キャットイヤーピープル ーあやかし猫ー

月夜に奪われる

　無闇と蒸し暑い一日を終えたその夜。
　浴衣姿の若夫婦が、満月を愛でながら河沿いの土手の上を並んで散策していた。
「気持ちの良い夜風だね」
　旦那が目を細めて言う。
「はい」と妻は小さく答え、俯うつむいて頬を染める。
　どこに照れる要素があるのか分からない。

　二人は見知らぬ黒猫がつかず離れず追って来るのに気が付いていた。
　特に懐いてくる訳でもないので放っておいた。

　ふいに月が瞬またたき、夫婦は足を止めた。
　見上げると、突如虚空こくうから鬼の両腕がぬうと突き出し、左右の掌てのひらで二人の顔を覆う。
　手は両人の顔面をぺりと剥はぎ取り、また虚空へと去った。
　痛くもないので呆然と二人は顔を見合わせる。
　そこで初めて互いの赤い肉が剥むき出しになった顔に驚いた。

　黒猫がとととっと足元に駆けて来る。
　そして空を見上げ、返しておあげ、と言った。
　日本では黒猫は魔を退ける力を持つと伝わる。

　再び手が現れ、顔を戻す。
　無論、二人の顔は入れ替わっていた。