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 婚約発表の為に開かれた舞踏会。
 人間として貴族の行事に参加するのは初めてだ。朝から磨かれ、王太子殿下の白と青の色をした重い衣装を身にまとう。
 ……こんな事を毎回しなくてはいけないのかと、うんざり思ったのが分かったのだろう、王太子殿下が首を傾げた。

「何なら、抱きかかえていくけど」
「人としての扱いでお願いします」

 以前、猫として参加した時を思い出す。多分、猫としての私に言っているのだろう。いや、絶対そうだ!
 残念そうな王太子殿下の腕に手を添えれば、いつもと変わらぬ優しい笑み。だけれど、口元が嬉しそうに綻んでいるのを見れば、私も嬉しさを感じ、胸も熱くなる。

「ショーン・マーティン王太子殿下、並びに御婚約者のマーガレット・ティルトン伯爵令嬢」

 名を呼ばれ、王太子殿下と共に入場する……けれど、妙に視線が痛々しいと思えた。
 ……社交界に出た事がないから?
 デビューより先に婚約発表の場だから?

「前を見て」

 思わず俯きそうになった私へ、小さい声ながらも、強く芯のこもった声で王太子殿下が放った。しっかりと私の腰を掴む王太子殿下の腕は、胸に抱かれた時と同じように、私へ安心感をもたらしてくれる。

「あの娘が……ほら」
「ティルトン伯爵家のご長女?」
「初めて見たわ……貴族を何だと思っているのかしら」
「件の悪役令嬢……とはね」

 影からコソコソと放たれる言葉。だけれど、しっかりとこちらの耳には届く。

「王太子殿下、ご機嫌麗しゅう!」
「私と一曲いかがですか?」
「あら? でしたら私とも……」

 陰口を叩くだけでは飽き足らず、図々しくも踊りに誘う令嬢達まで現れる。
 えーっと。
 これは私に対する挑戦状的なもので良いのかしら。貴族同士の戦いは口撃だけれど、残念ながら私は魔法による攻撃しか出来ない。
 クスクスと馬鹿にしたような微笑みを向ける貴族令嬢達に、一部の人間は陰険で陰湿で嫌になるとさえ思える。シェリーと同じような人間は一定数いるという事だ。

「婚約者が居るというのに……?」

 威圧を込めた王太子殿下の声に、令嬢達はビクリと身を竦めた。
 いつもにこやかに微笑む王太子殿下の目はきつく、一切微笑みを放っていない。

「でも……」
「だって……ねぇ?」

 目の前に居た令嬢達は元気をなくしたものの、言葉を選びながら、チラチラと目線を私へと送りながら、察しろと言わんばかりだ。

「王太子殿下が騙されているだけです!」

 そんな中、一際大きな声を放ち、コツコツとヒールの音を鳴らしながら向かってきたのは……シェリー。その横にはお義母様と、エリック公爵令息まで居た。
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