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 ドキッと、心臓が跳ね上がる。
 思い出すのは師匠の所に居た時の事。王太子殿下は賢者の所に居た娘を調べろと命令を下していた。
 あれから、しっかり施錠をし、王太子殿下の行動は師匠がしっかり把握してくれていて、会う事はなかったのだけれど……。

「そうか」

 私を抱いたまま、自分の机へ戻って書類の確認を始める王太子殿下。私は……既に逃げ出すどころか身動き1つできない。緊張で身体が固まったようだ。けれど、震えているのは分かる。
 震えを止めようにも止められなくて、王太子殿下にバレないように、なんて密かに願う。いっそ身体の震えを止める魔法具でも作れば良かったと思ってしまう。……今更だ。
 だけれど、王太子殿下は私の背中をゆっくりと、そして優しく撫でるだけで、私に声をかける事もない。いつもと同じように、いつものように……優しく、優しく、撫でるだけ。
 ……特に何も言わない事は優しさなのかもしれない。
 ……書類に夢中なのかもしれないけれど。
 真意は分からないけれど、ただ私的には助かっている。あまり人との付き合いがないから分からなかったけれど、言葉がなくとも、こうしているだけで与えられる安心感もあるのかと。

「ティルトン伯爵家のご令嬢か……何だ、この噂は」

 だけれど、その安心感も、王太子殿下の声で終わった。思わず毛が逆立つ。

「噂はあくまで噂です」
「こんな噂が流れている事が理解できない」

 お?
 王太子殿下の言葉に耳が動く。側近も、私の噂を真実だとは思っていないだろう、淡々としている。それどころか、王太子殿下は眉を寄せ、嫌悪の表情まで滲ませている。

「これを美談だと思っている貴族が多数居るという事ですね。政略結婚の意味も分からないのでしょう」
「使えない愚かな貴族など必要ないな。しかし……ティルトン伯は何を考えているのか……」

 かなりの悪役令嬢であると言う噂を一蹴する二人に、私はポカンと口を開けて凝視した。
 確かに、私が受けた教育でも貴族同士の繋がりだとか、政略結婚で強固にするだとか、政治バランスを保つとかあった。……あったけれど、実際は全て書物での知識で、夜会や茶会に出た事もないので、派閥や勢力もよく理解していないけれど。
 ただ、二人の様子を見る限り、私はそこまで蔑まれる事ではないのだと……敵対しない人も居るのだと安堵する。それでも刷り込まれた恐怖は拭い去る事が出来ないし、私を悪とする人は大勢いるだろう。

「……令嬢は実に優秀なようだね」

 ポツリと王太子殿下が零した言葉に、何故か毛が逆立ち、思考が一気に吹き飛んだ。
 嬉しいのか、それとも何かを企んでいるのか。よく分からない表情と、上がった口角。側近を見れば溜息をついていて、私は猫の姿で魔法具が作れないか模索する事も視野に入れた。
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