面目に走っていたかと思えば突然寝転ぶ。
あっちへこっちへトリッキーな軌道を描いて走る。
おもむろに立ち止まり香箱座りする。
走りながら二匹でじゃれあい始める。
そのうちマジ喧嘩になる。
星が流れれば飛び付いて馬車をひっくり返す。
叱っても小首を傾けてニャア。
終いに座席のフレイヤの膝の上にぴょんと乗ってゴロゴロ。
そのまま馬車は立ち往生だ。
猫に馬車牽かせるのなんて止めたら?
と、周りは言う。
が、フレイヤは頑として止めない。
キャラ付けに必要なのだ。
奔放に手当たり次第セックスしまくってるけど、単なるビッチのイメージが付かないのは猫馬車のおかげ。
猫に馬車牽かせてるの? えー、可愛いっ! 何か許せるぅ。
ってなもんである。
だが時代は移り変わる。
徐々に猫馬車に対する人々の評価が変化してきた。
動物虐待だと言うのだ。
年々強まるその圧にフレイヤも遂に音を上げた。
長年尽くしてくれたタマとミケに相談する。
「あなた達、馬車を牽くのは嫌でしょうか?」
「別に嫌じゃないにゃあ」
「いくらでもサボれるし、楽な仕事だにゃあ」
フレイヤはちょっとムッとしたが我慢した。
「そうですか。では彼等にそう言ってあげてくれませんか?」
「彼等って?」
「動物愛護の方々が私を非難するのですよ。あなた達に毎夜ムリヤリ馬車を牽かせていると言って」
「ふぅん」
「どうでもいいにゃあ」
「私はどうでもよくないのです!」
「ふぅん」
「仕方ないにゃあ」
猫達を連れたフレイヤと動物愛護グループの間で話し合いの場が持たれた。
タマとミケは退屈な論議の最中ずっとフレイヤの膝上でウトウト。
そんなんでほぼ発言はなかったが、決して不幸な様子ではないことは伝わった。
そしてフレイヤは動物愛護グループを納得させる為に思い切った提案をした。
職のない、つまり雇用者たる飼い主のいない猫達を自分が引き取り、持ち回りで馬車を牽かせましょうと言ったのだ。
猫車夫の会社組織を作り社員には衣食住を提供する、と。
衣はいらないが、そうしてもらえれば助かると言ってグループは喜び、両者は和解した。
フレイヤの構成要素に『猫を保護する女神』が加わった。
豊饒の女神であるフレイヤの聖獣は豚である。
それは豚が多産の動物だからだ。
ところで猫もまた多産の動物だ。
故に豊饒のシンボルとされることがある。
例えばエジプト神話のバステト。猫の頭を持つ豊饒と性愛の女神だ。
バステトと言えば知っている者にとっては常識。
説明なんかいらないから、さっさと話進めてよって感じの神。
・・・・・・いや、実際それは別にいいか。
とにかく猫もフレイヤの聖獣となる資格が最初から充分にあったと言いたいのだ。
ただ古い時代の北欧には家猫がいなかった。
元々猫馬車を牽いていたのも、今は絶滅してしまった山猫の一種であったらしい。
にも関わらず近年の文献の記述でフレイヤの聖獣に家猫が含まれるようになったのは、以上のような経緯があっての事だったのである。
「タマさん! ミケさん!」
猫車夫会社の役員室でゴロゴロしていた二匹の元へフレイヤが駆け込んできた。
その日から研修を終えた新人猫車夫達が現場に出るので、二匹は早くものんびりダラけきっている。
「何ですかにゃ、騒々しい。静かにしにゃさい」
「そ、その言い草は何です! 偉そうに」
「そんにゃこと言いにきたのかにゃ」
「違います。猫馬車の牽き手のシフトの事です」
「それがどうかしましたかにゃ」
「出発しようとしたら何十匹も車夫が集まってきたのですが?」
「ふにゅ」
「ふにゃ」
「ふにゅでもふにゃでもありません。必要な車夫は二匹と分かっているでしょう?」
「もちろん分かってるにゃ」
「じゃ何でちゃんとシフトを決めてないのですか? わらわら集まって来られても困ります!」
「シフトならちゃんと決めてるにゃ」
「ああもう、じれったい! では何で皆が集まって喧嘩したり交尾したり好き勝手やっているのです?」
「交尾はフレイヤ様も大好きにゃ」
「そこはいいんです! シフトがあるのに何で皆が集まっているのかという話です」
「馬車牽きは3分交替制のシフトだからに決まってるにゃ。今日担当する者全員で行かなきゃ速やかに替われないにゃ」
「何ですって?!」
「まさかフレイヤ様は3分毎にここに戻ってきて交替させるつもりかにゃ? アホにゃ」
「わ、私はどこからツッコめばいいんですか? 3分交替のシフトなんて有り得ません!」
「やると決めてしまえば普通に有り得るにゃ。別に超常現象でもないしにゃ」
「だって、3分毎に馬車を停めて交替者にハーネスを付け替えるわけですよね?」
「当然ですにゃ」
「そしてあれだけ集まっているということは、道中馬車を牽く回数は一人一回ずつ?」
「そうですにゃ」
「なっ、何故そんな非合理的な事を・・・」
「うちらと違って皆素人ですからにゃ。疲れさせないようにそう決めたにゃ」
「ふぐ・・・」
「ふぐ?」
「・・・・・・せ、せめて10分交替制になりませんか?」
「みゅー。仕方ないにゃあ。フレイヤ様はわがまま淫乱娘だにゃ」
こうしてフレイヤの夜毎の天駆けには、いちいち大勢の猫達が付き従うこととなったのだ。
ヨーロッパの夜空を群がって進む集団はいくつもある。
ワイルドハントと称され、非常に恐れられている。
邦訳の名称は『夜の狩人』『荒々しい嵐の魔群』『猛々しい軍』等々。
それらは重い雲に覆われた空を鳴動させ、暴風を巻き起こし、けたたましい声で叫びながら大挙して天を疾走する超自然の呪われし狩猟団、もしくは軍勢だ。
荒れ狂い、災いを呼び、人を狩り、見た者は死を免れない。中に取り込まれることもある。
率いるのは神や精霊、あるいは実在した人物の亡霊である。
怪物まがいの馬、地獄の猟犬、狼、鷹、烏、蛇、梟、蟇蛙、蜘蛛、百足、ドラゴン、死者、戦士の魂、悪魔、妖精、小人、死んだ子、悪人、魔物、トロール、悪霊、魔女、豚、首なし騎士。
そういった者達の組み合わせでそれぞれの一団は編成される。
さて、フレイヤ率いる猫集団もこのワイルドハントの一つとして数えられるようになった。
そんなつもりはなかったが、群れを成して夜空を行けばそう思われるのは仕方がない。
猫馬車がのろのろと移動していると、悪行に明け暮れる他のワイルドハントと遭遇して喧嘩を売られる事がある。
暴走族間の抗争と変わらない。多くのワイルドハントは互いに争っているのだ。
フレイヤの配下は無力な猫達。
他のワイルドハントはヒャッハーな異形の集まりだ。
灰色の分厚い雨雲の上でフレイヤの猫馬車は足止めを食らった。
二つ首のランド率いるトロール軍団が待ち伏せをしていたのだ。
様々な形状をした奇怪なトロール達は、狩ってきた人首を果実のように齧りながら囃し立てる。
手に手に棍棒や槍、弓矢を持った禍々しい武装グループ。
「何かご用でしょうか?」
猫達に囲まれた馬車から降りて前へ進み出たフレイヤは、対峙する軍団の先頭で巨体を誇示する二つ首のランドに問うた。
十三夜月に照らされたフレイヤのその姿、スラリと背が高い八頭身。黄金比の顔立ち。
目は碧く大きく、鼻は適度に高く、唇は艶やかに咲き誇る赤い薔薇か。
豊かな長い金色の髪は柔らかく波打ち、身体の内側に光源があるかのように皮膚は白く輝く。
その身に純白のドレープドレスを緩やかに纏い、肌の露出は多い。
胸元は大きく開き、淡色の乳輪がちらりちらりと見える。
片足は剥き出しであり、惜し気もなく晒す内股が扇情的だ。
編み上げサンダルを履き、装飾はシンプルな頭飾りに首飾り、腕輪。どれも品の良い物であった。
ランドの二つの首から放たれた視線がその姿態に絡み付く。
頭から爪先へ、爪先から頭へゆっくりと舐めるように。
「なるほどいい女だ」
ランドの左首が舌なめずりをした。
「おい! 俺が先でいいよなっ!?」
ランドの右首が興奮した様子でがなる。
「あ? バカ言ってんじゃねぇ! 俺が先にやる!」
左首が断固とした調子で言う。
二つ首のランドは二つの首で一つの身体しか持たない。
言い方を変えれば一つの身体に二つの首が生えている。
わざわざ言い方を変える意味は特になかった。すみません。
その顔は双子のように瓜二つ。
双子以上に双子なんだから当然か? 当然かも。
しわしわの茄子みたいなデカい鼻を顔の真ん中にぶら下げ、皿のような眼、歯が矢鱈はみ出した歪んだ大口、尖りに尖った長い耳、針金の如き固く荒い髭。
そんな醜悪なパーツを取り揃えた顔が二つ並ぶ。
で、ぶよぶよと大きな一つの身体をこの二つの首が代わりばんこに使う。
昔はそれぞれが身体の支配権を握ろうと争い、自分同士で殴り合う醜態を晒していたものだ。
やがてその愚かさに気付き、話し合い、それからは結構うまくやってきた。
が今、どちらが先にフレイヤを抱くかで久し振りに二首の間で火花が散り始めたのである。
「あのう・・・ご用がないのでしたら道を空けてもらえないでしょうか?」
セルフで争うランドにおずおずとフレイヤは頼んだ。
「用ならあるっ!!」
首を捻ってぺっぺと唾を掛け合っていた二つの頭が、同時にフレイヤの方を見て喚く。
「何でしょう?」
「分かれよ! お前をこれから俺達みんなの性の捌け口にするという用だ!!」
「えっ・・・」
フレイヤの頬が紅潮した。
「皆さんの・・・ですか?」
ランドの後方に蠢き広がる軍団を見渡す。
ごくりと生唾を飲み込む音。
「そうだ! 俺だけじゃなく、ここにいる部下共全員の相手をしてもらおう!!」
百はいようかというトロール達から、わあっと喚声が上がった。
配下の事もちゃんと考えている良い親分である。
フレイヤは身をもじもじと捩らせた。
「でも私、今夜の想い人が待つ愛の寝屋へ向かう途中なのです・・・」
「それが何だ!? 関係ねぇっ!!」
ランドの着衣は汚い腰布一枚。
それがいきり勃った巨大なイチモツによって捲れ上がった。
「ですから後日改めてよろしくお願い致します・・・」
フレイヤはすっかり顔を火照らせ深々と頭を下げた。
「連絡先言いますのでメモして頂けますか?」
「・・・・・・な、何普通にやる気になってんだっっ!! 俺達ぁ泣き叫んで抵抗する女を力尽くで蹂躙してぇんだよおおっ!!」
理不尽に激昂したランドは二つの首からいきなり火球を吹き出した。
並び飛ぶ火球はフレイヤの間近を掠める。
後ろでは猫馬車の牽き手の二匹が座って脚を上げて股間を嘗めたり、前脚で顔を洗ったりしていた。
二つの火球がその二匹、留吉とハインリッヒを包み込む。
「摂氏100万度の火の玉よ! 泣け! 叫べ! ひゃはははは!!」
ランドは高笑いをハモらせた。
「ミャーッ!!」
「ミャミャーッ!!!」
猫馬車の周りでゴロゴロしていた大勢の猫達は突然の事態に驚き、素直に泣き叫んだ。
中でも一際悲痛な声を上げたのは・・・。
「留吉っつあん! あ、あにゃーっ!!」
スケ番ミーコである。
生真面目な留吉に密かに想いを寄せる不良娘。
突っ張って生きてきたミーコは、その恋慕の情を表に出すことが出来ずにいた。
しかし今、押し殺していた気持ちが形振り構わず噴き出す。
「嫌だ、嫌あああ!! 留吉さぁぁぁーーーーん!!」
「うるせえっ! あいつら皆やっちまえ!」
「「「ひゃっはーーーーーっ!!!」」」
ランドが命じるや、トロール達は一斉に弓を構え矢を放った。
無数の強弓の鏃が、後で美味しく頂く予定のフレイヤを避けながらその背後の猫達を貫く。
いや。
貫かない。
矢は猫達に当たる前に忽然と消えていく。
「ん? 何だ?」
ランドが四つの目を凝らす。
あれは・・・?
薄い光の壁が高く屹立していた。
猫達はその壁に守られている。
矢は煌めく光壁に当たるや、たちまち蒸発するように消えていくのだ。
そればかりかランドは自ら放った火球が既に消滅している事に気が付いた。
焼き消したはずの二匹が目を真ん丸にして突っ立っている。
「馬鹿な!」
「何が起こった?」
ランドの二つの首は同時にフレイヤを見た。
フレイヤはただ立っている。
そして。
「うちの子達に手を出しましたね・・・」
表情のない顔で静かに言った。
戦神フレイヤ。
下半身はだらしないが、光り輝くヴァン神族最強の神の一人である。
そこらの魔物や亡霊の軍勢など相手にもならない。
一薙ぎで殲滅する力を持つ。
夜空を裂いて夥しい数の光の矢が走り、トロール達の断末魔の叫びが星を揺らして轟き渡った。
下界ではそれは激しい稲妻と雷鳴として認識された。
その気もないのにワイルドハント界でめきめきと頭角を現し、勇名を馳せ始めたフレイヤ。
最強ワイルドハント、かのオーディン率いる『怒れる軍団』と雌雄を決する日がいずれ訪れるのであろうか。
まぁ、決するまでもなく二人は元より雌と雄で、一説によると夫婦なのであるが。
ところで、フレイヤのマイルドハントは人々には余り恐れられてはいない。
夜、ミルクを満たした皿を外に出しておけば、お礼にネズミを捕っていってくれるという。
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