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「紹介するよ、君のファンだよ」
「へ?」
「ん? ……あぁ」

 私の溜息をスルーして、師匠は扉を開けて王太子殿下を招き入れると共に言った。
 その言葉は私の脳に浸透する事なく、なかなかに理解しにくいものだった。だけれど、王太子殿下は直ぐに理解できたのか、気を取り直したように私の元へとやってきた。

「俺はイルが作る魔法具のファンでな」
「まさかの魔法具目的!?」
「なんでそうなる!?」

 私の魔法具にファンが居たという上に、相手が王太子殿下ならば信じられない一択である。むしろ何処で何があったら、そうなるのかと問いたい。
 魔法具が目的だと思った方が、建設的な考えだと思う。驚いた顔をして、即座に否定されたが。

「……イルの作った魔法具は、使い手の事を考えており、とても温かく思えるんだ」
「……確かに生活用具や防具の類しか作っていませんが……」

 少しでも楽で平穏な暮らしが出来ればと思っただけだ。たかが灯り、されど灯り。明るさだけでなく耐久も必要で、そしてそれは日々の暮らしを灯すものだ。灯り1つとて、とても大事なもので……。

「僕は、イルが作った素晴らしい魔法具の数々に、とても惚れ込んだんだよ」
「なるほど。魔法具に惚れたと」
「……盛大な勘違いをしていそうだね……」

 王太子殿下の言葉に、深く頷き納得していれば、師匠が頭を片手で抱えて溜息をついた。
 いや、でも私というより、私の作った魔法具に惚れたと言われた方が、余程理解出来るのよ。やはり魔法具は生活に必須だし。

「魔法具を卸しているならば平民だろう、ならば、すぐ調べられると思っていたら全く分からず……」
「ん?」
「どこかの貴族令嬢かもしれないと、調べながらも思っていて、その尻尾を掴めるのを待っていたんだ」
「んんん??」

 どれだけ調べていたのだろう。むしろいつから調べていたのだと、私の口から呟くように出ていたらしく、師匠は「もちろん、私と出会った辺りからかな」なんて言った。
 ……え?それもうどれくらい前の話?執念?執着?どっちにしろ、これ怖い話だっけ!?
 確かに私の情報は、簡単に掴む事が出来なかっただろう事は分かる。平民としての身元はないし、でも行動は平民と同じ。挙句、貴族籍なんて名前があるだけと言って良い位だったわけだし。

「そして! やっと! 賢者の部屋に居る君を見て、この娘か! と思って調べて見つけたんだよ! イル!」

 花咲くような笑顔で言われても、嬉しいというか軽く怖い。
 やっと執念が実ったと、そんな良い顔で言われても……いや、この王太子殿下は確かにどこか変だ。例えば猫に対してとか。
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